ep.5 同級生(2)
駆けつけた教員たちが混乱する生徒をなだめる間に、小松先生は榊を連れて医務室へ向かった。
「小松先生、大丈夫かな……」
女子生徒たちが身を寄せ合い、不安げに囁きあう。
「サカキ君、だっさーい」
「ね。先生のこと、からかってたくせに」
不安が軽口に変わった瞬間、鋭い声が飛んだ。
「やめなさいよ」
緑髪の女子生徒、如月つゆりだった。
「つゆりちゃん……」
「榊君、泣きながら謝ってたじゃない。失敗した人を笑うなんて、あんたたちもダサいわよ」
毅然とした言葉に、女子たちはバツが悪そうに口をつぐむ。
「そうでしょ、青君?」
「え」
突然話を振られ、青は虚をつかれた。
「何よ、ぼけーっとして」
つゆりの瞳に、少しばかり失望の色が浮かぶ。
青は「ごめんね」と苦笑いで返すしかなかった。
「榊君の術、すごかったなって。……僕は、まるで駄目だったから」
青の言葉に、今度はつゆりが瞬きをした。だがすぐに、その長い睫毛が伏せられる。
「……私も、同じこと思った」
強気な言葉ばかりを紡いでいた唇が、小さく震えた。
「あんな大きな炎、私には出せないもの」
唇を噛んだのは、つゆりだけではない。
青も、そして周囲の生徒たちもまた、トウジュの炎柱を目の当たりにした。
初めての、術の授業。
それは無邪気な子どもたちに、抗いようのない「天賦の才の格差」の存在を知らしめたのだった。
*
半刻もしないうちに、小松先生と榊少年が中庭へ戻ってきた。
「小松先生!」
「センセイ、大丈夫!?」
生徒たちが駆け寄る。
「治癒師の先生に看てもらったから、もう大丈夫。ほら、元通りですよ」
先生はにっこりと微笑んだ。
煤汚れていた白い肌も、火傷の痕も、跡形もなく消えている。
先生の背後から、榊少年が縮こまるように姿を現した。昨日までの威勢はどこへやら、視線が痛くてたまらない様子だ。
「はい! 初めての神通術、榊君が『がんばりました賞』第一号ですよ! あんな大きな炎を出せるなんて、みんなびっくりしましたよね」
小松先生が、わざとらしく明るい声を張り上げ、手を叩いた。
「次の『がんばりました賞』がとれるように、皆さんも練習再開しましょうね」
「はーい!」
先生の機転で、重苦しい空気が霧散する。生徒たちは再び散らばり始めた。
「あのさ、榊君」
逃げるように輪から離れようとする少年の背に、青は声をかけた。
「さっきの術、すごかったね! 僕にも教えてほしいな」
「な、なんでだよ……」
嫌味だと思ったのか、榊少年は顔をしかめて身構える。
「僕、全然ダメだったんだ。コツとかあるのかな」
青が屈託なく笑いかけると、榊少年の顔から毒気が抜けていった。
「……玄朱でいい」
「ん?」
「榊、玄朱だ」
「僕は青。よろしくね、トウジュ」
「あたし、如月つゆり!」
二人の間に、つゆりが割って入った。
初日に怒鳴られたことを覚えているのか、玄朱は「げっ」と露骨に嫌な顔をする。
「文句あるの? ほら、あっちで一緒に練習するわよ」
つゆりに強引に腕を引かれ、青と玄朱は顔を見合わせて苦笑するのだった。
それから半刻ほど、術の練習が行われた。
玄朱は火の術を封印し、水に切り替えた結果、あっさりと水球を作り出した。術の才覚は本物のようだ。
つゆりも、何度かの失敗の後、小さなつむじ風を発生させることに成功した。
一方の青は――やはり、手のひらが熱くなるだけで、炎も水も風も呼び出すことができなかった。
「全然ダメだった……」
これが「相性」か、それとも「資質」の欠如か。
初日で発現しなかった生徒は他にも半数ほどいたが、それでも青の落胆は大きかった。
「今日うまくいかなくても、がっかりする必要はありませんよ」
沈んだ空気を感じ取って、小松先生が再び子どもたちへ明るく声をかけた。
「神通術は七つもあるんです。自分に合ったものを、これから何年もかけて探していくんですよ。特士の方だって、入学二日目から何でもできたわけではないんですからね!」
先生を囲む輪から、笑いが起きる。
二日目にして、生徒たちはすっかり先生に心を開いていた。
「あの、先生」
青が手を挙げる。
「はい、大月君」
大月。それが青に与えられた新しい姓だ。
霽月院の孤児には、「月」「夜」「白」にまつわる姓が与えられる習わしだという。
「質問してもいいですか」
「もちろんですよ」
「神通術をうまく使えなくても、特士や上士みたいに偉くなった人はいるんですか」
子どもたちの間から「そんなのいるわけないじゃん」という囁きが漏れる中、先生はきっぱりと頷いた。
「いますよ。特士や上士という呼び方ではありませんが、それらと同等か、それ以上に高い位があるんです」
子どもたちが、ざわめく。
「ししょーのことかな……」
青はごくりと喉を鳴らし、身を乗り出した。
「これは少し先の授業の内容ですが……せっかく大月君が良い質問をしてくれたので、特別にお話ししますね」
先生は木の枝を拾い、地面の土に図を描き始めた。
二つの、種のような円。
片方に「神」、もう片方に「技」と書き込む。
小松先生の枝先が、神の種と技の種からそれぞれ棒を上に伸ばす。種から芽吹いた芽か幹のようだ。
幹は、お互いに交わらない。
「左は神通術。右は技能術です」
「ギノージュツ?」
「そうです。技能術は神通術と違って、神様の力を直接は使いません」
「使わないのに、術っていうの?」
不思議がる子供たちの中で、青は神妙な眼差しで小松先生の話を聞いていた。
「技能術には、薬、毒、式、罠工、武具工、幻術などがあります。何かを作り出すものが多いのが分かりますか?」
先生の枝が、「技」の種から伸びた幹を枝分かれさせていく。七つと、さらに細かく十二の枝へ。
「技能術には専門の職位があります。それを『技能職位』と言います。中士や上士というのは『総合職位』。上から特士、上士、准士、中士、下士の五つですが……技能職位は、なんと十二階級もあります。さて、なぜでしょう?」
十二、という数字に生徒たちがどよめく。
青は、迷わず手を挙げた。
「とても難しいから、ですか」
「はい」
先生は、嬉しそうに大きく頷いた。
「その通りです。技能術は、神様の力をお借りするのではありません。自分たちで考え、工夫し、手を動かさなければ形になりません。そのためには膨大な知識と、血の滲むような修練が必要になります」
実感が持てずに目と口を開くばかりの子どもたちへ、小松先生は一息を挟んで力強く続けた。
「だからこそ、神通術が使えなくとも、技能を極めて高い位に上り詰めた英雄も、たくさんいるのです」
土の上の図を見つめる子供たちの反応は様々だ。
難しそうだと顔をしかめる子、目を輝かせる子。
幾人かの聡い生徒は、その道の険しさに気づき、息を呑んでいる。
「はーい、先生!」
つゆりが手を挙げた。
「技能職位の一番上って、なんて言うんですか? 特士よりすごいの?」
折よく、授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。
「では最後に、一つだけ書きましょうか」
先生は枝を動かし、「技」の幹の頂点に、複雑な文字を書き入れた。
麒麟、と。




