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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第一部 ―幼少期編―
17/262

ep.7 負傷(1)

 一年後。


 母と別れ、凪之国の民となり、霽月院に入り、学校へ入学し――。

 様々な出来事が巡ったあの夜から、二度目の春が訪れていた。


「大月君、ちょっと」

「はい、小松先生」


 一時間目の授業が始まる前の、短い休み時間。

 二学年目も担任となった小松先生に呼ばれ、青は教職員室へ向かった。


「おめでとうございます!」


 そこで渡されたのは、二枚の証書だった。

 金の箔押しで縁取られた厚紙の証書、その中央にしたためられた文字はそれぞれ、


 合格証書 三級 薬術

 合格証書 三級 毒術


 とある。


 側を通り過ぎる他の教員も、ちらりと証書を覗き込んで「すごいじゃないか」と祝辞を残して去っていく。


「すごいです、すごいです、大月君! 頑張りましたね……!」


 小松先生は小さく両手を打ち合わせ、珍しくはしゃいだ様子を見せた。


「やった……! ありがとうございます、先生」


 実のところ、三級の試験内容はほぼ資料室で読んだ本の通りで、応用問題も藍鬼の作業を盗み見た知識で事足りた。

 合格する自信はあったが、こうして証書を手にすると、紙の厚みと箔押しの凹凸が、手触り良く感じる。


「先生のおかげです」

 実際、小松先生の薦めと導きがあってこそ、青は試験に挑むことができた。


 技能職の制度、試験の手順、試験勉強のコツ。

 小松先生はそれらを丁寧に教えてくれた上、手続きも取り計らってくれた。


「三級を取ると、医療院や薬剤店で薬を扱うお手伝いができるようになります。でも、学校を卒業するまで、副業は禁止ですからね?」

 小松先生は、大真面目に念を押す。


「しませんってば」

 同じ念押しをされるのも、これで三度目だ。

 どうやら、過去に手を焼いた前例があるらしい。


「それより、二級も受けたいので、勉強をがんばります!」

 青の答えは、小松先生を安心させたようだった。



「小松先生、今の子、二年生ですよね?」

 教職員室を去る青を見送りながら、隣にいた教師が小松先生に声をかけた。

「はい。大月青君です」

「三級合格の最年少記録って、何歳でしたっけ」

「え?」


 言われて、小松先生は手元の資料冊子をめくる。

 生徒の資格試験受験に関する記録をまとめられたものだ。


「十歳前後が多いですが……あ」

 細い指が、ある頁で止まる。


「五歳がいました。もう二十年以上前ですね」



 青が教室に戻ると、トウジュとつゆりが出迎えた。

 二学年目も晴れて、三人は同じ組となっていた。


「合格? すっげーじゃん!」

「おめでとう!」


 証書を目ざとく見つけたトウジュは、両手を高く掲げ、つゆりは小松先生と同じようにぱちぱちと拍手する。

 小さな騒ぎに、教室内のあちこちから好奇心まじりの視線が集まった。


「風邪ひいたら、セイに薬作ってもーらお」

「あ、それ助かるー。苦いの嫌だから、甘ーいのにしてね」

「まだそこまでできないよ」


 一年の間に、自然と三人で過ごす時間が増えていた。

 今では確信を持って、二人を「ともだち」と呼べる。


 トウジュはますます神通術の才能を伸ばし、いまや火・水・風・雷・地の五種すべてを操れるまでに成長していた。

 加えて、抜群の運動神経を発揮し、術のみならず体術でも頭角を現しつつある。


 つゆりは風術に特化し、学年で「一番の風使い」との呼び声も高い。

 正義感が強く、おせっかい焼きなのも相変わらずだ。


 一方の青は、水と地の術との相性を自覚してからは成功率が上がり、つゆりの指導を受けることで、最近では風も発現するようになった。

 二人に比べると神通術の才は劣るが、それを補うように学問を磨いた。


「でもさ、オレらの学年でそんなん取ってる奴いねぇし、やっぱすげーよ」

 入学初日に小松先生を小馬鹿にして場を騒がせたトウジュだが、あれからすっかり態度を改めていた。本来は、他人の名誉を率直に喜べる素直な性格なのだ。


「トウジュだって、飛び級するんじゃないかって、噂を聞いたよ」

 凪之国の初等科は、国民の教養育成の場であると同時に、法軍にとって優秀な人材を発掘する場でもある。

 特に神通術や体術の成長には個人差が大きく、飛び級は珍しくない。


「そうなったらさ、別々になっちゃうし、つまんねーよ」

「えー、さみしいの? トウジュ」

「いなくなったら僕もさみしいよ」


 つゆりがトウジュをからかい、青がなだめる――。

 これが、この一年で確立した三人の関係性だった。


「飛び級といえば知ってる? すごいセンパイがいるって話」

 そして、つゆりは情報通だ。

「~といえば」は、彼女の決まり文句である。


「去年、七歳の時に初等科を卒業して下士に合格したんだって」

「七歳?! 僕たちと一つしか違わない時に? すごいね」

「聞いたことあるぞ。『学校はじまって以来の天才』ってやつ」


 下士に合格。

 すなわち、正式に軍属となったということだ。

 そこから年齢は関係なくなり、階級と実績のみが評価される世界となる。


「その人、誰? つゆりちゃん、名前知ってる?」

「き、きょ……? うーんと、下の名前だけ覚えてる。なんとかサイロウって名前」

「サイロウ?」


 どういう字を書くのだろうと考えているうちに、一時間目の予鈴が鳴った。

 生徒たちは慌てて席につく。

 小松先生は時間に厳しいのだ。


「サイロウ、か……」

 教科書や資料を並べながら、青は首を傾げる。

 そんな見知らぬ天才の名が、妙に心地よく耳と心に響いた。



 森の作業小屋で藍鬼に遭う確率は、五回に一回ほどだ。


 薬術と毒術の三級合格の報せを携え、いつものように転送陣を経て森にやってきた青だが、小屋は無人だった。


「師匠、任務かなぁ……」


 いて欲しかったな、と肩を落としながら室内へ上がる。

 最近は長期任務が多いのか、遭遇率が低い。


 一刻ほど、棚の本を読んで時間を潰してみたものの、今日はもう諦めるしかないようだ。


 余談だが、棚にある本は触ってもいい、と許可されている。

 こっそり他のものに触れると、なぜか後でバレるのだが。


 藍鬼に会えなくとも、森を通り抜けて小屋を訪れること自体が、青にとって学びの時間だった。


 小屋には、霽月院の資料室にはない専門的な書物があるし、森では薬草や虫の種類を観察できる。

 投擲や術の練習場所にも、事欠かない。


 小屋を後にし、陣守の村へ戻る道すがら、青は足元の草を探りながら歩く。

 薬になりそうな植物を目で追い、種類を確かめながら進んでいく。


「ヨモギ、こっちはドクダミ、ミシマサイコ」


 三級の試験は、ほぼ暗記が中心だった。薬草の名称と効能を覚えていれば、合格できる内容だったが、二級はさらに飲み合わせ・食べ合わせ・調合の知識が求められる。


 群生するドクダミに手を伸ばし、一掴みを摘む。

 いたずらに調合に手をだすなとは言われているが、家庭薬として使われるヨモギやドクダミ程度なら問題ない。

 実際、いくつかの安全な処方箋は、藍鬼から伝授されていた。


「まあ、ほとんどお茶とかなんだけど……」

 洗って、乾燥させて、天日干しし、刻んで、すり潰し、煎じて飲む。

 要するに、健康茶の範囲を超えないものばかりだ。


 その中で、数少ない塗り薬の処方がある。

 同じ薬草でも、乾燥させるか生のまますり潰すかで、効能も摂取法も変わる。

 その事を理解させるために、藍鬼が青へ伝授してくれたのだ。


 暗くなる前に霽月院へ戻り、調合を試そうと、青は目ぼしい植物を一掴みずつ採集しながら歩く。


「……?」

 ドクダミの匂いに混じって、何か異質な臭いが青の鼻孔を掠めた。


 群生するドクダミの茂みから立ち上がり、青は臭いが流れてきた方へ顔をやる。

 風の流れを読む。

 臭いは、小屋の方角から漂ってきていた。


「血……?」

 手負いの獣なら、ここまで強く臭いを残すことはない。

 となると、人間?


 誰か、迷子か遭難者が、ケガでもして困っているのかもしれない。

 以前の自分のように。


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