美形さん
「わぁ…綺麗」
思わず漏れた私の言葉に、目の前で見開かれていた紫色の瞳が値踏みするように細められた。
さっきまで驚愕の光が浮かんでいたアメジストのようなその瞳には、今や異物でも見るかのような冷たく鋭い光が浮かんでいる。
でもそんな嫌な感じの視線を向けられても腹が立たないほど、目の前の瞳は美しい。
うーん、ブラボー!!
「紫の瞳の人なんて本当にいるんだねっ!あ、もしかしてカラコン?」
「…からこん?」
うおッ!
何て良い声してるんだこの人!
ちょっと低めの色っぽい声……こういうの「腰が砕ける声」って言うんだっけ?
「そう、カラコン。カラーコンタクトの略。もしかして、知らない?」
「…知らぬ」
へー、今のこのご時世でもカラコンを知らない人がいるんですねぇ。
まあ、こんだけ綺麗な瞳を持ってれば色を変えたいなんて思わないか。
それによく考えてみれば世界は広いんだから、知らない人がいても不思議じゃないよね。
アマゾンの奥地に住む人がカラコン知ってたらびっくりものだし。
「まあ、知らなくても大丈夫だよ。あなたにはきっと必要ないものだろうし」
「…」
そういや、今まで紫の瞳にばっか気を取られててこの人の顔よく見てなかったけど…ものすごい美形さんではないですかッ!!
鼻筋はスラリと通ってるし、形のいい唇はプルプルだし、白い肌は至近距離で見つめているにも関わらず毛穴が見えないほどの超美肌。
加えて短くも長くもない適度な長さの漆黒の髪は、触らなくてもサラサラだと分かるほど艶がある。
さっきの声からして男の人だとは思うけど…女と言っても通用しそう。
こりゃ、色んな意味で世の女の敵だね。
「…顔が近い」
おっと、あまりの美形っぷりについ夢中になって観察しちゃったよ。
気付けば美形さんの顔がくっつきそうなくらい近くにある。
いや、ほんとすまんね美形さん。
「ああ、ごめんなさい」
そう言って顔を離すと、美形さんは盛大な溜息を漏らした。
若干呆れたようなバカにされてるような、とにかく嫌な感じの溜息だけど美形は何やってもキマッて見えてしまうから怒りが沸いてこない。
これぞ美形マジックだぜ。
「おい、小娘」
む、小娘とは私のことですかな?
確かにチビで童顔だけど私は17歳の立派なレディですよ!
あと三年で成人するんだもんね。
だから小娘なんかじゃ―――――…あれ、成人してないってことは小娘であってるのか?
「お前、誰だ?」
随分と上から目線な人だなー。
美形だからか?
でも、美形だからって偉そうにしていいなんて法律は何処にもないんだぞ。
「人に誰かって聞く時はまず自分から名乗るのが普通でしょ?」
オイオイ、何故そこで睨むんだ美形さんよ。
私は常識を言ったまでですよ?
睨まれる覚えは何処にもござりませぬぞ。
「…我が名はレイシス・ラベン・リュカリエ」
瞳の色からして日本人ではないとは思ってたけど。
髪は黒かったからハーフかなーなんて考えてた。
雰囲気は東洋と西洋が混ざったようなエキゾチックな感じだったし。
でもその長ったらしい名前からしてバリバリの外人さんだよねー。
てか、この人が外人だとしたらなんで私会話できてるんだろう?
英語はテストでいつも赤点繰り出すような壊滅的に苦手な教科であるはずなんですけども。
「おい小娘、お前の名前は?」
「あ、鈴谷花梨です」
「すずたにかりん…?変な名前だな」
変じゃないよ、普通だよ。
そりゃ外人からしたら普通じゃないかもしれないけど、私は日本人だからね。
どこも変じゃないやい。
「で、お前一体何者だ?」
「は?」
「此処は我の寝室。お前は眠っている我の上に突然光に包まれて現れた」
「え…」
今更ながら辺りを見回してみると…なるほど、確かに私は今までに見たこともないくらい大きなベッドの上で仰向けに寝ているこの美形さんに馬乗りになるようにして乗っかっている。
これじゃあ、まるで私がこの人を襲っているようではないか。
乙女としてあるまじき姿だよ、どうしようお嫁に行けない……――――って、いやいや今はそこが問題なんじゃない。
『何で私はこの人の上に乗っかっているのか』
それが今の問題だ。
「あのー、今更で物凄く申し訳ないんですけど」
「何だ?」
入ったことの無い豪華な部屋。
眠ったことのない大きなベッド。
そして会ったことのない美形さん。
ぐるりと見回して見た世界は知らないものだらけ。
「ここ、何処ですか?」
私、鈴谷花梨17歳。
なにやら不思議な出来事に遭遇中です。