第一話 地平線に沈む距離から、こんにちは
時間がかかりましたが第一話です、よろしくお願いします。この話の主人公はミライです、でも多分ミライ視点で進むのは、予定だとこの話と最終話だけかな?楽しんでいただけたら幸いです。
超疲れました、恐らく誤字脱字や読みずらい部分があると思います、そう言った部分のアドバイスいただけたら嬉しいです。
もう何度目だろうか、腹部に重さを感じながら起きる朝は、苦しさを覚えながら朝を迎える事が、この重みを感じる度に幸せを噛み締める事になるとは、子供の頃は考えられなかった。こちらの腕を枕替わりにする、小さな女の子と、人の迷惑を気にも留めずにお腹を枕にする馬鹿。
ミライは腕を避けながら、頭の高さ変えない様に枕を間に挟む、華奢な女児を起こさないように、蝶よりも花よりも丁重に。
「邪魔だ、重いぞ、馬鹿」
お腹を上に乗せた女性は思いきり、起き上がる事で吹き飛ばし、背筋を伸ばし完全に起床する。それでも目を覚ます事の無い馬鹿を放っておき、扉を開け、決してこの時代に相応しいとは思えない、古臭い扉を音が出ないよう開ける。
広くはない部屋の一角にある、冷蔵庫を開け水の入ったペットボトルの蓋を開け、口に流し込む、寝起きに冷えきった水を飲む事で、それまで感じていた眠気なんてものは完全に吹き飛ばし、目が覚める。
もう一度、冷蔵庫を開いて、朝何を食べるのか考える。自分が好きな物を作るか、それとも馬鹿が好きな物を作るのか、或いは。
「今日の朝ご飯は何?」
馬鹿、改めサチアが寝室から目を覚まし、キッチン付きリビングと形容する事もおこがましい部屋に入ってくる。
「分からん、レニの好きな物でもするか?」
「レニの好きな物って、卵料理?ここ最近ずっと朝は卵、卵、そして偶に魚」
「私の好きな肉は何時になったら、朝でるの?前作るって言ってなかったかしら?」
「言った覚えはないな、仕事はもうとっくに終わったっていうのに、その翌々日に朝帰りしてくる馬鹿の言った約束事なんて」
「本社に用事があったのよ、そしたら時間も過ぎていただけ」
サチアは手に取ったような詭弁を盾に歯向かうが、こちらとしても何をしていたのかも知っているし、全てが全て嘘という訳でもないという事を知っている。
「へぇー、時間が、ね」
「へいへい、私がわるぅござんした、自分で作りますよぉ、っと」
そう言うとサチアは朝から食べる物とは思えない、肉の数々を冷蔵庫の中から取り出し、棚からフライパンと調味料を取り出し、フライパンに油を引き、肉を投入する、その姿は正しくシェフであった。
「自分が作ったものは、責任を持って全部食べろよ、メシマズ」
「肉は、ただ焼くだけでも美味しいのよ、その目を以てしても見抜けなかったかしら?180階をヘリコプターで上がった、狙撃手さん」
しょうがないだろ、あの高さを見上げる形で狙撃するなんて、とてもじゃないがやろうとは思えないと、ミライは考える。そしてその言葉になんと答えるか、それも考えて出した結論は。
「だーから最初から、最上階にいるのはわかっていたんだから狙撃するか?って聞いたのに」
私達が中身を全部片づけるわ、と抜かすものだから、ミライは待機という選択肢しか取れなかったのだ。
「はぁ?起爆スイッチも複数あったかもしれない、そもそも人質だっていたんだから、私の判断に間違いはありません」
「その案も明智のだろ?まるでサチアが立案実行したように言っているけど」
「彼女と話しあいながら、決めたんだから私の案よ」
話し合い、と言う名の密会だろうに、ああいえばこういうだけあっていつもそうだ、サチアとの口喧嘩は一切止まる事を知らず、間違いなく少しずつではあるが徐々に熱を増していく、そしてそれを止めるのはいつも。
「おはようー、お姉ちゃんもお兄ちゃんも仲いいねー」
「「仲良くない!」」
ミライとサチアは強く言い返してしまう。
もう少しで10歳を迎える、こう自分達を卑下するのも謙遜するのも、余りよくない事なのかも知れないが、自分達が10歳だった筈の頃より間違いなく、大人で学力も高い、大した自慢話を持たない自分達の数少ない自慢できる事。
「ごめんね、レニ、こいつが無駄に突っかかってくるから」
「いいんだよ、お姉ちゃん、それに議論は重要って先生も言っていたよ」
完全にこちらが取るべき行動を、妹がしている事をミライは、驚きを隠せない。
「大人だね、レニは」
「そーおー?ならば私は大人としてオムレツを要求します」
えっへんと胸を張りながら、実に子供らしい要求をしてくる姿を見て、やっぱり子供だなとミライは安堵した。そういえばオムレツと言えば。
「それよりお姉ちゃん、焦げ臭いよ?」
「焦げ?あぁあああああああ」
そこには一度もひっくり返すことの無かった、肉の塊がフライパンの上に鎮座していた。
「自分が作ったものは、責任を持って食べろよ」
さぁて、レニと自分の分の朝食を作らなければ。料理の出来ない馬鹿は放っておこう。
「それじゃあ、お姉ちゃんが体を壊しちゃう、お姉ちゃんの分も作ってあげて?お兄ちゃん、一生のお願い!」
うん、やっぱり完全に自分達より、この寂れた家で誰が一番大人なのかは明確なんだなと、ミライは評価を改めた。
朝食に使った食器を片付けて、そろそろ出発する準備をしなくてはならない。どこへと言えば、端的に説明するのであれば、清掃業者の様な物だが、それでいてレニの学び舎でもある。言ってしまえば手広く様々な業務に手を出している場所。そんな怪しい場所に、レニを預けるのは不安が無いと言ってしまえば、嘘になってしまうがそういう怪しい場所しかこの国の汚点であるゴミだめで人が学べる場所なんてものは、存在しないだろう。児童買春をやっていた教師や、そういった性的趣向を持った学を持っている、レイプ魔なら探せば居るかもしれないが。そんな人間に預けるぐらいならば、自身が務めている職場に任せるというのがサチアと自分がだした結論だ。
「かばんは?宿題は?あとはジャージもか?他にも忘れ物はない?もうもう鍵を掛けるからな」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。宿題もちゃんとやったし、ジャージも入ってる、いつも心配性だなぁ」
「そうよ、いい加減妹離れしなさい」
今日初めてちゃんとした殺意を、ミライは抱く。未だに一緒にお風呂を入っているお前には、絶対に言われたくないと本気で拳を握りしめた。
「へいへい」
お前がレニにとって、大切な姉じゃなければ本気のグーパンチをお見舞いしてやる所だ。
「先に出てる、後でお灸をすえてやるから覚悟しておけ、この馬鹿姉」
「姉に勝る弟が存在するとでも思っているの?クソ弟」
「やっぱり、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも仲いいねぇ」
「「仲良くない!」」
ミライは溜まったうっ憤を吐き出すように、二階程の高さはあるだろう自宅の玄関から飛び降り、後ろを振り返る。そこには仲良く手を繋ぎながら、階段を降りる姉妹と、その今出て来た一室以外は、廃墟とかした建物を改めて眺める。
どこもかしこも崩れかかっている、詳しい事は知らない、それを学ぶ機会も無いのでこれから知る由も無いのだろう、けれどそれでもこの建物を見る度にこう思うのだ。
「レニだけは、どうにかこのゴミだめの外に出してあげたいな」
いつか必ずきっと、大人になるまでには、あの子の幸せを一番に、ただただミライは希う。
清掃業者だというのに、このような汚い外見というのは、確実なイメージダウンに繋がるのではないだろうかと、疑問に持つのは最初の一か月で辞めた。そもそも幾らコスっても落ちる事の無い汚れの対処法は恐らく存在しない。その方法があるのならば、このようなゴミだめはできないし、ゴミだめの中に清掃業者ができる事は無い。そのような頑固な汚れはもう、それをデザインと信じ我慢するか、その場所を抉り取ってでも体裁を整えるか、そのどちらかだろう。ミライ、キャップ、明智、マリー、サチアこの五人が務める清掃業者は、その場所を抉り取り汚れをなかった事にする仕事、決して生き甲斐にしている訳ではないが、この仕事が嫌いではない。多分恐らくきっと、ミライという存在はこの仕事しかできないという事を心でも頭でもなく、体が理解しているのだ。
「おはようございます、ミライさん」
明るい笑顔に、明るい声色、ミライやサチアと違って癖毛の一つもありはしない黒髪ストレートヘアの少女が、こちらに挨拶をしてきた、慣れているとはいえ何故かいつも目に留まってしまう。どこをどう甘く見積もっても未成年だし、どこで道を踏み外そうともこのゴミだめで暮らすなんて選択肢が考えられない見た目をしているというのに、何故彼女がこんな場所で働いているのか。
「おはよ、モル。もう少ししたら、サチアがレニを連れてくると思うから、レニを教室まで届けてやって」
ミライはバッグに入っていた炭酸ジュースをモルの目の前に置く、清掃業の事務だったり依頼の受け付けだったり、果てはこれ以外の、その他諸々の業務まで任されるモルだが、レニの学業のサポートは業務に含まれてはいない。
「賄賂ですか?そんな事をしなくても、ミライさんの頼み事なら喜んでやるのに」
「そう、賄賂。それを渡さないと俺の良心の呵責がね」
「うわぁ、心にもない事を、スラスラと話せるその図太さ憧れちゃいますね」
ちょっと嫌な眼つきでこちらを見てくるモルを後目に、地下へ続くエスカレーターに乗り、その先のオートウォークに乗り更に先へ、あのゴミだめに住んでいる人間では、自分とサチアしか知らないであろう、ゴミだめを誰にもバレずに抜ける事ができる、唯一の抜け道。
「そういえば、今日って俺達以外の出勤ないんだっけ」
どうでも良い事を、誰も聞いていないであろう虚空に向って呟く、動く床の上にただ立ち続けるというのは暇な事だった。
「どうでも良い事か、本当に」
自分で勝手に疑問に思い、自分で勝手に解決する、独り言なんてそんなモノだろう。
長い地下トンネルを抜け、今度は逆にエレベーターで昇りその先にある、扉を開けた。目が眩む程の眩しさを感じて、思わず目を隠す。体を枕替わりにされる事も、ゴミだめの方の会社が汚い事も、すぐに慣れた。けれどこの日光の光というものは、どうしてかいつまで経ってもなれる事が無い、きっとゴミだめに住んでいる所為であろう、あそこでは決して日光を浴びる事はできないから。
本社に到着し真っすぐエレベーターに向って、職場の事務所がある5階に到着する、エレベーターの扉が開いた先には左右に3つずつの扉、計6つの部屋が存在しその全てがこの会社の清掃部門の事務所。一部屋は用具入れ、それ以外が他の清掃班の事務室。
どうせ明智は寝坊、マリーはその明智を叩き起こしに、サチアは未だ後方。
「キャプテンが居るかな?」
「僕がどうしたって?」
「なんだ、階段で上がってきてたのか、珍しいねこの時間にはいつも事務所には居るのに」
「昨日はスーツの改良に勤しんでね、すっかり寝坊してしまったよ」
やれやれと首を傾げて見せるキャプテン、金髪碧眼の日本人離れした、外見。男の自分にそう思われても、何も嬉しくないかもしれないがそれでもこう思う、まず間違いなく、女性に好まれそうな外見をしている、それなのにどうして明智の様にはならないのか、これが不思議でならない。明智の様に推理やヒラメキ力が異常な発達しているというか、知能が優れているというべきか、明智とは違う形で頭脳が発達したのが、彼キャプテンなのだ、武器やパワードスーツという様々な物を作り出している偉大な人物。
「キャプテンはさ、なんでそんなに頭がいいの?」
難しい事は自分にはわからない、そこまで優秀な頭脳は持ち合わせる事の無かったミライは欠伸をかき、そんな事はさて置きとして、事務所に向いながらふと疑問に思った事を、言葉通りの意味で質問する。
「僕は、自分が優れているとは思わないけど、そうだね理由があるとすれば好奇心と欲求かな、知らない事を知りたい、作りたいものを創りたい、それとそれだけで勉学に熱中出来てしまう単純さかな」
「一生理解できないだろうなぁ、俺には」
「そんな事は無いと思う、ミライにだって好奇心や欲求はあるだろう?それが僕の場合は勉学と言うだけだよ」
「好奇心や、欲求…ね」
キャプテンの少し先を歩きながらミライは顎に手を当て考える、好奇心はそこまで持ったことは無いと思うが、欲求はどうだろうかレニに幸せになってほしいこれ位だろうか?
「難しいのはヤメヤメ、知恵熱が出る」
「知恵熱は赤子の頃に突然起こる、発熱の事だよミライ」
へぇーそうなのか、また一つ賢くなってしまったと頷くミライは、そのまま何も考えずに事務室の扉を開いた。
一つの囁くような小さな声と、一つの抑えきれない嬌声がドアを開いた瞬間に、ミライの両耳を支配する、先ほどレニの幸せが自分にとっての欲求だと思ったが、少し違う気がした、恐らく欲求というのは彼女らのやっている行為を示すのだ。キャプテンがどうなのかは知りはしないが、こうであってほしくは無い。天才というか事明智に至っては、個人的に思う事は、貪欲な獣だという事。つまりはきっと三大欲求も貪欲なのだろう。
カーテンで閉ざされた事務室に、廊下の明かりが一瞬入った瞬間扉を閉める。
「ミライ?どうしたんだ?」
「キャプテン一回、一階に戻ろうか、飲み物奢るよ。というか奢らせて欲しい、さっきの会話の勉強料として」
「ダジャレかい?それにさっきの会話で勉強料なんて、恐れ多くて受け取れないよ」
いいからとミライはキャプテンの腕を引っ張って、もう一度乗ってきたエレベーターに乗り1階を押して、扉が閉まる。静寂が続いて、キンコンと到着を報せる合図とともに扉がもう一度開いた。
「あら?ミライ、どうかしたの?てっきりもう事務所に居るのかと思っていたのだけれど」
「ちょっと事務所に入れない理由があってね、サチアにも飲み物奢るよ」
ミライはキャプテンを右手で、サチアを左手で引っ張り自販機の前まで歩く、恐らく先ほどのマリーの嬌声の感じからして、もうそろそろクライマックスだとは思う、というかそうでなくてはいつまで経っても部屋に入れない、それは困る。
「ちょっとミライ?飲み物買ってくれるなら早く端末でお金を払ってくれないかしら?」
「というか、何を見たんだ?そんな慌てて事務所から離れないと行けない理由って」
「あぁー、うん、払うよ、払う」
端末を自販機にかざして、好きな飲み物が買える状態にする、それと同時にキャプテンの問にどう答えるべきか、少ない脳のキャパシティを使って考える。肉欲を貪っていましたとは言いづらいし本当にどう答えるべきか。
「なんか見えたけど、遠すぎて見えなかったよ」
「なんだそれ?まさか本当に知恵熱が出たのか?いきなり変な行動をするなんて」
「ははは、熱は無いんだけどね、本当にどうしたんだろうね?自分でもなんであんな事をしたのか」
「ミライが変なのは、いつもの事でしょ?そのまま頭の中の研究でもして貰ったら?ごちそうさま」
サチアはミライに自分が飲んだ、飲み物のゴミを渡し一足先にエレベーターの方へと向かう、ゴミは自分で捨てろよと言おうとしたが、先に行かれてはまたエレベーターを待たなくてならない、それは面倒くさい。
「ちょっと待てよ、サチア!俺も乗るー」
ミライは渡されたゴミを後ろへ投げ捨てた。
「ゴミは投げるなって…、ってもう居ないし、それにしても僕からしたら見えてもいない、場所から見ないまま投げて、直径がペットボトルサイズしかないゴミ箱に直接入る、その空間把握能力と精密性が不思議でならないよ」
全くと、肩をすくめキャプテンはもう一度階段を使って5階へ戻る為の歩みを進めた。
「で、何を見たのよ、大抵の事じゃ驚きはしないから、言ってみなさい」
「うーん、多分背徳感が彼女達を動かしたんじゃないかな?知らないけど」
「なにそれ、やっぱり熱でもあるんじゃない?」
サチアは重むろに端末を取り出し、こちらに向ける。徐にピースを返すが、その心遣いは余計なひと手間だったのか、手が邪魔と言わんばかりに、振り払われる。
「熱はないみたいね、それもそうか、馬鹿は何とやらと言うしね。あーあ心配して無駄だったー」
全く失礼な事を言う、彼女達の名誉の為に隠した親切心を何と愚弄する事か、流石サチア、と言うか別にサチアに隠す必要も無い事かと、改めて思い出す。そういえばサチアも明智の手駒の一人だったという事を今の今まで、先ほど見た熱烈な激情を前に忘れていた。まぁサチアならあの部屋を見れば普通に察するだろうから、態々教える事も無いか。
「そういえばレニは、なんか言ってた?俺達の仕事に対しての不満感とか…」
「無いわよ、レニは私達と違って賢いからね、気づいている訳でもないけれど、まぁ普通の仕事ではないって事は察していると思うわ、多分だけどね」
「多分なんだ、珍しいね。サチアがレニに対して多分なんて言葉使うの」
ミライはからかうように笑った。レニの事ならばなんでも分かっていると自負する姉、それがサチアと言う人間だと思っていた。まぁレニに関しては自分が知らない事があるように、こちらもサチアが知らない事も知っている訳だが、それでも彼女はレニに対してだけはずっと真摯に対応していた事を、ずっと見てきているからこそ知っている。
「子供の成長は早いモノよ、気づかない内にどんどん離れて行っちゃう」
「そういうもんか」
「えぇ、そういうものなの」
何とも言えない静寂が、ミライとサチアを挟む。するとサチアは歩みを止め、用具室の扉を開ける、今日もサチアが用具点検かと思ったが、恐らく違う。多分今日の仕事の準備をするのだろう、本社に用事があったのだから先に仕事も聞かされていたのだろう。
先ほどまで聞こえた嬌声は今はもう聞こえる事は無かった。よかった、そう安堵して扉を開いた。そこには人のデスクの上で情熱的なキッスをかます、素っ裸の女性が二人。
「いい加減にしろよ!この!スケベ探偵がぁああああああ」
ミライの心からの叫びが、本社に響き渡った。
なんの躊躇いも無く着替える明智と、物陰に隠れて慌ただしく色々な場所に体をぶつけながら着替えをするマリー。階段を上り終えたキャプテンも合流し、それでも一切恥ずかしがることなく着替えを進める、下着を身に着けパンツスーツを履いた時にキャプテンが間がふとした疑問を投げかけた。
「明智…、女性というのはもう少し恥じらいを持つべきだと僕は思うのだが?」
「ふぅむ、君なりのジェンダー論かな?だがそれは些か古いな、それこそ100年程前の考えだろう、女性が男性の望むような女性らしさを強制される時代は、21世紀には終わったんだよ」
「そうか、それはすまない事をしたな、一般論だと思ったんだが今の時代ではそうでもないのか」
「いいや、キャプテンが正しいよ、このスケベ探偵は己の美貌と絶対的と信じ、そして羞恥心という物が欠如しているだけ、普通ならマリーの対応が正しいよ」
まぁそのマリーも人様の机の上で、性的な営みを行うという倫理感の欠如した行動している訳だが、まぁそれもどうせ明智の言いだした事に従順に従っただけだろう。
「マリーの事は、放っておいてくださぃ、もうお嫁さんになれなぃ」
徐々に消え入るような声が、仕切りを隔てた壁の向こうから聞こえた、そんな恥ずかしいなら、そもそもこんな時間までやらないで家に帰ればよかったものを、とミライは推察した。そしてその言葉を見逃さないのが、この探偵の嫌な所だ。
「そんな事ないさ、マリーは素敵なお姫様になれるよ、間違いなくねこの私が保証するんだ、それ以上の事はないだろう?」
「うわぁーん、明智さぁーん」
まだ着替えの終わっていない両者が再び抱き合う、もう流石に付き合っていられないと言わんばかりに、キャプテンは事務室を後にした。ミライは切実に願う、早く今日の仕事の通達が来ないかなと。
「はぁー」ミライはため息が止まらない。仕事の時は頼りなるが、こういう日常では常識の無い二人を見ているのは慣れているが、流石にもう勘弁して欲しい。せめて目のつかない所でやって欲しいと本当に思う。
「いい加減着替えろよー」
そう言い残し、ミライはサチアが居るであろう用具室に向かう事にした。というか、サチアはこういう事をしているという事を知って、怒らないのだろうか?愛に狂う人間は多いと聞く、だからこそ身内がそうなるのは困るなぁと憂鬱になりながらミライは用具室の扉に手をかける。人気がなく、明かりも点いていない、先ほど確かにサチアが入って行ったはずなのだが、トイレにでも行ったのだろうか?
ミライが明かりを点けようと、壁に手を当てようとしたその時だった。
「手を頭の後ろに組み、地面に伏せなさい、これは脅しではない、逆らえばその空っぽな脳みそに風穴が開くわよ」
酷く冷たい視線と、凍えるような声色で、頭に中心に穴の開いた筒状の何かが当てられる。恐る恐るではあるが、手を後ろに組み、ミライは地面に伏せようとする。
「あら?従順なのね、今日の朝はあんなに私に歯向かったのに、ちょっと拍子抜け」
「サチアが相手とは言え、流石にこの状況で逆らう程、馬鹿じゃないん…でね!」
声を荒げると共にミライは、左足でサチアの左足を引っ掛ける重心さえ崩してくれれば、こちらのもの、頭にあった筒状の何かを右手でそのまま奪い取り、すぐさま持ち手を変え、持ち直しサチアの頭がある方向に向ける。
「私の勝ちね、幾ら私から武器を取り上げた所で、その間に私は貴方を三回殺す」
「それを言ったらお終いでしょうよ」
自慢げな表情をしているサチアに、ミライは不満げな顔を見せる、彼女に押し付けられ、そして今ミライが手にしているのはドライヤーだった。初めから脅しでもなければ、訓練ですらない、ただの遊びだったという訳だ。ただサチアが語った通り、もし本当に彼女がこちらを本気で殺しに来ていたとしたら、そもそも警告文も無し即座に脳天に風穴が開いていた事だろう。サチアは一切嘘は言っていない、殺そうと思えば殺せたという事実が満足なのだろう、ルンルンとした様子でサチアは事務室に向かっていった。
「あ、サチア。今は…」
サチアが扉を開けると共に、彼女の怒声が聞こえてくる。それもこんな場所で何をやっているのと言う叱責ではなく、どうして私に報告しないのと言う意味での叱責。
「まだ終わってなかったのか、僕もいい加減、自分の仕事がしたいんだが」
「ごめんね、キャプテン。これから恐らく第二ラウンドが始まるよ」
「そうか…、そうか……」
「本当にあんな奴が、自分の姉だと思うと恥ずかしくて堪らない、今日俺達以外に人が居なくてよかったね」
「まったくだな」苦笑い浮かべながら、キャプテンは廊下の椅子に座りなおし、自身の目の前に画面を表示させ何かをし始める。きっとスーツの研究か改良のコンセプトでも考えるのだろう。全く頭のいい人間は変わる事を恐れない、これだから本当に…。
「第二ラウンドが終わったら教えて―、それまでメンテナンスしてるー」
「わかったよ」
決してこちらを向きはしないが、優しい声でキャプテンは了承してくれた。神は天才と言う人種に二物も三物も与え過ぎだ。少しぐらい分けてくれてもいいんじゃないのかと、愚痴の一つも言いたくなる。それにしても実際に第二ラウンドが始まったのかどうかは確認していないが、今日の仕事は大丈夫なのだろうかと考えようとした、けれどもやっぱりこの仕事で賃金を得ているとは言え、仕事の事なんてどうでも良いというのがミライ個人としての純粋な考えだった、向いているとは思う、けれどやりがいなんてものは感じない。綺麗にするという事にそれ程までの価値を持てない、別に汚いままでもいいと、結局は程度の問題なのだろう、その環境でもいいと思えるか、その環境では妥協できないか、たったそれだけの違いだ、個人の裁量で完璧に綺麗にしたとしても、ある人にとっては汚く見えるかもしれない。きっと幸せに生きるコツは妥協を覚える事。
ミライは自分の仕事用具を清掃する。そこまで道具に愛着がある訳でもないが、肝心な時に使えなくなってしまってはお話にならない。
「とてもじゃないけど、想像したくはないな。お前が壊れるのは」
「ミライにそこまでメルヘンチックな趣味があったなんて、レニに話したらきっと喜ぶわよ、『じゃあお兄ちゃんもお人形遊び一緒にやってくれる?』って」
「容易に想像できるなレニのその姿は」ミライは少し口元を緩ませ振り返る。
「幾ら女の子と言っても人形遊びより、今時の子はゲームの方が楽しいと思うんだけどなぁ、買っても全然やってくれないし」
「ミライが買うゲーム大体殺伐とした物じゃない、レニはもっと平和主義なのよ、だからあの日も……、この話はやめましょうか、終わらなくなる」
「あの日サチアがこっちの方が良いって言ったのが、信じられない程重たいストーリーだったって公式が炎上した話はしないの?」
「忘れなさい!」その言葉と共に、サチアは携帯端末専用のペンを投げてきた。
「危ないなぁ、で?一体どうしたの?てっきり第二ラウンドを始めたものだと思って、キャプテンに終わったら教えてってお願いしてたんだけど」
「私をあの年中発情期と一緒にしないで頂戴、ていうかキャップならずっと外で物凄い数の端末を開いてにらめっこしていたけど?」
あぁ忘れていた、キャプテンは明智とは違うと認識していただけに、勘違いしていた。結局は明智と同じ天才族だった、ただ明智と違って自制する事ができるだけで、基本的には一度集中し始めたら周りになんて目は向かない。基本的に明智の会話についていけるのはキャプテンだけで、自分とサチアとマリーはわかったふりをして頷く事しかできない。
「で?明智とマリーは?」ミライは先程までの事務室の情景を思い出し、あれだけ盛りあっていたというのに急に止めるとは、実は明智にも理性があったのでは?と訝しむ。
「あぁ、あの二人なら…」
『おぉー!サチアいい所に、どうだい?この際君も一緒に……フボォア…』
『あ、明智さぁぁーん、よくも…、よくも…、キャアァ、グエ』
「と言った感じに、みぞおちに一発、マリーは自滅ね」
まさに鉄拳制裁であった、明智やマリーが一発で沈むと思えないが、恐らく本当に沈んだのだろう。その姿は容易に想像できないのだが、なぜだろうか?容易に想像できてしまった。
「って、そんな事はどうでもいいのよ、仕事よ、仕事。さっさと着替えて出発進行!」
「えぇーそんないきなり、言われてもモチベーションがぁ」
渡された着替えと、用具をぶん投げられ、その重量にミライは潰された、ミライの未来も閉ざされてしまう。
ミライの旅は、道半ばで潰えてしまった。新しい旅を始めますか。はい、いいえ。
「くだらない事考えてないで、さっさと準備して」
「はい…」ミライの未来と言うダジャレがくだらなかったのか、それともその後の選択肢がくだらないのか、どちらがくだらなかったのか教えてと言おうとしたが、サチアの瞳にミライは萎縮した。
着替えが終わり自分の服装に違和感を覚える、そういえばと思いサチアもいつもと印象が随分と違う、こういう見た目の人をなんというんだったか、頭を傾けながらハッとその答えに辿り着く。
「OL?」
「誰がOLよ、誰が、どう見てもSPでしょ、SP。サングラスをかけたOLなんていないでしょ」確かにそう言われたら、そう見えるし、そう思う。
「SP、セキュリティポリス、日本の要人警護を専門に行う警視庁の組織。名称はアメリカのSSを習った、シークレットサービス、アメリカ最初の国内諜報機関、主に…」
「説明はせんでいい、っていうかミライ、それ位の事は調べないでも覚えなさいよ」
そうは言われても、こちらに学は無いのだからやっぱり、覚えていかなくてはたださえ頭の悪い自分が、更に悲しい事になってしまう危険性もあるので、調べなく頭を使わなくてはならない。
「まぁいいわ、ほら行くわよ、今回の出勤は私とミライだけなんだから」
「えぇ?キャプテンのが適任だって、絶対!多分、きっと。」
「はいはい、文句は受け付けておりませーん、行きますよー」
サチアはこの姿が気に入ったのか、かけていたサングラスをたたみ胸ポケットにしまう。確かに今改めて考えたら、サングラスをかけたOLはきっといないだろう。それに下もパンツスタイルだし、勝手なイメージだがOLはスカートの印象がある。
キャプテンに行ってきますの挨拶をする暇すら与えられず、エレベーターへ強引に詰め込まれる、ミライは腕を上にやり背筋を伸ばす、一階に戻ったらきっとモルがいるだろう、仕事が入る都度あのゴミだめからこちらの本社に移動するのは中々に億劫だと思うのだが、彼女はそれに文句の一つとして言わない。以前モルは語っていた「この会社に私は命を救われ、そして食い扶持すら与えてもらっている、これ程幸福な事はないです」と本当に幸せそうな表情で語っていたので、鮮明に覚えている。モルという人間が過去何をしていたのかは、本人が語りたがらない以上知る事はない、でもそこまで感謝しているという事は本当に限界であった所をこの会社に助けられたのだろう。少し羨ましいなと薄い嫉妬心が浮かぶ。
エレベーターがキンコンと気の抜ける音を出し扉がスライドされ、そこに居るのはやはりモルだった。こちらもここに居るには若すぎる年齢だと思うが、モルはその中でも特質して若いと思わせる見た目をしている、同じ会社の職員だという事がわかっていても目を引く人間が多数、その内の半分位は彼女の持つ美貌に目を引かれているのかもしれない、今日の朝会ったばかりだというのに、ミライはモルの持つ不思議な魅力に吸い込まれそうになる、顔は勿論の事、体形もそう、小さい鼻の形、こちらを睨んでいる様にすら見える鋭い瞳や口そして耳、果ては髪の毛に至るまで、全てに目移りしてしまう程、こういう時にこそこういう言葉が当てはまるだろう。
時間が止まったようだ、と。
「ミライさん?どうかしました?」
「あぁ、いやモルは相も変わらず美人だなと」
「お世辞はよしてくださいよ、美人というのはミライさんの隣に居るような方に使う言葉ですよ」
「ですってよ、ミライ、隣に居るのが本物の美人って言われてますよ?」
「謙遜って言葉を覚えた方が良いと思うぞ、美人のサチアさん」
まさに一触即発、今まさに苛烈な姉弟喧嘩が始まろうとしている、するその瞬間にモルは間にタブレットを挟み、喧嘩が始まるその前に仲裁する。
「仲の良い姉弟喧嘩は、そこまででお願いします」
「「仲良くない!」」
またハモってしまった、これがあるから仲睦まじい喧嘩だと思われるのだろうか?もしかしたら周りからは、猫がじゃれ合っているようにでも見えているのかもしれない、その猫の姿を自分達に置き換え想像してみようとしたが、余りの気色悪さにミライは身震いをした。
「ここで説明しても構わないのですが、事態は急を要します、一先ず情報はこちらで渡して、現場に到着するまでにこの資料を読み進めておいてください」
「了解」「りょーかーい……痛てっ…」やる気のない返事をした瞬間、肋骨の間に三本指の刺突を食らい、ミライは息を詰まらせる。やっておいてそんな事はお構いなしと言った様子で、サチアは本社から出て目の前にある車両に乗車した。
「憶えていろよ、あいつぅー」
「あはは……、今のはミライさんが悪いと思いますけど…でも暴力は良くないですね」
苦笑いを浮かべながらも、最大限のフォローをしてくれるモル、本当に一体どんな事があったら、このいい子がゴミだめに墜ちてくるのやら。そう思いながらミライはサチアが先に待つ車へ足を運んだ。
「ええーと、何々?要人…の護衛?この会社はいつから警備会社に変わったの?」
「初めからよ馬鹿ね」コツンと持っていたサチアの持っていたタブレットで頭を小突かれた、いちいち暴力に訴えなくてもいいというのに、この馬鹿姉は。
「問題はここね、私達が直接の護衛はできないっていう所、それに対象が対象だし」
「対象?誰この、もう既に一線から退いていると言わんばかりのお爺さん」
「まぁそれは事実だからね、一線を退いて隠居を始めた筈が、ここ数年の首相の近辺、そして最後の決め手になった首相本人の不祥事で一度大量の人員が流失したところに居た、かつては政界を導いた、おじいちゃん」
「あぁ、あの若い首相捕まったんだ、明智とかがなんか言ってた気がする」
「『彼は、あの若さで政界のトップに至った、全くどんな手を使ったんだか、すぐばれるだろうに…』でしょ?」サチアは明智の喋り方に似せて、あの時の再現をしてくれた。
「そうそれ、よく覚えてたね」
「そりゃ、私達にもよーく関わってみたいだしね、別にどうでも良いけれど…」
「まぁそれは俺もどうでも良いけど、でなんでそんな要人が俺達みたいなドブネズミに護衛の依頼なんて」
「それも下に書いているわね、本人たっての希望らしいわ」
本当に書いてあった、全くあった事もそれどころか、彼と言う存在すら昔見た事ある、程度の朧気にしか覚えていないレベルの世代だというのに、なぜこの会社に」
「まぁどうでもいいでしょ、要は私達は寄ってたかる小動物を、近寄る前に捕食しろって事よ、それもこの首相就任記念の式典を邪魔しないように…ね」
「わっかりやすーい、流石だよ、姉ちゃん……痛い」ご機嫌を取ろうとしても殴られた。
それにしても、このご時世に首相就任とは言え記念の催しとはなんでなのか、つい最近だってどこぞの爆弾魔が、この国とも言える象徴とも言えるオブジェクトを破壊しようとしたというのに、もっともこの首相本人は、この催しを反対しているようだが、久しぶりに政権が戻ってきて党員は浮かれてでもいるのだろうか?
「到着しました、一式はトランクに積んであります」
「はいはい、そもそもこの場所でどうやってテロを起こすのやら」
ここは、この数十年で急速に発展した日本の中でも限りなく少ない完全な更地と言える場所、遮蔽物らしき物は最低1キロ離れた先のビル群、更地なら恰好な的かもしれないが、このビル群によって起る風の中を入念な準備も無しで尚且つ、初撃で当てることができる事がいるスナイパーが居れば、世界から人質と言う戦法は消え失せるであろう。
それこそ1キロ圏内のそんな場所なんて既に、対策されているであろうしたがって。
「首相が居る場所があそこ、そこを狙うとしたら…うん3キロ先のあのビルかな?テロリストの皆さん頑張ってその超長距離射撃を成功させてみるといい。
『ミライさん、サチアさん聞こえますか?そこから警護本部へ向かって指示を受けてください、こちらから指示を出せる権限は与えられていません、すみません』
「モルが謝ることじゃないわ、一先ずこちらもできる限りの事はしてみるけど、責任はないもの」サチアが警護する対象はどうでも良いと言わんばかりに笑っていた。
「サチア…、その顔本部に着いたら止めてね、絶対面倒くさい事になるから」
心配だと、深くため息をミライは吐いた。少し歩き警護本部に到着する、そこでは忙しなく人がすれ違い、ここならばどさくさに紛れて、仕掛ける事も可能だろう例えば…。
「ここで、抜く物じゃないよ、それは」後ろから拳銃を抜こうとした、その瞬間腕を固められ動きを封じられる。
「へぇー、今の一瞬で気づいたんだ、流石。しかもこれが実戦なら俺は死んでいる訳だ」
「そういう事だ、余りふざけた事をしていると、本当に殺すぞ」
ミライは拳銃から手を離し、両手を上げ振り返る。そこにはミライとは頭一個分は違うだろうか?とても長身の男が立っていた、髪は短く切って清潔感をだしているが、顔には傷があり正に歴戦を乗り越えた強者と言える人間、恐らくこの警護隊を指揮している者だろう。
「そんなに強いアンタでも、それでも死ぬんだね」
「何を、言ってるんだ?お前は」
誰も気づかれず、ミライの後ろに回っている人間がここに一人だけ、いる本当にこの手の事をやらせたら右に出る者は居ないな、本当に頼りになる。
「ストップ、サチア」ミライは、顔を右に傾けて、その傾けた奥から鋭いナイフが一閃。
「はいはい、レベルを見ただけなのよね、分かってる、分かってる」
「その割には本気じゃなかった?」
誰しもが息を止め見る事しかできなかった、その場の雰囲気を崩す様に端末からコールの音が一つ。端末を先ほどの歴戦の猛者に手渡す、きっと帰ったらモルに怒られるだろうなと、ミライは未来を予想した。
「ミライ、行くわよ?」
「はーい」サチアに声をかけられ、ミライはその後ろをついていく。その姿は間違いなく、姉についていく弟だったであろうだからこそ、警護本部での一幕を見ていた人間は身の毛がよだつ、何なんだあの二人は…と。
「あの練度なら、俺達休んでいても多分何も起こらないよ」
「えぇ、多分それこそ自爆テロでもない限り、物事が起こる前に終結するでしょうね、出店で何か買いましょうか」
そうして首相就任祝いの催しが始まった、特になにも起こらずに、それこそ首相の後ろ側にあるビルをミライが、持ち物検査で確実に何も持っていないと思われる、最前列の民衆の再警戒をするくらいには、順調に催しは順調に進んでいた。
サチアからの無線の一言が飛んでくるまでは…。
『ミライすぐ装備を持って、反対側のビル狙撃準備をして!私は首相を守る』
「どういう事?狙われているの?レーザー?それにここから反対側のビルって何棟あると思ってるの?」
とはいえ、ここまでサチアが焦っているという事は、何か確証がある事なのが理解できない程、サチアを知らないミライではない。すぐさま荷物を纏めて、ビルに入りエレベーターのボタンを押す、しかし一切反応は無い、つまる所この犯行は完全に計画されたものであるという事。困ったというかマズイ階段を上がるにしてもその間に、何人の犠牲がでるのやら、まぁサチアが死ななければ一先ずはいいと優先事項を決めて、ミライは階段を上り始めた。
『レーザーは無い。クソ、人が邪魔。撃っていいかな?このままじゃ間に合わない!』
「応援は?誰か動ける人いるでしょ?」
『私達の印象最悪だったの忘れた?いきなりスナイプされるなんてデタラメな話信じる人いると思う?』
「いないね…これは本気で社長から説教かな?」
『ハァ、説教で済めばいいわね、ハァ、まぁ殺させはしないから安心して』
息が少しずつ上がっている、人の波を縫うように最高速で走っているのだろう、それこそ人に当たったら、その人が数m吹っ飛ぶくらいには。
それにしても、こちらのビルを上るのもかなりの重労働だ、それにしてもサチアは本当にどうやって気づいたのやら、殺気なんてモノを本当に肌で察知したのだろうか、まぁありえなくはないか。
『よし、人混みは抜けた、そっちは!』
「こっちはまだ時間かかりそう、でも数分で屋上には着く」
ミライは一切の減速も許さずに階段を駆け上がる、新しい空気を求め息を吸い込もうとするが、その前に自らが吐き出す空気によって、呼吸がかき消される。こういう時にキャプテンが居れば簡単に屋上にまで運んでくれるというのに、今からキャプテンが飛んできても、狙撃には間に合わない可能性が高い。
『首相、失礼するわよ、死にたくなければ私にしがみ付きなさい!』
無線の先からSPの慌てふためく声が聞こえる、まだ何も起きていないのに強引に攫ってしまっては、やっている事はただの拉致だろう。だがその説明をする時間すら惜しいとサチアが判断した、それだけで自分が動くには十分すぎる理由だった。
パーンと風船を破裂させたような音が、無線から鳴り響く。今のは間違いなく銃声だ、それはわかる、だけれどもスナイパーライフルの音では無いような気がした、少なくても超遠距離から放たれた銃声ではない、ならば可能性として考えられるのは…。
「サチア!何が起こった、応答を!サチア!」無我夢中でミライはサチアに声をかけ続ける、返答が遅い、最悪の状況も頭の隅を横切り始めた。
『いきなり観衆が発砲を始めた、っつ、私も少し掠ったけど、一先ず首相は安全な所に運んだわよ、私は観衆を無力化する、背中は任せたわよ、ミライ!』
「分かってる、こっちも屋上に辿り着いた…」
着慣れておらず、ネクタイも曲がっている、とても社会人とは思えないスーツ姿の人間が、スーツを風でなびかせ、催し会場を一望する。死者は今確認できるだけで、50人未満、その内市民が8割と言った所、事の重大さを認識し逃げ始めた民衆は、我先にと走り出す、その動きは団体行動とは言えず個人個人の独断専行。そうなれば人はドミノ倒しのように倒れていく。ある者はその倒れた人の上を走り、ある者は倒れた人を助けようとする、そしてある者はその中心に向かう、動きが明らかにおかしい。
「サチア、その場所から40m先、2時の方向そいつは撃っていい、でも殺さないで」
『了解』いつもの渋々と言った感じではなく、余計な事一つ言わずに息を止めて、狙いを定めて、発砲する。崩れ落ちた人間の様子がやはりおかしいまるでこの事予期していたかの様に。
そういう事かと、ミライの瞳は未来を測定した、決して変わる事の無い、確実に変わる事の無い未来を、無意識で測定してしまう。
「サチア、逃げられる人員を集めてそこから離れて、市民は諦めよう」
『……わかった、確定してしまったのね。それよりもスナイパーは居ないの?確かに居たはずなんだけれど』
スナイパーで撃たれた人間は居ない筈だ、この瞳で見渡せる限りの景色を見ても、聞けた限りの音を思い返しても、スナイパーで撃たれて死んだ人間は居ない、居ないのだ。だがしかし確実におかしい、この場にスナイパーは存在しない筈だ、なのにサチアの足は何故その角度で傷ができているのか。
この暴動は、只の陽動でしかないのだ、本命は既に発射されていたとすれば、全ての辻褄が合う気がする。一度目は一発の銃声、ならば二発目は10秒後、どこに居る?どこから撃つどうやってサチアは首相を庇ったのか。頭を空っぽにする、自分ならどこから首相を殺すかを考える、否、殺したかを考える。殺した後は誰を狙うかを考える。
この瞳で確実に未来の情景を思い浮かべる、邪魔なのはアイツだ、この警護隊の指揮を執るアイツ、アイツさえいなければここにいる警護隊も少しは崩れるだろう。
「視えた」ミライは息を大きく吐く、体内に残る空気を全て出すように、苦しいと感じる限界点まで、体に残る空気を吐き、己がもつスナイパーライフルのスコープを覗いた。
「よくもまぁ、そんな遠くから一発で確実に命中させる事、させる事」
トリガーに指を掛け、そのスコープを覗く瞳は確実に、対面に見えるスナイパーの撃ち抜く未来を視た、どれだけ離れていてもこの銃弾が届く距離ならば、きっと当たるだろう。
多分、恐らく、きっと。
「地平線に沈む距離からこんにちは、」
発射された弾丸は、風や重力、そして空気抵抗を受けながら標的に向かって一切の迷いも無く進んでいき、数秒後に怒る爆発と同時に着弾し、相手の体を貫いた筈だった。
4キロ先に居るOLの様な服装のスナイパーは全く意にも返さず、壊れたスナイパーをその場に捨て去り、後ろにある扉へ歩いて向かう。
「外した?」そんな馬鹿な事があってたまるか、確実に当たった筈だ、それなのに。考えるよりも先に腕が動いていた、ボルトハンドル引き次弾を装填し二発目を発射する。そしてやはり貫いたように見えた弾丸は、OLを思わせるスナイパーの歩く先にあった、ドアノブを破壊した。
OLの様なスナイパーが振り返る。その姿はどこか悲しげな表情をこちらに向ける、なんでお前がそんな表情をしているのかが、ミライには理解できなかった。そしてサチアに無線を繋ぐ。
「サチア……、サングラスをかけたOLは存在したよ」
『馬鹿な事言っていないで、状況を報告しなさい!』
「もう、なにがなんだか、わからねぇよ」
考える事を放棄したくなるほどの事が目の前で起きている、今までは考えられない完全に計画が練られた、完璧にこちらに防ぐ術がなかったテロ行為、沢山の人が負傷の痛みに泣き叫ぶ、沢山の人が身近な人、知らない人の死に狂い叫ぶ、沢山の死体が物言わずその場に停頓する。
何も考えたくない、何も聞きたくない、そんな中それを嘲笑うような声で、端末に、モニター、音源と映像を発信できる全てに、一つの映像が流れる。
『我らは、復讐者、この世界で受けた全ての痛みに復讐する者、名をアベンジャーズである』馬鹿にしているのかと、ふざけているのかと言いたくなる気持ちを抑えて、せめて少しでも状況を改善する為に今一度スナイパーを構えた。
必死に掃除してきた汚れは、いとも容易く新しい汚れによって浸食される。
こんな仕事でも、レニに為になるならばと頑張ってきたというのに、この世界は綺麗だったのだろうか?レニにとって、昨日までのこの世界は綺麗だっただろうか?
約二万字弱読んで頂きありがとうございました。分けようとも考えたのですが、変に分けて書いている時にズレができないように一話は一話としてまとめる事にしました。