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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第二部 ―新米編―
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ep.29 ある日(3)


 どれほどの時間が経過したのか。

 三人が囲む作業台の上が、書き込まれた紙で埋め尽くされた頃。


「毒術師、シユウ殿はいらっしゃいますか」

 円形書庫側から、声が響いた。


「毒術師、シユウ殿はいらっしゃいますか」

 声の主は区間を移動しながら、シユウの名を呼んでいる。


「呼ばれてるわよ」

「何だろう……」


 蟲之区の奥深くには式が届かないため、時おりこうして係官が直接、式の到着を知らせに来ることがある。この区のように長時間の滞在が前提となる施設では、珍しくない光景だった。


「すみません、僕はこれで」

「またな!」

「任務かしら? ご武運を~」


 呼び出しを受けてまで届けられる知らせ――それは、すなわち急務であり、任務であることが多い。

 要や庵の快い送り出しを受け、青は鞄を掴むと足早に工房を後にした。


 外に出ると、周囲を見回す文官の姿があった。青は声をかけ、名乗る。すると、文官は一通の書状を手渡した。


「確かにお届けしました。ただちにご確認ください」

 一礼して去っていく文官の背を見送りながら、青も軽く礼を返す。


 円形書庫で読書や調べ物に没頭する者たちは、誰ひとりとして青の様子を気に留めることなく、手元の文字に集中していた。


 この場で読んでも差し支えはなさそうだ――そう判断し、青は書状を開く。

 そこに記されていたのは、ただ一言。


「!」


 至急 長室へ来られたし



「シユウ佳師。君とは毎年のように会っている気がするね」


 通された長室は、薄暗かった。


 室内には、長と四人の技能職位管理官たちが並ぶ。

 前回と同様、管理官たちのための椅子はなく、長もまた起立したまま、青を迎えた。


「室内は私たちだけだ。顔を見せても大丈夫だよ」

「……はい」

 では、と青は額当てを外し、口元の覆面を顎の下へ下げる。


「毒術師、狼の位シユウ、参じました」

 儀礼的な名乗りを告げ、五人へと深く頭を垂れた。


「君ももう十七か。また少し背が伸びたかな」

 青の素顔を見つめながら、長はいつもの微笑を浮かべた。


「はあ……」

「前回と違って、何故呼ばれたのか分からない、という顔をしているね」


 長の意図を掴めず、青は戸惑いの色を浮かべる。技能職位管理官たちは相変わらず無言のままだ。


「何かお叱りを受けるようなことでもしたのかと」

「心当たりがある?」

「……」


 視線を泳がせ、返答に迷う青を見て、長はくつくつと笑いを零した。


「多少のやんちゃの心当たりくらいあった方が、元気があってよろしい」

 長が片手を軽く挙げると、それに応じて技能職位管理官の一人が一歩前に踏み出した。

 白い仮面をつけ、白い長衣の裾を引きずる姿。


「大月青、務め名シユウ」

 長の声に合わせ、白き仮面は両手で三宝を掲げる。

 盆に敷かれた白い絹布。その上に、銀色に輝く板が乗っていた。


「毒術師・虎の位に任ずる」

 それは、虎の紋章が彫られた甲当て。


「――え」

 口を開け、目を丸くする青をよそに、長は続けるべき言葉を口にした。


「加えて、大月青下士の中士昇格を許す」

「え?」


 沈黙が落ちる。


「……」

「……」

「……ん!」


 三宝を掲げたままの白き仮面が、呆然と立ち尽くす青にしびれを切らし、三宝の角でその腕を小突いた。


「いたっ」

 仮面の向こうから微かな舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。


「あ、し、失礼しました」

 慌てて手甲の狼の銀板を外し、三宝に置く。そして、代わりに虎の銀板を手に取った。


「……虎……」

 夢うつつのように、その意匠を見つめる。


「え、で、でも」

 我に返り、長の瞳と虎の銀板を交互に見やる。

 白き仮面の管理官は、静かに役目を終えると、また楚々と定位置へと戻っていった。


「早い、と思うか?」


 青が狼の位を受けてから、一年半。

 朱鷺と目標を定めてから、ちょうど一年。

 目標としていた獅子の取得期限まで、あと三年。


「……いいえ」

 時間はいくらあっても足りない。

 青の黒曜の瞳に、一瞬、鋭い光がよぎる。


「この一年ほどにおける君の任務での評価を総合すると、いつまでもただの解呪係にしておくには勿体ない、と」

 長は執務机上に並ぶ資料の束の一つを手に取り、静かに捲った。


「幾人かの高位者からも、推挙があってね」

「光栄です……」


 少しずつ、これが現実であると実感が追いついてくる。血の気を失っていた青の頬に、次第に紅が灯り始めた。


「それで」

 長の白い指が、机上の資料の一枚を手に取る。


「君を虎に昇格させたのには、理由がある」

「?」

 虎の銀板に落としていた視線を上げると、一枚の書類が差し出される。


「ぜひ君に、経験を積んでもらいたい事がある」

 青の手がそれを受け取るのを見届け、長は両眼を細めた。

 資料の冒頭には、太字で記されている。


 ――「任務依頼書」。


「早速だが、挑戦してみてほしい」

「は、はい。承知しました」


 式で呼び出され、任務管理局に出向いて文官と対面し、依頼書を受け取る――青がこれまでに経験した任務の受領は、常にその手順を踏んでいた。こうして長室で直接命を受けるのは、初めてのことだった。


 戸惑いを覚えつつも、青は手元の依頼書を開く。


「拝見します」

 一行ずつ視線を滑らせ、記された内容を読み進める。


「単独の……暗殺任務……」

 そこには、青の単独行動による指令が記されていた。標的を「病死」に見せかけ、亡き者にせよ――つまりは、暗殺。


「確かに、初めてです」

 完全単独行動も、そして暗殺も。


 これまで請け負った任務は、最低でも四人、多くて十人規模の小隊による妖や賊の討伐が主だった。

 単独行動での潜入、標的の排除となれば、今までの任務とは性質がまるで異なる。


 詳細を確認しようと、青は任務書を裏返した。

 だが、その視線が止まる。


「……」

 そこに記されていたのは、暗殺対象の詳細。


 ある男と、その家族。


 ――その中には、幼い子どもも含まれていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話に追いついてしまいました。 たくさんの任務で着実に成果をあげて認められていってますね〜!朱鷺や峡谷さん、同期の仲間など周りにも恵まれて。特に上役に『育てたい』と思わせるなにかを持っ…
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