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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第一部 ―幼少期編―
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ep.6 術のかたち(3)

 二刻ほどを費やし、大蛇を素材に変える作業を終えた。

 素材を詰め込んだ袋を背にかかえ、二人は小屋への帰路へ引き返す。


「神通術の件だが」

 苔むした岩を踏み越えながら、前を歩く背中がぽつりと話し出した。


「俺とて、お前くらいの年の頃は、大して使いこなせはしなかった」

「そうなの?」

「俺の戦い方を見て分かっただろう。実戦では悠長に構えて、考えて……などやっている暇はない」


 学校の授業で教わった、術を発動させるまでの手順。

 玄人は、それを瞬時に組み立て、状況を判断し、動き、走り、戦いながら発動させる。


「多少の相性や体質、素質も関係しているだろうが、結局のところ、すべては練習と訓練の積み重ねでしかない。たかが半月、一月ひとつき足らずで、何かが変わると思うな」

「あ……」

 青の脳裏に、小松先生の言葉が浮かぶ。


 自分に合ったものを、これから何年もかけて探していく。

 今は特士の人も、一年生から何でもできた訳ではない。


「それに」

 岩の小さな段差を飛び降りると、往路で通った草の剥げた砂利と岩の一帯に戻る。


「この辺でいいか」

 と先行する藍鬼が呟き、追いついた青を振り返った。


「何でも良い。術を使ってみろ」

「へ?」


「水と地は使えたんだろう? なら、授業と同じようにやってみればいい」

「は、はい……!」


 唐突に学校の授業のようになった。

 驚きはしたが、青は反射的に、小松先生にそうするように返事をする。


「地神……」

 藍鬼の前で披露する緊張感を覚えながら、手のひらを上に向けて掲げる。

 唱えとともに、土と接触する足裏から、熱が体を昇ってくる感覚が走る。


ぎょく

 ボコッと泡が弾けるような音がして、青の足元の土が大人の拳大に盛り上がり、弾けた。


「……」

「……」


「モグラか?」

「僕の術デス……」


 青はがっくりと肩を落とす。

 授業とまったく同じ失敗が再現されただけだ。


 トウジュに爆笑され、小松先生とつゆりに「元気だして」と慰められた、ある日の授業と同じ。


「水は?」

「同じだよ……」

 再び青は両手を顔の前に掲げ、そして唱える。


 水神、の後に、玉。

 またポコッと泡が弾けるような音がした。


 藍鬼が音の方を向くと、二人から離れた木の根元から、わずかに水が噴出している。

 玩具の水鉄砲一発程度の水量と勢いで、すぐに止まってしまう。


「……」

「……」


「なるほど」

「学校の後も練習してるんだ。でも……」


 きっと師匠は、呆れたに違いない。

 青は両手を力なく降ろし、また下を向く。


「みんなはできるようになっていくのに…」

「……そうだな」

 何やら考え込む藍鬼へ、青は目を合わせられなかった。


「青、俺の真似をしてみろ」

 藍鬼は背の荷物を下ろし、おもむろにその場へ膝をついた。

 草の剥げた土の地面に、片手のひらを当てている。


「う、うん……!」

 慌てて、青も倣う。


「目を閉じろ」

 何の術だろう、と疑問に思いながら、青は言われた通りに片手を地面に押し当てて、そっと瞼を閉じた。


「……」

「……?」


 藍鬼は無言のまま。

 戸惑う青に「し……」と沈黙が命じられる。


「息をゆっくり吐く。そのまま。もっと吐け」

「……ふー……」


 藍鬼の低い声に導かれながら、青は少しずつ、ゆっくりと、息を吐いていく。

 吐ききった頃に、


「何が聞こえる?」


 聴力に意識を集中させる。

 己の心音、そこへ徐々に脈が重なっていく。


 脈は体の中心から腕を通り、地面に接した手のひらへ集まり、それぞれの指先へと伝わっていく。


「もっと深く」

 指先から地中へと脈が伝わり、潜り、新たな脈と重なり流れ行く。


「水神」

「水神」


みお

「ミオ」


 言霊を口にした瞬間――瞼の裏に白く光る幾筋もの線が走った。

 細い線はやがて太い線に出逢い、交わり、流れ、一本の幹を上り、集う。


「地神」

「地神」


蠢動しゅんどう

「シュンドウ」


 幹に集った光が、まるで沸騰するかのように波打ち、幹を下り逆流する。


「うわっ」

 突然、青の顔面に水がかかった。


 たまらず尻もちをつき、目を開ける。

 見ると――

 手をついていた地面から、勢いよく水が噴き出していた。


「え? え?」


 青が慌てふためいているうちに、噴出する水は少しずつ勢いを失くし、止まった。

 唖然とする青の前に、立ち上がった藍鬼が歩み寄る。


「水がどこから来たか、わかるか?」

「え?」


 濡れた前髪から滴る水を拭い、青は立ち上がる。

 師の問いの意味が分からず、首を傾げた。


「視えただろう。水脈が」

「スイミャク?」

「水の流れだ。どこから来た?」

「たぶん……あっち、から」


 瞼の裏で見た光の線が走った方を、指で示す。

 その先には、一本の樹。


 幹が鱗のようにでこぼこした、樹齢の古い針葉樹だ。

 幹に、大きなウロが開いている。


「こっちだ」

「?」


 手招きされるまま、ウロを覗いてみる。

 そこに、水が溜まっていた。


「お前は、水の術を使って水脈を当て、ここに溜まった水を、地の術を使って引き寄せた」

「え、い、今のが……術??」


「ド派手な花火を出すだけが術じゃない。お前は今、二つの術を組み合わせて使った。一つ一つは大した力ではないかもしれないが……もたらす結果は大きい」

「え……」


「それが、お前にとっての、術のかたちなのかもしれない」

「僕の……術のかたち……」


 烏の濡れ羽のような青の瞳が、微かに顫動する。


「水術で出現する水は術の消失とともに消えてしまう。だが水脈を探り、当てる……これが任務においてどれほど助けになるか、分かるか」

「助けに、なる……?」


「水は命だ。渇きを潤し命を繋ぎとめる。傷や毒をあらい熱を取る。飯、薬といった体に入れるものの素となる。森、砂漠、山、戦場――あらゆる場所で水は命綱だ」


 驚くばかりの子を前に、黒い仮面は珍しく雄弁だった。


 ただ、その逆もまた然り。


 水を読む――これが容易に命を奪う手段にもなりうることを、師は、最期まで弟子に伝える事は無かった。


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