12話 伊集院家
黒塗りの車のドアが、無言で開かれた。
加賀は余計な言葉を一切挟まず、俺を後部座席へと手で促す。
形式的だが、そこに込められた意志は明確だ。
乗り込むと、ドアが音を立てずに閉まり、静寂に包まれた密室ができあがる。
運転席には加賀が乗り込む。ミラー越しに一度、俺と目を合わせた。
「……アキラ様」
その呼び方には、表面上の礼儀の裏に、はっきりとした“棘”があった。
「お嬢様とは、あまり……親しくされない方がよろしいかと存じます」
感情を排除したような口調。
その分、かえって言葉の冷たさが際立つ。
俺は、軽く首を傾けてやる。
「へえ、理由を聞いてもいい?」
「理由……ですか」
加賀は少し黙ってから、静かに言った。
「あなたは、何かを“持っている”。それが何か、まだ掴みきれてはいませんが……。お嬢様のそばにあるには、少々“異質”すぎるのです」
異質。まあ、そう言われても仕方ない。
けれど、加賀がその言葉を選んだことに、俺は引っかかりを覚える。
「それって、誉め言葉かな?」
「……違います」
加賀の目に一瞬、怒気に近いものが走った気がした。
けれど、それもすぐに消える。
「私は、命をかけてお嬢様をお守りする立場にあります。そのためなら、手段は問いません。……たとえ、お嬢様の“ご興味”の対象が、どんなものであろうとも」
脅し、と言ってもいい。それでも加賀の語調は冷静で、事実だけを述べていた。
――けれど、そこでふと、加賀の言葉が変わる。
「……ですが」
口調が少しだけ、ほんのわずかに柔らぐ。
「本日、あなたと話しているお嬢様は……実に、楽しそうでした。
私には、あれほど自然な笑みを見せるお嬢様の姿は、記憶にございません」
まるで、自分が見たものに戸惑っているかのようだった。
忠誠と義務の間で揺れる、そんな印象を受けた。
「それが、正しいことなのかは、わかりません。しかし……」
ここで、加賀は初めて自分の感情に触れるように続けた。
「もし、今後もお嬢様と関わりを持たれるのであれば。
どうか、お嬢様に何かが起きた時には……すぐに、私に知らせてください」
恐らく、桜の性格も把握しているのだろう。
俺が引いても桜が俺に対してアクションをすることも想定しているに違いない。
「何か……?」
俺の声に、加賀は曖昧に首を振る。
「詳細は申し上げられません。」
伊集院家、もしくは桜が何かを抱えているのだろう。
これについては澪とコンタクトに成功したら調べてみるか……。
「心配してるんだ?」
加賀は答えない。ただ、前を見つめたまま言う。
「アキラ様はお嬢様についてご存じでない。」
加賀の忠告は、冷たく、真摯で、そしてどこか――悲しげだった。
俺は少しだけ目を細めた。
「じゃあ、“万が一”が起きたら、加賀さんに真っ先に通報ってことで」
俺は肩をすくめて言う。
「……それで結構です。その必要がないことを、心から願っておりますが」
車は音もなく夜の街を進んでいく。
その静けさの中で、加賀という男の“芯”が、ほんのわずかに見えた気がした。
「……あ、このあたりでいいよ」
家まであと数分という距離で、俺はそう言ってドアノブに手をかける。
加賀は一瞬、何か言いたげな間を置いたが、黙って車を停めた。
無言のまま、二人同時に車を降りる。
静かな住宅街の一角。誰もいないはずの道。けれど、次の瞬間、その静寂が破られた。
――ヴァアァン!!
バイクのエンジン音が一気に近づき、同時に黒塗りの車が横からスライドするように飛び出してきた。
周囲を囲むように現れたのは、5人か6人。全員がくろずくめの覆面姿で、手には警棒やナイフのようなものが光る。
俺の本能が警鐘を鳴らし戦闘態勢に入るのと、加賀が一歩前に出るのは同時だった。
「アキラ様、後ろへ」
冷静な声。それは拒否の余地を与えない命令だった。
俺が反射的に後退すると、次の瞬間には加賀が動いた。
――はやい!
加賀はまるで滑るように距離を詰め、最初の一人の顎を正確に、骨ごと打ち抜く。
ゴキリ、と乾いた音がして、相手は倒れたまま動かなくなった。
残りの数人が一斉に襲いかかる。
バイクから飛び降り、ナイフを突き出す者。背後から棍棒を振るう者。
だが、加賀は一切ブレない。
相手の動きを見切り、関節を逆に折る。
腕を掴んだと思えば、肘を極めて逆側へ叩き折る。
残像のように動きながら、一人、また一人と、的確に無力化していく。
あっという間だった。
残ったのは、一人。
肩で息をしながら、それでも鉄パイプを手に、俺へ向かって――突っ込んできた。
「アキラ様ッ!!」
加賀の声が飛ぶ。
避けようとしていた俺の視界には加賀の背中が塞いでいた。
そして――
ガンッ!!
甲高い金属音。加賀は避けられるはずだが、俺のことを守るために、腕で鉄パイプを防いでた。
その目が――静かに、凍っていた。
「……貴様」
吐き捨てるような声。それは叫びではなかった。だが、空気が震えた。
冷え切った怒気が、加賀の全身からにじみ出る。
「その愚行は、伊集院家への宣戦布告と受け取る――それがどういうことか、理解しているのか?」
声は低く、静かで、それでいて――殺気を孕んでいた。
怯んだ最後の男が、目を見開いて一歩下がる。
加賀はゆっくりと歩を進め、殴りかかる男の腕を片手で受け止めた。
「――下がっていなさい、アキラ様」
そのまま、加賀の掌底が男の顎を穿つ。
バキィッ、と鈍く乾いた音が響き、最後の一人が地面に沈んだ。
「何だったんだ、今の。俺を狙って――」
「――恐らく、アキラ様は“間違えて”狙われたのです」
「間違えて?」
加賀は静かにうなずいた。
「お嬢様を狙ったものでしょう。組織の動きは以前から感じ取っておりました。ですが、今夜は珍しく、アキラ様をお送りするという“イレギュラー”がありました。それが、誤認の原因かと」
つまり、本来なら桜が襲われていたかもしれないと?
「……これは、“伊集院家の定め”なのです」
「定め?」
「はい。権威には、必ず影があります。お嬢様が狙われるのは、決して初めてではありません。 しかし今回……その火種は、より危険な形で“近づいて”いるように思えてなりません」
加賀はそこで、少しだけ声を低くした。
「――その“変化”がより大きくなっている事を感じております」
俺は、言葉を失った。
けれど。 そのままでは終われない感情が、胸の奥で小さく灯る。
(桜に、何かが近づいている)
夜風が血の匂いを運ぶなかで、俺は視線を遠くへ向けた。
加賀の圧倒的な強さを目の当たりにした黒ずくめの相手は逃げおおせていた。
加賀は一歩も追わず、背を向けてアキラの方へと歩いてくる。
「……さあ、行きましょう。アキラ様」
その声は、さっきまでとは打って変わって穏やかだった。
「……あんたの腕、大丈夫か?」
アキラの視線は、さっき鉄パイプを受け止めたその左腕に向いていた。
加賀はふと、自嘲気味に目を細める。
「振り下ろすより先に、こちらから腕を出しておりましたので。大した傷ではありません」
その口調に誇張も見栄もない。ただ、当然のように身を差し出したというだけのこと。
加賀はジャケットの内ポケットから名刺を一枚、取り出した。
「これは、私の連絡先です。何かあれば、どんな些細なことでも構いません。必ず、私に知らせてください」
アキラはそれを受け取りながら、ふと夜の空気の冷たさに気づく。
何かが動き出している。そんな、確かな予感と共に。
――伊集院桜を巡る、もっと大きな何かが。
車のドアが静かに閉じられる音がした。
闇はまだ深く、夜は終わらない。
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