ep.5 同級生(2)
駆けつけた教員たちが、混乱する生徒をなだめる間に、小松先生は榊を連れて医務室へ向かった。
「小松先生、大丈夫かな……」
青の近くに立っていた女子生徒たちが身を寄せ合い、ひそひそと囁きあっている。
「サカキ君、だっさーい」
「ね。先生の悪口言ってたくせに」
「やめなさいよ」
それをたしなめる声が、横から入った。初日に榊ら男子生徒を叱り飛ばした、緑髪の女子生徒――如月つゆりだった。
「つゆりちゃん……」
思いがけないお叱りに、女子生徒たちは肩を縮める。
「榊君、謝ってたじゃないの」
「でも……」
「そうでしょ、青君?」
「え」
突然話を振られ、青は口を丸く開けたまま固まった。
まったく別のことを考えていたからだ。
「何よ、ぼけーっとしてないでよ」
つゆりの瞳に、少しばかり失望の色が浮かぶ。
怒った時の母さまに似ているかも。
そんなことを思いながら、青は「ごめんね」と笑ってごまかすしかなかった。
「榊君の術、すごかったなって。僕は全然ダメだったんだけど……」
青の応えに、つゆりが目を丸くする。
「……私も、同じこと思った」
そして徐々に、目を伏せさせた。
「すごいけど……でもすっごく悔しいの」
下唇を噛むつゆりが、青にはひどく印象的だった。
半刻もしないうちに、小松先生と榊少年は中庭へ戻ってきた。
「小松先生!」
「センセイ、大丈夫??」
女子生徒たちが、小松先生の周りへ駆け寄る。
「治癒師の先生のおかげで、大丈夫、治りましたよ」
顔を汚していた煤ばかりか、火傷の痕も、すっかり消えていた。
小松先生の背後から、榊少年が気まずそうに姿を現す。
女子たちの視線が痛く、怖い。
「はい! 初めての神通術は、榊君が『がんばりました賞』ですよ! あんな大きな炎を出せるなんて、すごいことです」
手を叩きながら、小松先生が明るく声を張る。
「次の『がんばりました賞』がとれるように、皆さんも練習の続きをしましょうね」
「はーい!」
先生の促しで、生徒たちは自然と輪を描くように散開する。
「榊君」
輪の内側から外れようとする榊へ、青は声をかけた。
「さっきの術、すごかった。教えてほしいな」
「僕全然ダメなんだ」と笑うと、榊の顔から次第に戸惑いが消えていく。
「トウジュでいいよ」
「ん?」
「榊玄朱だ」
「僕は青。よろしくね」
「あたし、如月つゆり!」
そしてなぜか、つゆりが割り込んできた。
初日のことを覚えているのか、トウジュは「うげっ」と顔をしかめる。
「文句あるの? ほら、あっちでやろ」
つゆりに強引に腕を引かれ、青とトウジュは顔を見合わせながら苦笑するのだった。
それから半刻ほど、術を発動させる練習が行われた。
トウジュは火の術を避けて水に切り替えた結果、やはりあっさりと手のひらに水を出現させた。
つゆりは、何とか一度だけ、小さなつむじ風を発生させた。
一方の青は――やはり手に熱が集まる感覚はあったものの、炎を生じさせるには至らなかった。
「全然ダメだった……」
これが「相性」もしくは「素質」の違いなのだろうか。
初日に術が発現しなかった生徒は、半数ほどいた。
それでも、楽しみにしていた授業だけに、青は落胆を覚える。
「今日うまくいかなかったからといって、がっかりする必要はありませんよ」
生徒たちの様子を見渡して、小松先生が声をかけた。
「神通術は七つあるのですから、自分に合ったものを、これから何年もかけて探していくんです。まだまだ先は長いですよ? 今は特士の方だって、一年生の二日目から何でもできたわけではないんですからね」
先生を囲む輪から、笑いが起きる。
二日目にして生徒たちは、小松先生を大好きになっているようだ。
「あの、先生」
青が手を挙げる。
「はい、大月君」
「大月」とは、青が凪之国の国民として霽月院に引き取られた時に与えられた姓だ。
霽月院出身で名字のない子は、みな「月」「夜」「白」のいずれかにまつわる姓を付けられる。
「質問してもいいですか?」
「もちろんですよ」
「神通術をうまく使えないけど、特士や上士になった人はいるんですか」
子どもたちの間からあがった「いないだろー」といった声は、
「いますよ」
との小松先生の回答に、静まった。
「特士や上士という呼び方ではありませんが、特士や上士と同じくらい、高い職位があるんですよ」
再び、子どもたちがざわめく。
「これはもう少し後の授業でとりあげるお話なのですが、せっかく大月君が良い質問をしてくれたので、ちょっとだけお話ししますね」
そう言って、小松先生は地面から適当な枝を拾い上げ、土の上に図を描き始めた。
種のような楕円が二つ。
片方に「神」もう片方に「技」と書き込んだ。
「左は神通術。右は技能術です。技能術は神通術と違って、神様の力を使わないものも、あります」
周りの子どもたちが顔を見合わせる中、青は神妙に小松先生の話を聞いていた。
「なので、神通術と、技能術は、ぜんぜん違うものだと覚えて下さい」
枝先が、神の種と技の種からそれぞれ棒を上に伸ばす。種から芽吹いた芽か幹のようだ。
それぞれのびる幹は、お互いに交わらない。
「技能術には、例えば、薬、毒、式、罠工、武具工、幻術などがあります。いくつか、物作りをするものがあるのが、分かりますか?」
小松先生の枝が、次に技の種から伸びた幹を七分割し、更に一番下を三分割、上を四分割した。
「技能術には専門の職位があります。それを『技能職位』と言います。中士や上士というのは『総合職位』です。上から特士、上士、准士、中士、下士の五つです。皆さん知ってますね。でも技能職位は……見て下さい」
小松先生の枝が、技の種から伸びた幹を細かく分割する線を示した。
「技能職位はなんと、十二もあります。さて、なぜでしょう?」
十二、という数字に驚きざわめく子どもたち。
その後ろから、青は手を挙げた。
「とても難しいから、ですか」
青の回答に、小松先生は笑みと共に大きく頷いた。
「そうです。技能術には、神様の力を借りないものもあるのです。物作りは、神様の力ではなく、自分たちで考えて、工夫して、手を動かさなければ、形になりません。そのためには膨大な知識と、高度な技術が必要になります。もう、わかりましたね。神通術が使えなくとも、物作りで技能職位を極めて、特士や上士になった方もたくさんいます」
土の上に描かれた図を前に、子どもたちは顔を見合わせたり、考え込んだりと、様々な反応を見せた。
幾人かの聡い生徒は、これから知らねば、学ばなければならない事柄の膨大さに気づき、固唾を呑んでいる。
「はーい、先生!」
興味深げに図を観察していたつゆりが、手を挙げた。
「技能職位って、どういう呼び方になるんですか? 特士や上士とは言わないんですよね」
「そうですね~、十二個もあるのでそのお話はまた今度、別の授業でお話ししますね」
学舎から、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「せっかくだから一つだけ、書きますね」
そう言って、小松先生の枝は「技」の幹の頂点に難しそうな文字を書き入れる。
麒麟、と。




