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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第一部 ―幼少期編―
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ep.9 課題(1)

 大蜘蛛の死骸検分が行われた後、子どもたちは再び畑の中へと招き入れられた。


 畑の中央、沈んだ大蜘蛛を前に立つ、小松先生。

「これは妖虫の八ツ目蜘蛛です」

 再び、授業が始まる。

「このように、虫や獣を駆除すると、その土地のヌシとして妖虫や妖獣が現れる場合があります」


 ヌシ。

 青にも聞き覚えのある単語だった。

 かつて藍鬼と採集に出かけた時、森で遭遇した三ツ首の大蛇もまた、ヌシだった。


「なぜヌシが現れるのか、実は詳しくは分かっていません。ですが、妖獣たちはその土地の生き物の『気』を糧にしているという説が有力です」

「ご飯を取るなーって、ヌシが怒ってるってこと?」

 誰かがぽつりと呟く。子どもたちの間に、小さな笑いが起きる。強張っていた子どもたちの表情が、ようやくほぐれた。


 そんな中、青やトウジュから少し離れたところで、つゆりだけが俯いている。


「そういうことですよ。お腹を空かせた獣は、とても凶暴になりますしね」

 和らいでいた小松先生の面持ちが、改まる。


「これが「任務」です」

 笑い声やざわめきが、鎮まった。


「『畑のお手伝い」』や遊びではないということが、わかりましたか?」

 浮つきかけた子どもたちの面持ちが、空気が、変わった。


「ヌシが現れるかもしれない。潜んでいる敵が現れるかもしれない。味方が狙われているかも。村の人が狙われているかも。いつも『何かが起きるかも』と考えて、注意し続けなければいけません」


 小松先生の言葉は、目の前の大蜘蛛の死骸と相まって、子どもたちの心に重く刻まれたことだろう。


 青もまた息を呑んで、小松先生の話に聞き入っていた。

 害虫探しに夢中になって、ヌシが現れる可能性なんて頭から消えていた。

 藍鬼から教えられていたはずなのに。

 気がついたのは偶然だった。

 一瞬でも遅ければ、つゆりの命は――


「……なあ」

 小松先生の話に釘付けになっている子どもたち。

 それを外周から眺めていた引率の士官が、隣の同僚に耳打ちした。


「お前、あのヌシが潜んでいたことに、気づいてたか?」

「いや……私は何も」

「だよな」


 士官たちの視線が、畑の中央へ向く。

 そこには、浅葱色の上衣をみにつけた背中――青の姿がある。


「……あの子、どうやって気付いたんだろうな」

「私も同じことを考えてた。あの子が女の子に体当たりしなかったら……」

「モズの速贄はやにえ状態だったろうよ」


 士官達の視線に気づく由もなく、青は今さらになって震える手を握りしめ、息を止めていた。


 その日の校外授業は、村人と共に大蜘蛛の死骸から素材を採取して、幕を閉じる。


 畑の損害はあったが、八つ目の膜や牙、体液などは、貴重な素材や資源となる。それらを法軍で買い取る事で損失を相殺できたのは、村にとって不幸中の幸いだった。


 村人たちに見送られて帰りの土手道を歩く間、ジージーとヤマガラの声が頭上を飛び交う。

 子どもたち――特に男子たちは、目の当たりにした大蜘蛛討伐を思い返してか、興奮おさまらない様子だ。


 対照的に、つゆりは終始無言だった。


「大丈夫?」と青が尋ねても、首を振るだけで、そっけない。

 気を引こうとしてトウジュが軽口を叩くと、つゆりは言葉もなく先生のもとへ駆けて行ってしまった。


「アイツらしくねーな」

 と首を傾げるトウジュだが、青は彼女の気持ちが理解できる。


 つゆりはきっと、悔しかったのだ。


 勉強ができても、授業や練習でどれだけ上手に術が使えても、いざ敵を前にすると頭が真っ白になって、体が動かなくなる。


 そんな中でトウジュだけが、いつも以上の活躍を見せた。今だって、何事もなかったかのように、むしろ妖虫との遭遇を冒険譚のように楽しんでいる。


 それだけ、この一年と少しでトウジュが見せる成長ぶりが、目立っていた。


「……僕も……全然ダメだったな……」

 俯いて、青は弱々しく呟く。


 迫るヌシの存在に気づけたのは偶然で、つゆりに体当たりした後は、一緒になって腰を抜かしていたのだから。 



「師匠も、ひたすら練習、訓練だって言ってたしな……」

 今日も作業小屋へ向けて森を歩く道すがら、青は校外授業での出来事を反芻していた。


 あの時は大人たちが助けてくれたが、実際の任務には先生や引率係、ましてや藍鬼だっていない。


「……あれ」

 木々の合間から、小屋の姿が青の拳ほどの大きさに見え始めた。

 だが、いつもと違う光景に気づき、思わず足を止める。反射的に木の陰へ身を潜めた。


 小屋の前には三人の人影。

 一人は藍鬼、もう一人は特徴的な鳥の仮面――ハクロ。

 そして、残る一人は明らかに細身で、女のようだった。


 話の内容までは聞こえないが、三人は身振りもなく静かに向かい合い、何やら話し込んでいる。

 その雰囲気に、青は邪魔をしてはいけないと感じた。


「ところで」

 突然、背を向けていた女が振り向いた。


「ボクはどこの子?」

 瞬きをした次の瞬間、白い衣が目の前にあった。


「ひゃっ!」

 ひっくり返った声を上げて、青は尻もちをつく。見上げると、白く長い袖の衣をまとった女が、そこにいる。


 法軍の胸当てを装着し、腕章ではなく袖の二の腕に凪の紋章が藍色に刺繍されている。そして、最も特徴的なのが、口元以外を隠す頭巾だった。


「迷子? そんなに驚かないでも大丈夫よ」

「青、出てきていいぞ」

 小屋の方から、藍鬼の声がかかった。


「う、うん……!」

 慌てて立ち上がり、青は藍鬼の元へ駆け出す。

 白頭巾の女は、不思議そうにその後をついてきた。


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