99話
本邸の広大な執務室。
俺は、重厚なデスクに座り、窓の外を見下ろしていた。
夜の闇の中に、美しくライトアップされた日本庭園が広がっている。
遠くには、俺がかつて『高校生の九条アキラ』として、そして母さんと共に暮らしていた『離れ』が見える。
そう。
今日が、『その日』だ。
元の世界線で、伊集院家の当主が謎の失踪を遂げた日。
高校生の俺が、加賀に連れられてあの血塗られた密室の扉を開ける、あの日。
俺は立ち上がり、スーツを整えた。
未練はない。俺が消えなければ、あの『九条アキラ』がここに来ることはない。
そして、彼が来なければ、この狂った円環は永遠に終わらない。
俺は、俺自身に彼女を託す。
皮肉な話だが、俺以外に彼女を任せられる奴なんて、この世にいないからな。
俺は執務室を後にし、長く静かな廊下を歩き出した。
向かう先は、本邸の最奥部……地下深くに建設された『開かずの間』だ。
厳重なセキュリティゲートをいくつも抜け、最下層のコントロールルームへと足を踏み入れる。
そこには、壁一面を埋め尽くす巨大なモニターと、複雑な計器類が並んでいた。
無機質な電子音が響く中、コンソールパネルに向かっている少女が振り返る。
澪だ。
十数年前と何一つ変わらない学生服姿の彼女は、俺の顔を見ると、小さく息を吐いた。
「……時間ね、アキラ」
「ああ。そっちの準備はどうだ?」
俺が聞くと、澪はコンソールのキーボードを叩きながら、モニターの一つを指差した。
そこには、莫大なエネルギーの波形を示すグラフが、赤く明滅しながら上昇を続けている。
「出力、臨界点まであと少し。……地下のメインジェネレーターをフル稼働させて、この密室内に局地的な高出力電力と、特殊な磁場を発生させているわ」
澪の声は、いつもの飄々とした調子を潜め、冷徹なオペレーターのそれに変わっていた。
俺はコントロールルームの奥にある、分厚い鋼鉄の扉を見据えた。
あの扉の向こう側が、死神の墓場となる『完全なる密室』だ。
澪がモニターから視線を外し、俺の顔を見た。
「それだけじゃない。この空間に充満する電磁波と高圧電流のノイズは、死神の存在を維持する法則と反発する。奴がこの部屋に入った瞬間、肉体の構成が不安定化するわ」
澪はキーボードを叩き、モニターに新たな数値の変動を表示させた。
「世界の理に干渉するシステムが強制的にダウンする。つまり、通常の物理的な攻撃が、奴の肉体を直接破壊できるようになるの」
「鉛玉も刃物も通るようになるということか」
「ええ。あなたが中に用意した武器のすべてが、奴に対する致命傷になり得る」
俺は頷いた。
殺すための条件は、すべて揃った。
「俺は中に入る。……奴が部屋に現れたのをモニターで確認したら、即座にゲートを封鎖しろ。俺のバイタルがどうなろうと、絶対に開けるな」
俺の言葉に、澪のキーボードを叩く手がピタリと止まった。
彼女は振り返らず、モニターを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「……怖くないの? これからあなたが対峙するのは、神そのものよ。勝てる保証なんて、どこにもない」
「怖いさ」
俺は正直に答えた。
「だが、それ以上に……ムカつくんだよ。俺の人生を、おもちゃのように弄びやがって。あいつのその傲慢な顔を、絶望に歪めてやる。そのためなら、自分の命くらい安いもんだ」
俺は鋼鉄の扉へと歩き出す。
「……死なないでね、アキラ」
背中越しに届いた澪の声には、情報屋としての仮面はなく、ただ一人の戦友としての、切実な願いが込められていた。
「……善処する」
俺は振り返らずに答え、扉の向こう側。密室へと足を踏み入れた。
中は、冷たく広大な空間だった。
中央に立つと、肌を刺すような高圧電流の微振動と、磁場の影響で空気がビリビリと震えているのがわかる。
俺は部屋の中央に立ち、静かに目を閉じた。
――数分の沈黙。
そして。
ゾワリ。
背筋を、氷の指で撫でられたような感覚。
室内の温度が急激に下がり、吐く息が白く染まる。
高圧電流の唸り音が、ふっと遠のいた。
俺が目を開けると、目の前の空間が陽炎のように歪んでいた。
何もない虚空から、黒い霧が滲み出し、やがてそれは一つの形を成していく。
黒い外套。
フードの下から覗く、この世のものではない美貌。
そして、すべてを見透かすような、血のように赤い瞳。
死神。
俺の人生を狂わせ、この無限の螺旋へと叩き込んだ張本人が、静かにそこに立っていた。
「……あら」
死神は、楽しそうに目を細め、甘く、艶やかな声で囁いた。
「こんな大きなノイズを鳴らして、私を呼びつけるなんて。……随分と立派なお城を作ったのね、アキラ。でも、少し狭すぎないかしら?」
その瞬間だった。
ガシャンッ!!
背後の鋼鉄の扉が、地鳴りのような音を立てて完全に閉鎖された。
外にいる澪が、システムをロックしたのだ。
内側からも外側からも、絶対に開かない『完全なる密室』が完成した。
「お前の墓場には、これくらいがちょうどいい」
俺の低い声が、密室の中に反響する。
「……ふふっ」
死神は、くすくすと笑い声を上げた。
「面白いわ。過去に戻って、私を殺すための箱庭を作るなんて。……でも、無駄よ」
彼女の赤い瞳が、俺を嘲笑うように見下ろす。
「私は『理』。システムそのもの。……人間の作ったおもちゃで、神が殺せるとでも思っているの?」
「足りるさ」
俺は、唇の端を歪めて、獰猛な笑みを浮かべた。
「俺がこの数十年で集めた、すべてをぶつけてやる」
俺は右手を軽く上げ、指を鳴らした。
パチン、という乾いた音が、開戦の合図だった。
――ズズズズズッ!!
密室を囲む無機質なコンクリートの壁が、一斉に駆動音を立ててスライドし始めた。
床が割れ、天井が反転する。
隠されていたパネルが次々と開き、内部から漆黒の金属塊が姿を現した。
それは、圧倒的な暴力の陳列棚だった。
壁一面にズラリと並ぶ、無数のアサルトライフル、サブマシンガン、対物狙撃銃。
床下からせり出してくるのは、幾十ものロケットランチャーと、帯のように連なる重機関銃の弾帯。
さらに、チタン合金で鍛造されたサバイバルナイフや日本刀が、幾何学的な美しさをもって展開される。
数百、数千の銃火器と刃物が、空間そのものを埋め尽くすようにして、死神を包囲した。
まるで、軍の武器庫を丸ごとひっくり返し、一つの部屋に圧縮したかのような、狂気じみた質量の暴力。
死神の赤い瞳が、初めて微かな驚愕に見開かれた。
「……人間の執念を、見くびるな」
俺は、最も近くに展開されたラックから、漆黒の二丁のハンドガンを無造作に引き抜いた。
チャキッ、とスライドを引き、初弾を装填する。
冷たい金属の感触が、俺の全身に殺意をみなぎらせていく。
「来い、死神。……俺の人生の、すべての決着をここでつける」
俺は銃口を真っ直ぐに死神へと向けた。
俺の人生を賭けた、最後で最大の殺し合いが、幕を開けた。
あとはただ、殺すか、殺されるか。二つに一つ。
その絶対的な二元論だけが、この冷たい密室を支配している。
―――撃つ。
思考よりも早く、両手に握りしめたハンドガンの引き金を絞る。
撃鉄が落ちる。火薬が爆ぜる。
薬室で膨張したガスが、9ミリの鉛の塊を音速の彼方へと押し出す。
銃口から噴き出すマズルフラッシュが、暗い部屋を一瞬だけ白く染め上げた。
右から。左から。
眉間。そして、心臓。
人体であれば確実に機能を停止するはずの絶対的な死点へ向けて、弾丸は直進する。
だが。
死神は、動かない。
避ける素振りすら見せない。
ただそこに在るだけの圧倒的な虚無。
―――キィンッ。
甲高い、ひどく硬質な音が耳を打った。
弾頭が、死神の纏う黒い外套の表面に触れた瞬間。
それは布ではなく、鋼鉄の壁に叩きつけられたかのように弾け飛んだ。
ひしゃげた鉛が、無力な金属音を立ててコンクリートの床へ転がり落ちる。
効かない。
物理法則を嘲笑うかのような、絶対的な防御。
「……ッ」
驚愕などない。想定内だ。
俺は空になったハンドガンを、未練もなく左右の床へ投げ捨てる。
金属が跳ねる音を聞くより早く、俺の身体は次の動作へと移行していた。
壁面。整然と並べられた武器ラック。
そこから黒光りするアサルトライフルを引き抜く。
重い。だが、その重さこそが今の俺には必要だった。
ストックを肩に押し当て、照準などという甘っちょろい工程を無視して、引き金を引いたまま固定する。
フルオート。
全弾掃射。
鼓膜を破らんばかりの発射音が、密室のコンクリート壁に反響し、幾重にも重なって轟音の暴力を形成する。
空の薬莢が滝のように吐き出され、床に散らばっていく。
チャキチャキという真鍮の響き。
鼻腔を鋭く突き刺す、濃密な硝煙の臭い。
銃身が熱を持ち、俺の手のひらを焼こうとする。
構うものか。
撃ち尽くせ。
この空間を、鉛の嵐で埋め尽くせ。
だが。
死神の周囲に、黒い霧が湧き上がった。
それは生き物のように蠢き、アサルトライフルから放たれた無数の弾丸を、まるで小川の流れを変えるように容易く逸らしていく。
軌道をねじ曲げられた銃弾が、俺の意図しない方向。壁のコンクリートへと突き刺さる。
無数の弾痕。
舞い上がる粉塵。
視界が白く濁っていく中で、死神だけが、黒い染みのように静かに立ち尽くしていた。
―――まだだ。
これで終わりじゃない。終わらせてたまるか。
室内の照明が、狂ったように明滅を始めた。
チカ、チカ、と、光と影が交錯する。
それと同時に、壁の奥、厚いコンクリートの向こう側に埋め込まれた巨大なジェネレーターの駆動音が、悲鳴のような高音へと変わった。
澪。
あいつが、外から出力を上げたのだ。
俺たちのループの結晶。この密室の仕掛け。
空気が震える。
空間の磁場が狂い、目に見えないほどの高圧電流が、青白いスパークとなって空中で弾け飛んだ。
バチッ、バチバチッ!
静電気の匂いが、硝煙に混ざる。
―――ピキリ。
微かな、しかし確かな亀裂音。
死神を覆っていた絶対の黒い霧。その防御壁の表面に、稲妻のような亀裂が走った。
隙が、できた。
針の穴を通すような、ほんの一瞬の綻び。
アサルトライフルを投げ捨てる。
俺は床を蹴り、壁際の次のラックへと躍り出た。
手にしたのは、至近距離での破壊力に特化した散弾銃。
ポンプアクションの重い音が、俺の闘争心をさらに加速させる。
距離を詰める。
三歩、二歩、一歩。
黒い霧の亀裂。その奥に潜む、死神の実体。
そこへ向けて、引き金を引いた。
爆音。
無数の散弾が、扇状に広がりながら亀裂を抜け、死神の肉体へと殺到する。
―――だが、速い。
死神が、身を翻した。
それは歩法ではない。空間を滑るような、異次元の回避。
散弾の群れは虚しく空を切り、死神の黒い外套の端だけを無惨に千切り飛ばした。
はらり、と。
千切れた黒い布切れが、スローモーションのように床へ落ちる。
「どうした? まだまだ武器はあるぞ」
強がりではない。事実だ。
この部屋のすべてが、あいつを殺すためだけに用意された狂器なのだから。
空になった散弾銃を捨てる。
両手が空いた瞬間に、ラックから二丁のサブマシンガンを掴み取っていた。
立ち止まるな。
止まれば死ぬ。
走りながら、両手の引き金を同時に絞る。
火線をばら撒き、死神の退路を削り取る。
カチャッ。
弾倉が空になる軽い音。
銃を捨てる。
腰のベルトから手榴弾を引き抜き、安全ピンを歯で引き抜いた。
一つ、二つ、三つ。
連続で投擲する。
閃光。
そして、内臓を揺さぶるような轟音。
爆発の衝撃波が、密室の空気を暴力的にかき混ぜる。
熱波が顔を焼く。
だが、目を閉じることは許されない。
爆煙が渦巻く中、俺はすでに次の得物を構えていた。
壁に立てかけられていた、巨大な対物狙撃銃。
本来は装甲車を撃ち抜くための兵器だ。
反動を殺すために姿勢を低くし、スコープ越しの世界に意識を集中する。
煙の向こう。
黒い影。
―――捉えた。
引き金を引く。
肩の骨が砕けそうなほどの反動が、俺の体を後ろへ突き飛ばそうとする。
大口径の弾丸が、一直線に死神の防御壁へと着弾した。
ドゴォッ!!
凄まじい衝撃。
弾丸の持つ圧倒的な運動エネルギーが、死神を覆う黒い霧を吹き飛ばした。
見えた。
死神の顔。
あの常に余裕を崩さなかった顔が、ほんのわずかに、不快げに歪むのを。
だが。
その直後だった。
死神が、ゆっくりと右手を上げた。
ただそれだけの動作。
武器もない。予備動作もない。
―――ドガンッ!!!
見えない「何か」が、俺の腹部を強打した。
音もない。形もない。
ただ、絶対的な質量の暴力。
「ガ、はッ……!」
息が詰まる。
俺の体は、紙屑のように軽々と後方へ吹き飛ばされた。
空を舞い、武器ラックの太い鉄柱に背中から激突する。
メキリ。
嫌な音が、体内で響いた。
肋骨だ。何本か、確実に折れた。
口の中に、生暖かい鉄の味が広がる。
床に吐き出した唾液は、べっとりと赤く染まっていた。
視界が明滅する。
痛覚が遅れて脳を支配しようとする。
(……寝てる暇は、ない)
俺は、肺に無理やり空気を吸い込み、対物狙撃銃を手放した。
代わりに、床下の隠しハッチからせり出していた冷たい金属の筒に手を伸ばす。
ロケットランチャー。
折れた肋骨が悲鳴を上げるのを無視して、それを肩に担ぎ上げる。
照準器の中央に、ゆっくりと歩み寄ってくる死神の姿を捉えた。
「……消えろ」
引き金を引く。
バックブラストが背後の壁を焦がし、ロケット弾が尾を引いて直進する。
それは、死神の足元で正確に炸裂した。
爆炎。
すべてを呑み込むような赤い炎が、室内を覆い尽くす。
爆風と熱波が暴風となって吹き荒れ、俺の髪を焦がした。
死神の姿が、完全に炎の中に消える。
やったか。
いや。
煙が晴れる。
そこには、焦げ跡一つない黒い外套を纏った死神が、静かに立っていた。
「無駄な努力ね」
冷たい、嘲笑うような声。
死神が、パチンと指先を鳴らした。
ズゴゴゴゴ……ッ!
足元が揺れた。
床のコンクリートが、まるで意志を持った粘土のように隆起し、俺の両足首に絡みつき、そのまま硬化した。
拘束。
身動きが取れない。
俺は腰からサバイバルナイフを引き抜いた。
刃をコンクリートの隙間にねじ込み、強引に削り、砕いていく。
焦りが指先を狂わせる。
だが、死神は待ってくれない。
彼女の周囲から、漆黒の刃が何本も形成され、空を切って飛来する。
ザシュッ!
「グッ……!」
黒い刃が、俺の肩を、太腿を無慈悲に切り裂いた。
肉が裂け、熱い血が吹き出す。
激痛。
神経が焼き切れるような痛みが、脳髄を直接叩く。
俺の血が床に流れ落ち、どす黒い水たまりを広げていく。
それでも、俺はナイフを動かす手を止めなかった。
コンクリートが砕け、足が自由になる。
俺は血だらけの足を引きずり、壁際へと走った。
そこに固定されている重火器。
重機関銃。
トリガーを両手で握りしめ、引く。
ダダダダダダダッ!!
連射される大型弾。
その圧倒的な質量が、死神の黒い霧を物理的に削り取っていく。
今度こそ。
だが、死神は左手を真っ直ぐに突き出した。
空間が、歪んだ。
弾丸が、彼女の手のひらの数十センチ手前で、見えない壁にぶつかったように停止し、ポロポロと落ちていく。
空間圧縮。
そして、圧縮された空間が、スプリングのように反発した。
―――ブンッ!!
強烈な突風。
台風の直撃を受けたかのような衝撃に、俺は体勢を崩し、無様に膝をついた。
血が流れる。
体力が削られる。
死神が、ゆっくりと、ヒールの音を響かせて歩み寄ってくる。
終わりか。
いや。
俺は、血まみれの手で、最後の手榴弾のピンを抜いた。
それを、自分と死神の間の床へ向けて、無造作に転がす。
爆発。
だが、狙いは死神ではない。
ロケット弾、そして手榴弾の連続した爆発。
その熱と衝撃は、すでに天井の配管を限界まで痛めつけていた。
この最後の爆発が、とどめとなった。
ジリリリリリリッ!!!
けたたましいベルが鳴り響く。
同時に、天井に設置されたスプリンクラーが一斉に作動した。
ザーーーーッ!
大量の水が、滝のように室内へと降り注ぐ。
それはただの水ではない。俺達で仕込んでおいた、特殊な冷却液とナノマシンの混合液。
絶対の防御を誇る「死神の黒い霧」は、急激な温度低下と微弱な電磁波の干渉によって、その分子結合をわずかに緩ませる。
水は床に溜まった俺の血と混ざり合い、赤い飛沫となって空中に舞う。
死神の足取りが、その水に阻まれ、ほんのわずかに―――本当に、コンマ数秒だけ、遅れた。
その一瞬。
それが、俺たちが命を繋いで作り出した、最後の盤面。
俺は最後の力を振り絞り、壁のラックから一振りの日本刀を引き抜いた。
赤い水が視界を遮る中、俺は死神に向かって疾走する。
折れた肋骨も、裂けた肉の痛みも、今はもう存在しない。
死神が、両手を広げた。
黒い霧の防御壁が、再び展開される。
俺は刀を両手で上段に構え、渾身の力でその防御壁に叩きつけた。
ガギィィィィンッ!!
刀身が霧に触れ、金属同士が激突するような激しい火花が散る。
拮抗。
そして。
―――パキンッ。
刀が、折れた。
鋼の刃が、無惨に砕け散る。
その瞬間。
絶対的な虚無であったはずの死神の顔に、初めて明確な感情が浮かんだ。
勝利の確信。
俺の死を決定づけたという傲慢な愉悦が、彼女の口角を三日月のように、にやりと吊り上げる。
無防備になった俺に向けて、死神が攻撃に転じる。
黒い刃が、俺の首を刎ね飛ばそうと迫る。
刀が折れた反動をそのまま利用し、首を狙う刃の軌道をかいくぐり、すでに死神の死角へと身体を沈み込ませていた。
俺は、折れた刀を迷わず投げ捨てた。
身を沈める。
頭上を、死を呼ぶ黒い刃がかすめていく。
その瞬間。
死神の腕が上がり、胸元が―――完全に無防備になった。
絶対的な、隙。
俺の右手は、すでに腰のホルスターにあった。
引き抜いたのは、鈍く光るチタン合金のナイフ。
踏み込む。
折れた足も、すべてをこの一歩に乗せる。
ナイフを握る右手に、己の全体重、全存在、全怨念を乗せた。
―――突き立てる。
刃先が、死神の黒い外套を貫く感触。
防御の消失した胸元に、抵抗はない。
そのまま肉を裂き、骨を抜け、胸の深くまで、根元まで、刃を押し込んだ。
死神の動きが、完全に止まった。
俺の顔のすぐ目の前に、死神の顔がある。
驚愕に目を見開いた、その顔。
だが、数秒の硬直の後、その表情は信じられないものを見るような、どこか恍惚とした歪みを見せた。
「……ありえ、ないわ。ただの演者が、私を、終わらせるなんて……」
血の混じった、ひび割れた囁き。
それが、俺の運命を弄んできた絶対者の、最期の言葉。
「……いい加減、飽きたんだよ。お前のくだらない演劇にはな」
俺は冷たく吐き捨て、さらに深く、ナイフの柄が胸にめり込むほどに押し込んだ。
天井からの赤い水が、二人の体を、等しく濡らし続けていた。
刃が、肉を割り、骨を擦る。
そのひどく生々しく、絶対的な感触が、柄を握る右手に伝わり続けていた。
至近距離。
俺はナイフを押し込んだまま、死神の顔を真っ直ぐに見据える。
赤い瞳。
絶対的だったその双眸から、ふっと、光が抜け落ちていく。
彼女を覆い、あらゆる物理法則を拒絶していた黒い霧の防御壁が、ガラスが砕けるように四散し、虚空へと消滅した。
密室を支配していた異常な磁場が、嘘のように収束していく。
空中で狂ったように弾けていた高圧電流のスパークが止む。
残ったのは、静寂。
いや、違う。
天井のスプリンクラーから降り注ぐ、無慈悲な水音だけが、この冷たいコンクリートの部屋に響き渡っていた。
俺は、肺の奥に溜まっていた熱い空気を、荒い息と共に吐き出した。
「……俺の、勝ちだ」
声は、ひどく低く、かすれていた。
終わった。
復讐は、終わった。
無限のループ。
自分自身を殺すという狂気の果てに、俺は自分の手で、この呪われた円環に終止符を打ったのだ。
目的は、達成された。
―――はず、だった。
俺の視界が、突如としてぼやけた。
水滴が、こぼれ落ちる。
それは、天井から降り注ぐ冷たい赤い水ではない。
熱を持った、透明な水滴。
それが俺の頬を伝い、顎からポロポロと滴り落ちていく。
「……なんだこれ」
俺は空いている左手で、乱暴に頬を拭う。
だが、止まらない。
水分は次から次へと両目から溢れ出し、視界をぐしゃぐしゃに歪ませていく。
「なぜ、泣いてる」
理由がわからない。
俺は復讐を完遂した。
俺の人生を、俺の人生を狂わせた神を破壊したのだ。
歓喜があるべきだ。安堵があるべきだ。
だが、感情の制御が一切利かない。
俺の意思とは完全に無関係に、脳の命令を無視して、涙腺がただ涙を排出し続けている。
胸の奥。
心臓があるべき場所に、ぽっかりと巨大な空洞が開いたような、圧倒的な喪失感。
―――グラリ、と。
死神の体が、小さく揺れた。
胸にチタン合金のナイフが深々と刺さった状態のまま、彼女は膝の力を失う。
体が、前へとよろめく。
防御の姿勢も取らない。俺への反撃の意志すら見せない。
それは、すべての抵抗を完全に諦めた、ただの「落下」だった。
死神の体が、俺の胸に崩れ落ちてくる。
突き放すべきだ。
なのに、俺は彼女を突き放すことができなかった。
無意識のうちに、ナイフの柄から右手を離していた。
俺は両腕を前に出し、倒れ込んでくる死神の細い背中に腕を回す。
俺は、自分を永遠の地獄に落とした張本人を、その腕で抱き留めていた。
死神の黒い外套は、赤い水と血を含み、ひどく重くなっている。
だが。
その冷たい布の内側にある肉体から、はっきりとした『熱』が、俺の体に伝わってきた。
体温。
死神の体は、確かに温かかった。
ただの亡霊ではない。神ではない。
俺の腕に、胸に、その確かな命の熱が直接触れる。
ザーーーーッ。
スプリンクラーからの赤い水が、俺たち二人の体を容赦なく打ち据える。
俺の腕の中。
死神の体から伝わるその熱が、一秒ごとに、ほんの少しずつ、冷たくなっていく。
生命活動が、完全な停止に向かっている。
俺は死神を抱きしめたまま、何も言えず、ただ皮膚で、その体温の低下を感じ取っていた。
流れる涙の意味もわからないまま。
ただ、抱きしめることしかできなかった。
死神が、俺の腕の中で、ゆっくりと顔を上げた。
力が抜けきっているはずの右手が、微かに持ち上がる。
それは、俺の顔へ向かって、ひどく頼りなく伸びてきた。
―――触れる。
白く、細い指先が、俺の頬を撫でた。
温かい。
冷酷な死の象徴であったはずのその手は、ひどく人間らしく、優しかった。
死神の指が、俺の頬を伝って落ちる、自分でも意味のわからない涙を、そっと拭い取っていく。
その瞬間だった。
ジジッ。
死神の顔の輪郭に、ありえないはずのノイズが走った。
俺の視覚情報が、ブレる。
網膜に焼き付いた映像がバグを起こしたかのように、一瞬だけ本当に、コンマ数秒だけ。
見慣れた顔が、死神の顔に重なって表示された。
幻覚か。それとも、極限状態の脳が見せたエラーか。
重なって見えたそれは、口角を上げ、確かに笑っていた。
どこか安堵したような笑み。
死神の唇が、ゆっくりと動く。
声帯の振動による音声は、発生しない。
代わりに、微弱な、ひび割れた電子音だけが、ジジジと空気を震わせた。
音は、ない。
だが、その唇の動きが形作る言葉は、はっきりと読み取れた。
『―――あ、り、が、と―――』
直後。
死神の肉体が、内側から強烈に発光した。
眩いほどの純白の光。
肉体も、黒い外套も、突き立てたチタン合金のナイフごと、すべてが光の粒子へと変換されていく。
サラサラと、砂がこぼれ落ちるように。
光の粒子は俺の腕をすり抜け、重力を無視して、天井へ向かってゆっくりと拡散していく。
フッ、と。
俺の腕の中から、確かな質量が完全に消失した。
俺は、何も存在しない虚空に両腕を回した状態のまま、立ち尽くしている。
目の前には、もう誰もいない。
圧倒的な力を持っていた絶対者も、俺の人生を狂わせた理も、もうどこにも存在しない。
ただ、俺の頬にだけ。
涙を拭われた、あの指の確かな温もりだけが、消えない傷跡のように残っている。
ザーーーーッ。
天井のスプリンクラーからは、血の混じった赤い水が、未だ無慈悲に降り続いている。
冷たい水音が、主を失った密室に空虚に反響する。
俺は、ゆっくりと両腕を下ろした。
赤い雨に打たれながら、終わってしまった世界の中心で、俺はただ一人、立ち尽くしていた。
視界が、白く塗り潰される。
絶え間なく響いていたスプリンクラーの水音も、足元にまとわりつく赤い水も、すべてが光の暴力に呑み込まれて消失していく。
無機質なコンクリートの壁。
それが液状に溶け、まったく別の色彩と形状へと置き換わっていく。
浮遊感。
一度完全に失われた重力の感覚が、再び足元に確かな質量として固定される。
鼓膜を打つのは、死を告げる冷たい電子音ではない。
無遠慮で、暖かくて、ひどく平和な―――人間の話し声と、笑い声だ。
光が収束する。
視界が、鮮明な輪郭を取り戻す。
俺は、硬い木製の机の前に座っていた。
周囲には、同じ制服を着た数十人の生徒たち。
窓から差し込む暖かな陽光。黒板に描かれた、退屈な数式。
教室だ。
どこにでもある、ありふれた、平和な高校の教室。
「……おい、アキラ。聞いてるのか?」
正面の席。
一人の男子生徒が身を乗り出し、俺の顔を覗き込んでいた。
短く刈り込んだ金髪。安っぽくて派手な腕時計。
俺は、その顔を直視した。
猛。
あの時、転生前の世界で、冷たい面会室のガラス越しに、俺の目の前で毒殺された舎弟。
その彼が、生きている。
生きて、俺の目の前で、何事もなかったかのように笑っている。
ドクン、と。脈拍が速くなる。
俺の脳内には、確かに存在している。
あの絶望のループ。暗部の血生臭い訓練。ウロボロスの創設。そして、たった今終わらせたばかりの、死神との決戦までの全記憶。
そのすべてが、焼き付いたように鮮明に残っている。
だが。
この空間には、血の匂いもない。焦げた硝煙も、冷たい殺意も、何一つ存在しない。
死神が消滅した。
その事実が、狂っていた世界の「理」を書き換え、すべてを正しく再構築したのだ。
「聞いてるぞ」
俺は、努めて平坦な声で、短く答えた。
猛は「ならいいけどよ」と呆れたように笑い、再び自分のスマホへと視線を落とす。
俺は、自分の手を見下ろした。
肉を割り、骨を断ったナイフの感触は、もうどこにもない。
制服の袖口から伸びる指先は、血の赤など知らないように、汚れ一つなく綺麗だった。
「……どうかしたの?」
隣の席。
そこから、声がした。
俺は、ゆっくりと、ひどくゆっくりと首を巡らせる。
そこには。
伊集院桜が、座っていた。
窓から吹き込む風が、彼女の長い黒髪を柔らかく揺らしている。
その瞳は、黙り込んだ俺を心配そうに見つめていた。
暗部の重圧。当主代行としての悲壮感。血塗られた宿命。
今の彼女の顔には、そんなものは微塵もない。
ただの女子高生としての、痛いほど穏やかで、無防備な表情だけがそこにある。
俺は、彼女の顔を数秒間、ただ静かに見つめた。
過去のループで、彼女が俺に向けた狂気じみた執念。
共に戦った記憶。
そして、あの転送の瞬間、俺の背中に張り付いた熱い体温が、脳裏に鮮やかに蘇る。
「いや……」
俺は、自然と口角を上げた。
「お前が隣にいるのが、一番しっくりくるなと思ってな」
言葉にして。俺は、声を出して笑った。
いつ以来だろうか。心からの、何の裏もない笑い声。
桜は、驚いたように目を見開いた。
カァッ、と。
彼女の頬が、急速に熱を帯びて赤く染まっていく。
桜は、何かを堪えるように、胸の奥を両手でぎゅっと押さえた。
その瞳が、激しく揺れている。
彼女の脳内に、過去の記憶などない。
あの死闘も、別れも、何も知らないはずだ。
だが。
彼女の肉体が、魂が、確かに知覚している。
理由のわからない絶対的な安心感。
そして、どこか遠く、懐かしい。
処理しきれない感情の奔流に戸惑いながらも。
桜はただ顔を赤くし、どうしようもなく嬉しそうに、微笑んだ。
彼女の脳内に、過去の記憶などない。
あの死闘も、別れも、何も知らないはずだ。
処理しきれない感情の奔流に戸惑いながらも。
桜はただ顔を赤くし、どうしようもなく嬉しそうに、微笑んだ。
その無防備な笑顔を見て、俺は肺の底に溜まっていた最後の熱を、静かに吐き出した。
終わったのだ。
血塗られた呪縛も、運命の強制力も。
今ここにあるのは、ただの平凡で、退屈で、愛おしい日常だけ。
やがて予鈴のチャイムが鳴り、教師が教室に入ってくる。
生徒たちがパタパタと席につき、ノートを開く音が広がる。
俺もまた、鞄から教科書を取り出し、木製の机の上に置いた。
窓の外を眺めながら、緩やかに流れる時間に身を委ねる。
頬を撫でる風は心地よく、世界は完全に平穏を取り戻していた。
だが。
その穏やかな静寂の中で。
ふと、俺は自分の中に生じた「微かな違和感」に気づいた。
この平和な世界を勝ち取るために。
俺は、どうやってあの場所。
神を殺すための最深部へ辿り着いた?
俺は、脳髄の奥底に刻まれた記憶の領域へアクセスする。
過去の絶望的なループ。ウロボロスの構築。地下密室での、あの血みどろの死闘。
事象の記録は、すべてそこにある。鮮明に。残酷なほど確実に保存されている。
だが。
思考の海を巡る過程で、致命的なエラーが発生した。
パズルが、組み合わさらない。
数万回の死の果て。絶対に一人では辿り着けなかったはずの、あの結末。
そこに至るまでのすべての道程に、確かに寄り添っていたはずの「輪郭」が、どうしても出てこないのだ。
誰だ。
誰が、俺の隣にいた。
顔。名前。音声。
その特定の個体に関するデータだけが、俺の脳内から、綺麗に、完全に、削り取られている。
最初からそんな人間など存在しなかったのだと、世界が静かに主張している。
ない。
だが、そこに『誰かがいた』という空白だけが、異常なほどの重さを持っている。
胸部の中央。
心臓のすぐ隣に、物理的な風穴がぽっかりと空いたような、決定的な欠損の感覚だけが残っていた。
◇
放課後のチャイムが鳴っても、その正体不明の喪失感が消えることはなかった。
窓の外からは、帰宅する生徒たちの無邪気な笑い声が響いてくる。
平和な日常。血の匂いもしない、死の恐怖もない世界。
それは俺が命を懸けて勝ち取ったはずの悲願だというのに、胸の奥で燻るこの空虚な熱は、どうしても冷めてはくれなかった。
(……何かで、この穴を埋めなければ)
予定調和のぬるま湯に浸かり続けるには、俺の魂はあまりにも狂気と闘争に慣れすぎてしまっていた。
欠落した「誰か」の代わりに、俺のこの熱を持て余さずに付き合える人間が、この世界にいるとすれば。
教室の喧騒を背に、俺は一人、静かな校舎を歩いていた。
無意識のうちに足を向けていたのは、かつて「共犯者」を見出し、世界を裏側から書き換える起点となった場所。
聖条学園の、図書室。
西日が巨大な窓ガラスを透過し、磨かれた木製の床に長方形の光の帯を焼き付けている。
空気中の微細な埃が、その光のなかでゆっくりと、無意味に浮遊していた。
窓際の特等席。
そこに座る不破蓮は、分厚い洋書のページを開いたまま、ひどく長く、退屈そうな呼気を肺から吐き出した。
文字の羅列を追うことをやめた眼球が、窓の外の景色へと固定される。
彼女の優秀すぎる脳髄は、視界に入るすべての事象。
風の角度、生徒の歩幅、葉の落ちる速度を瞬時に計算。
予測可能な結果だけを無慈悲に弾き出し続けている。
未知が存在しない。驚きがない。
彼女の顔の筋肉は完全に弛緩し、能面のような無表情を維持していた。
ギィ、と。
図書室の重い扉が、静寂を破って開かれた。
俺は、室内へ足を踏み入れる。
等間隔で規則的に並ぶ、巨大な本棚の迷路。その間の通路を、俺は歩く。
コツ、コツ、と。革靴の底が硬い床を叩く音が、一定のリズムで静寂な空間に反響していく。
視界の先。書架の脇に、移動用の木製梯子が配置されている。
ズレていた。
本棚の垂直線と、床の水平線が構成する空間に対して、ほんの数センチメートル。
許しがたい、視覚のノイズ。
俺は歩行速度を一切落とさず、左腕を、無造作に伸ばした。
指先が、冷たい木枠に触れる。
歩行の推進力をそのまま利用し、横方向へと物理的な力を流し込む。
車輪がレールの上を滑らかに回転し、梯子がスライドする。
―――カタン。
乾いた摩擦音が鳴り、梯子が停止した。
そこは、壁面全体の黄金比の座標。空間が最も美しく安定する、完璧な一点。
俺は左腕を下ろし、視線を一度も向けることなく、ただ前だけを見て歩き続けた。
窓際の席。
不破蓮の肩が、ビクリと跳ねた。
彼女の視線が、移動した梯子に完全に縫い付けられている。
硝子のような瞳孔が、急激に拡大する。
彼女の脳内で、今起きた事象の再計算が、発熱を伴うほどの速度で行われているのがわかった。
結果は、エラー。
彼女の予測値を完全に逸脱した、未知の数式の出現。
俺は彼女の対面の席へ移動し、木製の椅子を引いて腰を下ろした。
不破の視線が、梯子から、俺の顔へと移動する。
俺は、彼女の目を真っ直ぐに直視した。
微かに震える、薄紫の眼球。
心拍数が急上昇し、呼吸が一時的に停止しているのが、手に取るように観察できた。
「退屈か? この予定調和の世界は」
声帯を震わせた音声が、空気を伝わり、彼女の鼓膜を直接揺らす。
トクンと。不破の上半身が硬直した。
顔面から血の気が引き、蒼白になる。
俺は、頬の筋肉を引き上げ、口角を吊り上げた。
かつて裏社会を支配した時の、絶対的な支配者としての表情筋の動きを、この顔に完全に再現する。
「俺と一緒に、このつまらない世界を少し『面白く』してみないか」
死神は、消滅した。
俺を駆り立てた復讐の対象も、俺を縛り付けていた運命の呪いも、もうどこにも存在しない。
この空間には、ただひたすらに平和で、退屈な日常だけが存在している。
だが。
俺の体内には、血肉の奥底には、まだ消費しきれていない莫大な熱量が燻っている。
胸の奥の渇きは、平和な日常くらいでは到底癒やされはしない。
俺の脳が、新たな目的を、明確に設定した。
この何もない世界線を。
俺の意志で、俺のやり方で、もう一度、一から再構築してやる。
俺はテーブルの上に右手を置き、指先で天板を一度だけ、トン、と叩いた。
「最後は、あいつらと出来なかった続きをやるか」
俺の網膜の裏に、かつての事象の記録が再生される。
キーボードを叩く南雲ミナの姿。
拳を振り上げる黒鉄牙の姿。
そして、今朝の教室で俺の顔を覗き込んできた、生きた猛の姿。
俺の脳内で、新たな組織の構成員リストに猛のデータが追加された。
「……猛も、今回は組み込んでやるか」
俺は椅子から立ち上がった。
新たな組織を構築するための行動を開始する。
不破蓮が俺を注視している。
彼女の瞳孔が拡大し、眼球の奥に強烈な知的好奇心の光が点灯した。
俺は踵を返し、図書室の出口へ向かって歩き出した。
「俺の時間は、ここから動く」
俺は図書室の重い扉を押し開け、廊下へ出た。
背後で、木製の椅子が床を擦る摩擦音が鳴った。
不破蓮が立ち上がり、俺の歩行経路を追従し始めている。
革靴が床を叩く。
俺の歩行は止まらない。
この再構築された世界を俺の意志で上書きするための、具体的な行動が開始された。
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澪の話はまた別の機会に書ける機会があればスピンオフとして書けたらと思います。




