第二話 そこは異世界の様に不自然で
一先ず2話を完成させました、一度手直しタイムに入ります
バチンとバチンと拳がぶつかりあう音がこの民間テロ対策組織の6階トレーニングルームで鳴り響く。この拳で戦う訳ではない、僕はパワードスーツを着て戦う。自分が考え、自分で設計し、自分で製造したパワードスーツを着て戦う、素手の戦闘なんて役の立たないという訳ではないが、それでもこの技術は決して僕にとって重要視されるべきものではない。
それでもなお、僕はスパーリングを辞めない、返事をする事の無いパワードスーツの抜け殻との攻防を行いつつ、隙を見てついにはこちらから攻撃に転じる。腕を避け、力で押し倒し、馬乗りになる。こうなってしまえば肉食獣に追い詰められ万策つきた草食動物の様に、ただただ無感情で僕は返事の無い抜け殻を殴り、殴って、殴り倒す。これを対人間だと想定して自分の考えが及ぶ限り一番強いであろう人間の思考と、技量、そして肉体強度を学習させた、無表情の怪物を殴って、完全に昨日を停止させるまで殴り続ける、これが人間であれば確実に物言わぬ骸になっているだろうという事を、頭で理解しながら殴り倒す。
「キャップ、そこまでにしておきたまえ」
その言葉を聞きキャプテンは、ハッとしたように意識を現実に戻した。この場には、もう動く事の無い中身の無いパワードスーツと、アラームで現在の時刻を、今この時間が何時なのかを必死に伝えようとしている端末が一つ。
そしてパンツスーツを見事に着こなしている、女性が一人。僕が知っている彼女は、もっとだらしなく、そしてどこまでいっても自分の事には無頓着な服装をしていた気がするのだが、そんな彼女が何故かキチンとした正装をしている、これは一体どういう了見か。
「珍しいね、君がそんな姿をしているなんて、少なくても僕が知る限りその恰好を見たのは、着任したその日が最後だったと気がするんだけど、気の所為かな?明智」
「なぁに、キャップやミライに見せる事がなかっただけで、この格好はそれなりに使っているんだよ、色々この格好の方が捗る事もあるしね」
今の発言からキャプテンは間違いなく、要人に会う為や、会議に出席するためにその服装が使われていないという事を察した、どこまでいっても彼女は彼女らしい。
「マリーは非番、サチアはミライと出張、多くの従業員は出払っていない会社で、今何故そんなスーツを着ているんだい?」
「あぁ、本当は別にこれを着るつもりは無かったんだけれど『自分より階級の高い者に会う時は、せめて正装をしなさい』とサチアがうるさくてね、まぁ偶にはいいかとこの格好でわざわざ出勤して、お偉いさんと会話をしてきた訳だ」
明智は彼女達を手駒にしているように見えて実際の所は、尻に敷かれているのかもしれない、キャプテンは想像し少し口元が緩んでしまった。
「なんだい?質問をしておいて、鼻で笑うとは、失礼な奴だな」冗談めかして明智が笑う。
「いや、すまない君は意外にも尻に敷かれているのかと思ってね、それを想像したら思わず、笑いがこぼれてしまったよ、余りにも似合わないなって」
「尻には敷かれていないさ、ただ彼女達のアドバイスを無下にするような、人間では決してないという事さ」
まぁ明智が言っている事が正しいのだろう、いくらその美貌があったとしても、その魅力があったとしても、それだけで彼女達が心から心酔する訳がない、しかも自分の他に愛人がいるという事を了承してさえいる、それすらもが明智の魅力だと言わんばかりに、だ。
「それにしても、どうしてこんな緊急事態にお偉いさんは君を呼び出したんだい?」
「緊急事態だから、だろうさ。敵の数は?敵の本当の狙いは?敵の本拠地は?敵の次の行動は?となにからなにまでわからないからこそ、どんなに信用の無い猫の手でも借りたいのだろうさ」自嘲気味に明智は笑う、それも馬鹿馬鹿しいと言いたげに。
「まぁ、あれだけの騒ぎがあれば、そうなるのも不思議ではないね」
「そう、あれだけの騒ぎを起こして、あれだけ尻尾を掴ませなかった組織が急に名乗りでたんだ、まずは過去を洗って、彼らが本当に起こしたテロ行為はどれか。なんて事をやろうとしている、全く馬鹿らしいったらありゃしない」
「と言うと?」
その行為に別に矛盾は、無いとは思うのだがとキャプテンは顎に手を当て考えた、どの行為が、彼らが行なった行為かわかる事ができれば、少なくても行動パターン、手口や拠点の一つ位は絞り込めそうだが。
「キャップ、良い事を一つ教えてあげようか?これは上層部にも言ってやった事だが」
流し目で明智がこちらに確認を取る、自分で考えて答えに至るべきか、それとも答えをすぐに聞いてしまうか、その確認だろう。生憎僕は明智の様に犯罪者の行動パターンや考えなんてモノは理解できない。だから未だに手を付けていなかった飲み物を投げ渡した。
「ふむ、いいだろう、と言っても簡単な事だよ、彼らの呼称は『アベンジャーズ』百年程度前古い映画に確かそのような作品があったと思うが…」
百年程度前と言う言葉にキャプテンは顔をしかめる、恐らく無意識だったのだと思う、自分ではそんな表情しているとは微塵も考えていなかったのだから。
「キャップ?どうしたんだい?そんな絶望に満ちたような顔をして、具合が悪いのかい?」
「い、いや、なんでもないよ、続けて」
「そうかい?その『アベンジャーズ』との関係性は恐らくないだろうと、私は読んでいる、この前のBの様な革命家気取りでもない、本当に彼らはこの世界になんらかの恨みがあって復讐したいだけなんだろうさ、その証拠になるかはわからないが、彼らが手を下したのはこの国のトップと、その守護者だけだ、それ以外の実行犯は武器と言う単純にして最強の兵器を与えられた世の中のはみ出し者しか居ない、ミライの話が全て真実と仮定するという必要はあるがね」
確かに制圧されたテロリストの殆どは、ただ武器を渡されただけだと供述しているとは聞いていた、だがそれがなんで過去を洗い出さなくても良い理由になるのかが、僕にはわからない。次に狙うとしたらどこなのか、そしていつなのかの予測も立てられないではないかと考える。
「キャップは、彼らの次の行動が何か、どこで行うのか、そしていつ行うのかそんな事が気になっている感じかな?」
「凄いな、そこまで読まれているなんて、あぁ、その通りだ、過去から何か学べる事はあるんじゃないかな?それがどんな小さな事でも」決して過去が全て役に立たないとは思いたくない、だって人間はいつだって過去から学んできた筈だから。
「読んでいる訳でもないよ、観察といえばいいのかな?まぁ今の世の中なら脳波でも図ればこんな技術も要らないんだろうが…、それは今はどうでもいい、答えは単純な事だよ、実の面白みもない、キャップはチェスや、将棋はしっているかい?」
「あぁ知っているよ、強い訳ではないけど、やった事もあるし、ルールも大まかには把握してる」
「ほう、それなら今度是非一戦を興じて見たいものだ、そして知っているなら話は早い、様は今の状況はチェスでいうチェック、将棋で言う王手の状況にある、そう聞いたら今更過去を調べている時間なんてないだろう?」
実に楽しそうに笑って見せる明智だが、なにが楽しいのか僕にはわからない、もう一手の余裕もない、既に勝負は決している様な状況に他ならないという事だ、探偵としての腕がなるからこそ、面白いのだろうか。そしてキャプテンは明智の顔を見て気づく、楽しそうな口元とは裏腹に目は実に不愉快だと言わんばかりの目をしている、全くどっちの感情が彼女にとって本当の感情なのか、僕にはわからない。
「明智、君は、今のこの状況が楽しいのかい?それとも…」
それともの後の言葉は、出てこなかった、出す事ができなかった、なぜなら明智はどうしようもなく、退屈そうな顔をこちらに向けていたから、同じ立場に立って話ができていないからだろうか?それとも何か僕は、気に触れる様な事を言ってしまったのだろうか?
「キャップ一つ言って置くよ、この会社で、特に私達の間柄で、無駄に詮索はしない方がいい、これは君の為でもあるし、私の為でもある」
「そんな気は…」詮索しようだなんて、考えもしてなかった何が彼女の逆鱗に触れたのかすらも僕にはわからない。
「あぁ分かっているとも、キャップにその気がない事も、深い意味が無かったことも、わかっていたとも、何故なら私は探偵だから、大体の事はわかってしまうのさ、その人の生い立ちや、どういう環境で育ったのかとかもね、なんなら気になれば調べてしまえばいいしね、そうだな探偵らしく推察してみようか?」
「な、なにをだい?」明智の瞳が狂気に満ち満ちている、どす黒い感情を隠すことなく表面にだして、彼女は悠々と語り出した、誰も知らない筈の事を、知る術すらない事を。
「キャップ、君はどうしていつも時計を見るんだい?まるで今何時かもわからないかの様に事あるごとに君は時計を見る、まるで時間が速く過ぎてくれるのを待っているかの様に、逐一時計を気にしている、それも視線の先は時計の時刻ではないよね?日にち?いや、年月が気になるのかな?そんなに……ッ」
キャプテンは何を考えるでもなく、明智の胸倉を掴んだ。そのまま明智を自分の顔に寄せる。まるでキッスをするかの様に場所と状況が違えば間違いなく情熱的なワンシーンだったであろう、ただ恐らく誰がどう見ても、この状況を表す一枚絵を描くとしたら、全員が全員シリアス調な場面にするであろう。
「おいおいがっつくなよ、君はそういうタイプじゃないだろう?それに折角のスーツがシワになる」明智この状況に置いても、へらへらと笑って見せる。
「どこでそれを知った!」自分の声とは思えない声がトレーニングルームに木霊する。
「だから言っただろう?推察だよ、君と言う人間を観察して、その心境を想像し、君と言う人物を私の中で構成させた、それだけだよ」
「あぁそうかい。明智、君が彼女達をなぜ掌握できたのか、合点がいったよ、僕は今日の今日までそれ程の魅力が君にあると思っていた、けれど違ったな、随分と醜いじゃないか、そんなものの為に利用したのだろう?自分の……」
そこまで口に出して置いてというのもなんだが、そこでキャプテンの口は止まった、今自分が何をしているかを冷静に考え、客観的に見られたからである。この拳は悪を捌く為にのみ振るおうとそう考えていた筈だったのに、慌てて胸倉から手を離す。
「すまなかった…」
「いや、こちらもカッとなって申し訳ない、だが本当にこれだけは言って置く、私も君も他の皆も含めてだ、私達の過去は決して公に出すようなモノではないよ、そうだろ?」
「どうなんだろうな、僕の過去は思っているより大した重みは無いよ、きっとね」
「それをそう思えるのは、きっと世界でも君だけだよ」
キャプテンは思い出したくない、あの瞬間の記憶を深堀りする、本当に大した重みはないんだ、僕が受け止める事さえできれば解決してしまうような、そんな重みなんだ。
「それとキャップ、幾ら君が寄贈したスパーキングメカとは言え、そこまでやったら直せるのは君だけだからな、よろしく頼むよ、彼は私の憂さ晴らしにも使われるんだから」
そう言われキャプテンは改めて、無人のパワードスーツを見た。顔面部分は見るも無残な姿になり果てている、これを直さなくてはならないのか…、このパワードスーツは試作品だから代替品が存在しない、もっと丁重に扱うべきだった。
「おーい、明智―、手伝ってくれないかぁー」
「生憎、私は機械に疎いんだ、それをアベンジャーズとやらがこれを、使って来る可能性があるのならば、死ぬ気で手伝うが、その技術は君だけのモノだろう?天才君」
こちらを振り返らずに扉を閉め、もうこの部屋に残るのは僕一人になってしまった。
「天才か…、どの口が言っているんだよ、天才め」
恐らく今日初めて、心の底から笑う事ができた。
天才とは、何を定義するのかはわからないが、完璧に近しい人間と言う意味で使うのならば、間違いなくそれは明智だと、明智を知っている人間はそう答えるだろう。本当に、敵でなくてよかったと心から思った。
カーテンの隙間からあふれた陽光を浴びて目が覚めた、知らない天井だ。見たことも無い天井に、僕の周りを囲むカーテン、なんとか手を伸ばそうとするが手は伸びる事はない、それでもなんとか体を動かし、体に付いていた様々な機械を引き離しながら、ベッドから転げ落ちる、痛みも感じないし変な浮遊感がある。
考えが纏まらない、確実に体に異常を来しているのかもしれない、こんな病院器具より、自らのスーツの方が自分に関するデータは揃っている筈だ。なんとか端末を取り出そうと辺りを見回す、昨日の自分は何処にしまったのか、なんとかパワードスーツさえ着られれば体も動かせるはずだ。
誰かが部屋の前を走る音が聞こえる、誰かが自分に駆け寄ってくる姿が見える、それなのに、僕の意識はもう限界が来ていた。
もう一度目が覚めた、今度は知らない天井ではなかった、先ほども見てきた天井。古臭い心電図パッドに、古臭いパルスオキシメーターを指に付け、横のサイドモニターに自分の状況が逐一表示されている。突如としてカーテンが開いた、そこには看護師と医者が居る、そして奥にはこの世には既に居る筈の無い人達が立っていた。
動かない筈の体を動かそうと必死に、もがく、もがいて、もがき続ける、だってもう会えない筈だったんだ、ずっと会いたかったんだ、今自分がどうしているよと報告をしたかったんだ。
「母さん!父さん!みんな!」
そこには母さんも居て、父さんも居て、クラスメイトの友人も居た、どれだけ僕はこの日を待ち続けただろうか、きっと今までの事は夢でこれこそが真実なんだと一切の疑いも、持たずに、ただただ駆け寄ってきた両親と熱い抱擁を交わす。
「●●●!●●●!」
聞こえる筈の声は聞こえず、抱かれた感触は残らず、やがてはその場所すら崩壊した。
「ハァア、ハァア、ハァア」
やや過呼吸気味になりながら、キャプテンは目を覚ました。自分の手元にある端末を片手に今一度今日の日付を見る。2122年7月それ以降の数字に大した興味は持てなかった。2122年今日もまた、昔とは一切が違う景色を見て、僕の脳はいつものように勘違いする。生きている時は、考えもしなかった、異世界のように不思議に発展した世界で、僕は一人、のうのうと生きていた。
「大丈夫か?」爽やかな青年が話しかける、誰にだろうと周りを見渡すが、その場にいるのは僕だけだった。
「アンタだよ、アンタ、凄いうなされてたぜ?」
僕よりも背は少し高いだろうか?けれど物腰柔らかそうな青年がこちらを心配している、なぜ僕の事を心配しているのか、一瞬疑問に思ったが、一つ思い出した。ここは昨日のトレーニングルームでそこで夜通し無人パワードスーツの修理に当たってそのまま寝てしまっていたんだ。こんなところで寝て、そしてうなされていたらそりゃあ心配もされると、キャプテンは勝手に納得した、本当に僕は何をやっているんだか、と。
「すまない、いつもの事なんだ、悪夢のような、いや、夢だと分かっている夢を見ていたんだ、決して叶う事の無い夢を、見ていたんだ」
「俺にはそれがどんな夢かは、わからないけど、きっと素敵な夢であったんだろうな、その顔を見ればわかるよ」
「そうなのかな?」そう言われても自分の顔なんて者は自分からは、わからない。
「なんていえばいいのか、うなされていたのは事実だけど、それでもその夢はきっと幸せな夢だったんだろう」
彼に言われて僕は気づく、叶わぬ幻想だと分かっているけれども、それでも求めた景色を見れたという事は確かな現実だった。その事を自覚すると頬に水が一滴流れた。
「そ、そんなに間違った事言ったか?俺…、ごめんごめん、泣かれるなんておもってなかったから…」
「いや、なんていうのかな、余りに的確に過ぎて、つい感動してしまったよ、ははは…」
彼の余りにも心配そうな顔を見て、僕は思わず笑いもこみ上げる、こんな赤の他人を此処まで心配してくれる人間が居るのかと、この誰も認知されない僕の事をここまで心配してくれる人が居るという事の嬉しさで、涙と笑いが止まらなかった。
「落ち着いたか?」彼は飲み物をこちらに差し出す、何から何まで気の利くできた人だ。
「すまない、名前を聞いても?」
「俺か?俺の名前はリアル、よろしくな!えーっと」
そうか、僕も名乗らなくてはならないのか、だけれど僕はなんて言えばいいのだろう、いや、そのままのいつも通りでいいんだ、いつも通り僕はこう名乗ろう。
「僕はキャプテン、特殊事態対策班第5課のキャプテンだ」
「キャプテンか、確かにリーダーっぽいな、あの変人揃いで有名な5課の唯一の常識人だろ?」僕達の課はそんな風に思われている事、初めて知ってしまった、思い当たる節があるのが、どうしようもなく悲しい事だ。
「いや、確かに個性豊かな面々ではあるけれど、いいやつらだよ」
えぇー…と信じられないような者を見るような目でこちらを見てくるリアル。本当にいいやつらではあるんだが、やはり普段の行いが全てをダメにしているらしい。
「まぁいいや時間あったら、訓練でも一緒にしようぜ、な?」
「そんな時間が取れるかどうか、こんな状況だしな」
「そんな事はわかってるよ、でも約束の一つぐらいはできるだろ?」
それもそうかとキャプテンは頷く、幾らアベンジャーズと言うテロリストとて毎日の様に、テロ行為を起こしはしないだろう、するとリアル小指を差し出してくる。
「知らないか?指切りげんまん、俺も良くは知らないんだけど、昔は約束するときこうしてたらしいぞ?」
リアルの言葉に、普段なら息を詰まらせてしまいそうになるが、今はなつかしさすら感じて彼の小指に僕の小指を絡ませる。
「やり方は知っているよ、昔何度もやっていたからね」
「本当かぁ?俺の課じゃ俺以外で知っている奴なんていなかったぞ?」
「いーや、本当さ、本当だとも」何度も、何度も、友人と約束しては、守ったり守らなかったりしたことを未だに覚えているさ、僕以外もう誰も覚えていない記憶だろうけど。
指切りげんまんと口にし、嘘ついたら針千本飲ますと続くまともに考えれば、安易な約束に一切見合う事の無い罰、けれどこの行為を知っている人がどれだけいた事が、僕にとってどれだけの救いになるのかを、リアルは知る由もないだろう。
「それじゃあ、約束だ、それじゃあな」
「ああ、それじゃあ」
キャプテンはリアルに向かって手を振り、彼の背を見送る。僕もいい加減、事務所に帰ろう、1日中ここに居る訳にもいかないだろうし、恐らく今日も事務所には人が居ない、それならば掃除の一つでもできるかもしれない。
エレベーターは既に下に向い、待つのも性に合わないし階段を使って5階に戻り、いつも行き慣れている事務所へと戻った。
事務所の扉を開けると、鼻歌を陽気に歌いながら観葉植物に水をやるマリーの姿はそこにはあった、明智の言葉を思い出す、私達の詮索は止した方が良いという彼女なりの優しさを改めて思い出す。つまりは彼女もただならぬ何かを背負っている者と言う事だ、誰にも知られたくはない、知ってはいけない、知ろうとすることすら許さない何かがあるという事、普段の彼女はお姫様思考な所があり、どこか抜けているともとれる行動を取るが、そんな彼女でも…、いけない、そういう事を考えるのは止せと言われたばかりなのに、僕は何をやっているんだか。
「どうしたんですかぁ?そんなところで佇んで、キャプテンさん?」純白のドレス、ロリータファッションと言うべきか、それともゴシックファッションと言うべきか現実離れしている服装をした、可愛らしい女の子が僕の顔を覗きこむように心配する。
「あ、あぁ、マリーすまないちょっと考え事をね、といってもくだらない事だったから、そんなに心配そうな顔をしないでくれ」
「そうですかぁ?さては、さては、マリーの事を考えていましたね?ダメですよ?マリーには明智さんという王子様が居るのです!」
自慢の恋人を紹介するように、胸を張る彼女を見て、少し微笑ましく思う、マリーの様にあれたら、どれだけ良かったことかと、考えてしまう。
「確かにマリーの事を考えてはいたけれど、そんな事は考えていないよ、安心してくれ」
「マリーの事を考えているのに、マリーの事を考えていない?、?、?」
マリーの脳内CPUは処理速度の限界を越え、大量の負荷に耐え切れず、目を回してしまった、そんな難しい事は言っていないというのに、少し大げさが過ぎる。
「昨日、明智と話す機会があってね、その話でマリーも出てきたから、その事を考えていたんだ、それだけだよ」キャプテンは真実を濁して話す、決して嘘は語っていない、しかし本当の事も当然語っていない。
「わかりましたぁ、あの事ですね!昨日明智さんが熱い抱擁をしてくれながら話していたので覚えています、文句を言っていましたよ!なんか過去がどうとかだって」
「僕が嫌な奴だって?」昨日の怒りの感情をそのままマリーに話したのなら、きっとマリーにも僕は嫌な奴だと話しているだろう、明智がそんな人間かはわからないが。僕であるならそう愚痴る気もする。
「いやそうじゃなくてぇ、隠し通したいなら癖が、なんとかって」
昨日も言っていた気がする、そんな事を言っていた気がする、時計を見過ぎとかなんとかと言っていた、自分ではそんなに見ていないと思っていたが、観察癖がある明智にとってそれだけ気になるレベルなのだろう。
「そうだな、明智にはすまなかったと伝えといてくれ、それじゃあ」
そう言って、ここに来た理由も忘れて、キャプテンはこの場を後にしようとした、マリーが居るのならば、清掃も済ませてくれるだろうとそう勝手に思い込む、何が自分を突き動かすのかわからないが、どうしようもなく一人になりたい気分だった。
「そういえばぁ、知りたくないんですか?私の過去について…」
心臓がドクンと跳ね上がる様な感覚に襲われる、先ほどまでのホンワカした少女の声はどこえやらと、確実にこちらの心臓を掴み離さない姿勢をマリーは見せた、己が弱点とも言える過去を露出させる事で。
キャプテンは確実に動揺を見せる、それを分かっていると言わんばかりにマリーはこちらに顔を近づける、その姿はとてもお姫様なんかではなく、妖艶な魔女そのものだった。
「明智に…、聞いてこいと命令されたのか?」
「いいえ?マリーはマリーの為に知りたいんです、どうですかぁ?知りたいですかぁ?」
ここに居る人は皆何かしらの、人が知る事ではない、知ってはいけない過去を持っている、そして恐らく5課は人に知られてはいけない、過去を皆が抱えているのだと、キャプテンは考える。マリーの魅力的な誘いは、信頼の証かもしれない、そもそも僕の思っている事はただの妄想で、知られてはいけない過去なんてものは無いのかもしれない。
だけれども僕は、その甘美な誘惑を断る事にした、気にならない訳ではない、こんな交渉なんてせずにいつか本心でマリーが話そうと思ってくれた日に、僕も話すと約束して。
「マリー、明日は全員が出勤だったな」
「はぁい、そうですね、ミライ君とは久しぶりなので沢山お話しようと思ってます」
先ほどまでの妖艶な魔女の様な彼女は居らず、いつも通りの誰よりもお姫様らしい、お姫様の彼女がそこに立っている。それにキャプテンは安堵し、この事務所を後にした。
「これより特殊事態対策班第5課、コードネーム、キャプテンの報告を開始します」
『続けて、私も時間がある訳ではない、手短に』
何か一つのミスで、人生の終わりを告げるような冷徹な声が、突き刺すように早く次に移れと言わんばかりの間を作る。畏怖か、それとも敬愛か、命令を受けている人間は声を震わせながら、必死に報告を進める。
「は、はい、簡潔に申しますと、可能性は多いにあるのではないかというのが、現状です」
『ふむ、確実に寝返るとは言えないが、その可能性は少なくない確率で存在すると』
冷徹の声の持ち主は、少し考えこむと同時に一つ話題を変えた。
『現在私達は世界へ、同時でいてそして多発的に復讐の業火を燃やし続けています』
「と、申しますと」
恐怖しながら、自分の首が飛ぶかもしれないと感じながらも、震えた声の持ち主は、冷酷な声をしたモノに言葉を投げ返す。
『来るべき日、もう一度日本に復讐を果たします、標的は……』
突然ノイズが走り音は途切れる。
「お、恐れながら、その為の知識が我々には…」
『だから貴方には期待しています、必ず彼を我が手中に加えなさい』
「了、了解しました」
傍受の可能性は無い、誰かが盗み聞きしていた可能性もない、先ほどの会話にこちらの落ち度は一切存在しない、それなのにその場に立ち尽くす彼は滝の様な汗を流しながら、なんとか忘れていた呼吸を改めて開始した。
キャプテンはアラームが鳴り始める前に起き、目を覚まし時計を見る。あの夢を見てうなされる事はもう無く、正常な精神状態で睡眠を行う事が出来ていた。リアルにあってからという物、精神状況が明確に回復に向かっているのは気のせいだろうか?
叶う事のない幻想と言う夢、ただの夢ならばいい、しかしそれが何度も何度も待ち望んだ事を夢として見せられ、起きる度にそれが現実では無い事を、時計を通して、僕に知らしめる。
そんな絶望を毎度見せられては、何時かは慣れるそう思っていた、だけれど僕の体は脳は心は、その度に絶望して過去に恋焦がれていた。
気分が晴れやかだ、過去を思い出して、死にたくなるようなことも無く、未来を夢想し、生きていた事の後悔をすることも無い。二度目の生を受けたその日から晴れる事の無かった、心の空模様はリアルと言う人間を通し、雲が徐々に動き始め、陽光が顔を覗かせる。
アベンジャーズと言うテロリストが首相暗殺と市民虐殺という大罪をしでかしてから既に1か月以上が経過した。あの様な事件があったというのに、この国は平和そのもので、今日も日本は世界に自慢するように、自らの国の発展による防衛力を誇っていた。
キャプテンはそんなニュースを見ながら自宅を後にした、きっと今日も平和で、明智は酷く退屈そうにしながらも推理をして、マリーはその明智の手伝いをする、サチアはいつも通り武器のメンテナンスに時間をかけ、ミライは延々と飽きもせずこの屋上でこの街を眺め続ける、おかしかったのはあの日だけ、それ以外はいつも通りの特殊事態対策班第5課なのだろうと、そして僕も今日はリアルとの、何度目かの合同訓練日だ。
本社に向い、エレベーターは生憎というかいつも通り使われていた、だから僕は階段を使う、待っているのは性に合っていないから。5階までに着くまでにマリーとサチアからヘルプの緊急要請が入る。キャプテンは急ぎ階段を駆け上がり、勢いよく第5課の扉を開ける。
「大丈夫か!」キャプテンは敵襲かと思い、最低限の武装を身に着け事務所に侵入する。
扉を開けた先には目の下に酷い隈を作った明智が荒れていた。それはもう何も理解していない赤ん坊の様に、酷い荒れようだった。乱雑に吹き飛ばされている、大量の資料と端末の数々。転がっている端末の一つをキャプテンは拾い上げると、殴り書きの様にメモを取られた画面を空中に表示させた。
「見ての通りの状況よ、キャップ、どうにかできそう?」
「いや、僕には荷が重いな」キャプテンは空中に表示された画面を眺めた。そこには幾つもの推論、推測、推理、目的、条件、理念、証拠が書いている内容は全く統一されていない、しかし決して馬鹿に出来る内容ではない、そこにあるのは全てアベンジャーズを名乗るテロリストが起こしたとされる事件と、そうではテロリストが起こした事件の関連性、それがこの端末一つのデータを全て使う程の量が書かれている、これを少なくても片手では足りない数の端末分行っている。
「しょうがない、こればかりは私がやるしかないわね」サチアが背筋を伸ばして、足の踏みどころもない足場を気にも留めず、マリーが必死に抑えている、明智の前に佇む。
「明智、貴方にも無理な事はあるのよ、諦めなさい。それに折角の美人が台無しだわ、マリーも心配しているし休みなさい!」
それでも明智には言葉が届いていないのか、ぶつぶつと呪文のように何かを焦りながら、端末を手に取ろうとする。
「聞く気はないと、わかったわ。それじゃあ……」
獲物を捕らえる蛇の様に、彼女の口元に這いより、明智の体に纏わりつきサチアは、明智の唇を奪った。しかしこの場で惚気ている訳ではなく、これは恐らく明智の体の中から空気を奪い取り意識を奪う算段だった、普段だったら他の女性に明智が関わる事を嫌うマリーも黙って明智の体を拘束する事に徹している。そして少しの時間が経ち明智は抗う事を止め、意識を深い水底に沈めた。
「漸く静かになったわね、マリー、明智を3日間程大人しくさせる為に見張っていなさい、その為なら多少強引な事をしてもかまわないわ」
「でもぉ、マリーは、明智さんの言う事ならなんでも聞いちゃうからぁ」
「なら、どうにかして明智を1日好きなようにする権利を貴方にあげるわ、その位の対価があれば、少しぐらい私の命令でも聞けるでしょ?」
マリーは一瞬、己の脳内をフル回転させるように考え、一秒もしない内に答えを出した。
「はい!マリー頑張ります!」
明智への忠誠心より、明智を好き放題できるという欲望にマリーは従った。
「それにしてもいいのか?曲がりなりにも、うちが誇る最高の頭脳が3日抜けるのはかなりの痛手だよ?」ミライが抱く疑問もその通りだとキャプテンは理解する、けれど。
「大丈夫だ、ミライ。明智がここまでやってくれたんだ、整理して記憶する位なら僕にもできるよ」
嘘偽りの無い、事実としてミライに伝える、明智の様に推論を述べる事はできなくても、その情報を保管しておくくらいの事は、僕には可能だった。
「流石キャプテン、頼りになるね。じゃあ俺はいつも通り待機しているよ、必要な時はいつもの様にご自由にどぞ」ミライはいつも通り屋上に向かうのだろう。それを止める者も諫める者も誰一人いない、ミライという人間が居るべき場所は屋上だと皆が分かっている。
ミライが事務所を後にし、少し経った後通信端末に一つの着信が入る、相手はミライだった。二人で話をしたいという内容だった。そういえばリアルとの約束が今日だった気がするが、少し遅れるという旨のメッセージを彼に送る、そして数秒も経たない内に「わかったよ」という一言が返ってきた、自分には勿体なさすぎる位、本当によくできた友人だ。
「キャップ?どこか行くの?」屋上に向おうとした矢先、サチアに声をかけられた。
「あぁ、ミライがなんか話があるから、屋上に来てくれって」
「そう…ミライが、何を考えているのか分からないけど、少しいいかしら?」
「あぁ、少しなら別に構わないよ」流石に今から暫くは二人に顔向けできない、だからこそ本当の意味で少しなら構わないとキャプテンは答えた。
「明智がそういう可能性があるだけ、そう悲観的に考えすぎるのも良くないって言っていたけれど、その考えこそが明智にとっての希望的観測にすぎないと私は考えた」
「どういう事だい?」サチアの言っている意味がピンとこない。言葉だけを受け取ると、明智が推論を行いその可能性が高いという判断をしたのにも関わらず、その事象は恐らく発生しないであろうと考えているという、彼女がそのような選択肢を取る事があり得るのか?
「明智が言っていたのは、今日この日もう一度日本は標的になるという事、それも一か月前の首相暗殺未遂は前座だと言わんばかりに、彼らは大規模というよりは、大打撃を受けるが正しい言い方かしら?それを今日行うと彼女は語っていた」
首相暗殺未遂が前座になるような事など、この世にあるのだろうか?
「そんな事が起こるかもしれないなら、何故他の人に知らせようとしない?そうすればもっと手の施しようは!」
「キャップ、熱くならないで、冷静に考えて頂戴、証拠もない、確証もない、信憑性もない、それに私達第5課が出した決断を誰が聞く耳を持つの?」
サチアのその言葉に、僕は何も反論することができない、確かに証拠の一つでもあれば、本社やそれこそ警察を動かす事位はできたかもしれない、しかしあるのは不確かな明智の憶測だけというのが現実だ。
「わかった…、僕は何をすればいい、何をすればそれを防げる?」
「防ぐのは…私とマリーできっと事足りるわ。キャップは、その通信が入った時に、その通信通りの行動をしてくれればいい、そもそも何も起こらなければ、明智の杞憂に過ぎなかったで済む話よ」
時間になるまでロックが掛かった、データが一つサチアの端末から送信される。きっと僕には、直前まで知らせたくない、そんな内容なのだろう。そうやって僕はまた何も知らずに、ただ言われた通りに人生という名のレールを進むだけ。知らなくていい、聞きたくないと拒絶したのは、紛れもなくあの日の自分自身なのだから。
キャプテンはミライが待つ屋上に向う。きっといいニュースでは無いだろうという事を、薄っすらと肌で感じながら、それでも自分が決めた道なんかでは無く、誰かに決められた道だとしても、これ以上は自分以外の誰かに歩むべき方向まで決められない様に、確かな足取りで屋上にある扉を開いた。
「待ったかい?ミライ」キャプテンと言ういつも通りの、自分のままミライに話しかけた。
まだ秋には程遠いというのに、黒のロングコートを風に靡かせ、今にもタバコの一本でも吸いそうな人間がそこには立っていた、決して後ろ姿からは年齢は悟らせず、ただ短髪の男性であるという事を除けば、決して正体は見破る事はできないであろう。
「キャプテーン、遅いよー」
子供らしい表情と表現すればいいのか、曇りない笑顔で待ちくたびれたといった様子を口から発し伝える、その姿は正しく少年らしい少年だった。先程までの大人びた印象は消え失せ、その手に持つ獲物を見なかった事にすれば、年相応に見えるミライがこちらに笑顔を向けてみせた。
「すまない、少しサチアと話をしていたら、大幅に遅れてしまった」
「サチアと?また何か明智達と企んでる?」
「企んでいるのは、サチアと明智だけだよ、僕も今回は蚊帳の外。それでわざわざあの場所で話さないで、なんで誰も居ない屋上に?」
「そうそう、キャプテンにこの服装を見て欲しかったんだよ、どう?どう?あの事件の時にお偉いさんの一人がこんな格好していてカッコいいなと思って支給してもらったんだけれど、このロンg」
何か茶化すように、ミライは自分のファッションについて聞いてきた、その姿は本当に年相応で、どこまで行っても子供であった、けれどそんな事を話そうとしていた訳じゃないなんて事は分かっている。
「似合ってるよ、そのロングコート。間違いなく実践向きな服装じゃないという事と、その曲がっているネクタイに目を背ければね…それで?本当の目的は?」
風向きが変わり、ミライが着ているロングコートが彼の顔に覆いかぶさる様に、ミライの顔を隠した。一瞬の出来事だった、一瞬の出来事過ぎて、僕が全く認識できなかったように、この世界も彼と言う存在を認識し忘れたのだろう。余りにも速すぎて、その姿はどうしようもなく美しいと感じてしまった。
寸での所で、ミライの持つナイフを防ぐと同時に拳銃がこちらの眉間に風穴を開けようとしている。予期せぬ出来事による極度の緊張状態に陥り、事務所に常備しているパワードスーツが窓を突き破り、ミライに発砲を開始しながら、僕の手足にそして胴に纏いつき、最後にフルフェイスヘルメットが装着され視界は一時的に盲目に陥った。
『緊急プロトコル作動……認証…省略……武装ノ仕様許諾…了承…発砲準備完了…』
どこか女性らしさを感じされる機械音声が確認を取り、プログラムを起動させ、視界は明瞭にミライの姿を捉える。
『ミライ…年齢フメイ…武装予想…手元以外ニハアリマセン…勝率…フメイ』機械音声が目の前に不気味に佇む、敵対ともとれる行為を行ったミライの知れる限りの情報を、フルフェイスヘルメット内の画面に表示する。キャプテンはコンマ1秒で発射する事の出来る武装を全面にだす。余計な気を起こしたら撃つと、これは脅しではないと伝える様に。
しかしその姿にミライは怯える様子も、躊躇う姿も見せない、たった一度の過ちで自身の命が終わるかも知れないというのに、彼の心拍数は不気味な程平常運転だった。
「なんのつもりだ!ミライ。これが何を意味するのか、わかっているのか!」
決して撃ち殺したくはない、けれどミライの行動がそう意味するのならば、僕は君を。
「安心したよ、キャプテンこれなら大丈夫だね」
先ほどまで出していた殺気は一瞬にして、虚ろで知覚できない物に変わった。けれども気を抜く事はできない、そういう作戦かもしれないという可能性を否定できる確証がないからこそ、僕は武装解除はできない。
「そもそもキャプテン、そろそろメールの時間だろ?そっちを優先するように言われているんだから、そっちを優先しなよ」
言っている意味がわからない、間違いなくミライに敵意は無い、なのに何故先ほどの蛮行に走ったのかが、こんがらがってしまった頭では理解ができない。
「今のは試験、明智にやれって言われたから仕方なくだよ?キャプテンが仲間であったとしても裏切り者なら殺せるかの試験」
「試験?裏切り者?一体なんの話をしているんだ、説明をしてくれ!」
「さぁ行った、行った。後は、モルよろしくぅ」モルに後は任せると言わんばかりに、ミライは階段がある扉に歩いていく。
『モル様ヨリ…通信ガ…応答シマスカ?』こちらの心情なんてどうでも良いかの様に、機械音声は、物事を次へ次へと進める。
「ミライ!」キャプテンは強く叫ぶ。
「なに?」
「あとでしっかり説明してくれ、もう何も知らないのは懲り懲りなんだ」
「了解」
足にあるスラスターを吹かし、キャプテンは空へと飛び立つ、モルの状況報告も先ほどまでのミライの行動も、全てがどうでも良くなるような一言がサチアからのメッセージには書かれていた。ただ一言「リアルは裏切り者である」と。
リアルの所在を暴く為に、街中のありとあらゆるカメラにクラッキングをかけ、数分前にもう少ししたら爆破解体される廃ビル群の近くに一人向かうリアルの姿が映っていた事を確認できた、これだけの監視カメラがあって、この一度のみしか映る事がないのは、余りにも不自然な事だった。それだけ先ほどのメッセージの信憑性が増してきて、吐き気を催す、信じたくない事を信じなければいけないのが、どれ程苦しい事なのか、明智が希望的観測を抱いたのも今なら頷ける、まさか自分の推理が敵対組織にそのまま流れていたなんて事は想像もしていなかっただろう、それもこのテロ行為が起き始める前からこの会社に居た人間がスパイだなんて事は特に。
「数分以内の痕跡を探せ、熱源を感知した時点で僕に報告しろ、行け!」
背面に装備されている小型ドローン群に命令を下し、僕は一番近い廃ビルの最上階に降り立つ。
ビルの柱を砕き、地面に落とした。
「音の反響を確認」
『了解……三階層下…不自然ナ反響ヲ検知』
キャプテンは窓から飛び降り、スラスターを上手く吹かしながら、ゆっくりと3階層下に向う、そこに居るのが、決してリアルじゃないという儚い理想を信じて。
「なんで、君が居るんだ………リアル!」
いて欲しくはなかった人間が、そこに佇んでいた。まるで僕を待っていたかの様に、それでいて僕の事は眼中にないように遠くを見つめながら、リアルはそこに居た。
「よお、キャプテンどうしたんだ?」
「それはこっちのセリフだろ?今日はトレーニングルームで一緒に訓練するんじゃなかったのか?」
「そういえば、そうだったな…すまん、今日は外せない用事があったのメッセージ送った後に思いだしたんだ」
いつも通りの表情で、いつも通りの気さくさでリアルは受け答えをする。それでもたった、一か月の付き合いでも深く付き合いを重ねたからこそ、わかってしまう、友人だからこそわかってしまう、分かりたくない事にも気づいてしまう。今までは全て嘘だったと。
「何をやるつもりだ、リアル」キャプテンは声を震わせないよう必死に感情を殺す。
「もう、全部わかってるって顔だな、生憎そのマスクで顔は見えないが」
「今なら引き返せる、僕が何とか交渉して、極刑も防ぐだから…もd」
「お前さ、なんもわかってないんだな」リアルがこちらの言葉を遮った。
呆れた様な顔を見せ、リアルの姿は何かへと変貌する、その姿を例える方法があるとすれば、筋骨隆々の巨人。この廃ビルの天井では低すぎると言わんばかりに天井をリアルの頭は天井を突き破った。
「俺達は復讐者だ、俺達をこんな事にした世界を壊すそれが、俺達の使命、いや責任だ!」
明らかに人が至れる可能性の姿ではない、彼のその姿は確実に人体になんらかの改造を施した姿だった、それ以外に考えられない程醜いものだった。
「なぁ俺は、お前も適正があると思うぜ?一緒に世界を壊さないか?」
適性?何のことだ?キャプテンは武装の展開準備をしながら、数少ないリソースを割き、考える。
「その感じじゃあ、知らないみたいだな、お前自身の真実を」
「僕の真実?そうかあれの事か、だが僕はそんな事で世界を壊そうなんて考えないよ」
「本当にそうか?お前は本当の真実を知らない、だから世界に憎しみを持たないだけに思えるが?」僕を挑発するように、リアルは僕が無知であるという事を指摘する。
「僕の事は、僕が一番知っているさ、何なら僕から教えてあげようか、友人になったよしみだ」
「いーや?お前の事は調べに調べつくした、なぁ唯一コールドスリープから蘇った、この世にただ一人だけ存在する122年前から生きる22歳さん?」
キャプテンは固唾を呑み、冷や汗を流す。明智の様に普段の癖から推測されるのではなく、情報として知っている人間がいるとは思わなかった。僕に関わる書類やデータは全て抹消されていたはずなのに。そしてコールドスリープの情報も知っているらしい。
「何で知っているのか、か?丁度5年前この世界にただ一人いきなり戸籍を用意された人間がいる、しかもどんな申請も行われず、偽造された訳でもなく、元からそこに居たように見せる細工までして」
「君という人間の人生は無かったことにした、君の17年は存在しない」
「あ?」
「そんな事を目覚めてから言われたよ、案外脆いもんだな、5年で見つけられたって後で文句の一つでも言わなきゃな」
「それだけなのかよ?人生を否定されて、名前を奪われて、ただ一人過去に残されたお前が思うのは、それだけなのかよ!」
あぁそうか、普通の人ならば、そう思うのかもしれない、でも母親に、父親に、友人に会えない事は凄く悲しいけれど、誰とも価値観を共有できない事は悲しいけれど、僕は唯一コールドスリープから生還したんだ、ならば感謝こそすれど、怒りの感情なんてものは湧かない。母親に、父親に、友人に生きる事ができるなら生きて欲しいという言葉を自分で考える事を放棄して他人の言葉に従い、目が覚めたら誰も居なかったなんてギャグだ。
「生憎だけど、僕に愛国心なんてモノは無いし、愛の反対は無関心と言うように、この世界に対しても僕は、大して関心はないんだ」
「それが…お前の選択か…」
「あぁ、今の生活は気に入っていてね、いい仕事仲間が居て、良い友人もできた、本当に気に入っていたんだけどね…残念だよ」
リアルに向けて持てる武装の全てを発射する、塵すらも残してなるものかと、言わんばかりに全てをリアルに向けて発射した。
巨大な爆炎が発生し、先ほどまであったビルは跡形もなく崩れ落ち、辺りには赤い雨が降りしきる。
『キャプテンさん、サチアさん達の方は上手く行ったみたいです、国防装置に細工をしていたみたいですが、どうやって忍び込んだか精査する必要がありますが、手口は素人だったようです』
「了解」無機質な機械音声の様な声で、キャプテンはモルからの通信に返答する。
「なにからなにまで、利用するための偽装か…」
リアル、それでも僕にとって君は、僕を悪夢から覚ましてくれたたった一人の親友だよ。
赤い雨はマスクの目元を流れ落ち、その場にはただただ硝煙と砂塵にまみれた、愛国心の無い鋼鉄の戦士が佇んでいた。
ここまで読んで頂きありがとうございました、ご感想や批評を頂けると嬉しいです。