練習 ──ふれんず
ああ、奨也が可愛すぎる。ひとつ年下の高校一年生の奨也、美少年過ぎでしょう。まるで小さな仔犬かハムスター。愛玩動物でしかない。
私は近所のお姉さんの特権を利用している。昔の集団登校の流れで、今も一緒に同じ高校へと登校するのだ。
そんな彼が、ある時とんでもないことを言ってきた。
「あの、友理さん?」
「どうしたの? 奨也」
「同じクラスの友だちに彼女が出来たんだって」
ついに来てしまった。
奨也の周りの環境が色恋沙汰へと向かう傾向に! 出来ればそんな色に奨也を染めたくなかった。
しかし、確かにそうなるのは時間の問題だった。齢16歳を過ぎれば、自ずと芽生えてしまうもの!
かーー!! これでは私が磨きに磨きをかけた奨也が誰かのものになってしまう。
私は尋ねる。
「奨也は誰か気になる女子がいるのかな?」
途端に真っ赤になる奨也。これは、いる! 困ったことに、奨也はすでに恋を感じる年頃になってしまっていた。
私のバカ、バカ、バカーー!! なぜ気付かなかった? 悪い虫は先に摘んでしまわなくては。
蚕食される。
奨也という、みずみずしい葉はことごとく……!!
ぐっ! ぐっ!
どこのどいつだ、奨也が惚れてるって女は?
私は辺りを警戒し、ぐるりと見渡すものの、みんな目をそらす。
当たり前よね~。身長178cm、レスリング部部長の私に睨まれちゃあ。
私は逃げ出す女子たちのほうを見ながら奨也に尋ねる。
「しょ、奨也の好きな子はこの中にいるのかな?」
すると赤い顔の奨也は小さくコクンと頷く。私の目の前は暗くなったが、もう一度尋ねた。
「お、同じ学校?」
それにもコクンと頷く奨也。オーマイガ。やっぱり。来るべき時が来たのだ。
私はもう登校などどうでもよくなり、奨也の手を引いて人気のない近所の公園に。
その道すがら考えた。悔しいけど、私の敗けだ。レスリングでは敗北したことなどないが、私の目を掠めて、女は奨也を盗んでいきやがったのだ。
私は近所のお姉さんとして、奨也を導かねばならない。
「あの、友理さん、どこへ……?」
「練習よ!」
「練習?」
「そう。奨也が好きな人に告白して失敗しないように」
何事も練習は大事だ。今から私は奨也に告白の練習をさせる。それより、何より、奨也の口から疑似でも愛の告白を聞いてみたかったのだ。
公園の中にあるブランコの前に立ち、私は奨也へと言う。
「じゃあ、奨也。私を好きな人だと思って、自分の気持ちを言うのよ!」
奨也は真っ赤な顔したまま、私の顔を唇を震わせていたが、そのうちに口を開く。
「あの……、友理さん。ずっと、ずっと、好きでした!」
お、おう……。奨也のアドリブ。まさか私の名前を出してくるとは。これは来る。鼻血出そう。
私は空を見て首の後ろをトントンと叩いた。これはクル……。
もう一回聞きたい。くそー、スマホで録音しとけば良かった。
「もう一回」
「もう一回ですか?」
「そう、それじゃ好きな人に響かないよ?」
「響かない、ですか……」
奨也は私に一歩近づく。10センチほど小さい奨也を私は見下ろす形だ。
「友理さん! 好きだ! 大好きだ!」
K.O.
完全にノックアウト。私はフラついて後ろに倒れそうになったが耐えた。この筋肉は見せかけだけではない。
ぐぬぬ、愛玩犬のような奨也から、こんな重い一撃が放たれるとは、ね……。
「もう一回よ!」
「は、はい!」
奨也はさらに一歩近づいて、私の両の手を取った。私の全身が震える。いかん。こんな至近距離で、両手を取られての告白を受けたら、全弾命中だ!
「友理さんのことしか見えてない! 愛してる!!」
ドキュン! ドキュン! ドキュン!
撃たれた。心、射抜かれた。完全に死んだ。無理、もう無理。
わたしは膝をついてしまった。これは奨也の告白練習。私への言葉じゃない。これを奨也は、他の女にするのだ。
こんなことされたら、奨也に告白された相手はそれを受けるだろう。悔しいけど私の負けよ。
あ、あ奨也……。
私はそのままの姿勢で、奨也に声を搾って伝える。
「ご、合格よ。奨也」
「じゃ、いいんだね」
奨也は膝をついている私の横へと身を落とし、私の頬に手を添えると自分のほうへと向ける。
そしてキスしてきたのだ。私は驚いて目を丸くした。そして、奨也の胸を押し、距離をとった。
「ちょちょちょ、奨也。なんのつもり?」
「だって友理さん、合格だって……」
「そ、それは告白の仕方が上手だから……、キスは好きな人とするものよ?」
「そうだよ。だから好きな人と、でしょ?」
今までとは打って変わって自信満々な奨也の言葉の意味がようやく分かった。
つまり、奨也の好きなのは──。
「きゃあ! わ、私?」
「ん?」
「好きな人って私?」
「うん、そうだよ。友理さん、さっきから意味が分からないよ。付き合うんでしょう? 今度、レスリング教えて欲しいなぁ~」
いやいやいや、なんぞ? この急展開。奨也は私のことが好きで、キスまでしてきたー!
私はクルリと学校のほうに体を向けた。
「え? 友理さん?」
「ひ、一晩考えさせてください──」
私は学校へと走り出す。背中から奨也「どういうこと?」と言う言葉が追いかけてきたけど、無理。まともに直視できない。
それから三ヶ月後。
奨也が私を呼ぶ時は「友理」と呼び捨てになっていた。彼は仔犬どころか狼だったのだ。




