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毒使い【最終章、始動】  作者: キタノユ
第三部 ―出立編―
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ep.34 白妙の里(2)

 崖を降り、一隊は最大限の警戒をしながら森を進む。

 だが肩透かしをくらうほどに、西の森は穏やかだった。


 早朝に目にした白の大蛇どころか、妖獣、妖虫、妖魔の類の姿も気配も感じ取れない。


 雲海が晴れて陽が差すと、森の様相も一変する。

 針葉樹林は崖上から眺めた印象よりも密度は高くなく、陽光を遮断する事なく木漏れ日が草地に降り注いでいた。


「さっきの白蛇に驚いて隠れちまってるんじゃないか」

「それなら、獣除けになってありがたい」


 弱肉強食は妖の世界でも同様で、相手が神獣であるならば、獣や低級な妖獣などは尻尾をまくしかない。


「この調子なら暗くなる前に森を抜けれるかもしれねぇな」


 先頭を歩く猪牙が機嫌よく振り返った。すると、隊列から大きく外れている毒術師がいる事に気づく。

 草藪に踏み入って上下左右に視線をやりながら歩く青の様子は、猪牙にはまるで迷子に映った。


「大丈夫か、アイツは」

「ああして森の生態系を観察されているのですよ」


 猪牙の隣から、キョウが補足する。朱鷺もよくああして自由行動をしていたし、往々にして技能師は己の世界に没頭するものであると、キョウの中で認識は固まっていた。


 中でも薬術師や毒術師の場合、素材調達のための観察眼が危機察知に繋がる事も多いため、多少の協調性の欠如は見逃されるのだ。


 だが結局すべては杞憂のまま。

 一度の休憩を挟んだのみで一隊は、その日の夕暮れには森を抜け、森と山裾を分断する川まで辿り着いた。


 川幅が広く流れは緩やかだが、深さがありそうだ。


「今日はこのあたりで野営するかな。チョウトクによりゃあ、日が沈んだら河を渡るなってことらしいからな」

「そうですね。火を多めに焚きましょう」

「んだな」


 野営に適した場所を探そうと上士二人が辺りを見渡しているところへ、


「……隊長」

「ん?」


 何かに目を留めたキョウが「あれを」と山裾側の対岸へ目配せした。


 山裾の森の入口から、凪一行を見つめる瞳があった。


「ガキか……?」


 木の幹から、小さな体を半分だけ覗かせている。

 白髪、白い肌、白い着物の子ども。その全てが赤い西日に染まっていた。


「……」

 一隊に緊張が走る。

 日が落ちようという刻に、森や山に独りきりの子ども。


 物の怪の物語によく見られる導入だ。


「こんばんは。お兄さんたち、どこに行くの?」


 対岸から、子どもが声を発した。

 距離や水の流れる音を超えて、やけに鮮明に、言葉の一つ一つが聞き取れる。


「……ご挨拶ありがとう」

 キョウが一歩前に踏み出て、微笑みをたたえて子どもに応えた。


「もう日が暮れるから、このあたりで野宿しようかなと思ってたところだよ」


 子どもは「ふーん……」と呟いて、木の陰から一歩を踏み出した。肩ほどまで伸びた白髪、膝丈までの白い着物。少年か少女かの判別はできないが、一言で表すなら美童だ。


「……似てる、かも」

 隊列の後ろから様子を見ていた青は、初めて蟲之区で出会った頃の「キョウちゃん」を思い出していた。


「その川はね、夜に露が溢れるの。そんなところでは、流されてしまうよ」

「露……増水するって事かな」

「あたしの村に、おいでなよ」

「君の、村?」


 一同は顔を見合わせる。

「あたしの村」で子どもの指は、山裾の森へ分け入った先を指し示していた。翡翠の領域との境。

 どうする、という視線をキョウが猪牙へ送る。


「露をしのぐ屋根を貸してくれるってのかい?」

 代わって猪牙が対岸へ応えた。

 白い影が、こくりと頷くのが見える。

 少女と思われる白い子どもからは、負の空気を感じられない。


「そんじゃ、せっかくだし邪魔させてもらうか」

「え」

「大丈夫なんですか」


 隊長の後ろで、隊員たちが顔を見合わせ、小さくざわめいた。


「なあに。翡翠領内の村ってんなら、まずは挨拶代わりだ。場合によっちゃ、陣守村候補になるかもしれねぇし」


 翡翠での任務目的の一つに、いずれ転送陣を置く許可を得た際に、陣守村候補になりそうな地があるか下見をする、というのも上士二人に課せられている。


「来てくれるの? こっちだよ」


 対岸の少女は森の斜面を登って行く。キョウが先鋒となって、風術で川を飛び越えた。


「俺らも続くぞ」


 猪牙に促され、続々と隊員たちも続いた。青も最後尾から追う。


 少女は時おり凪一隊を振り返りながら、斜面を上がって行く。「登る」というより、斜面に沿って「上がる」と表現した方がしっくりくる。


 まるで、蛇がそうするように。


「……」

 朝に目撃した光景と照らして、誰もの脳裏に同じ推察が浮かんでいた。

 こちらを喰おうと牙を向けようものならば、ただちに反撃するよう、気構える。

 だが、またもや彼らの不安は外れる事となる。


「もうすぐだよ」

 斜面を上がり、下がりを数度繰り返し、最後に沢を越え、薮を越えた先にその村はあった。


 森と村を隔て区別する門や垣はなく、凪の一同をまず出迎えたのは小さな広場だった。


 草が禿げて土が踏み固められただけの広場の隅に小さな祠が置かれ、中に白く丸い玉石が祀られ、花と饅頭らしき菓子が供えられている。それだけのささやかな空間が、村の入り口であろう事がかろうじて分かる。


 広場からまっすぐ伸びた道の先に、少女が立ってこちらを振り返り待っている。


 おいでおいでと、白く細い手が手招きしている。

 日が沈みかけた山林の中で、少女の姿が不自然に青白く浮かび上がっていた。


 いよいよ人間とは思えぬ面妖さは明らかだが、再びキョウが先頭を行く。青は列から少しはみ出した背後から、周囲の気配を探りながらもキョウの背中を注視する。


「ここが村だよ」

 少女に導かれ更に進むと、急激に森が開かれた。


 畦道で仕切られた田が数畝。代かきの時期とあって水が張られている。夕焼けを映して紅々とした水面が、風で小刻みに揺れていた。

 田を囲むように茅葺き屋根の質素な小屋が並び、個々の軒裏には小さな畑も点在している。


「本当に陣守村みたいだ……」

 村の風景を目にした青の抱いた第一印象は、それだった。


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