予想外
「異世界からとりっぷ…?」
「ああ、トリップって言うのはですね、ある世界から別の世界へ移動してきちゃったというか飛ばされてきちゃったというか…とにかく別世界に来ちゃったことを言うんです」
トリップについて説明しながら、思わず笑い出しそうになるのを堪えた。
だって、考えても見て下さいよ?
超高級そうなふかふかベッドの上でファインティングポーズをとりながらこんな突拍子もないことを説明してるなんて、可笑しすぎるでしょ。
当事者の私でもこんなに可笑しく感じるんだから第三者的な目線で見たらさぞかし面白いに違いない。
「…何をニヤニヤ笑ってるんだお前?もしかして今の冗談だとか言うんじゃないだろうな…?」
うおっと、堪え切れなかった笑いが顔に出てしまっていましたか!
こりゃどーも失礼しました。
「いやいや、冗談じゃなくて大真面目な話です」
そう、これはめちゃくちゃ大真面目な話なのだ。
だって異世界へトリップだよ!?
何だってこんなことになってしまったのだろうか…。
「つまり、お前は異世界人というわけだな?」
「はい、そうなっちゃうみたいです」
私からしたらあなたが異世界人ですけどね。
外人から見たら日本人が外人、宇宙人から見たら地球人が宇宙人的な感じだなこれ。
「まさか本当に異世界人が来るとは…。しかもよりにって我の治世の間に来るなんて…」
んんんん??
何だか思ってた反応と違うぞ?
「異世界からトリップしてきちゃいました☆」何て言ったら、「はあ!?お前、頭おかしいんじゃねーの!?」的な冷たい反応が返ってくると思ってたんですけど。
まさかの異世界トリップ予想済みパターン?
そんなのありなんですかい?
「ここ何千年もこんなことはおこらなかったゆえ、真実味に欠ける伝承だとばかり思ってたが…事実だったということか?」
何か一人でブツブツと考え始めちゃいましたよ、あの人。
私の存在を完全に忘れてませんか?
よし、試しに2、3回ジャンプしてみよう。
きっとこのベッドふかふかだからかなり波打つだろう。
そうしたら考え事に夢中になっている王様は足元のバランスを崩してバッターン!っとこける……うひひ、面白そう。
「そうと考えれば、この小娘が我の部屋の警備と結界を破って侵入できたのにも納得がいく…」
おおおおッ!
予想通りベッドはものすごく波打ちましたよっ!
普通のベッドじゃこんなに波打たないんじゃないのってくらいに。
トランポリンなみですよ、この波打ち加減は!
「加えて我はこの小娘が光に包まれて突然現れてのを見ているし、やはりあの伝承を信じるしか…」
でも、予想外だったのは国王様の反応。
相変わらず私のこと無視ですよ。
ジャンプした本人がバランス崩したくらいベッドが波打ってるというのに、あの国王様ときたら考え事を続行しながら平然と立ったままッ!
その集中力とバランス力、アンビリーバボーだよッ!
「しかし、小娘が刺客だという線も完全に消し去るわけにはいかぬ。我が国の伝承を知っていて異世界から来たと嘘を言っているのかもしれんし…」
こんだけ気がつかないなら、ちょっくらこの部屋探検してもバレないんじゃない?
さっき見回した時から気になってたんだよねー、この部屋無駄に豪華で広いから。
探検しがいがあるってもんじゃない?
「そうと決まれば、よいしょっと…」
ベッドから降りようと足元を見て、ふと気がつく。
そういや私、靴履いたままだ。
コンビニ行く途中でトリップしちゃったんだから靴履いてるのは当たり前っちゃ当たり前なんだけど、これで国王様のベッドに立ってたのか。
…心の中で謝罪するよ、国王様。
「わっ、すごいっ!金の壺だっ」
とりあえず、ベッドから一番近い―――といっても部屋が広いから何歩かあるかなきゃならんかったけど―――テーブルに置いてあった金の壺をしげしげと眺めてみる。
何か「The・金持ち」って感じの高級感が漂ってますねー、この壺。
飾りで埋め込まれてる色とりどりの石って、もしや宝石?
これ売ったら幾らくらいになるんだろう…。
「おいっ、すずたにかりんッ!!」
「ひゃいッ!」
アイタタタ…ッ!
急に名前呼ばれたから驚いて金の壺に頭突きしちゃったよっ!
……って、わーッ!!!
倒れるっ、壺がっ、金の壺がッ!!!
壊したら弁償できないよーッ!!!
「………セーフッ!!!」
あ、危なかったッ…!
ギリギリのところで私・鈴谷花梨、金の壺が倒れるのを阻止しましたッ!!
我ながら素晴らしい反射神経でしたね、今のは。
何か九死に一生を味わったような気分ですよ、まったくもうっ!
「…何してるんだ、お前?」
振り返れば、ベッドの上から訝しげな表情で私を見つめる国王様。
いや、こうなったのあなたのせいでもあるんですからね!?
いきなり人の名前を大声で呼びやがって、コンチキショー。
「あなたがいきなり大声で私の名前を呼んだりしなければ、こんな九死に一生みたいな気分になんなくて済んだのにっ!」
「いきなりじゃない。何度も呼んでいた。お前があまりに気がつかないから少し声を大きくしただけだ」
「少しどころか、かなり大きな声だったと思うんですけどねっ」
「それでは、お前の言う大きな声で呼ばないと気がつかなかったのは何処のどいつだ、すずたにかりん?」
あー言えばこー言いやがって……口の減らない国王様だことっ!
昼ドラの意地悪な姑のネチネチした嫌味にもきっとこの国王様は渡り合えるだろう。
私が姑になったらこんな嫁はお断りだ。
「はいはい、私が悪うございましたっ!すいませんねっ」
「…謝られている気がしないのだが、すずたにかりん?」
「それはあなたの心がねじ曲がっているからじゃないですか、国王様?」
「…」
「…」
…そんな恐い顔で睨まれたって、負けないんだからねっ!
虫けらを見るような目で見られたって、全然平気だいっ!
………ちょっと……ほんのちょっと恐いだけだもん…。
「…そんな顔で見るな。まるで我が弱い者いじめをしているようではないか」
そんな顔ってどんな顔だよ。
自分の顔は鏡がなきゃ見れないんだか分からないぞ。
それに私は弱くなんてないやいっ!
……たぶん。
「もうよい、今の話は終わりだ。次の話に移るぞ」
「次の話?」
「お前…すずたにかりんの処遇についてだ」
処遇ってこれからの扱いってことだよね?
私、どうなっちゃうんだろう?
まさか解剖されたりしないよね…?
いやーっ!気になるっ!
あ、でもその前に気になることがひとつ。
「あの、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「その、鈴谷花梨ってフルネーム呼びやめてもらえません?何か気持ち悪くて」
「一続きで名前ではないのか?」
「いや、鈴谷と花梨で分かれてるんですよ。苗字が鈴谷で名前が花梨なんです」
「みょうじ…?」
「ああもう、とにかく名前は花梨なんですっ!」
「なら最初からそう言えばいいだろう」
あんたがフルネームで名乗ったから私もフルネームで名乗り返したんでしょうがっ!!
それなのに偉そうに言いやがって―――――…って、この人そう言えば本当に偉いんだっけ。
「それでは…カリン」
何だかさっきと発音が微妙に変わりましたね?
自分の名前がちょっと外人の名前っぽく聞こえましたよ?
もしかしてさっきまでは鈴谷って言うのが発音しにくかったのかなあ。
「お前の処遇についてだが――――」
ぐるるるるるるるるるるーっ!!
「…」
「…」
あ、すいません。
ぐるるるるるるるるるーっていうの私のお腹の音です。
思い返してみれば、私ポテトッチップスを買いに行く途中でこっち来ちゃったんだよね。
つまり、お腹がすいてる状態だったんですよ。
今までなんやかんやで忘れてたけど、お腹が限界に達してしまったようです。
「すいませんけど、私の処遇の前にとりあえず何か食べさせてくれません?」
あははっ、と笑う私に国王様は盛大な溜息を送ってきやがりました。