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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第二部 ―新米編―
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ep.17 初任務(1)

 裏山で術の練習をしていた少女の名は、日野あさぎ。年は九歳。


 念のため保健室へ連れて行ったものの、到着する頃には傷がすべて完治していた。

 気になることは山ほどある。

 しかし、下手に問い詰めて、赴任初日から女子生徒に怪しまれるのは避けたい。


 昨日は、好奇心を必死に抑え込んだのは言うまでもない。


「日野あさぎちゃん? ああ、双子のお兄ちゃんが有名なのよね」


 翌日の昼休み。

 青とつゆりの元同級生二人は、中庭で弁当を広げていた。


 保健士としての仕事第一号となった記念すべき生徒。

 その話の流れで、青が少女の名前を口にしたところだった。


「双子なんだ?」

「そうよ。日野家って、歴代の上士や特士を多く輩出している名家なの。そういう意味では、トウジュの家も同じね」


 つゆりの情報通ぶりは、今も健在のようだ。


 ちなみに、トウジュは中等課程の途中で飛び級し、青たちより一年早く下士になっている。季節の便りによれば、日々任務に追われているらしい。


「あさぎちゃんの双子のお兄ちゃん、よぎり君は有名よ。何度か飛び級していて、近々また飛び級して下士になるんじゃないかって噂」

「妹のあさぎちゃんは?」


 ——あの特異な体質は、周知の事実なのだろうか。

 そんな意図での問いだったが、


「あさぎちゃんは、普通の子よ。飛び級とかはないけど、元気で、ハキハキした子」


 つゆりの答えに、青が期待していた事実は含まれていなかった。

 あさぎ本人に関する追加の情報は得られず、その後、つゆりの話題は他の子どもたちへと移っていった。



 つゆりと昼食を共にした二日目の保健士勤務を終え、青はいったん軍の提供する寮へ帰宅した後、蟲之区へと向かった。


 ——大月青としてではなく、シユウとして。


 医療従事者用の制服を脱ぎ、法軍人が一般的に着用する支給の黒服に袖を通す。腕章だけを装着した軽装に、鼻から下半分を覆う軍支給の覆面をつけた。さらに、目元を少し隠すための額当て付き鉢巻を深く締める。


 そして最後に、狼の手甲を装着した。


「……暑い」


 顔を隠す不快感は否めないが、仕方ない。慣れない格好のせいか、自分が不審者になったような気恥ずかしさもあり、足早に蟲之区へ駆け込んだ。


 しかし、着いてみれば、自分と同じように顔を隠した者がちらほらと見受けられる。

 さりげなく手元を盗み見ると、どれも真新しい狼の紋章が光っていた。


 青は周囲を見渡し、自分と年齢が近そうな背格好の狼を探す。

 工房へ移動すると、端の作業台に並ぶ十代と思しき二人組が目に入った。

 手元では、黒い布に何かを縫い付けている。


「あの、作業中すみません」

 声をかけると、二人は同時に顔を上げた。


 一人は、体格と身長から見て女だろう。

 青と同じ装いに、淡い山吹色の首巻を加えている。

 長い黒髪を低い位置で結び、その留め紐も山吹色だった。

 目元は完全に覆われ、表情はうかがえない。露出した唇には薄く紅が引かれている。


 もう一人、縫い物をしていたのは男。

 露出した目元は切れ長で、鼻と口元は覆面で隠されていた。

 青よりも若干、年上に見える。


「どうしたの?」

 応じたのは女の方だった。

 柔らかな声音——青を年下と判断しているのだろう。


「僕、シユウと言います。まだ新米で……皆さん、どうやって顔を隠しているのか聞きたくて」

「え?」


 男女が顔を見合わせ、それから青に視線を戻し——


「あははははは!」

 突然、笑い出した。

 静かな工房に、響き渡る笑い声。

 二人はしばらく腹を抱えて笑い続けた。


「あの……」

 戸惑う青。


「わ、悪い、悪い……」

 ようやく息を整えた男が、手を伸ばして青の肩を軽く叩いた。


「俺たちもちょうどその話をしてたんだ」

 男は、縫い物作業をしていた手元の布を持ち上げる。


「初任務の前に何とかしないとって、ここに来て作業してたら——こいつが声をかけてきてさ」

「こいつ」と言いながら、男は隣の女を指した。


「そうしてたら、君が来たってわけ」

 今度は、女が「君」と言いながら青を指す。


 男の務め名はいおり。武具工の狼。

 女の務め名はかなめ。幻術の狼。


 年齢については暗黙の了解で触れなかったが、雰囲気や体格から、自然と庵、要、青の順に落ち着いた。


「シユウ君、毒術なの? 珍しいんじゃない?」

 青が名乗ると、要は庵へ目配せしながら同意を求めるような視線を送る。


「そうなのか?」

 庵は手元で縫い物を続けたまま、特に関心を示さない。


「だってほら、毒は麒麟が不在だし」

 困難が目に見えている道を選ぶ者は少ない——要はそう言った。


「麒麟がいないって、なんで?」

 驚いて顔を上げるが、庵の手は止まらない。


「なんで知らないのよ」

 要の唇が、不満げに尖った。


「時々いるわよね。自分のことしか見えてない人って」

 呆れたように言いながらも、要は事情を説明してくれた。

 話を聞いた庵は、心底驚いた様子で「知らなかった」と呟き、切れ長の瞳を丸くする。


「大変だな。何か困ったら相談しろよ?」

 そんな庵の反応が、青にはむしろ新鮮だった。


 この八年間、技能資格の界隈で青が耳にしてきたのは、毒術師に対する悪評ばかりだったのだから。


「だから、顔をどうやって隠すかで困ってるって言ってたじゃないの」

「そうだったな」

 庵は切れ長の瞳を細め、手に持っていた布を広げた。


「幻術を仕込んだらどうかって、要と話してたところだったんだ」

「幻術を……仕込む?」

 言葉の意味が飲み込めず、青が首を傾げる。


「見てな」

 庵は広げた布を頭に被った。

 額に当たる部分の裏側には薄い板が貼り付けられているようで、そこだけ質感が固い。


「俺の顔、どう見える?」

「どうって……」

 目深に被った布の影が庵の目元を覆い、鼻と口元は覆面で隠されている。

 ほぼ顔全体が見えない状態だ。


 それを伝えると——


「その影が幻術なんだ。俺からは視界良好なんだけどな」

「え!?」

 左右どこから見ても、屈んで下から覗き込んでも、庵の目は影に覆われたまま。

 庵自身が首を動かしても、影はまるで固定されたかのように揺るがなかった。


「で、外すと——ほら、普通に」

 額の布に指をかけ、軽く持ち上げると、涼やかな瞳が現れた。


「要が、この板の部分に幻術を封じたんだ。体に触れていれば自然と気が伝わって幻術が発動し、影を作り出す」

「なるほど!」

 青が感嘆の声を上げると、庵は続けた。


「上位の技能師になると、仮面全体を幻術で作り出して維持できる人もいるらしい。でも、それじゃ気を食い過ぎる。少ない気でどうにかならないか考えて……これで十分だろってな」

「すごい……大発明じゃないですか!」

「だろ?」

 目を輝かせて興奮する青の反応に、庵も満更ではなさそうだった。


「もっと研究して、使いやすく改良していこうと思ってさ」

「しょうがないから付き合ってやってるってわけ」


 庵と要の掛け合いを、青は羨望の眼差しで見つめた。

 武具工師の発想力と、幻術師の応用力——その融合を、目の前で体感したのだから。


「あの、僕も参加させてもらえませんか」

 気がつけば、作業台に身を乗り出していた。


「例えばですけど……その、幻術を封じた物質に呪毒を仕込めば、敵に壊されにくくしたり、術の影響を受けにくくしたりできるかもしれません」


「毒術って、そんなこともできるの?」

「面白いね」


 それから数時間。

 三人の若き狼が、食事も忘れて工房に籠もる姿が、蟲之区の管理官たちに目撃されたという。


 毒術師シユウに初任務の依頼が舞い込んだのは、それから三日後のことだった。


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