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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第二部 ―新米編―
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ep.24 夜戦(2)

 野営地を照らしていた焚き火が、森の闇に潜んでいた何者かによって一斉に掻き消された。

 暗闇の中、野営地の内外から複数の影が蠢き、足音が入り乱れる。


「ぎゃっ!!」

 藪の奥で、野太い悲鳴が響いた。


「うがっ、ぁあ!」

「ぐあっああ!」


 続けざまに、各所から断末魔が上がる。

 青の隣で、朱鷺が低く呟いた。


「いい感じ……」


 闇の中、悲鳴の連鎖は緩やかに蛇行しながら、確実に近づいていた。

 青が朱鷺の指示で仕掛けた罠を踏み、避けようとした賊たちは、知らぬ間に導かれていく。


 行き着いた先、そこに待ち構えているのは――


「炎神、紅気!」


 楠野の号令が響いた。

 次の瞬間、炎の帯が暗闇に巨大な半円を描く。


 照らし出されたのは、巨大な老木を中心に広がる剥げ地。

 そして、そこに追い込まれた二十数人の黒装束の賊たちの姿。


「!!」

「しまった……!」


 おびき寄せられたことに気づき、幾人かが踵を返す。


「地神、蠢動」

 地に両手を添えた一色が、低く唱えた。

 刹那、大地が揺れ、賊たちの足元が激しく波打つ。


 地の蠢きは巨大な老木の根から幹を伝い、梢へと波及した。

 葉脈の隅々にまで巡らされた毒が、一斉に放出される。


「ぐっ……!」

「な、体が……!」


 まるで時が歪んだかのようだった。


 老木が放った痺れ薬を吸い込んだ賊たちの足が、手が、体が――次々に動きを止める。

 その場に崩れ落ちる者、赤子のように這いずる者、辛うじて耐えながらも鈍く動く者――

 毒への耐性によって、反応は様々だった。


「殺れ!」

 一色、楠野両上士の号令が響く。


 身を潜めていた准士や中士たちが一斉に飛び出し、動きの鈍った賊たちを次々と仕留めていった。


「うわぁ……お見事です」

 高枝から眼下を見下ろしながら、青はただ感嘆の息を漏らすしかなかった。


 雲類鷲中士ら三人の嗅覚は正確で、隊長らの判断は的確。

 そして、朱鷺と蓮華の薬の効果は覿面だった。


「すごいですね、一師、いてっ!」

 頬を紅潮させ、朱鷺を振り向いた瞬間、黒い嘴でこめかみを小突かれる。


「まだ……」

 面の奥から、鈍く光る眼差しが青を射抜いた。


「頭目が……まだよ……」

 朱鷺の言葉が正しいと、証明されることになる。


「クソッ!」

 前衛の壊滅を目の当たりにし、賊の後衛がじりじりと退き始める。

 一人が背を向けると、連鎖的に我も我もと逃げ出そうとした。

 取り逃がすものかと、中士や准士たちが即座に追いすがる。


「!」

「ぐあっ!」


 突如、稲穂色の風が横切った。


 霞が取り払われた月光の下、賊数人と追跡していた中士や准士を巻き込み、木々と藪が横薙ぎに吹き飛ばされる。


 粉塵と木片が舞い上がり、辺りに煙幕が広がる中――その向こうから、金色の獣が姿を現した。


「あれは……!」


 その場にいた誰もが、思わず空を仰ぎ、動きを止める。

 高枝の上で身を乗り出した青を、朱鷺が「危ない」とばかりに襟を掴んだ。


かしら!」

 賊たちの声が震える。


 そこに立つのは、大狐。

 その巨体は、かつて青が森で遭遇した猪の妖獣を彷彿とさせた。


 月光を受け、稲穂色の毛並みが金色に輝く。

 しなやかな四肢に鋭利な爪、天を射る耳。

 そして、巨体よりもなお目を引くのは、その後ろにたなびく巨大な尾だった。


「でけぇ……!」

「狐の妖獣か?」


 誰かの声に、小毬中士が即座に応じる。

「いいえ」

 彼女の目が、金色の影を鋭く射抜く。

「尾が単一です。あれは妖狐ではありません」


 小毬の言葉通り、雲のように巨大な尾は一本。

 妖獣に分類される狐は、通常、二又以上の尾を持つ。

 九又ともなれば、それは妖魔に類される存在となる。


『敵前逃亡は許さぬ!』


 咆哮ではなく、狐が発したのは 人の言葉 だった。

 その声は衝撃波となって鼓膜を震わせ、空気を揺るがす。


 散り散りになりかけていた賊たちは、一瞬にして体を硬直させ、その場に釘付けになった。


「ウ……ぐ……」

 黒装束の隙間から覗く瞳は、どれも虚ろで、意思の光を宿していない。


「やはり……! 獣血の……」

 目端を顰めた雲類鷲が駆け出した。

 地を蹴るや否や、その身は大鷲へと変じ、一直線に大狐の眼前へ飛来する。


 狙いを逸らせた隙に、熊へと姿を変えた檜前が負傷者を踏みつけようとする大狐の片足に体当たりし、そのまま喰らいついた。


『ギャァア!』


 女の悲鳴のような甲高い咆哮が響く。

 怒りに満ちた大狐が地団太を踏んだ。


 その足踏みの隙を搔い潜り、ネズミが素早く駆け抜ける。

 小毬中士へと姿を戻した彼女が、倒れた中士を素早く担ぎ上げた。


 同じく人間の姿へ戻った雲類鷲も、気を失った准士を背負い、大狐の足元から離脱するべく駆ける。


「もういいぞ!」


 二人の合図を受け、檜前も人の姿へ戻った。

 風術を駆使し、一瞬で身を翻し、大狐の鋭い爪を逃れる。


『グゥ……ッ! まさか、他にも同胞がいたとは……』

 月光を受けた狐の瞳が、鋭く金色に光った。


「俺たちも、シシグニの出の者だ」

 檜前は負傷者を背負った二人を庇いながら、大狐と対峙する。


「同胞のよしみとは言わないが……投降する気はないか」

『フン……ずいぶんとご立派な家畜になったこと』


 嘲るように吐き捨て、大狐は巨大な尾を振る。

 一振りするごとに、大木が破裂し、岩が砕け散った。


「凪之国法軍上士、楠野だ」

 砂利や木片が混じる荒々しい風を避けつつ、楠野が前に出る。

 負傷者を背負った雲類鷲と小毬は、後方へと下がった。


「楠野教官……」

 三人の元教え子へ「任せろ」と短く告げ、楠野は大狐を見上げる。


「お前が頭か。外つ国より凪へ流れ、法軍に身を寄せていたのだろう」

 大狐の口吻が歪み、白い牙が軋んだ。

「何故抜けた。それほどの力があれば、立身できたろうに」


『法軍の人間が、それをほざくか!』

 怒声とともに、再び尾が地を叩く。

 根こそぎ抉られた木や岩が、猛然と襲いかかった。


「龍の巣」

 楠野が巻き起こした風の幕が、襲い来る木々や岩をことごとく粉砕する。


『アタシを女狐と誹り、蔑んだのはオマエ達だ!』

 悲鳴のような怒号が轟いた。

 その声を号令に、動きを止めていた賊たちが一斉に武器を抜き、突撃を開始する。


 その背後――稲穂色の毛並みが跳躍し、夜空を覆い、月明かりを遮った。


「来るぞ!」

 楠野の号令が響く。


 凪隊も迎え討つべく、隊長の指示で扇状の陣形を敷いた。

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