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晴樹はどうしても落ち着かなかった。周りから言わせれば、これはいつものことなのだが、後ろから見えないもので殴られている気がした。菜月がどうして裏切り者のことを知っているのか、それに幼なじみが何者なのか気になって授業に集中出来なかった。晴樹は早く授業が終わってくれと心で唱えた。
チャイムの音。
周りに聞こえない程度の声で菜月に話した。
「ちょっと来い。」
階段を上がるとき二人とも一言も喋らなかった。額から嫌な汗が吹き出ているのが分かった。
四階まで来たとき、目の前に少し錆び付いた鉄のドアが見えた。晴樹が力一杯そのドアを押すと、嫌な音をたてて開いた。そこは、バレーボールコート一個分の小さな屋上だった。
晴樹が手すりにもたれながら話した。下には体育館に移動する生徒達が見えた。
「次、何だっけ?」
「全校集会。なんか一年生の子の財布がとられたんだって。朝。だから全校集会。」
「一年生の中で起きた事件だろ?それなら学年集会じゃねぇか。」「そうなんだけど、登校途中にカツアゲされたらしくて、一年生が犯人じゃないかも知れないんだって。」菜月はめんどくさそうに話した。
「出てくるわけないのにな。時間の無駄だ。」
菜月はもっともだと頷いている。
「依頼来た?」菜月がさりげなく聞いた。
「いきなりか。まだ来てない。」「そう。」
ちょっと残念そうだった。早く能力を見たかったらしい。
「お前も裏切り者なのか?」
「そうだよ。私は物体の生命力を操作出来る能力者だよ。」菜月は笑顔で答えた。
「いつから?」
「聿高入ってすぐ。階段から落ちて。ダサイでしょ?」
「うん。ダサイ。」笑っているフリをした。
「晴樹は?」菜月が興味津々で聞いてきた。
「展開はさっきの言い訳といっしょ。中学生を避けたトラックが助けようとした俺に来て…。」
「超ダサ。」菜月は爆笑していた。
菜月が笑いを堪えながら話した。「あ、私依頼入ってるし見に来る?」
「是非とも。」能力者と言うのをまだあまり理解していなかったので、いい機会だと晴樹は思った。菜月は赤い携帯電話を見ながら話した。
「え〜と、依頼は…今日中に猫を治療しないといけないんだって。まぁ楽勝ね。」
「猫?」
「うん。猫。」自信満々に答えた。
「じゃあ詳しい事は放課後ね。そろそろ時間の無駄な全校集会始まるし、行こ。」そういうと菜月は晴樹を一人置いて行ってしまった。
「猫?」晴樹は溜め息をついた。それから菜月のあとをダラダラ追った。
チャイムが急がせるように鳴っているように聞こえた。
予想通り全校集会は時間の無駄だった。校長先生が額の汗をハンカチで拭きながら一生懸命呼びかけていた。
「私はこんな卑怯者がこの学校にいるとは思いませんでした。自分のした行為がどれだけ恥ずかしいことか分かったのなら、今すぐ出てきなさい。」
これで出てくるなら、校長あんたは選挙戦にでも出た方がいいと晴樹は思った。自分の前の生徒が指遊びしているのをぼーと見ながら菜月の依頼の事を考えていた。
「猫か。」晴樹は一人呟いた。小学生の頃、我が家で飼っていた猫が自分の目の前で轢き殺されたのがトラウマになっていた。
晴樹はまた溜め息をついた。
校長先生の演説は30分続き、終わる頃には三角座りのまま寝ている生徒もいた。晴樹も良く耐えたと自分を褒めた。
教室に帰ったら直ぐにホームルームだった。先生は全員が揃うのを確認してから口を開いた。
「今日は掃除無し。ホームルーム終わり。よし、全員帰れ。」
言い終わると同時に運動部の生徒が教室から飛び出していた。
晴樹がかばんに筆箱を詰め終わったとき、後ろから菜月の声がした。
「そろそろ行こっか。」菜月はニコニコしている。
「うん。」晴樹はシュンとしていた。
「猫か。」