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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第三部 ―出立編―
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ep. 40 一時帰還(2)

「話を少し戻そう」

 長はキョウの報告書を机上に戻し、また別の束から資料を一枚、手にした。


「峡谷隊が北西へ旅立った後に、猪牙隊に東側へ偵察に行ってもらっていたんだ」

 翡翠の陣守村に使者を送ってきた蒼狼と、シユウに謎の忠告を残していった白狼の件だ。


「猪牙上士、東雲准士、概要を峡谷上士へ説明してやってくれるかい」

「承知しました」

 進み出たのは、天陽だった。


 説明によると――


 蒼狼ノ國と、白狼ノ國は古の昔、元は一つの国である歴史があった。


 だが内紛が発生し、敗れた一族たちが東側の不毛の地へ追いやられ、地下界に身を隠す事となり、日照時間が極端に減少した事によって不毛の地の民達の髪色は、髪や肌の色素が抜け落ちて、今や銀髪と陶磁器のような白い肌の容姿へと変貌していったという。


 そうして青々とした草原を制する狼の國は蒼狼、不毛の大地の地下で色を失った狼の國は白狼、とそれぞれ名がついた。


「お前みたいなやつがゴロゴロいたぜ?」

 途中、猪牙がキョウを見やりながら言葉を挟んだが、茶化しや揶揄のつもりは皆無で、天陽も「確かに…」と真面目な顔で肯定している。

 居並ぶ諜報部の面々も、キョウの顔を目で追っている雰囲気が伝わった。


「遠いご先祖で繋がっているかもしれませんね」

 今は軽く受け流し、キョウは説明の続きを促した。


 翡翠の陣守村を訪問した蒼狼の使者がもたらした交渉材料は、狼の背骨――白狼ノ國の地下空間路――の「奪還」の協力要請だった。


「蒼狼からすれば、狼の背骨も元は蒼狼の国土で、白狼が勝手に逃げ込んで居座っているという主張だが、白狼側からすれば、そもそも不毛地帯に追いやったくせに、何言ってんだってところだな。どちらの主張が正しいかは、俺達で判断できる事じゃない」


 猪牙が説明を継いだ。

 口調が砕けてきたのは興に乗っている証拠で、理に適った説明でもあり、長の前であろうと誰もそれを咎めない。


「凪にとっては、狼の背骨の通行権利が得られて、あの近辺に転送陣を置くことができるのなら、蒼狼、白狼、どちらが正しいのかは関係が無いことだ。だが」


 長の視線が、手にしている資料の上で、二往復ほど動いた。


「いずれか、もしくは両方か。凪に害をなす意を持っているのなら、話は別だ」

「白狼がシユウ二師に残した警告の意味は、判明したのでしょうか?」


――彼奴らが道を開けば、東方にわざわいがもたらされよう


 つまり、狼の背骨を蒼狼が掌握すれば、それが凪にとって不利益になるであろう、と警告していた。


 それは同時に、白狼が狼の背骨を維持し続ける事が凪にとって不利益になる、という真逆の可能性をはらんでいる事は言うまでもない。


「頼んでもいいか?」

「承知」


 猪牙の目配せを受け、天陽が前に踏み出して執務机に地図を広げた。

 左手の指が、ある一点を示す。


「周辺調査をしたところ、狼の背骨と蒼狼領の堺付近に、巨大な要塞街が開かれていた事が分かった」

「要塞「街」…?」

「数年前、諜報部が狼の背骨周辺の地図を作成するために測量や調査を行っていた頃は、関が設けられていた程度だったようだ。関守もせいぜい十数人規模で、蒼狼も白狼も互いに不可侵の距離を保っていた…と調査報告書に残っていた」

「つまり短期間で、急に、大規模な要塞が蒼狼側に設けられたという事ですね」


 キョウの推測に、一同が頷いた。


「これをどう読み取る? 蒼狼が狼の背骨制圧を目論んでいるであろう事は想像に容易いが、何のために狼の背骨が必要で、なぜ急ぐのか」

「……」


 キョウは地図を見つめて、長からの問いの答えを探る。

 その隣から、長の問いかけに応える形で、天陽が説明を継いだ。


「白狼を侵略し国土を奪還するためかとも思いきや、しかし蒼狼と白狼が二つの国に分かれたのは遥か古の頃。国土を取り戻したいのであれば、もっと前に仕掛けてもおかしくないはずだが、少なくとも両国の歴史資料に記載のあるここ数百年において、睨み合いは続いていれど、戦は起きていない」


「蒼狼にはどうしても、狼の背骨を使いたい理由ができた…?」


 狼の背骨は東西を最短距離でつなぐ路。

 キョウが迂闊に声に出す事を躊躇した言葉を、


「白狼を越えて、更に東へ攻め入る経路を確保するためではないかと、私たちは考えている」


 長は表情を変えず口にした。


「……」

 同様の懸念がキョウの脳裏にも浮かんでいたとはいえ、長による発意とあればその意味は更に重たい。


 重たい空気が室内に流れる中、

「可能性の一つとしてね」

 長は柔く目を細めた。


 仮に蒼狼が東方への侵攻を目論んでいるとして、その理由は何か。


「蒼狼の動機を探るために、次は獅子國の歴史を振り返る事になる。今日は何だか、歴史の授業みたいだね。東雲先生、解説をお願いできるかな」


 どこか楽しそうに、長はまた別の書類を手に取った。指名された天陽は「承知しました」と短く答えて、また机上の地図の前に立つ。


「東雲先生」の説明いわく――


 獅子國は西方の国々の中で最も歴史が深く、また実質上、西方の支配者として君臨している。

 長い歴史の中で西方の国々の多くは、傀儡国や従属国、保護国として、獅子國の影響を大きく受けてきた。


 蒼狼ノ國は、獅子國の従属国の一つだ。政治体制や思想も酷似していて、だからこそ、いわゆる「半端もの」として白狼の民が追いやられた歴史がある。


「最終的な目標が獅子國との友好的な国交関係であるなら、我々は蒼狼側につく…という事でしょうか?」


 キョウらが北へ旅立つ前、翡翠の陣守村へ蒼狼の使者が訪問した事から始まった、凪にとって難しい選択を迫られていた問題だ。

 蒼狼につくことによって、東方への侵略を防ぐ事はできるかもしれない、が。


「それがだ」

 長の言葉と共に、微かな溜め息が漏れた。


「獅子國が今後、二つに割れるかもしれなくてね」


 どういう事だ? とキョウの視線を受け、先に口を拓いたのは猪牙だ。


「千年に一度の仲間割れの原因が生まれちまったんだとよ」

「…ん…?」


 ますますどういう事だ、という顔でキョウが天陽に説明を求める。


 以前、青との勉強会で仕入れた獅子國の歴史情報によれば、獅子國は国を司る血族達を頂点にした専制政治、完全なる階層社会構造となっており、神話を含む長き歴史の中でたびたび内紛が発生しては制圧、統一されてきた――とあった。


「今から十七年ほど前に、獅子國で麒麟が誕生した」


 麒麟は西方において神獣の頂点と崇められている存在。血胤、血族ではなく、千年に一度だけ光臨する神とされている。

 以前、くりんの里が話題に出た際に、天陽からそう説明があった。


「しかも、双子だ。麒麟は必ず対で生まれる。白麒麟と、黒麒麟だ」

「白と…黒」


「白麒麟は獅子國にとって吉兆の証。国に増々の富と力をもたらすとされている。一方の黒麒麟はその吉兆を損ない害をなす存在とされる。だからだろうが、神話や伝承で黒麒麟は悪と表され排除、放逐されたという内容がほとんどだ」


 獅子國から離れ、外界と接触はせず隔絶と静寂を保っている、くりんの里の黒麒麟。


 少女から聞いた「鬼が麒麟を喰った」という物語は、黒麒麟と白麒麟を表したものであろうか。


「だが一方で黒麒麟は、旧来の体制を転覆させ、新しい世に再生する力を持つ…とも考えられている」

「政治で言えば、保守派の白麒麟派と、革新派の黒麒麟派、みたいなものだな」

 猪牙がぽつりと口を挟む。


「なるほど…」

 キョウにとって、その喩は分かりやすいものだ。

 これまで耳にしてきた様々な伝承や情報の数々が、腑に落ちていくような気がした。


「白麒麟は支配層の血族らの庇護下に置かれ祀り上げられていて、幼い頃からたびたび国の祭典に姿を現わしている」

「黒麒麟の方は?」

「分からない」

 天陽は首を横に振る。


「だが死んだとも聞こえてこない。黒麒麟の生死次第では、革命の火種になりえる。チョウトクにも探らせているんだが…」

 成果は芳しくないようだ。


「くりんの里の黒麒麟とは?」

「そっちは、千年前に生まれた火種ちゃんって事だな。世俗に嫌気がさして今も引きこもってるってところかね」


 猪牙の独特な表現を、天陽も長も否定はしなかった。


「…これから獅子國の分断が起きる可能性を考えると、現時点で凪が選ぶべき相手が蒼狼か白狼か……まだ判断は難しいですね」


 キョウは首を捻る。

 革命が起きたとして、どちらが勝つかも定かではない。


 だが、時勢は悠長な時間を与えてはくれなかった。


「蒼狼が築いた要塞の軍備増強は日々、進められている。我々がなかなか返事を寄こさないものだから、痺れを切らしているはずだ」

 と長。


 このまま事態を放置し、狼の背骨を巡る両狼の戦いが勃発すれば、西への最短経路の開拓の目処が長らく立たなくなってしまう。


 それどころか、もし長の予想通りであるならば、東側へ攻め入られる切っ掛けを見過ごす事にもなりかねない。


 だが要塞の状況を鑑みるに、両国の調査を深掘りする時間の余裕は、無さそうだ。


「どう、されるのですか」

 キョウ、猪牙、天陽、諜報部一同の目が、長を向く。

 どうやら蒼と白問題の結論は、まだ下されていなかったようだ。


「結論を出すには早急だ。私は博打を好まない」

 再び長の涼やかな瞳が、一同を見渡す。


「時間を稼ぎたい」

 どのように、と疑問符を浮かべる一同へ、長は口角を僅かに上げた。


「蒼狼の要塞が落ちれば、刻も稼げるし、心配のタネも一つ減るとは思わないかい」


「要塞落とし…?」

 室内がにわかにざわめく。


「攻め入るという事ですか」

「しかしそれじゃ凪と蒼狼間の全面戦争に…」

「そんな人員が割ける状況なのか…」


 主に諜報部の面々が、狼狽を隠しきれず困惑した面持ちを見合わせた。


「「落とす」とは言っていない」

 長はゆるりと首を横に振った。

「「落ちれば」と言ったんだ」


「???」

 疑問符が飛び交う室内。

 長は、想定内の反応を楽しんでいる様子だ。


「君たちには、その様子を見てきて欲しい」

「どういう事でしょうか」

 キョウが面々を代表して問いかけた。


「詳細は改めて、説明する」

 碧い視線から逸れて、長は窓から見渡せる都の景色へ、顔を向ける。


「猪牙上士や峡谷上士は、久々の帰還だろう。しばし休息を楽しむといい」


 凪の都は、透明度の高い秋空をたたえていた。


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