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愛という名の死因  作者: 鈴川掌
愛と言う名の死因
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第三話 生きる事は難しく、上手く暮らす事は更に難しくて

第三話書きました ただ読む前に注意書きをなげぇです。なんでこんなに長いのか自分でもわかりません。

そして多量の誤字脱字があると思います、なにより3万字ですから、そこはフィーリングでお願いします。

 私と言う存在を端的に説明しよう。探偵兼掃除屋、そしてこの世で最も聡い人物。姓は明智、名前は何と言ったかな?忘れた膨大な数の思考を重ねる度に、人間の機能としてある不必要な事は忘れると言った特性を思う存分使い、私と言う存在の頭脳は常に至高の存在へと至った。

 私を全く知らない人間から見れば、きっと私は完璧超人に見えるだろう。私をよく知っている人間から見れば、きっと私はずぼらなスケベ魔人に思われるだろう。私が私を見れば、きっと私はどうしようもない欠陥品と思うだろう。

 ソクラテスは無知の知という、端的に語るのであれば、知っているという思い込みをしている馬鹿どもと違い、私は自分が知らない事がある事を知っていると語った。

 私も彼の様に、そう自覚できる存在であれば、私と言う存在は欠陥品では無く、世界の備品の一つにでもなれたのかもしれない。けれど私は自分が知らぬ事を許せず、全て知ろうと考えてしまった、それこそが私の存在を欠陥品だとたらしめた証明だという事に気づきもせずに、毎日膨大な量の知識をため込み、毎日膨大な数の試行を行った。自分を完璧に魅せようとするあまり、自分が壊れているという事に気づかなかった。私が自らを欠陥品だと自覚した時には、この世界に私と言う名の欠陥品の居場所は存在しえなかった。

「故に私は、こう考える。私が私であった事の証明こそが、私と言う存在を認知させる唯一の方法であると」

「また癖が出ているわよ」

 裸体をシーツと言う薄皮一枚で隠している彼女、サチアに私は指摘をされる、これは私の悪い癖だという事がわかっているが、ついつい彼女との行為が終わった後にこのような考えをしてしまう。強く快感を感じた事により起きていた興奮状態から、一度興奮を抑える為のごく自然的な脳の働きだと思う。

「悪い癖だとは、認識しているんだけれどね、どうも君とするとこうなってしまうんだ」

「少し前にマリーと一緒にした時はなってなかったわよね?」

 誰との行為でもこのような現象は起こる、マリーとだってそう、片手では数えられない他の彼女達とした時もそう、興奮状態を抑える為の働きは起こるのだ、けれどその働きは相手によって変わってしまう。一人になりたかったり、更に相手を求めたり、どうしようもない倦怠感だったりと、そのどれもが漠然とした物なのだが、サチアとだけは具体的に考えてしまう。

「そう、サチアだけがこの現象を発生させる、私の所為では無く君が原因なのでは?」

「私にそんな特殊能力はないわよ、なんなの行為後に哲学を語らせるって、馬鹿らしいったらありゃしない」

「あり得なくはないだろう?君からそういうフェロモンが出ているかもしれないという可能性だって否定はできない。机上の空論でも安易に否定するものでもないだろう?」

「はいはい、わかったわよ、本当にそういうフェロモンがあるという確証ができたのなら、私を使って自由に研究するといいわ」

 シーツを滑り落とし、私の物だと知ってか知らずか、彼女の一番近くにあったYシャツに袖を通す。だが私はそれを許さない、明智と言う存在は面倒くさく、ねちっこいくて、それでいて人肌が恋しい人間だ。兎は淋しいと死んでしまうという造言だが、私と言う存在を動物に表すなら、兎だろう。

「逃がすか…」明智はYシャツに袖を通し終えた、サチア手を引きベッドに再度押し倒す。

「あら、ライオンさんに襲われちゃう、私は半日以上も耐えられるかしら?」

「誰が、ライオンだ、誰が。私は可愛い、可愛い兎だよ」

「随分自己評価が低いのね、貴方は…っん」

 サチアが言葉を紡ぎ終える前に、明智の口で彼女の口を塞ぐ、言葉を紡ごうとして紡げないその姿、息を吐けずに必死に空気を求めるその姿は、私の劣情を催した。どこまで行っても紳士的に行為を行える、男性が存在しないように。私達はどうしようもなく獣だった、夜は始まったばかりで朝にはまだ程遠い、部屋に嬌声が響き渡っても、窘める人間はここには居ない。今日も人間らしく欲に溺れよう。


 昔話をしよう、ある子供が私に率直な疑問をぶつけた「明智さんって変わってるよね」と、私は何を言われているのかがわからなかった、だからこそ私はこう返答する。

「君も私も大して、変わりはないだろう?」率直に何も考えずに明智はそう答えた。

 ある友人だった人間が私に悩みを打ち明けた「明智さんみたいになるにはどうすればいい?」と、私は当たり前の事を答える。

「君は私にはなれないよ、だって君は君だろう?」当たり前の事を、当たり前に答えた。

 ある研究者が私に一つの提案を持ちかけた「是非その才能を私の元で活かさないか?」と、私は率直な疑問を研究者にぶつける。

「貴方が私から学ぶ事があっても、貴方から私が学ぶ事は無いよ」真実を私は告げた。

 それらの回答の後に続く、彼ら、彼女らの反応は決まって逆上だった、私は一切の虚言を吐いていない、それだけは信じて欲しい。といっても誰が信じるのかと言う話だが。私の返答に逆上した者達が、私に少なからず抱いていた感情を今の私ならば理解できる。それは劣等感だ、その劣等感に押され彼ら、彼女らは私を中傷する、その事にはなんの感情は湧かなかったのだが、最後の一言がどうしようもなく私を苛める。

「「「お前は人間じゃない、バケモノだ!」」」

 彼ら、彼女らが私に劣等感を抱くように、私も彼ら、彼女らに劣等感を抱く事を知る由もないのだ、自分が持っていない物を持っていてズルいとしか思えないのが、人間なのだから。

 明智はアラームの音を頼りに目を覚ます、横には煩いアラームを気にもせず、サチアが肌寒さを誤魔化す様にシーツを手繰り寄せ、眠りについたまま目を覚まさない。私は近くにあるくしゃくしゃになった下着とYシャツを手繰り寄せ袖を通す、サチアが目を覚まさないよう、音を立てずに部屋の外へ出た。それにしても昨日はとても情熱的な夜だった、余りにも情熱的過ぎて殆ど記憶に残っていない程度には、情熱的だったのだろう。

 パイプ煙草に火を付け、そのままコーヒーメーカーでコーヒーの豆を挽き、あとは勝手にコーヒーがカップに注がれるのを待つ、端末を開き適当なニュース画面を前面の壁にい出す。

 煙を吐き出したと同時にニュースを切り替え、保存しているクラシック音楽を流す。今日も世界は、当たり前にアベンジャーズの事を報道し、この世界の存亡がどうとかと話していた、実にどうでも良い事で。その反応に少しの嫉妬心が芽生える、彼らはきっと今世界で一番認知されている存在だ、いい意味でも悪い意味でも。認知されるという事を恐らく知らなかったからこそ、彼らはこの蛮行を続けるのだろう、己の正義と信じて。

「ふぁぁああああ」サチアが大層大きな欠伸をしながら、寝室から出てきた。

「おはよう、サチア。いい夢は見れたかい?」

「お生憎様、良い夢は起きている間に見てしまったわ」

「それは、よかった。私にとってそれは一番の誉め言葉だ」

 明智はクスっと笑みを浮かべる、そんな事は知ってか知らずか、彼女は私が用意していたコーヒーを無許可で手に取り、口に含み、私の横に広がる壁を改めてマジマジと見つめる。

「それにしても全部他人の賞状ね、貰って嬉しいの?この、あー、あー、アデム?さんの、それも三枚もあるし」

「そりゃあ私の功績だからね、うれしいさ。それとそれはアデムじゃなくて、アダムだ」

 壁一面に貼られ、置かれているのは数々の研究、開発の成功、実用化にあたって世界から賞賛され認められたものが貰える賞状。いわば世界から認められた証拠になるモノ。

「自分の名前で欲しいとは思わないの?それに日本語で書かれている物は一つもないから、私じゃ何をしたのか、分からないわ」

「君の学力はさて置き、書いている事はバラバラだよ、食糧問題に関する物だったり、資源問題に対する解決策だったり、あとはまぁ色々だよ」明智は興味無さげに答える。

 他にもあった気はするが、寝起きの働いていない頭では思い出すのも億劫になる。あぁそう言えば肝心な質問に答える事を忘れていた。

「それと、日本語で書かれた物が無いのは、私が日本で生まれたからだよ」

「なにそれ、愛すべき自国家の発展には貢献したくないのかしら?」

 サチアは思ってもいない事を、正しく棒読みでこちらに説いてくる、愛国心なんてものは私達にはもっとも縁遠い言葉だというのに。しかしそうだな、愛すべき自国家の発展に私が何故貢献しないのか、か。

「そうだな、それは私が、しあわせな王子であり、裸の王様だったからかな?」

「しあわせな王子?王女じゃなくて?裸の王様は貴方ピッタリの名前だけれど」

「君、馬鹿にしているだろ?」明智はジト目でサチアの目を見る。

 サチアの目は視線に耐え切れず、徐々に横に背いていき、ついにはこちらを見る事を諦め、目を閉じる。やれやれと言いたげに悪びれもせず彼女はこう続ける。

「悪かったわよ、それで?スケベ王子と幸福の大様がなんだって?」

 この短い時間の間に、しあわせな王子は変態にされ、はだかの王様はもっとも幸福な人物へと物語が変わってしまった。はだかの王様は実に満足だったかもしれないが、しあわせな王子は恐らくサチアに対し、助走を付けて殴りかかる準備をしているかもしれない。彼は決してそんな事をしないとわかりきってはいるのが、少し悲しい所だ。

「しあわせな王子は、自分の出来る限り人を公平に保とうとした人、いや銅像か。そして裸の王様は、たった一人の正直者の童話さ、見た事ないかい?」

 しあわせな王子が公平であったかは議論の余地があるかもしれないが、私の考えでは彼はどこまでも公平を保とうとしていたと思う。

「見た事無いわね、残念ながら読書をできるような環境で育ってきていないもので」

「それは、すまなかった」ここに居ると忘れそうになるが、サチアとミライはあのゴミだめの出身だった、と言ってもあそこの出身と言っていいのかはわからないが、それでもまともな教育が受けられていないのは事実だろう。

「いいわよ、気にしていないし、それであなたのどこが正直者で公平主義者なの?」

「昔の話だけれどね、私は人に言われるがままそれを正しいと信じ行動し、全ての人が公平になる世界を目指していた、それだけさ。今は違うけれどね」

「それがなんで、自国家の発展に貢献しない理由になるのかが、分からないのだけれど…」

 それも説明しなくてはならないのか、少し、いや、やや面倒だが時計を見てもまだ出勤までの時間はある、丁度良い暇つぶしにはなる。

「どちらから聞きたい?君の好きな方から教えるよ」明智は端末で童話のあらすじを確認し始める、確認をしなくても覚えてはいるのだが、それでは自己流解釈まみれの新たな童話に変わってしまう。

「そうね、それじゃあ、裸の王様の話を教えて頂戴?勿論貴方がどう裸踊りしたのかを…ね」サチアの頭の中では、はだかの王様は裸踊りをした変態に置き換えられてしまっているようだ、まぁそういう行為をしても問題は無いから王様なのだろうが。

 明智は一呼吸置き、記憶に検索をかけ、古い書庫から引っ張りだすようにストーリーを思い出す。

「裸の王様…新しい服が大好きな王様が居た…そこに馬鹿には見えない布を持ち、その布で新しい服を作れると言った織屋がやってくる…王様にその馬鹿には見えない布は見えなかったが、彼は王だ、馬鹿と思われる訳にはいかなく見えるフリをした…そして服が完成する、けれど王様にはその服は見えない…しかし見えないという訳には行かないので王様はその服を身に纏いパレード開く…そこで王様は裸である事を大衆に笑われる、そんな話さ」

 明智が語り終えると、サチアは馬鹿にするように語った。

「ただの見栄を張った王様が馬鹿なだけの話しじゃないの?それ」

 サチアは面白い笑い話を聞いたかの様に、飲んでいるコーヒーを噴き出さない様に必死に堪えていた、彼女の考えは正しい。王様は最初の織屋の言葉など信じず即刻処刑にでもすればよかったんだ、それだけの地位も、それに文句をいう家臣も居ないのだから。

「そうだ、この話は馬鹿正直な王様が見栄を張った結果、痛い目を見るそれだけの話しだよ、けれどねサチア、王様は最後まで信じたんだ、見えない布の服がある事を、決して裸で自信満々に歩いた訳ではない、自分には見えないけれどそこにある者だと信じて、無い筈の服を着た。けれど真実を話してくれる人間は居らず、物語のオチで皆で王様を笑い物にするまで誰も居なかったんだよ、ほら王様だけが、たった一人の正直者だろ?」

「まぁ確かにそうかもしれないけど、でも見栄を張ったから馬鹿にされた事に変わりは無いと思うのだけど?」

「それが童話の良い所だよ、簡単な物語でありながら、見る視点によっては様々な解釈ができる、サチアが言ったその認識も決して間違ってはいないし、何なら私の語った考えは異端なのかもしれない、けれど私が初めて裸の王様を見た時はこう思ったのさ、あぁなんて愚かで、それでいて愚直なんだろうとね」

 明智は笑いながらサチアに語った、決して王様が素晴らしい人間と褒め囃す訳でもなく、ただその馬鹿正直さに私は見惚れたんだと言わんばかりに。

「しあわせな王子の話もしてもいいが、それを語っていたら遅れてしまうな、着替えるとしようか」

「その話はまた今度ってことね、まぁ私が覚えていたらだけど」

 そうつれないことを言うなよと明智は口に出そうとしたが、その言葉を出すのはやめておく、私達が明日生きている保証はどこにもないし、語る時間を用意できるかも定かではない、もしかしたら数週間後になるかもしれないし、明日かもしれない。そんな確約できない事を、私達は好まない、それを確約できる人物がいるとすれば、きっとミライだけであろうと私は考えた、けれどこの考えも私は口に出さない。だって彼の話をしたらサチアは家族の事で頭がいっぱいになり私になど、構いはしなくなるだろうから。

 着替えを終えて、自宅を後にし、徒歩5分もしない所にある本社へ向かう、服装はいつも通りの私服。語る事があるとするならば女性ものよりは男性ものといった服装を明智は身に纏い、本社に出社した。

「それにしても、あの一件以来君達はスーツにハマったのかい?」

 日本を震撼させ、幾つもの人の命が失われたここ数十年で最も大きなテロ行為、首相暗殺未遂、その事件にSPとして同伴したミライとサチアはあれ以来ずっとスーツを着ている、それもかなり上等な物。彼女らが自分の服にお金を使うとは到底考えられないのだが、なぜこんな上等な物を?

「あぁ、これね、首相からの感謝の印らしいわ」サチアは欠伸をしながら、問に答えた。

「感謝の印がスーツとは、案外ケチなんだな、首相様は」

 明智は残念そうに彼女らと首相の会話を想像した、サチアとミライには一つの共通点がある、それは欲に乏しい事だ。何故かまではわからないが、彼女らは人よりも欲という物を持っていない、サチアの方がまだ欲は残っているともとれるが、ミライに関しては殆ど無いと言っても過言ではないだろう、彼女らの欲がない事を証明する最たる例がお金だ、彼女らはお金を殆どと言っていい程使わない、使うのはいつも他人の為、自らの為に使っている所など、少なくても私は見た事がない。だからこそ彼女らは首相相手にも特に要らないですを突き通したのだと、私は推測したが。現実は少し違ったようだ。

「レニ、妹を外で暮らせるようにしてくださいって、お願いしたのだけれどね『努力はする、特例を作るのは些か難しい』って言われたわ、じゃあ努力してくださいとお願いしたら、スーツをくれたの」

「成程、君達にはそれがあったか、これは観察不足だったな」

「人を観察対象にしないで頂戴、っと」サチアは私に向ってコツンと頭を小突く。

「好きな人間を観察するのは、人間にとってごく自然の摂理だと思うのだが?」

「そうかもしれないけど、人に観察されるっていうのは、私あまり好きじゃないの、それじゃあね」サチアはそれだけ言い残し先に誰かが乗ったエレベーターに駆け込みそのまま5階にまで上って行ってしまった。

「怒らせてしまったかな?まぁいいか、いつも通りの彼女である事には、変わりない」

 いつもの様に自由気ままでありながら、厳格で、少し抜けてるそんな彼女を私は愛しているのだ、こんな事でめげる私ではないし、そもそもそんな事でめげていたら態々探偵になろうなんて、とてもじゃないが思わなかっただろう。

 別に探偵が向いているから探偵になった訳ではない、明智と言う苗字だったから探偵になろうと思っただけだ、渋沢だったら私は会社を設立していただろうし、坂本だったら現代日本を改革しようとしたかもしれない、それこそ織田であれば私はこの国家を統一しようとすら考えていたかもしれない、名は体を表すという言葉がある様に、明智と言う苗字だったからこそ私は、探偵になっただけの事。そんな事で己の人生を決められる程、私の人生も人格も果ては思想に至っても、私と言う存在はどうしようもなく薄っぺらい。

 本当に薄っぺらい事で私は悩んでいる。思春期であれば自分とはと考える事もおかしくはないだろう、けれどもう大学を卒業している年齢でこんな事を考えている、私はどうしようもなく愚かで、そして幸福なのだろう。

 くだらない事を考えながら5階まで確かな歩みを進める、結局裏切り者のリアルと言う青年の事は推理が完了する前に、サチアとマリーに静止され、その証拠となる筈だったリアルという個体もキャップが派手に吹き飛ばし、もうどれが彼だったのかなんてわからない程の肉片に変貌していた。証拠を殺すのはまだ理解できる、けれど判別もつかない程に消し飛ばすなんて事は、証拠隠滅と捉えられても文句は言えまい。しかしキャップは自分の選択に悔いを残していなかったし、彼なりの過去への決別がついたのか、彼はいつもより、いや、いつも以上に皆のキャップと言う存在でいる、前よりもごく自然に。

 階段を上り終えた頃、ピンポンと隣のエレベーターから音がする。そこから現れたのは紛れもなくキャップだった。その表情はどこまでも穏やかで、優しさを醸し出している。

「良い顔をするようになったじゃないか、キャップ」思った事を明智はそのまま伝える。

「そりゃあ、色々な物に一区切りつけられたからね」いつも以上に穏やかな表情で彼は答える。

「私は君が羨ましいよ」過去に区切りを付けて前に進める、君と言う存在が羨ましい。

「明智僕に言うのは構わないけど、他の人にその言葉を言うのは辞めた方がいいぞ」

「?」

 キャップの言っている意味が分からず、私は頭を傾げる、過去を払拭した君を羨ましがるのは当然の事ではないか?そもそも特殊事態対策班第5課の面々は程度はどうあれ、過去に一物抱えたもの達の集まりだと、私は疑っていなかったのだが、違うのだろうか?

「分かってない顔だな…、それだけの才能を持って生まれて、それを活かす機会すらも与えられた人間が、他人を羨ましがるなんてことは、ただの嫌味だよ」

 知らなかったのか?と聞き返す様にキャップは私を通り過ぎて、事務所に一足先に入る。

「その才能も、活かす機会もあったからこそ私は、君が羨ましいんだよ、例えそれが嫌味に当たるとしても、ね」

 誰も聞いていない廊下で明智は呟く、自身が恵まれていないと思った事は一度たりとも思った事はない、私は恵まれているどの点においても。自身が人より優れていると思わなかった事も一度たりともない、私は誰よりも優れていたから。けれど自身が生まれてこなければよかったと思った事は、毎日考える。それだけでこの世界はもっと平和だったと思えるから。そんな事を考えながらもいつも通り私も第5課の扉を開く、彼らと居る時間は自分が普通じゃないという事を忘れられる、そんな気がするから。

「おはよう!」いつもよりも声を張りハイテンションで扉を勢いよく明智は扉を開いた。

 こちらの事を気にもせず各々が自らのやりたい事をやっている日常、いつも通りの光景の様にも見える、けれどいつとは少し違う、サチアは武器の手入れをしていないし、マリーはこちらに抱きついてこない、キャップは自分のパワードスーツの新しい設計図を作ろうとしていないし、なによりミライが事務所に居るというのが本当に珍しい。いや本来職場に出社したとするのならば、それぞれが決められた場所で決められた事をするのがごく一般的な職場だとは思う、そもそも職場に行く必要の無い仕事や職場が一定の場所に留まる事のない職種…エトセトラと一般論以外も出そうと思えば沢山だせはするし、私達がやっている仕事というのは仕事を言い渡されれば何処へだって行くし、仕事が無いのならば本社に留まれという、仕事柄いつでも体を動かせるような鍛錬を行えと言う訳でもなく、ただただ仕事が無いのならば本社からでるなと言う事だけが仕事の、正直会社を舐めているような事業態度であり、その所為で基本的暇な私達5階が職場のメンバーは大体が各々好きな事をやっているような職場だった。例えを上げるのならばミライの屋上に行く癖が、本人たちが勝手にやっている好きな事と言えるだろう。けれど、そのミライがこの場に居る、決して珍しい事でもないがこの場の状況が、現在の異質さを物語っていた。

 誰一人、私の挨拶に返答しようとしない、そんな事はどうでも良かった。誰かの、恐らくキャップの端末を壁に投影し流れるニュース番組をサチア達は全員で眺めている、こんな事は今まで見た事がない、特にマリーがこのような事を気にするなんて、そこまで長い付き合いではないが初めての事だ。何がそんなに気になるのか、アベンジャーズ関連のニュースであれば、そこまで気にも留めないだろう。それならば、なぜ?

「サチア、どうしたんだい?そんなにニュースをマジマジと見て、君はそんなに世界の情勢に興味がある人間だったかな?」

 そこまで皆が興味を持つというのは、大層な出来事なのだろう。一夜にして日本経済が崩壊とか、アメリカの人口がゾロ目になったとか、こんなご時世に他国に戦争を吹っ掛ける国が出たとか、スイスが永世中立国を辞めたとかそんな所だろうか?この中で全員が興味を持つ話題と考えると、ゾロ目か?

「今日の今日まで大した興味はなかったわよ」

 思ったよりも深刻そうな声でサチアは私の問に返答した、彼女が今日から興味を持つ事が何かあっただろうか?今日の朝話した事を、明智は思い返す。童話?

「キャップ、これ発信源特定は?」

「数分あればできはするだろうが、恐らく無駄だと思う」

「やっぱり、そうだよね」ミライとキャップは何かぶつくさと話をしている、ニュースの情報源の特定ましてや発信源なんて凡そ決まっていると思うが、一体何を話しているのやら、私には皆目見当もつかない、そんなどうでも良さそうな事よりもいつもの日課を。

「マーリーぃ」明智はマリーを抱き寄せた。

 いつもの彼女であれば、初々しい反応を返してくれるものだが、けれど彼女は今でもニュースから目を離そうとしない。

「マリー、どうしたんだい?私よりニュースの方が恋しくなったかい?」

「マリーは明智さんが大好きですぅ、けどぉ、けどぉ、あの名前ってぇ」

「そうかそうか、私も愛しているよ、マリー。それで名前って?」

 明智が目を向けた時に真っ先に目に入ってきたのは、頭にズタ袋を被らされた、白衣を着て少しふくよかな体系をした恐らく中年、顔を隠されている為、年齢の確実な把握はできないが見える限りの骨格からは男性と言う事が分かる。それよりも目が行ったのは彼に装着されている装置の様な物、この朝という時間に流してはいけない、夜でもコンプライアンス的に許されるかわからない血液の量、それも少量づつ抜かれ続けるという、拷問ともとれる映像が目の前に映っていた。

「私は英語が読めないから自信がある訳でも、確証がある訳でもないわ、でもこの名前って貴方の部屋にある名前と同姓同名だと思うのだけれど…」

「アダム・ジョンソンでしたよね?明智さぁん、あ、あの額縁に飾ってあ、あったぁ」

 私がよく知る人物が、今その場で、その画面の中で、命が奪われそうになっていた。何があった、彼はこのような事をされる様な不祥事を過去に起こしていたのか?いやそれはあり得ない、それは私が総力を尽くして調べ尽くした、彼も、そして彼以外もだ、それに例外はない。ならば研究成果を妬んだ人間の犯行?

「キャップ、今の状況をできるだけ詳しく、正確に教えてくれ」

「詳しくって言われても困るんだが、僕がこの部屋でスーツAIの調整をしようとしていたらいきなり、端末に映ったんだよ。明智と話終えてすぐだから、映ったのは直近かな?それからこの映像と怪文書が一定間隔で字幕に流れるって感じだ」

「怪文書?」気になる単語が出てきたが、一定間隔で流れるならば今は放っておいていい。

 ほんの数分前から放映されている映像。けれどこんなものを公共の電波で流せる訳がない、ならば確実にジャックされている。明智は端末を開きSNSアプリを起動した、これが局所的に行われている物か、それとも全国的、世界的な物なのかを確かめる為に、様々な国籍に設定してあるアカウントにログインと、ログアウトを繰り返す、決して局所的なジャックではなく、完全に無差別に全世界を対象としてテロ行為なのはすぐにでも理解出来た。

「明智、また流れたぞ、俺に意味はわからんけど22世紀がどうだって」ミライが教えてくれた。

「『22世紀という技術的特異点とも言える時代に生きる事を許された諸君、おはよう、それかこんにちは、或はこんばんは。早速だがこの時代は素晴らしい、次々と可能かもしれない、いつかは辿り着くかもしれないと言われていた事が次々と達成されている。食料問題やエネルギー問題、資源に、環境、医療、対極に至る軍事的な産業に至るまでに至るまで、飢餓で苦しむ人は減り、その事で影響を受けると思われた環境も十分に維持されている、それこそ100年程前に世界が温室効果ガスで地球温暖化を騒いでいた人類を嘲笑うかのように、22世紀になり台頭を表した数々の研究者のお蔭で世界は劇的に改善した。だがこの進歩は人類には早すぎたし、彼らの研究成果は紛い物と罵るつもりは無いが、偽物だ、さぁ人類の発展を止めたくなければ、全力で私を止めて見たまえ。それこそ人類の発展に多いに貢献したその頭脳を持って…ね、私は待っているぞ?技術的特異点?』か」

 そこで字幕は途切れるのと同時に、流れている映像に映る人間は脱力させ、動きを完全に止める、死ぬまでの時間を計っていたかの様に彼の拘束が解け、座っていた彼はそのまま正面に倒れる、そして彼の顔が露わになる、その人は間違いなくアダム・ジョンソンであり、彼の表情はどうしようもない程、死という恐怖に怯えていた。

「キャップ、四日前に確か入国した研究者がいたね、今すぐ名前と泊っている場所、客室もだ、特定してくれ」

「そんな事を言われても、名前はまだしも客室はクラッキングしないとわからないぞ?そもそもそんな場所も公開されていない要人なら…」キャップは現実的にやるべきではないと判断を下す、けれどもそれを特定しないといけない状況に先ほどの字幕で陥らされた。

「チップは弾むさ」明智は自身のPCを開きできる限りメールを送る、それで防げるものがあるかもしれない、空いた片手で電話を掛ける、それで防げる命があると分かっているからこそ、電話をかけるそれが悪手なのは分かっているが、それでもこのテロ行為を止めるには、最も効率良い方法だ。

「わかったぞ、ここからそう遠くないホテルの40階のスイートルームだ」

「場所は君が案内してくれ、空は君の専売特許だろう?」

 そうやすやすと使っていいものじゃないんだが、下の様に渋滞が起こる可能性が存在せず、圧倒的に快適な空の旅を提供できるのは、この場ではキャップしかいない。

「マリー、今日の夜は全てキャンセルだ」

「そんなぁー」マリーは涙目になりながら、こちらに抱き着いてきた。夜できない代わりに今キスの一つでもしておくか?と頭の中が煩悩にまみれるが、それどころでは無い事をサチアとミライの冷たい視線で思い出す。

「それとマリー、今日は本社で泊まるんだ、いいね?それとサチア、ミライ、今日泊まらせてもらうよ、ミライにはもう一つキャップから情報を貰って、その部屋のガラスをぶち破ってくれ、デカさは私が入れる分の穴だ」

「マリーを捨てて、あのイキリヤンキーに浮気するんだぁ、うわーん」マリーの涙は止まる事を知らず、服に涙が滲んでいく。今はそれどころではないと察したのかサチアが助け船を出してくれる。

「約束するわ、今日は手を出さないって、そもそも自宅じゃレニの目もあるしね」

「本当ぉ?」マリーの涙が引っ込む、よくやってくれたサチア今日の夜に、何もできないのは残念だがそれはそれだ。

「本当、大マジ、明智のいざこざが解決したら二人で相手してもらいましょうか?」

「うんっ、それでいぃ!」

 何故か私が口を挟む前に、大変な事になっている気がするのだが。まぁそんな事はどうでもいい、全ては終わった後の私が何とかしてくれる筈だ。

「モテる人間は辛いねぇー、やっぱモテないのが一番だね、キャプテン?」

「別に僕はモテない訳じゃないが?」

 その一言にミライは度肝を抜かれ、ショックを受けていた、その場で崩れ落ちる程には。

「そこ!漫才をやっていないで、ほら、行くぞー?」

 キャップは私の声掛けに無言で腰を掴む事で、了承する。ミライもミライで渋々といった感じで屋上に向かったのを確認し、私は空を飛ぶ。

「少しのGは気にしなくていい、なるべく早く飛んでくれ」

「了解」キャップのその言葉と同時に背後から銃声が聞こえた、目標までは2キロ程度、それも当てるだけならばミライには朝飯前の事だったかもしれない、あとはしっかりと私が入る穴が開いているかどうかだが、それも気にしなくてはいいだろう。

 1分経ったか経たない程度の時間で目的のホテルの40階に辿りつく、人ひとりは余裕で通れる程の穴を通り抜け、明智はホテルに降り立った。

「キャップ…いや、もういい、わかった」

「付き添いいるか?」彼なりの気遣いだろうが、今の私にとっては余計な情報は邪魔になる。

「構わない、一応他の部屋の確認をしてくれ」

「了解っと」入ってきた穴からキャップは再度飛び立った。

 音がするのはバスルームから、ベッドには無造作に脱ぎ捨てられた衣服と数日過ごしたであろう、日用品の数々。しかしこの場所からは決して、人が過ごしたと思える形をしていない。清掃が行き届いているからでも、この部屋の主が綺麗好きだからでもない、ただこの空間は作られた物に見える、過ごしていた様に見せる涙ぐましい努力を感じると言った方が語弊がないかもしれない。

 バスルームのドアを開ける、そこに居るのは予想通りの人間だった。私の知っている人間、私が譲った研究成果で富と名誉を得た人間、そして彼らを使っている事を、この犯人は知っている、それを体現するかの様にそれは、そこに置いてあった。

 血だらけの死体の下にある、万が一が無いように防水処理された端末を拾い上げる、認証はされておらず、私が触った瞬間に端末は起動し、電話のコールがかかってきた。

『やぁ初めまして、技術的特異点』機械を何重にも通した音声が、端末越しに聞こえる。

「やぁ初めまして、私が贔屓にしていた26人は処理済みかな?」

『えぇ、それはもう』小馬鹿にしたよう電話の主は答える。

「短く済まそう、貴様は誰だ?何故私を標的にした?そして何が目的だ?」

『そこは探偵らしく推理してくださいよ、でもヒントは必要か…私は一介の学者にして、貴方のファンです、目的はそうですね…貴方が認知される世界を作るとかはどうでしょう?』鼻で笑いたくもなる、答えが返ってきた、私を尊敬か…。

「学者か、せめてサーカス団員か、怪盗であって欲しかった、それじゃあまるで…いやなんでもない、私は逃げも隠れもしないぞ、さぁ貴様はどうする?他の研究者も殺すか?」

『………、いえ、私も殺しをしたい訳ではないので、1週間後指定された座標に来てください、私の要求はそれだけです』何かが面倒くさくなったように、犯人は座標をしめしたメールを送ってきた。

「それじゃあ一週間後、また会う日まで、さようなら」

『さようなら』ブツっと電話は切れて、グチャグチャになった死体と私だけが取り残される、全く酷い状況だ。仲間達に手を出される心配はないとは言え、厄介な事に変わりない。

 本当に私と言う人間はどこまでも、他人に迷惑かけてしまう、やはりだからこそこう思う、私は生まれてきてよかったんだろうかと。


 本社に何があったか報告をし、事後処理を任せる。世界から最も優秀とされる26人の科学者、研究者、学者が姿を消した、人類にとっては大損害であり、世界の発展はかなりの遅れを取るだろう。まぁ未来の技術を少し先取りした時代だったと考えればこの停滞も大して困る事ではないだろう。

 そんな事を考えながら明智は今、この国で最も業の深い場所、臭いモノには蓋をするように隠し、来る者は拒まず、去ろうとする者は許さない、この国唯一の治外法権であり、アリジゴクと呼んで差支えの無いゴミだめに来ている。決してこの世界から逃げたくなったからここに足を運んだわけではない、ただ愛する人と、友人の家にお邪魔するだけだ。決して家族が居る中で行う背徳感を抱きながら行う行為をやろうとしに来たわけではない。もう一度言う、決して明智と言う存在は愛する人の家族が見ているかもしれないという背徳感を抱きながら行為をしようと、彼女らの家にお邪魔する訳ではない。

「何考えているか、丸解りだぞ?明智」ミライがジト目でこちらを見つめていた。

「何を言うか!私には決してやましい気持ちなどありはしないよ、ただ純粋にサチアが自宅だとどのような生活が気になってたり、家族にバレるかもしれないという背徳感を……」

 余りに煩悩にまみれていたので、明智は盛大に口を滑らせた。いや本当にやるつもりはなかったのだ、本当に。興味が無いと言えば嘘になるし、彼女でそんな事を考えた事はないと言えば不誠実になってしまう。だからこそ私は、少々人に誇れる程の脳をフル活用する、どうすればここから完璧な言い訳を思いつくかの勝負だ、ミライが次の言葉を出すまでにかかる時間は1秒弱と言った所。その0・5秒で考えろ!私の脳よ!

「やるのは勝手だけど、その姿をレニに見せたらサチア共々、家の外に弾きだすからな?」

「はい…」明智という天才の脳を以てしても、ここから挽回できる様な言い訳は思いつく事がなかった、だからこそ私は口にする。「邪な事を考えて申し訳ございません」

「それでよろしい」満足気にミライは頷いて見せた。

「こういってはあれなんだが、何故私は君と帰路を共にしているんだ?どうせならばサチアと帰りたかったのだが」

「昨日サチアが誰かさんの家に泊まりに行ったから」

 その言葉に無言の圧を感じるのは、私だけだろうか?ただの家族に向ける感情にしては、大きすぎないだろうか?いや私が家族という物に疎いだけで、大体の家族はこのような関係なのかもしれない、そもそもミライは泊まりに行った事より、違う事に怒りを向けている様にも思える。

「まさかとは思うが、私はこれから拷問されるのかい?」

「する訳ないだろ、何を言ってるんだ?」

 よかったと明智は心から思う、しかし長いオートウォークの上では、ミライとの会話も長続きしない、私は未だに彼がどのような事を考えていて、どんな目的があるのかが分かっていない。サチアの事ならなんでもわかると豪語するつもりも無いが、それでもサチアとは肉体関係もだが様々な交友を持って、会話をしてきたつもりだ。私がそういう気を持たないキャップですら交友という物は築けた、けれどミライとは同僚という枠組みから決して出る事はない。私ができないのでは無く、彼が拒んでいるという気もする。

 そんな事を考えながら動く床から、上へ上がる板に足場を移した、私も初めて入る事になるゴミだめだ、好奇心7割色々な意味でのドキドキ感が3割と言った所か、こういう場所にはアングラな店が多いと相場が決まっている、決してそういう人間が集まりやすいからでは無く、そういう商売をしなくては生きる為の資金を得る事ができないからだ。わかりやすく例えるならばスラムが近いだろうか?

 上りきったエスカレーターから、己の足で歩みを進める、そして少し重めの扉をミライが開く、きっと彼とサチアしか開ける事ができない扉を彼は開けた。出た先の第一印象は、とてもじゃないがゴミだめとは思えない、綺麗なエントランスに出て受け付けには、確かモルと言ったか、私達5課のオペレーターの様な役割を果たしてくれている人間だったはずだ、印象としてはまず顔がいい、体形もいい、こちらを睨んでいる様にすら見える鋭い瞳もそうだし、サチアとはまた違う綺麗なストレートの黒髪、これ程の美少女を見て私は情けない事に何も思う事が無かった。美少女である事は確かだ、けれど狙い過ぎているといえばいいのか、いや違う言葉がある筈だ、それを上手く言語化できない。

「モル、もう退勤の時間じゃないのか?」ミライは彼女に話しかける。

「はい、そうだったんですけれど、ミライさんを待っていました、外では少し大ごとが起きたようでしたので、不必要だとは思っていたんですけれど安否確認をと」

「そんなのサチアに聞けば、すぐに分かっただろうに…」

「そうですけど、一応この目でしっかりと確認しておきたかったんです、そちらは…彼女さんですか?」モルという美少女が瞳をこちらに向ける、けれど私の心はときめかない。

「それは違うよ、モル君。私はサチアの愛人?恋人?セ…っ」

 言葉を口に出しかけた所で、ミライの左手が私の右耳を掴む。口を慎めという事だろうか?それとも、ははーん、さては君、彼女にホの字か?ならば仕方あるまい。

「まぁ何と言ったらいいか、サチアの友人兼ミライの仕事仲間さ、私と会うのは初めてだが、通信はしたことあるだろう?」

「はい、明智様ですよね、お噂はミライさんより少々ですが聞いています」

「まぁそう、硬くならないでくれ、私はそういうの苦手なんだ、まぁ噂は…噂だと思ってくれていい、見ていない事を信じすぎるのも良くはないからね」明智は若干目を背けながら、自分の言葉を自信を失いながら話していく、恐らく噂はほぼ全て真実だと思うから。

「大丈夫です、わかっていますよ」モルはこちらに向って微笑みながら、返答をする。少し先ほど言語化できなかったものが分かったかもしれない、彼女は不釣り合いなのだ、この職場に居る事も、この場所に居る事も、そして私達と対等に話そうとするのも、全てが違和感を持つには十分な要素だ、彼女に闇が無いとは言っていないけれど、そういうものからは縁遠い人間が居るとしたら、彼女の事を差すと思う。

「それではもう夜も更けてきます、また明日このフロントでお待ちしています、お休みなさい、ミライさん、明智様」

 そう言ってモルは、職場を後にした。ならば私達もこの場に居る意味はない、早速向かおうとしようか、サチアが育った家というの物をこの目で見たい、彼女がどう生き、どう育ったのかを、どれだけ大変だったのかを、この脳があれば推測はできるだろう。

「そういえば、明智はどこで寝るんだ?布団は3人分しかないぞ?」

「そうだな、私はサチアと抱き合って寝る事にするよ」無言の圧力を感じるが、まぁ最悪の場合私一人夜通し起きるのも別に問題は無い、できれば睡眠はとりたいが。

「嘘だよ、枕の一つでもくれれば、押し入れでもどこでも寝るさ」

 会話はそれで終わる、明智は辺りを見渡す、先ほどの内装が嘘の様に、辺りは廃墟と、ゴミの巣窟であった、これが生ごみや衛生ゴミでなくて本当に良かったと心から思う、人気が無い訳ではないが、確実に人数は少ない、このメインストリートを離れる様に暮らしているのかもしれないが、それにしても静かな場所だ。不気味なほどに。そして一度送られた地図アプリを開き、学者から送られてきた座標をうち込む、そしてやっぱりというべきか、何故ここをというべきか送られてきた座標はこのゴミだめの端を差していた。

「明智着いたよ。ここが俺達の家」

「ここが、君達が育った家か、なんというかどこもそうだが廃墟だな」失礼な事を言っている自覚はある、けれどこの今にも崩れそうなアパートだっただろう廃墟を廃墟以外の言葉で例える事はできなかった、キャップが破壊した場所の方が、まだ使えるんじゃないかとすら思う程には、今にも崩れそうな外観だった。

「実際廃墟だよ、一室だけまともに使える場所があったから、使ってるだけだし」

「まぁ家の形はどうだっていいんだ、早く部屋に案内してくれたまえよ」

 少し階段を上り、少し先を進んだ手前から二部屋目が、サチア達が住む部屋だった、部屋の中は外観からは想像できない程、古さは隠せないがしかし汚いとは言えないよう、よく手入れが行き届いた部屋だった、そして玄関から入った私を歓迎したのは、サチアでも後ろに居るミライでもなく、一人の小さな天使が私に抱き着く。

「いらっしゃいませー、我が家へようこそー」

 興奮により、心拍数が増加する、決して根拠は無いが興奮によって鼻血がでるかもしれないと思ったのは、今日が初めてだった、だからこそ明智はこう口にする「天使だ」と。

「私の妹を邪な目で見ないでくれる?」サチアの声トーンが一つ落ちる。

「外出るか?」ミライが扉を開けたまま、普段見せる事もない笑顔で外に指を差す。

「わ、私は決して、彼女を邪な目では見ていない!事実無根だ!」

 明智の切実な弁論は天使の心に響いたのか、サチアとミライの妹、レニと言ったか、彼女は私の手を引き、部屋の中央にあるテーブルの前に案内してくれる、やはり彼女は天使だったのだ、正直者の言葉を聞き入れ、悪の言葉に耳を貸さない正に天使の名が相応しい。

「えーっと、明智さん!」彼女は緊張しているのか、大きな声で私の名前を呼ぶ。

「なんだい?レニ君」だからこそ明智はその緊張を和らげるために、優しく言葉を返す。

「あ、明智さんは天才だとお聞きしました!わ、私に勉強を、お、教えてください!」

 精一杯の勇気を振り絞った彼女の、お願いは実に可愛らしいもので、それでいてどこまでいっても真面目な物だったこの場所にいて暗い方向へ思考が向かうのではなく、未来へ、幸福を掴む為に彼女は行動しているのだ。それはどれだけ美しい事か明智は理解できる、だからではなく、彼女の想いを、理想を、願いに近づける手伝いを私はしたいと思った。

「あぁ、構わないよ、どこを私から学びたいんだい?」

 その言葉を聞いた彼女の顔は何処までも、純粋で美しかった。そうしてお泊り会と称した勉強会は夜も更けていく、彼女の睡魔が限界を迎えた時、この楽しい時間は終わりをつげるのだ。それは悲しい事ではないが、もう終わってしまったのかという虚無感を胸に抱えて、私は楽しかった今日を終わらせる為に寝床に付く。


 微かな気配と足音が聞こえた、その音はこの部屋の前の玄関口或いは外だ、恐ろしい程素早くそして音も無く犯行を済ませた盗人か、それともこれから犯行を行う馬鹿者かはわからない、前者であれば本社が全力でスカウトに行くであろうし、後者であれば命は無い。足音が止む、気配は残り続けているこちらを待っていると言った様子か、それとも罠にかかる害獣を待っているのか、わからないがその気なのであれば、私は赴くとも、生憎罠を扱う事には慣れているし、これが誘いならば断わる理由もさして思いつかない。だからというのは変だが、私は丸腰で扉に手を掛け、外へと向かう。

「起こしちゃったか?」

 そこに居たのはミライであった、私は眠たい脳を巡らせた思慮し決断までした行為が無駄だったことを知り思い切りため息を吐き、彼にこう告げる「無駄に気配を消さないでくれたまえよ」と。

「悪い、幸せそうに寝てるサチア達を起こす訳にもいかなかったし、明智に気を遣わせたくなかったからね、何とか気配と足音を殺したんだけれど、なんでわかった?」

「外に出るまでは、完璧だったさ私も気づかなかった、外を出た後は稚拙も良い所だが…、だからこそ教授の手先かと思ったんだけれど、無駄な気苦労だった」明智は、光が乏しいゴミだめでも見えるように、大きな身振りでその無駄な気遣いを伝えた。

「稚拙で悪かったな、それになんで教授?先生ってやつだろ?その手先がそんな技術持つ訳ないだろ」小馬鹿にするように、ミライは笑った。やれやれこっちの気も知らないで。

「ミライ君はシャーロック・ホームズを知っているかい?」

 ミライは少し考える様に顎を触る、はて何だったかと思い返す様に、一度くらいは聞いた事があった気がすると考える様に、そこまでしなければ思い出せないのならば、それは覚えていないのと同義だろうに。

「今から230年程前かな、アーサー・コナン・ドイルという医者兼小説家が描いた探偵小説だよ」

 明智が名前を出すとミライは、漸く思い出し合点が行ったのか手を打った。サチアとは違いミライは少し文学に興味はあるようだ。

「名前だけは聞いた事ある気がする、あれだろ『初歩的な事だよ』ってやつ」

「私も彼のファンではないから、確かな事は言えないが、それは原作で言ってはいなかった気がするが、まぁミライの認識で間違いはないよ」

「それでそのホームズがなんだって?」

 ミライは疑問はそこに戻る、まぁ私が話の本筋を話していないのだから、その反応も当然と言えば当然なのだが。と言っても言ってしまえばこれは、ネタバレだ。これから読む可能性が人間に伝えてもいいものかと明智は考える、けれど著作権が年月が経てば持ち主から離れるように、230年前の小説のネタバレを気にしてもしょうがない。

「教授っていうのはホームズの宿敵、ホームズの世界で起こる半分の悪事はその教授によって引き起こされ、そのほぼ全てが未解決事件に終わるという、そしてホームズは彼をこう称した、犯罪界のナポレオンとね」

「犯罪界のナポレオン?なんか昔読んだ本に、そんな名前の偉人が居た気がする『私の辞書に不可能は無い』とかそんな言葉なかった?」

 彼の認識に間違いは無い、ナポレオンとは簡潔に語るのであれば、戦争の天才というべきか色々な意味での革命人というべきか、まぁ偉大な人物である事に変わりないか。

「まぁナポレオンというのはどうでもいい話かもしれない、重要なのはホームズの宿敵モリアーティ教授は数学者であった事、そして今回の事件を起こした者も学者を名乗っていた、探偵の敵が学者というのは、出来過ぎた話だろう?」

「それは確かに、そうかも」

 ミライは納得して、虚空を見つめる。会話が終わってしまう、この何とも言えない間が私には耐えられなかった、他人の領域にズカズカと入り込むのは好きでは無いが、一つ気になった事を聞きたいと明智は思う、彼とサチアの関係がどうしようなく気になっていた。

「少し込み入った話を聞いてもいいかい?」

「構わないけど」相変わらずミライは虚空を眺めながら、返答した。

「君とサチアの関係性について、というか君達の人生を私は知りたい、いいかな?」

 明智は踏み入った質問をする、決して彼らの人生は輝かしいモノではないと思うし、人に自慢できるものでもないだろう。だけれども私はそれを知りたい、自分自身の為にだというのは認識している。だからこそ私も対価を支払おう。

「君達の人生を教えて欲しい、代わりといってはなんだが、対価として私は君からのどんな質問にも答えよう、これでどうかな?」

 ミライは少し考え、虚空に向けていた瞳を、私という一個人に向けた。その瞳から何かを推察する事はできないが、この交渉が成立した事はすぐにでも理解できた。そしてミライは口を開く、どんな人生を歩んできたのか、どうしてここに居るのかを。

「人生を教えて欲しいって言われても、中々難しいな。なんといえばいいのか」

「箇条書きの様な感じでも構わないよ、どの時期に、何をしていたか、そんなモノでいい」

「そう?それならできるかもしれない、でもいつって言うのはちょっと難しいな、でもわかった、話そうか、俺達3人の人生を」

 ミライが語る人生は決して明るいモノでは無いというのは分かっている、けれど彼の顔はどこか嬉しそうだった、例えるならば子供の成長を語る親の様な顔をしている、明智はそんな風に思った。

「大して昔の事は覚えていないんだ、けれどこのゴミだめに連れてこられた日の事は、昨日の事の様に思い出せる、朝日が昇る中誰かに連れられて暗いこのゴミだめに置いていかれた、何も分かっていなかった自分が捨てられたって事を、気づくのは数時間して、ただただその場に立って待つことしかできなかった俺を偶然見つけた、サチアに会ってからだった」

 ミライは少し咳払いをする、そしてこちらに続けてもいいかい?とアイコンタクトを取る。明智はミライからのアイコンタクトに対し頷く事で返答する。

「『アンタ捨てられんだ』ってサチアがいきなり言ってきて、その時初めて自分の状況を理解したよ。あぁ自分はこれから一人なんだって、年端も行かない子供がどうやって生きていくんだって、その当時はそんな事を考えてもいなかったけど、けれどサチアが自分の住処に『今日だけは泊めてあげる』って言ってくれて一日生き延びる事ができた。その一日でこの場所でどうやって生きていくのかを教えて貰って、次の日にはサチアの住処を追い出されたよ、そして色々な事をやった、盗みもしたし、暴行も、その他非道な事をエトセトラとやって行って、多分数年たった時かな、サチアとまた偶然出会って、思い切り喧嘩したんだ」ミライは少し嬉しそうに語る。

「久しぶりの再会を祝うのではなく、喧嘩をしたのかい?」

「明智の言う通り、再会を祝うべきだったのかもしれないけど、その当時の俺達は生きるか死ぬかの瀬戸際で、人に物を譲れる程安定した状況ではなかった、食べれるものをほぼ同時に見つけて、どちらが取るかを本気の殴り合いの喧嘩で決めようとしてね、その時だったよ、オギャー、オギャーと赤子の声が聞こえたのは」遠くの情景を眺めるようにミライは、微笑むその記憶が彼にとって、どれ程良きモノかが一瞬で分かってしまう位に、彼は爽やかな笑みで遠くを見つめている。

「それが、レニ君だったという訳かい?」

「そう、といってもレニって名前は当時なかったけどね、それこそミライって名前もサチアって名前もだけれど、まぁそれはいいや。殴り合いの最中、赤子の声が聞こえて一旦そちらに向かう事にしたんだ、そしたら本当に赤子がいた、寂しいのかお腹が減っているのかは、俺達の知識じゃわからない、だけど俺達はその時自分達が見つけた食料はこの子の為にあったんだと、すぐに理解できた。そこから色々大変だったよ、レニをどうするかを二人で真剣に考えた、見捨てるって選択肢もあった筈だけど、俺達はその選択肢は取れなかったんだ、自分の食い物にも満足できない程困窮していたのに、赤子の知識もない俺達が養えるのか真剣に考えて考えて、考えた結果が今に至るって感じかな?それからも色々大変な事はあったけど、それは別に今する話でもないかな。これでいい?」

「あぁ、ありがとう、君達の人生がどれ程大変なモノだったか、勝手に推測していたけれど、私が考えていた以上に大変だったんだね」

 明智はミライの瞳を見る、いつも何を考えているかわからない彼の瞳だったが、彼らの過去を聞いた今なら少し理解できる気がする、彼の瞳は二人しか捉えられないのだろう、立った二人の運命的な出会いをした家族の幸せ、それだけを考えているのだと私は考えた。

「それでミライからは、私に何か聞きたい事はあるかな?」

 ミライは考えるそぶりも見せず、前々から聞いてみたかったと言わんばかりに、質問を投げかける。

「明智は天才だと思うんだけど、優秀な人間にはコンプレックスってものは無いの?」

 なんだ、そんな事か、そんな事を大事ななんでも答えるお願いに彼は使ってしまうのか、少し勿体無いと思うと同時に、ミライという人間を表しているような質問でもある、恐らくだが、レニ君が居るからこそ、彼はこの質問を私に投げかけたのだろう、彼女はとても優秀であるからこそ自分という存在がコンプレックスになるのではないかと考えたのだろうと、私は考察する。

「コンプレックスね、無いと言えば嘘だが、あると言うのも真実ではないね」

「なんだそれ?」

「私は普通の人より優秀だ、いや多分世界で一番優秀な人間だと思う、世界一の頭脳を持ち、世界一の発想力を持っている、私の死は世界にとっての損失だそう言っても過言ではない」

 明智がミライを横目に見ると彼は、嫌そうな顔をしながら話を聞いている、確かにこれだけ聞いていれば、ただの嫌味にしか感じないだろう、けれど。

「だがそれ故、私に並ぶ者が居ない、一緒の目線に立つ人間が居ない。皆、私を天才だからと、バケモノだからと異端者、腫物扱いし避ける、自分では到底敵わない人間だからこそ、私と関わろうとしない。それが例え親であったとしてもね、そうして人間関係を上手く構築できない私は、ある人の一言に救われた『誰だって生きるというのは難しい、普通の人でも上手く生きるのは難しいんだもの』とね、別に天才でなくても上手く生きられないであれば、私は別に変な人間ではないんだとね、天才故の孤独であってもそれは別に珍しい事でもないと、私は考える事ができた。他人と同じならば、それは劣等感にはならないだろう?」明智はミライに向って微笑みを向ける、私は天才である事がコンプレックスだ、けれども天才である事で劣等感を抱いた事など一度もないのさ、だからレニ君が幾ら成長し、優秀になった所でレニ君にとって大切な姉と兄が、周りに対しての劣等感になる事など決してないと断言するように満面の笑みを君に送ろう。

「さぁ、明日も仕事だ、いつまでも夜更かしをしていては肌も荒れてしまう、私は寝るよ」

 ミライの肩を軽く小突き、私は部屋に戻る、決して彼らの人生は明るいモノではなかった、けれども彼らの人生は決して人に話せない程恥ずかしいモノでもない、むしろ人に誇れる話だと私は思う。そして私は愛する人がそのような人生を歩んできた事を誇りに思える。だからもう少しサチア達は自慢するべきなのだ、私達が育てた妹はここまで成長したのよ、と。


 サチア達の家に宿泊してからちょうど1週間がたち指定された座標に向かう日がやってきた、態々日にちまで指定したという事はなんらかの罠や、手間暇をかけたのだろう、その前に侵入すればよかったと言われるかもしれないが、この1週間その場所に行ってもただのゴミの山しかないのだから行きようがない、そして今日指定された日時、私とサチアとマリーで教授が待っているであろう場所に赴く、恐らくゴミ山しかなかった場所は更地となり、なんらかの出入口がある事を推理して私達は敵の住処に赴く。

「キャップとミライは私達の援護と、もしもの時の救援としてゴミだめ支部に待機して貰っているけれど、本当によかったの?」

「あぁ、語ってしまうならば、君達も来る必要はなかったんだがね」

 そんな事は絶対にさせないと言わんばかりにマリーは、明智の腕にしがみ付いた。

「絶対に、明智さん一人を危険な目にはあわせませんぅ」マリーの腕力は単純計算で私の二倍以上、骨が軋み始める前になんとか目的地に辿り着かなくてはならないという、別の問題も発生しているが、まぁさしたる問題ではない。

「私の推理というか願望だなこれは、願望が正しければ教授を排除する事ができれば、アベンジャーズの犯罪も緩やかになる筈なんだが、はてさて」

「なんで教授?それとなんでアベンジャーズが関係してくるの?彼らは世界に復讐したがっているのであって、その国を代表でもない貴方という一個人を誘うだなんて、彼らのやり口とは思えないのだけれど」

 サチアは疑問を抱く、確かに教授は自身がアベンジャーズだと名乗った事など一度もない、けれど彼女がアベンジャーズの一員である事は明白だ。彼女は私という一個人を標的にしている訳ではないのだから。

「教授というのは…まぁミライにでも聞いてくれ、それよりも教授がアベンジャーズであるという事を証明するのは簡単だよ?教授には動機がある、私怨である事に間違いは無いが、世界に対しかなり強い憎悪を持っているよ」

「どんな憎悪よ、はっきりと教えてくれないと私は理解できないわ」ムスっとした顔でサチアはこちらを見る、推理モノというのは見ている観客を焦らすことこそが主題だとも思うのだが、まぁそもそも私は勝手に探偵を名乗っているだけで、別に探偵ではないしどうでもいいことか。

「教授が抱く憎悪、それは私という存在を秘匿する事を決めた私自身と、それを許した世界だね、教授は私のファンらしいし、ファンとしてはその本人が世界から隔絶されてるなんて知ったら許さないだろう?」

「はいはーい、マリーはぁ、明智さんのファン一号でぇーす」マリーは呑気にその場で跳ねて私こそが、明智にとっての一番の理解者という事をアピールしようとするべく、更に腕を抱く力を強める。

「明智の腕が限界を迎えそうな事を理解もしないで、随分自分勝手なファン一号ねw」

「んんー?なにか小うるさい蠅さんの声がしまぁーす、蠅が明智さんに近づかないでくーださい☆」マリーは左手に持っていたプリンセスソードを、思い切り前を歩くサチアに向って叩き下ろす。

「本当の事言われたらすぐに、手を出す癖やめたら?いつかアナタの王子様が愛想をつかすわよ?」すぐ手を出すマリーもマリーだが、すぐ煽るサチアもサチアだ。

「そんな事で私は嫌いにならないよ、それよりも時間は有限なんだ、ほら急いだ急いだ」

 そそくさと彼女らの喧嘩に巻き込まれないように、指定された座標へと明智は歩みを進める、そもそも私は人並以上の身体能力を持ってはいるが、結局は人として図れる範囲だ、彼女らの様に人並外れた身体能力を持っている訳ではない、私は5課の中では一番先に死ぬのだろう、どこまでいこうが私は人なのだから当たり前だ。超人的な私達の中で私は、超人的な脳を持っているだけに過ぎない。

 ギャースカと後ろで騒ぎながらも、後ろに付いてきている事を確認し、漸く指定された座標へと、明智達は到着した。当初の睨み通りつい昨日まではゴミの山だったはずの場所が更地になっている、まるでそこにゴミの山など無かったというかの様に、そしてご丁寧に下へ続くであろうハッチを見つけ、明智は床ハッチの戸を思い切り上に開いた。

「開けたら槍の一つや二つが飛んでくる事は覚悟していたんだけれど、そう言った仕掛けは無しか」明智は安堵すべきなのか、落胆すべきなのかよくわからない感情に襲われる。

 ハッチの奥と言っても地下数十mと言った所か、何故こんな国が見捨てた、行き場を失った者達が辿り着く終着点である筈のこの場所に、このような空間が用意されているのかは、わからない。けれどもこの地下の外壁から言って割と最近作られた事は間違いないだろう。何故教授はこの場に私を誘き出したのか、その理由が未だにわからない以上は、馬鹿正直に進むのが一番手っ取り早い。

「サチア、マリー、君達夜目は利くんだったかい?」明智は、夜目は全くと言っていい程利かない、これもまた私が世紀の天才ではあるが、完全無欠ではない証拠だろう。

「私はそこまで利かないけれど、まぁ耳は良いから問題はないわ」

「マリーはぁ、バッチリ見えまぁーす」

「それは何より、暗視ゴーグルは人数分持ってきたが要らなそうだね」

 明智は何処からともなくと取り出した暗視ゴーグルを二つゴミ山の方へと投げ捨てる、悪いとは思っているけれど、まぁ誰かの役に立つ事を祈ってここは、一つポイ捨てを許してほしい、誰に祈る訳でも、お願いする訳でもないが、明智は空へと手を合わせた。

「何してるの?行かないのかしら?」サチアはとっとと仕事を終わらせたいのか、少し私を急かしてくる、マリーは先程までの喧嘩熱は何処へ行ったのか、私の後ろで行儀よく待っている、人を愛すのは自由だけれども、何故私はこうも対照的な二人を愛しているのか、自分でもよくわかっていない、まぁそれはいつか考えるとして、待っていろよ?教授。

 ハッチの奥に続く階段を降りて行った先には、大きい部屋が一つ、そして後ろに今まさに下ってきた階段と、明らかに二手に分ける為の扉が二つ、そして謎解きをして欲しそうに佇む一枚の紙がそこにはあった。

 明智は書見台にのった一枚の紙を左手で取り、その内容を見る。謎解きならばサチア達に任せて私は、物見を決め込むつもりだったが、どうやら教授に遊ぶつもりは無いらしい、これは残念な事だ。

「マリー、サチアはそっち、私はこっちらしいよ」

「どういう事ですかぁ?」

「どうもこうもそういう指示が出されたのさ、ご丁寧に名指しで技術的特異点様御用達ってね」マリーに指示が書かれた紙を折りたたみ紙飛行機にして、彼女の手元まで飛ばす。

「『右手にて技術的特異点様をお待ちしております、それ以外の雑輩の皆さまに置かれましては、左手進んでいきたく存じます』んもぉー、マリーは怒りました!マリーから王子様を奪おうなんてぇ、許しません!」そう言うと同時に片手で持っていた、プリンセスソードを両手で構え、二つの道を一つにするがべく壁を両断しようとした、その瞬間だった。

『それをすると、君の王子様は生きて返さないがいいかね?』

 マリーは寸での所で剣先を止めた、マリー自身の命が相手に握られるのは構わないだろうが、私の命が相手に握られるとなると話は別だ、マリーの勝手で私の命を賭ける事はマリーにはできない。教授は私が一人で来ようとして、二人が付いてくるというのも読んでいたという事だろう。完全に相手に嵌められた状態、それをサチアは分かっているのか、彼女は左手の扉の前に立っている。

「それじゃあ、私達が生きれるような仕掛けならまた会いましょう、そうじゃないのならさようならね」死ぬかもしれないというのに、彼女は明智に笑いかける。

 明智もその心意気を理解している、だからこそ私は彼女達にこの言葉を送ろう、決して彼女が生を諦めないように。

「それじゃあまた後で、今夜は一緒に三人で寝ようか」

「えぇー、マリーはぁ、二人っきりがぁ」

「はいはい、行くわよー」

 マリーの首根っこを掴み、そそくさと左手の扉に入る。果たして私達を生かして返す気が教授にはあるのか、それともここで全滅させアベンジャーズの勝利を決定づけるのか、まぁ前者である事を考えなければ、やってられない。明智はそう考えながら右手の扉を開いた。開けた先にあったのは、更なる扉とその扉の前にある3冊の資料の様なもの、現代に置いて電子化されていない紙の資料とはかなり珍しいと思いながらも、歩みを進める。

『そこにあるのは、この世界の闇です、それを見ても尚、貴方はこの世界の味方をしますか?それを私に教えてください』どこかに設置されているであろうスピーカーから声が聞こえる、前のホテルでも聞いた教授の声だ。

「そんなもの聞きたいのなら、メールで送ればいいものをなんでこんな回りくどい方法を…」その言葉を言い終える前にその理由は、凡そ察する事はできた。これはネット回線に流せる訳がない、一瞬でもデータのやり取りをしようとした瞬間、国が総力を挙げて、その存在を抹消させようと躍起にもなるだろう、だからこその紙の資料という訳か。

『ご理解いただけましたか?』

「あぁ理解したよ、君は私がこれを読み終わるまで、大人しくしてくれるという認識でいいのかな?」

『えぇ、どうぞごゆっくり一読ください、その間お連れの方々がどうなるかの保証はしませんが』

 なるほど、こちらの部屋はゆっくり出来ていると言え、向こうがどうなっているのかはわからないが、無線も繋がらない現状、十中八九彼女達の身に危険が迫っているという想像するのは難くない。徹底した電波暗室にでもなっているのだろう、ここが何かの拍子にでも見つかってしまっては困る様な隔離施設であるなら、この場所にあるというのも、理にはかなっている。

「まぁいい、マリー達は上手くやるだろう、ならば私は、私がやるべき事をやるだけさ」

 明智は置かれている3冊の内の1冊を手に取る、タイトルは無し、この資料に何かの細工をされている様子もない、資料を手に取った事による罠などもなし、本当に教授は私にこの資料を見せる為だけに、このような回りくどいことをしたのかと、明智は不自然に思う、私の26人の得意先を殺害する必要もない。私の気を惹きたいのならば他の方法は幾らでもあった筈だろうに。それだけ私が世界に出ない事が彼女にとって許せないのか、それを考えるのは教授と相対した時でいいだろう。

 資料の1ページ目を明智は捲る、どんなものが目の前に現れたとしても、私は驚く気はなかった。こんな見るも怪しい場所から出てくる情報なんてものは、たかが知れていると思っていたから、ヒト化クローンの研究?それとも新種のバイオテロか、ウイルスか、まぁ世界が不気味に平和を保っている以上、国がそういう事に手を染めていても別に驚きはしない、それこそ出てくるのがアンドロイドとかサイボーグだろうが驚く気はしなかった、けれどこの場所がやっていた事は私の想像を遥かに上回る、オカルトチックな妄執そのものだった。

 目に入るのは、実験記録とその経過、それだけが記された資料。名前は黒く塗りつぶされ、写真も誰かわからないよう目を黒線で隠されている、ならば最初からこのような余計な情報を書かなければいいのにと思いながらも、実験記録を読み進める。実験は失敗、被験者は死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡、死亡と延々と人の命を、ただ踏みにじる資源の無駄とは彼らの実験に対し使うのだろうと明智は考える、これだけの失敗を繰り返しても、何か別の方法を試すのではなく、あくまで我々の思想は正しいと信じ込み、成功を祈っている。しかし馬鹿にしていたのも束の間ある時から死亡の記述が一段落遅れる、第一段階特異性の付与に成功、その後死亡。これがまた延々と続く、なるほどこの記録に示していないだけで、彼らなりにも試行錯誤はしていたという事か、それにしても特異性とは、どういう事なのか。私の様な天才を量産する計画を立てていたのかと思っていたが、そこまでの頭が回る連中ではなく、ドラッグを決め込んでしまったかの様な妄執の実現を夢見る危篤な人間達という事を忘れていた。

 ある程度で済ませていいかはわからないが、まぁある程度の人間を材料として第一段階の安定に彼らは成功した、そこで漸く特異性の意味が記載される、曰く人間の一部機能を更に拡張し、優れた人類を新たに造る計画らしい、似たような計画を私は知っているが、この手の実験は自分達より優れた被検体に反旗を翻されるのがオチだと私は思う。

 だって自分達より優れた人類を作るというのに、自分達はその新たな新人類になろうとしないその時点で破滅は確定している様な物だろうに。しかしここの研究者たちはどうやったのか、反旗を翻される事には至っていない。よほど被検体にとっていい暮らしができたのだろうか?そして明智は実験記録の2冊目に目を通す。

 そこに書かれていたのはやはり、夥しい数の屍の数々の記録第一段階を上手くクリアしても長生きはできないらしい、そして長生きできそうなモノは第二段階とやらに移されこの第二段階で殆どが即死、即死とまでは言わなくても長く見て3日以内の死亡。第二段階は特殊性の付与、言ってしまえば超能力の様なものを彼らは人間に持たせようとしたらしい、特異性の付与では人間の機能の一部を拡張する事しかできない事を悟り、人間の機能外の力を得ようとした訳か、特異性の付与が成功した例の死亡例を見てみると、確かに人間の機能の向上と言っても別に何一つ違和感は無い、骨の異常生成、体内温度の変化、筋肉の異常隆起、脳の覚醒、感度の上昇エトセトラ、エトセトラ。とバラバラな特異性を身に着けたと思ったら、骨が全身から皮膚や筋肉を突き破り死亡、体温もそれに耐えられる体があるのならば別だが、耐えれないなら臓器が障害を起こし死に至るだけ、筋肉も筋肉で自分を絞め殺し、脳は入ってくる情報に耐え切れず発狂、感度が上昇した所で肌で感じる事ができるようになったとして、空気に触れるだけで極限までの激痛を味わうのでは意味はない、馬鹿が生んだ妄執によって死んでいった人間が千に到達した時2冊目は終わりを告げた、さて教授はこれを私に読ませて世界の憎しみを抱かせる気でもあるのだろうか?まさか、そこまで彼も馬鹿ではないだろう、恐らくここまでは茶番、見せたいものはこの3冊目にあると明智は睨む。

 3冊目を開いて全体を確認するべくペラペラと流し見するが、この3冊目は10ページ程で終わっているらしい、妄執は妄言だと気づいたのか、それとも予算が降りなかったかどちらかだろうが、まぁどの道答えは二つに一つだ、第二段階の安定でクーデターを起こされるか、被検体の底をついたかのどちらか。

 実験記録は合計で13ページつまりは1013名もの人材がこの愚かな妄執に費やされたという事、11人目まで何も変わらない先ほどと同じく第二段階に耐えられないか、第一段階で限界を迎えたかのどちらかだ、しかし12人目は私の良く知る人が記載されていた。被検体1012番そこに写っている姿と名前は紛れも無く、サチアそのものだった。『第一段階の成功、得た特異性は聴力の異常発達。第二段階の成功、持ちえた特殊能力は不明、しかしこの実験が始まって以来の実験の適合者』という事だけが示されている。そしてここまで来てしまえば最後のページが誰かはもう理解できてしまう、ページを捲るとそこに写るのは紛れもなくミライだった。『第一段階の成功、得た特異性は視力の異常発達。第二段階の成功、持ちえた特殊能力は推測ではあるが未来視に準じるモノ』その文章を見て、明智は笑ってしまった。

「ここまでのリソースを割いて成功したのが、聴力と視力の発達と未来視の様なモノだって?馬鹿馬鹿しい、そんな事の為に彼女らは生きてきた訳ではない!」

 明智の声が狭い一室に反響する、その反響を通じてか、はたまた資料に全て目を通した事を教授が知ってか、閉まっていた先の扉が開く。その先は一本道の通路、横に入れる部屋はあるものの、そこには一切価値は無いだろう、この最奥に教授は待つ私はそう考える。

「教授聞こえているか?私はこの資料に目を通したぞ、なんだこの無駄な研究の成果は」

 明智は怒りにも似た感情を覚え、八つ当たりの如く私を監視しているであろう教授に話しかける。

『言ったはずですよ、貴方が目に通すのはこの世界の闇だと』機械音声の様な声が通路を反響し、更なる言葉が私を苛立たせる。『この世界はとても不平等だと思いませんか?』

「不平等?まさか君達は報われない自分達に社会的地位を与えられたいという、ある種の平等を求めて行動しているのかい?それならやり方を間違っているぞ、君達のやり方では迫害が更に酷くなるだけだろうさ」

『私は、私が迫害を受けようが、終身刑を言い渡され言ようが構いません、私はただ貴方という世界の宝をつまらない鳥籠に閉じ込める世界に、貴方が堂々と自分の研究を発表できる平等を求めているだけです』

 まさに推している人間の事を考えず、自分がこうあってほしいという理想を押し付けようとしてくる厄介なファンに変わりない、だからこそ私は苛立たしい、私のファンを生んでしまった、私自身の稚拙さを、私自身を隠せなかった未熟さが。

「良い事を教えてあげよう、私はね。世界は不平等であるべきだと考えているのさ、私が望むのは公平な世界だ、誰しもが公平な世界を私は作る事が、私の目標なんだよ」

『公平と平等そこに違いはありますか?平等な世界と公平な世界どちらも達成できれば、幸せな世界でしょう?』

「いーや違うね、平等というのは強者が弱者に合わせる世界だ、そして公平というのは弱者を強者に合わせる世界だ、合わせる方向が違うだけで全く意味は変わるのさ、みにくいアヒルの子は、自身が白鳥という美しい生き物である事を知り幸せに至る物語、平等とはこのアヒルの子にアヒルのまま生を終えさせる行為だ、例え白鳥だったとしても、アヒルとして生を受けたのならば、他のアヒルと違うとしても、アヒルとして平等と扱われなければならない。そんな世界私はごめんだね、私はマッチ売りの少女に、年の瀬の夜に慌ただしい人間と同じだけの暮らしをできるように援助する、それが私の目指す世界だよ!」

『それだけの世界を造れたとしても、そこに貴方の名前が残らないんじゃ……なに…』

 教授の声が震えているように感じた、私の名前が残らない事の何が問題なのか、私にはわからない、名前を残すという事にそこまでの価値なんてないだろうに。

「もう喋るな、君の底は見えた。君は私のファンだと言ったな、それならば考えなかったのか?私が名前なんて物になんの価値も抱いていない事に、それもわからず君は私のファンを名乗っていたのか?呆れるな」

『うるさい…うるさい…うるさい…』本当の事を言われて、反論できないんじゃ、学者としても三流だ、本当に底が知れている。

「首相暗殺も、リアルという青年を使ってキャップを勧誘をしたのも君の立案だと思ったが、この様子では期待外れだな、そこで喚いていろ、今殺しに行ってやる」

 私の愛する人達を危険に晒したそれだけで、私が貴様を殺すだけの理由にはなる。

 最奥の扉を開くと、そこには年端も行かない少女のような姿をした女性が居た、最後のヒステリックを見るに教授という人間が女性だとを考えはしたが、私より幼い少女が私の目の前に立つ、これでは年齢的にこちらがモリアーティ教授で、あっちがホームズとも思いたくなるが、服装までいれて判断するのであれば、やはりこちらがホームズであちらがモリアーティ教授だろう。

 しかしどこまで行っても幼い少女だ、ブロンドの髪に青い瞳、背丈は似ても似つかないがキャップ女性版と言った所かと、明智は観察する。正直言うと私好みの女性ではある、そのヒステリーも含めて私は彼女を愛せるだろう、けれども少し残念な事があるとすれば、彼女が画面越しで、私の愛する人を人質に取っている事。それだけで先ほどまでの考えは消え失せた。私は、私の愛する人が、傷つくのが一番堪えられない。

「死ぬ用意はできていると考えていいかな?」

「貴方こそ、この姿に油断していない?私は仮にもアベンジャーズの頭脳担当、貴方を殺す算段も考えてきている」機械音声を通さない教授の声が、私の耳をつんざく。

「君がアベンジャーズの頭脳担当なら、私は5課の頭脳担当だ、よろしく頼むよ!」

 言葉を言い放ち終わったと同時に明智は、袖に隠していた短刀を彼女の頭に目掛け投げる、これで殺せるとは思ってはいないが、牽制の一つぐらいにはなる筈だ。

「舐めないでもらえる?」

 短刀は教授に届く前にどこからか飛んできた、弾丸の様なものに撃ち墜とされる、教授の両手には端末が一つずつ、なるほど。ここは既に罠の中という訳か、どこまで包囲に対応しているのか、試してみたいが残念ながらゆっくり戦っている暇は、今の私には無い。

 明智は教授の背後を取るべく、動きだす。しかしそれすらも教授にとっては指先で動かす人形に過ぎないのだろう、私のファンらしく、私の行動は全て折り込み済みだと証明したいかのように、教授は私の行く先々に弾丸を雨を降らす、殺そうと思えば殺せるだろうに、そうしないのは、教授がまだ私を勧誘したいという我儘だろうか?

「暗器ですか…貴方らしいと言えば貴方らしいですけど、その体から武器が消えた時どうするんです?」教授は余裕あり気に、こちらを煽る。

 明智は避ける片手間に、彼女に攻撃の一つをしてみるも、やはり片手間の攻撃、教授も片手間で防いでくる。

「まぁ武器が無くなれば、この身を武器にするしかない…っと」

 余り使いたくも無かったが長引くのも困る、どこから撃たれているのかも、どこを撃とうとしているかも、大体はわかった。ならばこちらも本格的に攻撃に転じて見ようか。

「そろそろ暗器も尽きてきたという事でいいですか?」

 教授の攻撃が無音なのに対し、私はパァンと響き渡る破裂音を鳴らす、教授の攻撃は私の背後又は足、或いは利き手ではない左手を狙う事が多かった、どこを狙うかは教授の思考をできる限り模倣する他無いが、けれども4発までなら私は対応できる筈だ、両足と背中、そして左手を狙ってきた無音の弾丸に、私が放つ煩いピストルは正面からぶつかった、ぶつかった弾丸はあらぬ方向弾かれる、それを何度も、何度も、何度も繰り返す。

 一度右手のピストルを仕舞い、腰に装着していたステッキを抜く、まぁこれも武器だ、単発限りだが、弾丸が一発出る使用になっている、それを彼女に向って発砲した。

 案の定教授は先程と同様に防ぐが、それこそが私の狙いだったその一発を防ぐのを待っていた、私を狙う銃口は4丁のままで私は一発受けてしまう羽目になるが、それでも教授に一矢は報いれる。

「グェ…」弾丸は私の肉体に食い込む、思った以上に痛いが、それは教授も同じ筈であろう、しかも教授はそれを三発分だ。

「あっ…ああ……」

「最後に聞きたい事が、あったんだ私の数少ないファンに」

 教授は多量の油汗を流しながら、なんとか私の顔を見る為に、跪き地面を見ていた顔を上に向ける、別に顔をこちらに向ける必要は無かったというのに。

「無理に動いたり、口を動かすのは傷に触るだろう?だから短く答えられる質問だ」

 端的に聞きたい事があったのだ、私がアベンジャーズに寝返る以前の問題だった。彼女はもう少し私を知っていたら、態々アベンジャーズに所属する必要もなかったのだ。

「もう少し私の事を調べて、私が歪んだ公平主義者だと知っていたら、こう考えた筈だ、私が世界の味方をしているのは公平じゃないと、要は、君は待てばよかったんだよ私はいつか世界の敵になるのだから、だってそうしないと不公平だろ?」

 私は彼女に対して最大限の嫌味を込めて笑みを送った、さて彼女の返答は。

「私は……」

「いや気が変わった」

 左手に持つピストルで教授の眉間を撃ち抜く、そもそも私は愛する人を危険に晒されて怒っていた事を忘れていた、まぁ大した理由ではないだろう。『私は貴方に少しでも近づいて、傍に行き、貴方を理解した気をしていただけ』とかそんな返答だろうと、明智は推察する。頭から血を流す教授を後目に、教授の後ろにある装置でこの施設の電波暗室化を強引に切断する。作ったのは数年前だこのような事も出来る様にしているだろうと、読んでやってみたが本当に出来るとは思わなかった。

 無線が繋がり、私はただ一つ気になる事を確認する。

「生きているかい?」

『生きているわよ、そりゃ』『生きてますぅ―』

 それだけの口が利ければ満足だ、そちらで何があったかは知る由も無いが、その様子では大した事は無かったのだろう。ならば私達がやるべき事はただ一つだった。

「帰ろうか」

 硝煙の匂いと、床に広がる赤い絨毯の事は気にもかけず、明智は入ってきた扉を開き、そして閉めた。まるで何もなかったように。


ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。

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