ep.6 術のかたち(2)
技能師とは、小松先生が授業で説明した通り、神通術とは異なる系統である技能術を扱う者を指す。
法軍において、技能術の職位は十二に分けられている。
中士や上士等の総合職位との最も大きな違いは、その職位が「資格」「上資格」「専門職位」の三つに段階が分類される点だ。
下から、三級、二級、一級、ここまでが「資格」。
その上が丁、丙、乙、甲、ここまでが「上資格」。
甲より上は「専門職位」となり、狼、虎、獅子、龍、そして頂点は麒麟。
狼以上は、その分野で「師」を称し、職位を表す紋章の使用が許可される。
また、専門職位は兼任が認められていない。
これは、技能水準の維持と、「師道」と呼ばれる道の探求を求められるためだという。
「小松先生が教えてくれたんだ、一級までは学校の生徒も試験受けて、合格する子がけっこういるんだって」
下位資格ほど試験の開催頻度が高く、また、甲までは受験資格の条件もなければ、取得数の制限も無い。
そのため、複数の技能術の資格取得に励む者は多い。
「師匠は、どう思う?」
「どう、とは」
「師匠は『龍』なんでしょ?」
藍鬼の手甲の銀板、薬の瓶、通行書の押印――そこに刻まれていたのはいずれも、龍の紋様だった。
「だから、どう思うか聞きたくて」
「その『小松センセイ』は、何と?」
「『良いと思いますよ!』だって」
「なら、俺がどうこう口出しする立場ではない」
「でも……」
青は軽く下唇を噛む。
まるで、藍鬼に突き放されたように感じたからだ。
「ただ」
処理を追えた蛇の死骸を脇へ置き、藍鬼は立ち上がった。
手にした苦無を逆手に持ち換えて、辺りを見回す。
「神通術が上手くいかなかったからって、技能師を目指すつもりなら、やめておけ」
「そんなんじゃ……!」
見透かされたような気がした。
気づけば、青の手が無意識に、胸元の襟を強く握りしめている。
「……」
弟子が言い訳に迷っている、その時だった。
辺りに目を配っていた藍鬼の視線が、一点で止まる。
「地神・天劔!」
その言霊とともに――
苔むした大岩同士が、砂鉄のように互いに吸い寄せられ、轟音をたてて岩壁となる。
直後、重量のある何かが、その岩壁に激突した。
衝撃で石つぶや木っ端が飛び散る。
「うわっ!」
青は思わず目を庇い、恐る恐る顔を上げた。
「――え……!?」
目の前に、巨大な蛇の頭が三つ。
「み、三つ??!」
藍鬼の術で築かれた石壁の向こうから、ゆらりと三つの首を持つ巨大な蛇が覗いていた。
「言い忘れていたが」
藍鬼の右手が、腰に差していた鞘から刀を抜いた。
「獣を殺すと、血の臭いを嗅ぎつけたヌシを呼び寄せる。採集任務の時は気を付けることだ」
「え!?」
どう立ち振る舞えば良いのか分からず、青は両手で苦無を握った。
「自力で避けろ」
「え!? え!?」
短く言い残し藍鬼は前方に飛び出す。
石壁を消失させると同時に、二つ目の蛇頭の額板を目掛けて、苦無を投擲。
怯ませて隙を作り、風術の鎌鼬を起こした。一本目の首を切り落として、二本目の頭部へ飛びかかる。
「いっ!」
三本目の蛇の首と、青の視線が交差した。
真っ赤な口を開けて、首が迫りくる。
「うわわ!」
青は咄嗟に木の影へと身を隠した。
老木もろとも、蛇の大口が幹を噛み砕く。
木片が炸裂し、赤い舌と白い牙が青の頭を掠めた。
そのまま、大蛇の頭が岩に激突する。
一方の藍鬼は、二本目の首の上へと躍り上がる。
逆手に持ち換えた刀を、全体重と重力を乗せ、額板へと突き立てた。
「キシャアアアア!」
不快な断末魔を上げ、首が堕ちる。
滞空しながら、藍鬼は青の姿を探した。
小振りな岩陰に向けて、小柄な体が駆け込む姿が見える。
三本目の首が、無秩序に大きく蛇行を始めた。
「あれでは岩ごと丸呑みにされる――」
藍鬼は滞空中に風を起こして方向を変え、青が身を隠す岩の上へ着地した。
大蛇は周辺の木々をなぎ倒し、苔石を跳ね上げながら、藍鬼が立つ岩を目掛けて突貫する。
「師匠!?」
岩陰から、青が顔を覗かせた。
岩の上の師は、両腕の刃物差しから数本ずつ長針を掴み、引き抜きざまに蛇へ向けて放つ。
「ギシャッ!」
針は蛇の両目へと深々と突き刺さる。そこから、間欠泉のように白煙が噴出した。
「風神・鎌鼬!」
藍鬼の手から風の刃が放たれ、蛇の首が切断される。
腐色の血液を撒き散らしながら、大蛇はのたうち、捩れ、痙攣し――静止した。
「青!」
三叉大蛇の落命を確信してすぐ、藍鬼は岩を飛び降りる。
「お前、何を――」
ししょー、と岩陰から出てきた弟子の手に握られた物を見て、藍鬼は言葉を切った。
「あ、これはね」
青の手には、赤い綱――のような、それは尖端が二股に分かれた大蛇の真っ赤な舌だった。
三つ目の頭が岩に激突した隙に、大口からはみ出していた舌を、青が苦無で切り落としていたのだ。
蛇は視力が悪く、舌には嗅覚器官としての役割もある。
藍鬼が見た違和感――三本目の首だけが狙いを定められず大きく蛇行していたのは、獲物である青の匂いを感じ取れなくなったからであった。
「分かってやったのか、それを……」
「いきもの図鑑で見たことがあったんだ!」
「……」
仮面の下で二の句に迷う師匠へ、そんなことより、と弟子は目を輝かせた。
「また針で妖獣を倒しちゃったね! 師匠すごい!」
「……やわい箇所を狙っただけだ」
苦笑混じりの溜息を吐いて、藍鬼は針を指先でくるりと回して針差しへ戻す。それから改めて、くたばった大蛇へ向き直った。
「せっかくの大物だ。採れるだけ素材を頂いていくぞ。半分はお前の手柄だ。後で薬商や素材店にでも持って行くといい。売れば良い金になる」
早々に、師は苦無片手に鱗を剥がし始める。
青も見よう見まねで、隣にならんで苦無を振るった。
「全部師匠にあげるから、今度またお薬とかちょうだい!」
「……お前なあ……」
商売の才については、負けを認めざるをえない――師はそう確信するのであった。