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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第三部 ―出立編―
129/263

ep. 39 鬼隠し(10)

 その、少し前。

 

「シユウさんは、大丈夫でしょうか」

 サユリが、あさぎとアキに話しかける。


 祝の宴を開こうと準備をし始めた村人たちを手伝って、料理に使うという野菜の泥落としをしているところだった。


「峡……あの方がついて下さっているし、大丈夫よ」

「さっき、鏡花さんが入っていったから、看病のお手伝いをしてくれてるのかも」


 アキが優しく応え、あさぎが補足する。


「あの……」

 遠慮がちにサユリは、泥つきの野菜が入った籠を手に、アキとあさぎの並びに腰かけた。竹筒から流れる湧き水を囲む。


「あの……皆さんは、家族なんですか?」

 水が流れる音に混じり、サユリの遠慮がちな声。


「か、家族? 私たちが?」

「えー、嬉しい! そう見える?」

 冗談めかして、あさぎが隣に座るアキの腕に体を寄せてくっつけた。


「私……お姉さんも、妹もいないから、良いなって、思います。うるさい弟みたいなのはいるのですが」


 どこか寂し気にも見えるサユリが見つめる方では、トウキら獣鬼隊の少年たちが大量の薪を運んでいる。

 その後ろを雲類鷲が淡々と、少年たちが次々と落とす薪を拾い上げながら歩く。


「お、たくさん持ってきたな!」

「これで今年はもう薪拾いしなくてもいいぐらいだ」

「へへ」


 村の衆たちに褒められて、少年たちは頬を紅潮させて白い歯を見せていた。


「楽しそうにお手伝いしてるね」

「みんな孤児みなしごで、家族を知らないから、ああいうの、嬉しいんだと思います」

「そう、だったんだ……」


 何気ないサユリの答えに、あさぎは神妙になる。

 アキから体を離して、背を正した。


 西方への旅に同行するようになってから、自分の世間知らず具合を痛感させられる事が多い。

 使用人はもちろんのこと、親や兄弟の存在は当たり前ではないという事も、旅のさなかに実感した。

 サユリのように、自分よりも若い子たちが、みな大人っぽくも見えてくる。


「お野菜、洗えた分を先に調理場に運んでくるね」

 泥がとれた野菜を選んで籠に入れて、あさぎは洗い場から立ち上がった。


 質素で貧しい村のあちこちに、提灯が飾られ、松明が炊かれている。

 浮足立った大人の様子に感化された村の子どもたちも、いつもと違う村の雰囲気にはしゃいでいた。


 村の広場の片隅に設けられた調理場には、木の長机が二列並んでいて、女房たちが食事の支度をしている。

 大きな鍋に薪をくべている者、粉をこねている者など、それぞれが分業で手際よく宴の準備を進めていた。


「えーっと」

 あさぎの目に、野菜の下ごしらえをしている老女の姿が止まる。痩せた猫背の老女は、俯いて淡々と野菜を切っていた。


「疲れてるのかな……」

 若い女房たちの楽しそうな様子と比べて、幾人かの、主に年配である女たちの面持ちは暗い。広場の隅で、灯りが届いていないからであろうか。


「あの、洗ったお野菜、ここに置きますね」

 努めて明るい声で、あさぎは野菜籠を台に置いた。


「あ、あぁ……ありがとうねぇ」

 あさぎの気配に驚いたのか、びくりと肩を震わせた老女が、まな板から顔を上げる。

 顔に刻まれた皺が、細かく震えていた。


「私、代わりますよ!」

「いやいや……申し訳ないよ……邪神獣を倒してくださった方々に手伝いなんてさせて……」

 包丁を握ったまま老女は、眉尻を下げて困り顔だ。


「大丈夫! おばあちゃん、休んでいて下さいって」

 ひどく遠慮がちな老女に笑顔を見せて、あさぎは長机を回り込んで老女の隣へ移動する。


「いやいや……そんな……」

「元気になって、お祭りを楽しまないと」


 俯く老女の手から、包丁を受け取ろうと手を伸ばした。



「獣鬼隊の子らは孤児みなしごだったり捨て子でね」

 薄暗い堂の中、奇しくもサユリと同じ説明を、鏡花もキョウと青へ語っていた。


「理由は色々さ。生贄になりかけて逃げてきた子もいる」

「……身寄りの無い子を引き取って育てている、と」

「そう言えば聞こえが良いね。だけど有体に言えば、身寄りの無い子を「隠し」て戦力として、育成している」


 西方では、子どもが行方不明になる現象を「鬼隠し」と呼ぶ。


「私らは、ある目的のため、孤児や半端ものとされた子どもたちに、戦い方と神通術を教えているんだ」


 鏡花の手が傍らに置いた長刀に触れて、また離れた。


「……」

 青は息を呑む。

 意識が混濁していたために鏡花の戦いぶりの記憶が朧であったが、やはりあれは神通術であったのだ。


「神通術ってのは、弱い奴が妖怪や邪神獣に対抗するために、東方で編み出された術式なんだってね」

「……ん?」


 鏡花の物言いに違和感を覚え、キョウと青は目配せをしあった。


「てっきり貴方が東方の出なのではないのかと思ったが」

「鏡花さんは神通術をどこで身に着けたのですか」

 キョウと青の声が揃う。


 そんな様子にまた鏡花は「仲が良いねぇ」と笑う。


「昔の事は話せないって言ったろ? それに今は私の事より、獣鬼隊(あの子ら)の事だ」

「……では」

 ここは大人しく引き下がり、青は別の問いを口にした。


「「私らは」という事は、他にも指導者がいるのですか」

「ああ。私は白兎周辺の担当で、他にも南側の蒼狼や白狼、もっと西の四神の国々にも仲間がいる」

「そんなに広範囲で……」


 青とキョウは顔を見合わせた。

 想像よりも組織として確立されているようだ。


「それからもちろん、獅子にもね。そもそも、獣鬼隊は獅子の邦から始まったんだ」

「しかし……西へ行くほど、特に獅子ノ國にいたっては「半端もの」に非常に厳しい地域性であると聞きました。そんな場所から獣鬼隊が起こったのは、意外にも聞こえます……」


 青の話を、鏡花は平静な様子で、相槌をうちながら聞いていた。


「それが「ある目的」につながる話なのだろうか?」

 続くキョウの問いに、鏡花は無言の間を置いた。


「……それを話すのは、今じゃない」

「え……」

「というより、それを話すべきは、私ではないんだ」

「どういう意味でしょう……」


 無意識に、青は布団から身を乗り出していた。

 怪我の痛みなど、とうに意識から抜けている。


「東にも、それを知る者がいる」

「……東にも……」


 青の脳裏に浮かんだのは、銀色の長い髪と、碧の瞳。


「以前…同じことを言われました」

 翡翠の森の中で出会い、蒼狼の警告を残していった、白狼の女。


「だとしたら、それは……、おや、何やら騒がしくないかい?」


 言葉を切って、鏡花は堂の引き戸を向いた。

 確かに、風を通すために半開きにしている障子の向こうからも、夜風に乗って何やら喧騒らしき音が流れてきている。


「やれやれ。もう酔っ払って男衆の喧嘩でも始まったか?」

 鏡花は長刀を掴んで、堂の出口へ。


「……様子がおかしい」

 キョウも立ち上がり、青を背に庇いながら、堂の外へ顔を覗かせた。



 広場に赤が散った。


「あさちゃん!!」

 アキの叫び声を皮切りに、周囲の若い女房たちも悲鳴を上げる。


 視線の中心に、唖然とするあさぎがいた。

 顔の前にかざした腕に、大きな一本傷が走り、血玉がぷつぷつと湧いては垂れ落ちていく。


 あさぎの見開いた目に、包丁を向ける老女の姿が映っていた。


「何故にそんな酷なことが言えるのじゃ…!」

 老女は顔中の皺に更に深い影を刻ませて、怒りと悲壮で人相を歪ませている。


「お……おばあちゃん……?」

 傷の痛みよりも、何よりも、老女にぶつけられている感情の爆発に、あさぎはただただ困惑していた。


 老婆は尚も、あさぎに刃を向けたまま怒鳴る。


「村のためだ、仕方がない、順番だからと、だから儂も娘を差し出したんじゃ…それなのに!」


 老女の絶叫が広場に響き渡った。


「いまさらもう生け贄はいらんと……!? 茉莉も、ヨシちゃんも、颯も、みんな、何のために死ななきゃならんかった!?」


 誰もが、口にする言葉を失っていた。

 村の衆は気まずそうに視線を逸らし、もしくは顔色を蒼白にさせ、獣鬼隊の子どもたちは妖怪に遭遇した時とも違う恐怖を瞳に宿して、固まっている。


 老婆はあさぎに向かって、包丁を出鱈目に振り回した。

 刃の先が、あさぎの腕や肩、衣服を掠め、切り裂く。


「やめ……!」

 アキが制止に入ろうとしたところを、

「いいの……アキちゃん」

 あさぎが止めて、やんわりと背後へ押し返した。


 広場の調理場の片隅、怯える若い女房たちの一方で、老女と同世代ほどの女たちは暗く憎しみの宿った目で、呆然としている村の衆たちをめつけていた。


「祭なんぞ……儂らにいまさら、何を祝えと言うのじゃぁあ!!」

 いっそう悲痛な絶叫を上げて、老女は大きく包丁を振りかぶる。


 あさぎは、動かなかった。

 ずくりと、刃が肉に沈む不快な音。


「あさちゃん!」

「きゃーーー!!」

 アキと若女房たちの悲鳴が重なる。


 老女が振り下ろした包丁の刃先が、あさぎの肩に刺さっていた。


「あ…」

 老女は目が覚めたかのように顔を強張らせる。


 皺が深く刻まれた老女の骨ばった手を、あさぎが掴み、包丁の柄を強く握り込ませた。


「おばあちゃん、ごめんね……」

 痛みを堪えて絞り出される、あさぎの声。


「あ……ぁ」

 老女は口を開けて震えていた。


「何も分かってなかった」

 包丁の刃先はあさぎの肩に埋まったまま。奥歯を食いしばるあさぎの顔色が紅潮しはじめ、額から頬へ脂汗が流れ伝う。


「子どもたちの痛みも……おばあちゃんたちの痛みも……何も分かってなかったんだよね……本当にごめんなさい……」


 老女は「う、ぁああ……」と呻き声を漏らし、あさぎの肩に刺さる包丁の刃先を瞠目する。


 次第に「もう、やめて、やめておくれ」と懇願の言葉が漏れ出すも、あさぎに手を掴まれて、包丁の柄から指を離す事ができない。


「あさちゃん……あさぎちゃん、もう十分だよ……!」

 アキが駆け寄り、強張っているあさぎの指を一本ずつ開いて、老女の手から引き剥がす。


 手を解放された老女は腰を抜かしてその場にへたり込む。


「何事だい!?」

 鏡花が堂から飛び出し、キョウは青へその場にとどまるように告げて、己も堂を出た。


「っぁ!」

 気合と共にあさぎは自ら、肩から包丁を引き抜く。


「酷い傷……え……?」

 鏡花の眼の前で、あさぎの肩の傷がみるみる塞がっていった。

「あんた一体……」


「どうしたんだ」

 キョウが鏡花を追い抜き、すでに半分ほど治りかけている傷を一瞥して、顔色を覗く。


 あさぎは唇を噛み締めて涙を堪えていた。


「な、なんちゅうことを……」

 キョウの登場により、村の衆がにわかに慌てふためき出した。


「なにをしでかしてくれたんだ! 村を救ってくれた方々に!」

 村の衆が、老女を取り囲んで責め立てる。


「おばあちゃんは悪くない!」

 あさぎの一喝に、場が鎮まった。


「私が悪いの、お祭りを楽しんでなんて、無神経なことを言っちゃって」


 一部の長老が、気まずそうに目を伏せる。


「私、分かってなきゃいけなかった……子どもを失う事がどれほど辛いかってこと、私は分かってなきゃいけなかったのに」


 あさぎの瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 思い浮かぶのは、母親と、父親の存在。


 自らの命よりも双子の出産を優先した母と、何ら不自由のない生活を与えてくれた父。

 親の愛情を理解するようになったからこそ、生け贄に子を差し出した人々の気持ちを慮る事ができるべきであったのだ、と、未熟な己を恥じ入る。


「キヨミさん……!」

 広場の外側から、男が駆けつけた。

 沼で青に庇われた、垂れ耳の兎族の男だ。

 座り込んで動けない老女を優しく介助して立ち上がらせる。


「申し訳ありません……申し訳ありません……急なことで混乱しているのです。落ちちぅきましたら改めて、お詫びをいたしますので……」


 茫然自失となっている老女に代わり、男が何度も頭を下げた。

 男に付き添われて、老女は狭い歩幅で力なく、広場から立ち去る。


「……」


 薄闇に遠ざかっていく老女の丸い背中を、誰もがいたたまれない気持ちで見送るしかない。


 そして白兎の子どもたちはこの日、自国が抱える暗部の根深さを、目の当たりにしたのであった。


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― 新着の感想 ―
おばあさんの恨みは深いでしょうね。しかし、あさぎさんがおばあさんの包丁を敢えて受ける必要があったのか。傷は回復するようですが、流れた血は回復しないのでしょう。これからの任務のことを考えれば最後の包丁は…
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