1話 第一の面談者:澪(ミオ)
独房というのは、過去を思い出すにはあまりにも都合がいい。
嫌でも向き合わされる。誰を信じて、誰に裏切られて、何を失ったか。
俺は、本気で分からなかった。
どこに罠が仕掛けられていたのか。誰が嘘をつき、誰が裏切ったのか。
(今となっては、一つずつ潰していくしかない)
真相を探るにも、最初の一手がいる。
そして、俺が最初に顔を思い浮かべたのは。
……あいつだった。
(澪……お前しかいない)
制服のような服を身にまとった、年齢不詳の女。見た目は高校生。
だが中身は底が知れない。
裏の情報を握る女。嘘と真実を綱渡りする生業。
その顔に見覚えがある奴は多いが、本名を知る者はいない。
俺も本名と聞いているフルネームがあるが、恐らく偽名だろう。
信じていた、とは言えない。だが、使えるやつだった。
なにより、金と秘密の扱いにかけて、澪の右に出る者はいなかった。
あいつの口は、価値のない情報で満たすこともできれば、核心を突く爆弾も落とす。
(今の俺に必要なのは、爆弾だ)
この独房から出るには、まず「裏切り者」の存在を掴まなきゃならない。
それには、澪の目と耳を借りるしかない。
俺は翌日、刑務所の電話を利用し。
あの不敵な笑みを浮かべた女の顔を思い出しながら、要件を伝えた。
死刑執行の日が近づく中、復讐のために動き始める。
面談当日……あいつは現れた。
ガラス越しに現れたのは、制服のような服に身を包んだ少女、澪。
歳はせいぜい18歳といったところか。
場違いにも見えるが、あの顔は覚えている。
話は戻って、過去に何度も仕事を共にしたことがある。
しかし、彼女があれほど深く裏社会に精通しているとは、当時は思わなかった。
今となっては些細な情報でも欲しい。彼女の協力が必要だ。
「よっ!」
俺の問いに、澪はいつも通り明るく振舞った。
「おひさー。元気そうじゃん? 死刑囚のくせにさ」
ニヤついた顔に、いつもの調子が貼りついていた。
「軽いな。情報屋ってのは、そういうものか」
皮肉を込めて伝えると、慌てた様子で取り繕う《トリツクロウ》彼女。
「ちがうちがう。あたしは“空気を読める”情報屋なだけ。
ほら、暗く対応されても困るでしょ?」
この軽口と表情の裏側に、彼女はいつも何かを隠している。
「俺を裏切ったやつを突き止めたいんだ」
単刀直入に俺の要求を伝えた。
「……難しい問題ね。
あなたはそもそも不特定多数の人間に恨まれているじゃん」
澪が視線を少しだけずらしたのを見逃さなかった。
「嘘が下手になったな、お前」
澪は黙った。
俯いて、首にかけたイヤホンをいじる。
しばらくして、低い声が返ってきた。
「……出すつもりだったのに、あたしの方から。そっちから言うなんてずるい」
俺のことが気に食わないといわんばかりに顔をしかめている。
「つまり、知ってるってことか」
一拍、間を置いて、彼女が言った。
「アキラが逮捕されてから、組織は崩壊の一途を辿っている…
私が知っているだけで3~4つの組織が独立に向けて動いているわ」
声が、少し震えていた。
何かを覚悟した顔つきで彼女は続ける。
「私の勘だけど、誰かがあらかじめ準備していたような動き。裏の世界だけの問題ではない。もっと強大な力が働いているわ」
「思い当たる人間は?」
「逆らうのはやめたほうがいいよ。見えない相手に牢獄から戦うのは無理ね。それに時間が足りない」
俯いた表情には俺が死ぬ運命だから....と語っていた。
続けて澪が口を開いた。
「裏世界に君臨するあなたを、いとも簡単にこの世から消せる存在よ。
それだけで情報としては十分じゃない?」
彼女のいう事は正しかった。
今まで色々な悪事に染めてきたがミスをしたことは一度もない。
警察や弁護士などすべて俺の力で黙らせてきた。
「恐らく……あなたは狙われた。裏世界をまとめ、秩序を作ったあなたが……邪魔だったんだよ」
「理由は?」
「世界には戦争を望んでいる人もいるってこと。恐らく関わった人は消されるわね」
「……お前も、関わったひとりだろ」
澪はわずかに笑った。
でもその目は、笑ってなかった。
「違うよ。ただの高校生だもん。
じゃあね、元警視の死刑囚さん。あたしも命、大事にするから」
そう言って、澪は立ち去った。
会えないことを分かっていて名残惜しむように。
面談が終わり、俺は再び独房に戻された。
鉄の扉が閉まる音が、やけに遠くに感じられる。
(元警視……か)
正義を信じていた。血を吐くほど勉強して、警視までのぼりつめた。
犯罪撲滅に命を懸けた……。
けど、世界は何ひとつ変わらなかった。
汚職、賄賂、裏の繋がり。
犯罪は、切っても切っても湧いて出る。
正義だけでは、この世界を変えられない。
そう悟った。
そして、俺は裏へ堕ちた。
裏社会を掌握し、力で秩序を作った。
その代わりに、俺の手は汚れていった。
気づけば、拳も理想も、どこかに置き去りにしていた。
独房の壁にもたれ、息をつく。
窓のない空間に、外の音は何ひとつ届かない。
あるのは、染みついた湿気と、自分の鼓動だけ。
かつて正義を叫んでいた男の末路がこれか。
ふっと笑う。
けれど、笑い声はやけに乾いていた。
……でも、まだ時間は残されている。
何かを残すために、今、俺にできることがあるはずだ。
独房の静寂は、時に思考を深く沈ませる。
この閉ざされた空間に、時計の針の音なんてない。
だが、俺の中では秒針が確かに進んでいた。
(次は誰を呼ぶべきか……)
澪から得た情報は断片的だった。
だが、あの女は嘘を吐いていなかった。
むしろ、“言わなかった”ことが肝だった。
足りないのは、内情。
現場の空気、動き、流れ。
それを知っているやつが要る。
(なら、猛か――)
俺がかつて目をかけていた舎弟。
頭は回らないが、顔が広くて、口も軽い。
軽いが、嘘はつけない。
というより、つこうとすらしない。
あいつは俺を慕ってた。本気でな。
馬鹿が真っ直ぐ慕ってくるのは、悪くない気分だった。
だが、俺が捕まった日……いつもそばにいるあいつの姿は見えなかった。
(偶然か、誘導か……。あいつが鍵を握っている可能性は高い)
流されやすい分、誰かに利用された可能性もある。
あるいは、無自覚のまま、何かを見たかもしれない。
(そして、ここで呼び出せば、やつは確実に話す。俺の顔を見れば、全部吐くだろう。)
問題は、それを誰が望んでいないかだ。
覚悟はできている。
(猛、頼むぞ。お前の無垢さが、真実をあぶり出す火種になる。)
俺は面談申請書に一筆、ゆっくりと名前を書いた。
『山城 猛』
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