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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第三部 ―出立編―
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ep. 39 鬼隠し(9)

 近づくキョウに気が付き、サユリとトウキは「あ」と口を開けた。


「神獣人様……?」

「な、お前、悪い神獣人じゃねーだろうな??」

「トウキは黙ってて」

 サユリがトウキの首えりを掴んで引っ張り、自らも一歩、身を引いた。


 キョウの水色の瞳が二人を一瞥し、そしてすぐに倒れた青へ向く。


「二師」

 呼びかけながら傍らに膝をつき、キョウは上背を屈めた。

 青は反応を見せない。体が横倒しになっており、投げだした腕で顔が半分隠れていた。


「……」

 さりげなく、キョウの手が青の目許を隠している額当てを深く引き下げる。


 覆面が下げられたままで口元は露出していて、血で汚れているのが見えた。

 吐血はしていないか、口内に血だまりができて窒息の危険性はないか、少し開けさせた口に指先を差し込んで確認する。


「二師がお怪我を?」

 追いついた雲類鷲が、キョウの後ろから覗き込む。


「……俺のせいで、血触媒を使わせてしまった」

 キョウは腰の道具入れから手当用の白布を引っ張り出した。青が応急処置として縛った、血で汚れたサラシを解き、横倒しになった青の体の下に新しい布を差し入れて、背中と肩にかけてきつく縛った。


「ぃ……、っ」

 青の口元が、痛みに歪んだ。


「そいつのケガ、ヒドいのか?」

 サユリを押しのけるようにトウキが前に進み出て、青をはさんでキョウの正面にしゃがむ。


「浅くはなさそうだ」

 表情を変えずキョウは淡々と応えた。

 法軍で身に着けた応急処置を進めていく。熱の有無、妖瘴や毒物の症状の有無、呼吸の有無と状態等を一つずつ、確かめる。


「あのさあのさ、神獣様や神獣人様の血を飲むと、どんな病気やケガも治るって聞いたけど、本当??」

「……」

「……」


 あ、と思わずキョウと雲類鷲が、顔を見合わせた。

 見た目で神獣人を騙れても、さすがにそこは誤魔化せない。


「茶や味噌汁じゃないんだから。そんな単純な話じゃないんだよ」


 凛とした声が上から近づく。

 妖鯉にとどめを刺した女だ。


「どういう話なんだよババア」

「キョウカ様」


 サユリにキョウカ様と呼ばれた女は表情を変えずにトウキへ「ひっこみなハナタレ」と毒づきながら、キョウたちの手前で足を止めた。


「近くに村がある。案内しようか」

 近くに、でキョウカが背後の方向を示す。


「村に断られる謂れはないよ。何せ生贄を差し出す邪神獣を屠ってやったんだから。ま、喜ばない奴も一部はいるだろうけど」

「……」

 警戒を解かず、キョウは改めて辺りの気配を探る。


 子どもたちが「大丈夫?」「どうしたの?」と遠巻きに囲んでいる。邪な空気は感じ取れない。キョウカや目の前の少年も、口は悪いが、悪意は感じられなかった。


 万が一の時は――キョウカはやり手のようだが、他は蹴散らせる。そう値踏みしてキョウは「案内を頼んでも?」と顔を上げた。


「あ、いたいた! きょ……えっと、みなさーん!」

 森を抜け出した明るい声が響く。

 あさぎだ。アキも一緒で、二人に追随するのは、数人の兎族たち。


「お、おい、あれは……!」

「沼の邪神獣が……本当に……!?」


 岩場で串刺しになっている妖鯉の残骸の前で皆が足を止め、唖然呆然となるもの、歓喜するもの、それぞれの反応を見せている。


 中でも、子どもが次の贄に決まっていた男は、丸い黒目からはらはらと涙を流して立ち尽くした。


「合流が遅くなり失礼しました、兎族の皆さんと遭遇したので一緒、に…」

「え、ど、どうしたんですか……」

 倒れた青の姿に気づき、アキ、あさぎも顔色を変える。


「わ、わしです、そのお方は、わしを庇ってくださってお怪我を」

 慌てて駆け寄る兎族の男が、キョウたちを前に膝をついて身を伏せた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……! 邪神獣を退治して下さり、ありがとうございます! これで…これで子どもたちを贄に差し出さなくて済む…本当に…」


 地に耳を擦りつけるほどに低く、深く、兎族たちは頭を垂れる。


「……」

 キョウは謙遜も否定もせず口を噤んだ。

 ここを自分たちの手柄と思われるのは得策ではない。


「ったりめーよ!」

 得意げに声を張り上げたのは、トウキだった。


「妖怪も邪神獣も、ジュウキ隊が倒してやるんだぜ!」

「ちょ、トウキ……!」

 呆れてサユリが止めに入ろうとしたが、


「その通り、彼らの手柄です」

 すかさずキョウが微笑をもって頷きを見せ、トウキの豪語を肯定した。


 後ろであさぎが「え」と驚いた気配を感じたが、すぐに意図を感じ取ったようで、口を挟んでは来ない。


 目論見通り、兎族たちは「ジュウキ隊?」「噂の鬼の戦士様のことか」と、目の前の子ども達を認識し始めている。


「ジュウキ隊の皆様、ぜひ、我々の村へ。ケガをしているお仲間もいらっしゃる様子」

 兎族の年配者が進み出た。

 キョウたちも含めて「ジュウキ隊」と認識しているようだが、キョウも、キョウカも、肯定否定のいずれもしなかった。


「助かります。案内をお願いしたい」

 キョウは上衣を脱ぐと、片手で抱き起こした青の頭部から背中にかけて被せた。


 更に青の顔が自分に向くように己の肩で青の肩を巻き込むように寄せると、青の顔がキョウ側へ伏せられて、更に上衣が頭巾のように目深に隠れる形となる。そしてもう片方の手を膝裏に差し込んで持ち上げる。最後に、脇下から通した手と、膝裏から差し込んだ手を組んで固定した。


 体勢としては少々苦しいであろうが、担架の用意ができない現状、この形が最善であるとのキョウの判断だ。


 余談として。


 後々、この時の話をあさぎに「お姫様だっこ」とからかわれた青が「凪の女性たちに知られたら殺される」と顔色を悪くしたのが、笑い話になったとか、ならなかったとか。



 案内された兎族の村の名は、安久地あくち

 沼を意味する渥地あくちの当て字だ。

 久しく安寧の地、という願いが込められた名であるが、裏腹に安久地の村は、長きに渡って幼い子を沼の妖魔に生贄として差し出してきた。


 青が運ばれたのは、村の集会所にも使われている堂だ。

 村の中で最も広く、村人が交代で清掃を行っているので、最も清潔な場所でもある。

 欄間の彫りも天井絵も、何ら飾り気のない空間だが、怪我人の寝所には丁度いい。


「……」

 手当を終えて眠る青から少し離れた場所に座るキョウは、開かれた障子の向こうに広がる村の夕景を見つめて、考え事をしていた。


「邪魔していいかな」

 堂の入口の段差を上がってくる足音がして静かに引き戸が開き、キョウカが顔を覗かせた。薄暗くなりはじめた室内で、鮮やかな唇の紅色が目を引く。青がまだ眠っている様子を見止めて、忍び足で畳に上がった。


「どうぞ。ちょうど、貴方と話がしたいと思っていた。子どもたちは?」

「村の手伝いをさせてる。体力を余らせとくとやかましいからね。あんたの仲間たちが相手してくれてるんで、助かるわ」


 キョウカの物言いに、キョウは小さく笑った。

 ちなみにキョウカは名を「鏡花」と書くらしい。


 鏡花は背負っていた長刀を静かに畳に置き、もう片方の手で持っていた小さな盆を、自分とキョウの間に置いて、腰を下ろした。


 盆の上には酒の肴になりそうな乾物がいくつかの小皿に取り分けてある。


「これ、御礼だってさ。邪神獣退治を祝う祭りを開くんだって、みな張り切ってる」

 小さく欠けた皿の上に、年季の入った干し肉や果物。貧しい村ができる精一杯のもてなしだ。


 キョウが手を付けようとしない様子を特に気にする事なく、鏡花は干し柿に手を伸ばす。


「ここいらはさ、遠い昔、干ばつで飢饉の年が続いた事があったそうでね」

 干し柿をかじりながら、鏡花は語りだす。

 障子の向こうに広がる、小さい田畑が並んだ風景を見つめる横顔を、夕日が照らしていた。


「雨乞いの儀に、土地神様へ生贄を捧げることになった。選ばれたのは、村を通りがかった旅の商人の旦那と、その若女房と幼子だったんだ。当時の村の衆たちもズルい事を考えたものさ。余所者を使えば、村民の恨みを買わずに済むってな。ついでに小金も手に入る」

「……なるほど」


 キョウは表情を変える事なく、鏡花の話に耳を傾ける。

 妖鯉が吐き出し続けていた呪いの言葉の意味と、辻褄が合った。


「そう、珍しくもない話だ」

 凪や、凪周辺の寒村でも耳にした事のある類のものだ。


 若女房の怨念が妖魔となって村の子どもを生贄に出させていたとしたら、ずいぶんと皮肉なものである。あれほど望んでいた水に、今度は脅かされてきたのだから。


「自業自得と言えばそうだが、贄に出されてきた子どもたちに罪は無い…」

 鏡花の表情が、和らいだ。

 年齢不詳な面持ちが、今は「母親」のそれに見えた。


「ところで」

 鏡花の首が、青の眠る布団の方へ向く。

 布団の周辺には、水を張ったたらいや手拭い、薬を並べた盆等が置かれている。額当てを外している代わりに、幾分か柔らかい手拭いで目許は覆われていた。


 奇しくもかつて、青が藍鬼を看病する際に、そうしていたように。


「あの子は、呪術を使うのかい? 珍しいと思ってね」

「呪術……いや、……まあ」


 毒術とは何たるか、の説明をしてもややこしくなると判断して、キョウは言葉を濁した。


 あながち間違いでもない。

 以前、青との勉強会で、毒と呪いの関係性について話を聞いた事があった。


 地域や風習によっては毒は呪いの一端、その逆もありとする学説もあり、人間含む動植物にとっての毒が、妖にとっての呪いであるとも考えられるという。


「あの沼の邪神獣、相当に強い怨念を大量に宿していたようだけど、それを祓えてしまうのだから大した子だよ」

「頼りになる戦友……だと俺の方は思っている」

 視線を外の風景に向けたまま、キョウは答えた。


 鏡花が訪ねてくるまで考えていた事は、妖鯉との戦いの振り返りだ。


 キョウが駆けつけた時には、すでにシユウの毒術によって妖魔の力は半分ほどに削がれていた。

 そうでなければもっと手こずっていたであろうし、最後、鏡花一人の水術だけで洪水を止められたとも思えない。


 とどめを刺す機会を逸したのは完全に自分の油断と失策で、シユウが倒れる事になったのは自分の責任であると、キョウは自責の念にかられていた。


「あんたは、ずいぶんな男前だね」

「よく言われる」


 少しだけ不機嫌そうなキョウの即答に、鏡花はケラケラと笑った。

 キョウにとってこの容姿は、九割が面倒ごとしかもたらさない疫病神みたいなものなのだ。


「それでいて、とんでもなく強い。でも、神獣人ではないね」

「……」


 村の風景を見ていたキョウの瞳が、悪戯な笑みを紅にのせた鏡花を向く。


「あんたたちの戦いぶり、見させてもらってたんだよ。神獣に変容するでもないのに、なかなかの見応えだった」

「どこから見ていた」

「卵のあたりから」


 ほぼ、一部始終ということだ。


「悪く思わないでよ。あんな騒がしくされちゃ嫌でも気づく。あんたたちが神獣人を騙ってあくどいことをする奴らだとは思っていない。おおかた、勝手に間違われてたんだろう。田舎ものや年寄りと子どもは思い込みが激しいのが多いからね」

「……」

「ついでにもう一つ、当てようか」


 口を噤むキョウの、形の良い鼻先に、鏡花は人差し指をかざした。


「あんた、東の人だろう」

「その答えは自ずと、貴方のことを問うことにもなるが」

「私が使った術のことだね」


 キョウも、鏡花も、動揺した様子は皆無。お互いに神通術を用いた事が発覚している今、取り繕う意味が無いと分かっていた。


「昔のことは話せないけれど」

 と前置きして、

「あんたには、獣鬼隊の事を、話しておきたい」

 鏡花は二つ目の皿に手を伸ばすと、干し肉を口に放り込んだ。


「…私も、聞きたい、です」

「え」


 声がしてキョウが振り向くと、布団から体を起こそうとしている青がいた。

 白いサラシで上半身をぐるぐる巻きにして、白い寝間着を羽織っている。

 目許はキョウが巻いた手拭いで隠してあった。覆面はしておらず、口元は露出している。


「二師、良かった、気が付いて」

 腰を浮かし立ち上がりかけたキョウへ、青の手が「そのままで」と制した。薄闇で顔が見えにくい方が、都合が良い。


「実は結構前から起きていました」

「声をかけてくれれば良かったのに」

 浮かしかけた腰を、キョウは再び下ろした。


「何やら真剣に考え事をされている様子だったので、邪魔してはと」

「……あぁ……、独り反省会をしていたもので」

「反省会?」


 なぜ、と首を傾げる青と、苦笑するキョウの横顔を見比べて、


「……」

 鏡花は楽しそうに両目を細めていた。


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