15話 戦闘開始
屋上に出ると、春の風が服の裾を揺らした。
桜は手すりにもたれかかりながら、俺をじっと見ていた。
「じゃあ、聞かせてもらうわね」
声には、どこか試すような響きがあった。
「どうしてあなた、ダークウェブなんて知ってるの?」
直球だった。だが、想定内。俺は肩をすくめるように軽く笑って返す。
「……ニュースで見たってことにでもしておこうか」
「ふーん。じゃあ、これはどう?」
唐突に桜が言った。
「12x + 7 = 83。x は?」
その問いに、考える間もなく、口が先に動いていた。
「19/3」
からかうように即答して桜を反応を見る。
一瞬にして、桜の目が見開かれた。
桜はこう見えて俺といるときは表情がいろいろ変わっておもしろい。
普段は演じているがこっちが本物なんだろうな。
桜のその表情に、ようやく確信を得たような喜びが滲んでいた。
「ふふっ……本当に、面白い人ね」
その声はどこか愉しげで、挑発的ですらあった。
「普通は一瞬じゃ答えられないわよ? やっぱり、あなたただ者じゃないわね」
その目は完全にスイッチが入っていた。
獲物を見つけた猫のように、好奇心と興味が混ざった輝きが宿っている。
返す言葉を選びながら、俺は口を開いた――
「さあ、どうだろうな。……ただ、数学が好きなだけかもしれない」
曖昧で、けれど否定でも肯定でもない返答。桜は一瞬目を細めたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。
「ふーん? “だけ”って言うには、ちょっと出来すぎてる気がするけど」
そう言ってから、彼女はふと何かを思い出したように視線を逸らし、屋上の風に髪をなびかせながら言った。
「そういえば……加賀が昨日、何か言ってたのよ。『少し変わった子だ』って。あの加賀が、珍しく感情を混ぜた声で」
俺の脳内で、小さな警鐘が鳴る。
(加賀が……? まさか、昨日のことを少しでも漏らしたのか?)
桜はそのまま、何気ない様子で俺を見つめた。
「それ聞いてから、余計にあなたに興味が湧いたのよ。加賀って、人を褒めたり評価したりすること、ほとんどないから」
視線が刺さるように鋭くなる。
「――ねえ、あなたって……本当に何者なの?」
真正面からの問い。真実を引き出そうとする意図を感じる。
俺は風を感じながら、ゆっくりと視線を外した。
俺は困ったように頭をかきながら軽く笑ってみせる。
桜はしばらく沈黙し、風に舞う髪の奥からこちらを見つめていた。
その目に浮かぶのは、確信でも疑念でもない――狩りを始めた獣の目。
「……ふぅん」
短く吐き出されたその声に、納得などない。
追求の熱は消えず、むしろ静かに燃え続けているのがわかる。
「わたし、そういうごまかし、嫌いなのよ」
その声には、好奇心に溢れた感情がのっている
「絶対に、しっぽをつかんでやるから」
挑発でも脅しでもない。ただ静かに、でも確実に距離を詰める――そんな言葉だった。
「まぁ……。いずれは話せるときがくるかもな。伊集院さんには……」
桜は一瞬何か思考している……。
その沈黙を切り裂くように、屋上のドアが勢いよく開いた。
「おーい、アキラー! 探したぞー!」
明るい声。空気が一瞬で変わる。
ショウタが無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。
その姿を見た瞬間、張り詰めていた思考の糸が、少しだけ緩むのを感じた。
(……助かった)
心の奥でそう呟いた。
どこかに逃げ場を求めていた自分に、思わぬ形で救いの手が差し伸べられたような感覚。
「なにしてんだよ、そんなとこで。ほら、昼休みだぞ! 遊ぼーぜ!」
軽く言ってのけるその無邪気さが、今はただ、ありがたかった。
ショウタが桜に気づいて、驚いた顔を見せる。
けれどすぐにまた元気を取り戻して、俺の腕を引っ張る。
「……ま、いっか! でもさ、アキラ! 今日はもう一緒に遊ぶって決めてっからな!」
まるで俺を“奪う”ような勢い。だけど、その軽さに救われる。
――けれど。
桜はわずかに目を細めて、口元に笑みを浮かべていた。
その目は……笑っていなかった。
(そう簡単に逃がしてはくれないか)
好奇心。執念。
このままでは終わらない。俺はそう理解しつつも、ショウタの手を軽く引かれるままに立ち上がった。
その後の昼休みは、ショウタの勢いに引っ張られるようにして過ぎていった。
バカみたいに笑って、走って、くだらない話をして──
一瞬だけ、張り詰めていた緊張の糸が緩んだ気がした。
午後の授業が始まり、俺は再び教室の席に戻った。
窓の外には、夕方の光が差し込みはじめている。影は徐々に長くなり、教室に静かな時間が流れる。
俺は今日の動きを頭の中で整理した。
そして、澪との暗号のルールを思い出す。
指定の掲示板に指定の文字を打ち込む。
それを見た澪がそこから二日後に、例の場所で落ち合う。
つまり、明日がその日だ。
澪に渡す情報として、俺の“家族”についての材料を少しでも集めておく必要がある。
あの家の真実を知るために、今のうちに調査をしておかないといけない。
整理しているうちに――気づけば、チャイムが鳴った。
終わりを告げるその音が、どこか不穏に響いて聞こえるのは気のせいか。
教室には解放感のあるざわめきが広がり、生徒たちは思い思いの方向へと動き出す。
俺は鞄に教科書をしまいながら、静かに立ち上がった。
桜が俺を呼び止めようとしたが、先に俺から声をかける。
「わりぃ。今日は母親に留守番頼まれていて、先に帰るわ。」
もちろん嘘だ。桜の疑心をうまく利用することはもちろん必要だが、
明日澪と会うために情報が早くほしい。
まずはクジョウ、俺の家族、そして伊集院家の情報を澪からもらう。
ここからが本番だ。
急ぎ足で校門を出て、帰路につく。
ふと、人通りの少ない住宅街の細道に差し掛かったとき――それは現れた。
黒ずくめで武装した男たち。
全身が瞬時に警戒モードへ切り替わる。
俺の思考が警鐘を鳴らし、退路を確認――だが、既にそこも塞がれていた。
……焦りで、こんな単純な気配すら見落とすとはな。
「お前に恨みはないが……おとなしく捕まってくれや」
一人が口を開いた。声は淡々としているが、逃げ道を完全に潰す動き。
俺は素早くリーダー格や指示役がいるか目を走らせる。しかし、見当たらない。
全員が兵隊タイプ。つまり、全員を突破しなければならない。
(やれるのか……?)
「何もしなければ傷つけない。だから――さぁ、来い」
その言葉で確信する。俺は“伊集院家”の人質だ。
数は6人。
――やるしかない。
一人が俺の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
「おとなしく――」
伸びてきた腕を視界の端で捉える。
一瞬の判断。
その手首を逆手に取り、相手の力の“流れ”を感じ取る。
(この方向……引き込める)
俺は相手の“掴もうとする力”に逆らわず、その勢いを利用する。
足を半歩引き、上体を低く構えながら、腕を引き込むようにして相手の懐へ潜り込む。
距離が一気に詰まる。
相手の顔が目の前に現れた、その瞬間――
「……ッ!」
身体を捻り、右肘を鋭く引き上げる。
肘内――肘の内側から反動と重さを乗せて一直線に相手の鼻へ叩き込む。
ゴッ――という鈍い音。
鼻が砕ける感触が、肘を通して伝わる。
男の顔がのけぞり、息が詰まったような声が漏れる。
その間にも俺は手首を離さず、次の動作へと移行する。
(力がないなら、急所を狙うまでだ)
握られた腕に伝わる力の方向を読み、相手の重心の傾きを感じ取る。
力任せに引き剥がすのではない。
相手の“掴もうとする力”をそのまま“崩し”に変えるのだ。
警察時代から使ってきた柔道。
(いける――)
俺は右足を一歩引き、背中を軸に相手の体重を預けさせる。
相手がバランスを崩したのを見計らい、
腰を落とし、一気に重心を下から突き上げるようにして――投げる!
「ッ……!」
男の身体が、無様な音を立てて宙を舞った。
小学生の体格で投げ飛ばしたとは思えないほどの勢いだった。
地面に叩きつけられた男が呻く。
そのまま俺は腕を離さず、男の体の動きが止まる一瞬のスキを逃さず、間髪入れず膝で顔面を踏みつける。
呻き声。鼻を押さえ、悶絶する男。
「こいつッ!」
残りの男たちが一斉に殺気を立てた。
全員が、戦闘態勢。
――あと5人。
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