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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第一部 ―幼少期編―
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ep.14 捜索任務(2)

 峡谷下士ことキョウは、森の入口に立っていた。

 転送陣を使って陣守の村へ到着してから、しばらく村人や門衛たちへ青の行方について聞き込みをした。


 だが、青がどこへ行き、いつ戻るのかを知る者は誰もいなかった。

 稀に「センセイ」と呼ばれる技能師の男を伴っていたこともあったようだが、その男も森のどこを拠点にしているのか、把握している者はいなかった。


 自力で探すしかないと判断し、村の正門を出て森の入口へ向かった。

 草の踏み跡をたどり、森の奥へと進む。踏み跡は大きく蛇行していたが、それでも確かに森の奥へと続いていた。


「なるほど。薬草が多いんだ」

 歩いてみると、森の豊かさに気が付く。


 幼馴染のタイと共に蟲之区で薬術を学び始めたばかりで、ようやく薬草や毒草を少し見分けられるようになってきた。青が薬術と毒術の一級を取得したと言っていたのは、この森での修行が功を奏しているのだろう。


「何があったんだろうな」

 あの日、資料室で倒れた青を思い出す。


 重たい図鑑を小さな体で運ぶ様子が危なっかしくて、なんとなく書架へ向かう背中を目で追っていた。

 書架と書架の間に入って、棚の最下段へ図鑑を押し込んだ時、急に動きを止めて固まっていた。


 床で体を丸くしているから、具合でも悪いのかと思ったが、どうやらそうではなく。書架の向こう側にいる顔を隠した二人組から身を隠しているようだった。


 噂話に耳を傾けているのかと思い目を離した直後、青は突然叫び声をあげ、苦しみだした。


 本の雪崩から助け出された青は気を失っていて、腕にひどい火傷のような痕が出来ていた。あれが苦しみの原因であるなら、あの模様は何なのか。


「呪いでもかかってたのか?」

 病院を抜け出して行方をくらませた理由と、腕の模様と何か関連性があるのか。


 好奇心に流されかけたことに気づき、慌てて頭を振った。木漏れ日を反射させて快晴の空色に輝く頭髪が、駿馬の尾のように揺れる。


 地面や草をにらめっこしながら歩くこと約二刻。

 木々の合間に、これまでと異なる光景が見えてきた。


「小屋?」

 足を早めて茂みを越える。不用心にも戸口が半開きのままの小さな小屋が、目の前に現れた。


「誰かいますか?」

 外から戸口に向かって声をかけてみる。返事はない。

 戸が開け放してあるということは、すぐに戻るつもりなのか。


「お邪魔します」

 土間を覗いてみると、病院着らしき白い寝巻が無造作に置かれている。

 小さい居間の床は、少し散らかっていた。


 壁棚の前に袋や小箱が散乱している。何かを引っ張り出した際に落ちたのだろう。

 そして居間の中央にも、何やら工芸品らしき箱が置いてある。


「不用心だな」

 いませんか? と声をかけながら、キョウは居間の段差に膝をかけて、工芸品の箱へ手を伸ばした。


「っつ!」

 箱に触れる前に、指先が強烈な痺れに襲われる。


 反射的に引っ込めた手を見て外傷がないと確認する。箱に結界術がかけられているようだ。殺傷能力は無いが、これ以上いたずらに触れようという気にはならない。


「どういう場所なんだ、ここは」

 林業や素材業者の作業小屋ではなさそうだ。壁を埋める棚には本や調剤道具が目立つ。


「薬師の工房?」

 人の気配がない屋内を諦めて、立ち去ろうとした時だった。


『ブロオオオオォオオオオオ』


 獣の咆哮が空気を震わせた。


「!?」

 腰に差した刀の柄へ反射的に手を添えて、小屋を飛び出す。

 肌の表面を痺れさせるような雄たけび、これはただの獣の鳴き声ではない。


 妖獣だ。

 どうりで、森の道中がしじまであったはずだ。


「襲われたか」

 人の気配と妖気を追って森の奥へ走る。

 細流をたどり登っていくと、小さな沢に出た。


「!」

 沢の岩壁に見えたそれは、巨大な灰色の猪。額に第三の眼。視界を防ぐほどの「壁」がそこに在る。


 その手前、沢のほとりには小さな人影。

 青だ。


 食われてしまう。


「おのれ……っ!」

 抜刀しかけ、


『フグッ……』


 キョウの手が止まった。

「え」

 見開かれたキョウの瞳に映ったのは、寸詰まりの息を漏らして三ツ目猪の体が沢に沈む瞬間。何が起きたのか。青の背中がわずかに振り向きかけた直後、


「っ!!」

 黒鋼がキョウの顔面に迫った。


 間一髪、首を僅かに傾ける。刃が頭髪を掠め、背後の樹に突き刺さった。青が振り向きざまに苦無を放ったのだ。


 そこからは本能だった。

 青へ体当たりし、腕をとって地面に押し付ける。


「いっ……!」

 小さい悲鳴を漏らす青の体をがっちりと固定し、


「敵じゃない。落ち着いて」

 耳元へ言葉をかけると、腕の下から「え」と驚く声と、抑えつけた体の力が抜けていくのが分かった。


「キョウ、さん?」

 解放してやると、青は腕をさすりながら起き上がり、子犬のように真っ黒な目を丸くして、キョウを見上げた。

 足元から頭まで視線を巡らせていることに気づく。


「驚かせてばかりだね、ごめん」

 蟲之区で出逢った時とは異なり、今のキョウは黒い軍装に身を包み、片側の肩当てと腕章をつけていた。腰には中刀を差している。


「青君の捜索任務依頼が出ている。それで探しに来たんだ」

「キョウさんが任務?」

「一応、下士だからね。そんなことより」


 と、キョウは沢に沈んだ妖獣へ歩み寄った。沢の水に浸かった大猪の、色を失くした三つの目に、二人の子どもたちの姿が反射している。


「これ、青君が倒したの?」

「……うん」

 生気が感じられない頷きが返った。


「……」

 キョウはあらためて青の顔色を観察する。


 食べていないのか、眠っていないのか、頬が白くこけているようだし、脱水症状でもおこしているのか、乾ききった唇が痛々しくひび割れている。


「……その状態で、よく戦えたね……」

 見れば猪の額――三ツ目の中央部に銀の長針が刺さっている。


 急所であると分かるが、それだけでこの巨体を沈めることなどできるのか。しかも、こんなに弱った状態の子どもに。


 キョウが針へ手を伸ばすと、

「触っちゃダメ……!」

 青の声が止めた。


「え……?」

 伸ばしかけた手を、引く。


「針に、毒がついてるから」


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