ep.41.2 二十四天魔王超神撃獄炎軍団
「げっ。オバケ女」
あさぎを見るなり、トウキは顔を歪めた。
「サユリちゃん、この子、殴ってもいい?」
「どうぞ」
「やめときなよ……あさちゃん」
「止めないでアキちゃん」
ここは白兎ノ國。
大平原を見渡せる切り立った地層の裂け目の上で、東と西の悪ガキ同士が対峙していた。
ただし、サユリはあさぎとアキの味方で、トウキの劣勢は明らかなようだ。
「だって本当の事じゃねーか! 包丁ぶっ刺されてケロっとしてんだからよ!」
「一応、痛いのは痛いんだからね!」
兎族の村、安久地で激昂した老女に刃を向けられた事件のことだ。
あの光景を目撃した獣鬼隊の子どもたちは一様に、顔を青白くさせて硬直するしかなかった。
人間の剥き出しの怒りと慟哭は、子どもたちにとって、強すぎる毒のようなものだ。
そこへ更に、体に刃を突き立てられた状態の、鬼気迫るあさぎの姿が心に焦げ跡となり焼きついた。
「東ってそんなオバケみてーなやつばっかりなのかよ」
「そんなわけ……」
否定しかけて、あさぎは名案を思いつく。
「そうよ、ものすごく頑丈で強い人ばっかりなんだから。甘くみたらダメだよ!」
「マジかよすげーな」
「いやいや、あさちゃん……」
あさぎのホラを止めようとするアキと、その隣でサユリは悟った顔で見守る体勢だ。
「だけどよ! こっちにだってな、四天王超神軍団とか十二天魔王紅蓮軍団とかあるんだぜ!」
「え……、強そう……カッコいい……!」
今度はあさぎが、トウキのホラに乗せられている。
「……カッコ……いい……?」
「……」
諦め顔のアキとサユリは、無言で目配せしあうのだった。
安久地村の邪神獣討伐と、白兎の隣国、牡丹ノ國の邪神獣討伐を終え一時帰還した、北経路開拓の一隊。
キョウ、青、雲類鷲はその後、短い休暇の後にそれぞれ別任務へ駆り出された。
その間、長および上層部は、キョウの提案を受け獣鬼隊との接触を継続する方針を固める。
先行して、生け贄問題が喫緊の課題となっている白兎へ、数名の法軍人を派遣する事とした。
その面子が、チョウトクの東雲アキ――昇格して現在は准士、チョウトク見習いの日野あさぎ下士、そして――
「面白そうだな。その二十四天魔王超神撃獄炎軍団? がどれだけ強いのか聞かせてくれ」
「アザミさん……なんかめちゃくちゃ進化してる気がします……!」
アキが救いを求める目で振り返る。
そこに、菊野アザミ上士がいた。
かつて白兎を訪れた際にキョウが着用していた様式と同じ、濃紺生地の襟や袖に、碧緑の幾何学模様の刺繍が施された装束を身に着けている。
怜悧で涼やかな美貌によく似合っていた。
長から、獣鬼隊との接触のために西へ派遣する人材の相談をされたキョウの推薦が、アザミだった。
実力もさることながら、西では時に神獣人に見紛われる事が利点になると知ったキョウが、思い当たる有能な友人の中で最も容姿が整っている人物として挙げたのだ。
ちなみにトウキが初めてアザミを目にした時に発した言葉は「うおっ、美人なねーちゃん」だった。「私の「ババア」とはえらい違いだね」と鏡花にゲンコツをくらったのは言うまでもない。
「やめておくれ。ハナタレはともかく、私らや上まで珍奇に思われるのはゴメンだよ。獣鬼隊って名乗るのもちょいとむず痒いってのに」
アザミの後ろから、鏡花も姿を現した。
背負った長刀の柄に根付が当たり、カチカチと振り子のような音がする。
「私はカッコいいと思いますよ!」
「ババアには分かんねーんだよな!」
まるで示し合わせたように、あさぎとトウキの声が重なった。年齢が近いこともあって、感覚が似ているようだ。
鏡花が溜め息を漏らしながら、アザミに顔を向けた。
「ほらな。こういうガキどもが好きそうな名前ってことで、獣鬼隊ってのは、上のもんがつけたんだ」
「という事は、獣鬼隊とは、子どもたちに限定した部隊という事なのですね」
「そういう事。いずれあの子らの中からも「卒業生」が出てくるのさ」
鏡花はそこで言葉を切った。
獣鬼隊を内包する全体組織、もしくは上位組織――それが本当に二十四天魔王(以下省略)という名称であるかは別問題として――が存在するようだ。
また、どうやら獣鬼隊の全員が上位組織に進む仕組みでもないらしい。
卒業するまでに生き残る事ができない子もいる、という意味も含んでいるであろう。
しかし鏡花がそれ以上を語る気がない様子を察して、アザミも今は追求を避けた。
首を突っ込みすぎて警戒されては、本来の目的である「接触」に障る。
続いて口にしたのは、別の質問だ。
「獣鬼隊という名称の由来を聞いても?」
「東はどうか知らないけれど、こっちじゃ「鬼」ってのは色々とよくない意味で使われる事が多くてね」
被差別層、弱者、双子の片割れ等の不吉とされる特性を持つ者など、いわゆる「半端もの」と称される存在を暗喩する。
また「謀反人」「裏切り者」といった反逆者を邪悪なる存在として鬼の烙印を押す場合もある。
「みなしごの中には、いわゆる、訳アリの子だったりも多いのさ」
「……東でも「鬼」を邪悪な存在と捉える場合はありますが、一方で、力ある存在、超人的な、という意味でも使われます。むしろ後者の意味を肖る場合が多いかもしれません」
アザミが思い浮かべるのは、凪の法軍において二つ名に「鬼」の文字が使用される場面だ。
技能師の務め名、極秘や暗部任務を請け負う際の一時的な仮名、精鋭部隊が組織される際の部隊名など。人名に用いられる場合も見受けられる。
「だろ? だろ?」
鏡花とアザミの会話を盗み聞きしていたトウキが、横入りした。
「やっぱり美人のねーちゃんは分かってんな~」
「アザミさんって、お呼びしなさい」
サユリが静かな怒りを発するとトウキは「…はい」と一瞬で大人しくなる。生意気な口を利いても、基本は女に弱いらしい。
子どもたちの他愛のないやりとりを横目に、アザミと鏡花とアキの大人組は実務的な会話に移行した。
「ところで鏡花殿、他の子どもたちは?」
「ああ。じきに合流する。待たせてすまないね」
「お気になさらず」
アザミ隊より、鏡花率いる白兎の獣鬼隊への提案で、白兎および周辺地域の妖討伐の助太刀をする事で合意してから、本日はその初日となる。
凪としては、西方において遊撃的な立ち位置の味方を得られるのではないか、獣鬼隊を通じて西方の情報を得られるのでは、という思惑がある。
それに、神通術を利用して西方で暗躍する何かしらの存在の解明、そのきっかけとしても、獣鬼隊との接触には大きな利点があった。
「あ、そうだ、アキさん、あさぎさん」
サユリは、あさぎよりも年少者ではあるが、獣鬼隊の中での随一のしっかり者である。
「覚えてますか、街道の茶屋の、柚斗くん」
「鬼の戦士様になるんだーって言ってた子だよね」
母親に叱られながらも、獣鬼隊に入りたいと友人たちと裏山で訓練ごっこをしていた少年だ。
沼の邪神獣を目の当たりにして以降、心境に変化があったようである。
「今は、いずれ茶屋を継いで、獣鬼隊の寄合所にする計画を立てているようです」
「えー、良いねそれ!」
茶屋の店内は裏の蔵へ繋がっており、裏からの出入りも可能だ。内密の話もできそうであり、かつ街道に面している事から交通の要所でもある。
「戦う以外にも貢献できる事はあるって、気が付いたのかな。良かったね、お母さんに怒られる事もなくもなるし、一石二鳥ね」
アキの推察に、サユリとあさぎは「うんうん」と頷く。
「お母さんがいるなら、獣鬼隊に入るより、家族を大切にしてあげて欲しいなって思っていたので、私も良かったと思います」
眼下に広がる緑地からの反射光であろうか、サユリの瞳に淡い緑の影が射した。それがサユリの表情を、年齢不相応に見せる。
「サユリちゃんは、私たちの事は、お姉ちゃんって思って良いんだからね」
あさぎの腕が横から伸びて、サユリの肩に巻きつくように抱きしめた。驚いてサユリが顔を赤らめると、今度は年相応の少女にも見える。
「サユリちゃんの方がしっかりしているけどね」と内心で思いつつアキも「そうだね」と微笑んだ。
前回の任務を機会に准士に昇格したのだから、私がお姉さんとしてしっかりしなければ、という気負いがある。
「何だよ何だよー、女子ばっかじゃねーか。シユウと雲類鷲の兄ちゃんとか神獣人様の兄ちゃんは来ないのかよー」
結託する女子たちへ、トウキは不満げに頬をふくらませている。
「シユウさん、雲類鷲さん、でしょ」
そしてまたサユリに叱られて「……はい」と肩を縮めた。
「やっぱり女の子は大人だから助かるんだよねぇ。ま、おバカなハナタレも可愛いけどさ」
東西の女子たちそれぞれの微笑ましい様子と、不貞腐れ気味のトウキの対比が滑稽だ。
くくっ、と肩を揺らす鏡花に「ええ」と頷き、アザミは涼やかな瞳を細める。
「みんな可愛いですね」
キョウから事前に声を掛けられた時は「子どものお守りか」と正直なところは乗り気でなかったが、任されてみると存外、未知の土地への女子旅が楽しいものであった。
断崖絶壁の上から見渡せる、凪周辺と異なる生態系が織りなす景色も興味深い。
「帰還したら峡谷君に礼を言わないと」
自分に色目を使ってこない、数少ない付き合いやすい男友達の一人へ、アザミは届かない感謝を呟いた。




