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毒使い  作者: キタノユ
第一部 ―幼少期編―

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ep.5 同級生(2)

 駆けつけた教員たちが混乱する生徒をなだめる間に、小松先生はさかきを連れて医務室へ向かった。


「小松先生、大丈夫かな……」

 女子生徒たちが身を寄せ合い、不安げにささやきあう。


「サカキ君、だっさーい」

「ね。先生のこと、からかってたくせに」

 不安が軽口に変わった瞬間、鋭い声が飛んだ。


「やめなさいよ」

 緑髪の女子生徒、如月きさらぎつゆりだった。


「つゆりちゃん……」

「榊君、泣きながら謝ってたじゃない。失敗した人を笑うなんて、あんたたちもダサいわよ」


 毅然きぜんとした言葉に、女子たちはバツが悪そうに口をつぐむ。


「そうでしょ、青君?」

「え」

 突然話を振られ、青はきょをつかれた。


「何よ、ぼけーっとして」

 つゆりの瞳に、少しばかり失望の色が浮かぶ。

 青は「ごめんね」と苦笑いで返すしかなかった。


さかき君の術、すごかったなって。……僕は、まるで駄目だったから」

 青の言葉に、今度はつゆりが瞬きをした。だがすぐに、その長い睫毛まつげが伏せられる。


「……私も、同じこと思った」

 強気な言葉ばかりを紡いでいた唇が、小さく震えた。

「あんな大きな炎、私には出せないもの」


 唇を噛んだのは、つゆりだけではない。

 青も、そして周囲の生徒たちもまた、トウジュの炎柱を目の当たりにした。


 初めての、術の授業。

 それは無邪気な子どもたちに、あらがいようのない「天賦てんぷの才の格差」の存在を知らしめたのだった。



 半刻はんこくもしないうちに、小松先生と榊少年が中庭へ戻ってきた。


「小松先生!」

「センセイ、大丈夫!?」

 生徒たちが駆け寄る。


治癒師ちゆしの先生に看てもらったから、もう大丈夫。ほら、元通りですよ」

 先生はにっこりと微笑んだ。

 すす汚れていた白い肌も、火傷の痕も、跡形あとかたもなく消えている。


 先生の背後から、榊少年が縮こまるように姿を現した。昨日までの威勢はどこへやら、視線が痛くてたまらない様子だ。


「はい! 初めての神通術、榊君が『がんばりました賞』第一号ですよ! あんな大きな炎を出せるなんて、みんなびっくりしましたよね」

 小松先生が、わざとらしく明るい声を張り上げ、手を叩いた。


「次の『がんばりました賞』がとれるように、皆さんも練習再開しましょうね」

「はーい!」

 先生の機転で、重苦しい空気が霧散むさんする。生徒たちは再び散らばり始めた。


「あのさ、榊君」

 逃げるように輪から離れようとする少年の背に、青は声をかけた。


「さっきの術、すごかったね! 僕にも教えてほしいな」

「な、なんでだよ……」

 嫌味だと思ったのか、榊少年は顔をしかめて身構える。


「僕、全然ダメだったんだ。コツとかあるのかな」  

 青が屈託くったくなく笑いかけると、榊少年の顔から毒気が抜けていった。


「……玄朱トウジュでいい」

「ん?」

「榊、玄朱だ」

「僕は青。よろしくね、トウジュ」

「あたし、如月つゆり!」


 二人の間に、つゆりが割って入った。

 初日に怒鳴られたことを覚えているのか、玄朱は「げっ」と露骨に嫌な顔をする。


「文句あるの? ほら、あっちで一緒に練習するわよ」

 つゆりに強引に腕を引かれ、青と玄朱は顔を見合わせて苦笑するのだった。


 それから半刻ほど、術の練習が行われた。


 玄朱は火の術を封印し、水に切り替えた結果、あっさりと水球を作り出した。術の才覚は本物のようだ。  


 つゆりも、何度かの失敗の後、小さなつむじ風を発生させることに成功した。


 一方の青は――やはり、手のひらが熱くなるだけで、炎も水も風も呼び出すことができなかった。


「全然ダメだった……」

 これが「相性」か、それとも「資質」の欠如か。  

 初日で発現しなかった生徒は他にも半数ほどいたが、それでも青の落胆は大きかった。


「今日うまくいかなくても、がっかりする必要はありませんよ」

 沈んだ空気を感じ取って、小松先生が再び子どもたちへ明るく声をかけた。


「神通術は七つもあるんです。自分に合ったものを、これから何年もかけて探していくんですよ。特士とくしの方だって、入学二日目から何でもできたわけではないんですからね!」


 先生を囲む輪から、笑いが起きる。

 二日目にして、生徒たちはすっかり先生に心を開いていた。


「あの、先生」

 青が手を挙げる。

「はい、大月おおつき君」


 大月。それが青に与えられた新しい姓だ。

 霽月院の孤児には、「月」「夜」「白」にまつわる姓が与えられる習わしだという。


「質問してもいいですか」

「もちろんですよ」

「神通術をうまく使えなくても、特士や上士みたいに偉くなった人はいるんですか」


 子どもたちの間から「そんなのいるわけないじゃん」という囁きが漏れる中、先生はきっぱりと頷いた。


「いますよ。特士や上士という呼び方ではありませんが、それらと同等か、それ以上に高い位があるんです」


 子どもたちが、ざわめく。


「ししょーのことかな……」

 青はごくりと喉を鳴らし、身を乗り出した。


「これは少し先の授業の内容ですが……せっかく大月君が良い質問をしてくれたので、特別にお話ししますね」

 先生は木の枝を拾い、地面の土に図を描き始めた。


 二つの、種のような円。

 片方に「神」、もう片方に「技」と書き込む。


 小松先生の枝先が、神の種と技の種からそれぞれ棒を上に伸ばす。種から芽吹いた芽か幹のようだ。

 幹は、お互いに交わらない。


「左は神通術。右は技能術です」

「ギノージュツ?」

「そうです。技能術は神通術と違って、神様の力を直接は使いません」

「使わないのに、術っていうの?」


 不思議がる子供たちの中で、青は神妙な眼差しで小松先生の話を聞いていた。


「技能術には、薬、毒、式、罠工わなこう、武具工、幻術などがあります。何かを作り出すものが多いのが分かりますか?」


 先生の枝が、「技」の種から伸びた幹を枝分かれさせていく。七つと、さらに細かく十二の枝へ。


「技能術には専門の職位があります。それを『技能職位』と言います。中士や上士というのは『総合職位』。上から特士、上士、准士、中士、下士の五つですが……技能職位は、なんと十二階級もあります。さて、なぜでしょう?」


 十二、という数字に生徒たちがどよめく。

 青は、迷わず手を挙げた。


「とても難しいから、ですか」

「はい」

 先生は、嬉しそうに大きく頷いた。


「その通りです。技能術は、神様の力をお借りするのではありません。自分たちで考え、工夫し、手を動かさなければ形になりません。そのためには膨大な知識と、血のにじむような修練が必要になります」


 実感が持てずに目と口を開くばかりの子どもたちへ、小松先生は一息を挟んで力強く続けた。


「だからこそ、神通術が使えなくとも、技能を極めて高い位に上り詰めた英雄も、たくさんいるのです」


 土の上の図を見つめる子供たちの反応は様々だ。  

 難しそうだと顔をしかめる子、目を輝かせる子。  

 幾人かのさとい生徒は、その道の険しさに気づき、息を呑んでいる。


「はーい、先生!」

 つゆりが手を挙げた。

「技能職位の一番上って、なんて言うんですか? 特士よりすごいの?」


 折よく、授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。


「では最後に、一つだけ書きましょうか」

 先生は枝を動かし、「技」の幹の頂点に、複雑な文字を書き入れた。


 麒麟きりん、と。

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