呆れた女神は加護を外す
初めてテンプレを使って書いてみました。
テンプレ……? という状態になってしまっています。
テンプレを使って書くのって意外と難しかったです。
常に穏やかな日差しが降り注ぎ、優しい風が吹く常春の世界、神界。
そこで平和と博愛を司る虹色に輝く髪をした女神は、久しぶりに人界の様子を覗こうと神託の湖にやってきていた。
神々が人へと神託を与える際にこの湖は使用されており、こうして人界の様子を見ることも出来るようになっているのである。そして、女神が人界で自分を祀る神殿の様子を覗いた瞬間、思わず目が点になってしまっていた。
「え、なにこの状況? なんで私に選ばれたはずの聖女が頬を抑えて泣き崩れてるわけ?」
そう、湖面には歳の頃は十代後半の痩せた黒髪の少女が赤くなった頬を抑えて蹲り、その前には身なりの整った引き締まった体つきの、二十代後半と思われる美形の金髪の男が手を振りぬいた形で立っていたのだ。慌てて状況を知る為に女神は湖の音声出力のスイッチをオンにすると、男の声が聞こえてきた。
「聖女を騙るピザスビよ、貴様が偽の聖女であることはもう調べがついているのだ。今まで聖女の身分を騙り、真の聖女であるモトエを虐げていたことも明明白白。王家を騙し、神殿を騙し、そして神をも騙していたその罪は重たいぞ!本来なら万死に値するところだが、偽聖女であっても神に仕える者。国外追放で赦してやる、もちろん、私との婚約も破棄させて貰うからな」
「あーん、ニブマロ王子様、私、怖かった~ん」
そう言ってニブマロ王子と言われた男の腕に、胸と尻に無駄に肉のついた、やたらと露出高く改造されたシスター服を着たピンクブロンドの若い女がしなだれかかり、鼻にかかった甘い声を上げる。王子と呼ばれた男は腕に当たる柔らかな感触にでれっとした表情を浮かべ、鼻の下を伸ばしながら女の頭を撫でる。
「おお、よしよし、モトエ。今、この偽聖女の罪を暴いて国外へ追放してやるところだからな。そうすればお前が真の聖女となって、私の婚約者となれるのだ」
「や~ん、モトエ、嬉し~い、王子様、ありがと~さすがですぅ~すごーい」
「ふはははは、そうだろうそうだろう! 私は凄いだろう!」
ますます胸を腕に押し付けられた王子はニマニマとしながら、周りから向けられる白い目に気付くこともなく胸を反らしていき、危うく後ろに倒れそうになったのを女に支えられる。
この国では聖女を王族の伴侶とすることで、長年に渡り王国へ貢献してきた聖女への褒美――それが褒美として嬉しいかどうか、実のところ微妙ではあったりするが――としてきており、その為に聖女と王子との間で婚約が結ばれていたのだ。しかし、王子は平民出身で地味でスタイルも良くない聖女を嫌っており、本物の聖女を苛めた偽聖女という冤罪を掛けて断罪しているのである。
ちなみに、聖女は王族の伴侶とはなるものの、それはその立場を与えられるだけであり、いわば名ばかりの王族になる。これは聖女があらゆる立場――貴族であったり平民であったり――に現れる為にとられた措置で、王家の聖女の為の予算の範囲内で贅沢をして好きに暮らしていいという立場を得るということであった。王家にとっても民衆からの人気の高い聖女を身内に迎えることで支持を得るという目的があったので、余程のことがない限り婚約が破棄されるということはなかったのである、今までは。
今回は王子が聖女を嫌ったこと、神殿長も地味で真面目で優秀な扱いにくい聖女より、王子が選んだ頭の悪い扱いやすい聖女の方が良いため、今回の王子の計画した婚約破棄の茶番に乗り、舞台として神殿を提供したのである。ここならば神殿長の息のかかった人間以外を出入り禁止に出来る為、まともな貴族や王族に邪魔をされないで済むと言う計算ずくでの行動であった。
「え……何、これ? え、なんで私が選んだはずの聖女が偽者扱いされてるの? 私、きちんと神託を出したわよね、この子が聖女よって。神殿長はどうしたの? こんな暴挙を傍観してるって怠慢が過ぎるでしょう」
聞こえてきた会話に女神は目を丸くしてしまう。聖女が出現すると自動的に神託が下り、聖女の証である紋様――星の中央に瞳が炎柱になった目が描かれたサイン――も自動で身体に浮き上がるように設定しておいたのに、どうなっているのだろうかと首を傾げる。ちなみに聖女の出現を報せる神聖な神託や聖痕を、いちいちその度に自分がするのが面倒だから、という理由で自動で出来るようにしているのもどうかと思うと言う発想は女神にはなかったりする。
とにかく、このまま聖女が追放されて祈るのを辞めてしまうのは困る。彼女からの良質な祈りが日々の楽しみになっているのに、その祈りが途切れたら楽しみが減る。例えるならいつも楽しみにしていた三時のおやつがなくなってしまうようなものなのだ。なくても困ることはないが、なければ物足りない。それに、自分が全自動でとはいえ選んだ聖女が虐げられているのは、自分への冒涜であると憤慨する。
神殿長に神託を与えてやろうと探すものの、神殿長らしき者がおらず、目を皿のようにして探していると、にまにまと粘着質な視線を聖女に向け、いやらしい笑みを浮かべた、でっぷりと肥え太ったガマガエルのような禿頭の男が神殿長と呼ばれていることに気付く。
「うっそでしょ!? これが今の神殿長なの? 私の可愛い聖女がこんなに痩せ細っているのになんでこいつこんなにぶくぶく太ってるのよ。うわぁ、こんなのに神託出したくないけど、仕方ないわね……神殿長、神殿長、私の声が聞こえますか? 私は女神です。今、貴方の頭に直接神託を伝えています。神殿長、神殿長? あれ、聞こえてない? なんで? え、嘘でしょ? まさか信仰心が私の声が聞こえるレベルに達してないっていうの?」
神殿長、まさかの信仰心が足りず女神の声が聞こえない件。その事実に思わず女神はスンっと某チベットに住むスナギツネさんのような顔になってしまう。自分を祀る神殿の長が、まさか自分をまるで信仰していないなど誰が想うだろうか。少し力を使って来歴を調べれば、出るわ出るわの不正のオンパレード。裏で汚い組織や貴族、果ては王族とも繋がって教義を私的に解釈して利用し、私腹を肥やして身体も肥やしていたのだ。これでは自分への信仰心も敬虔さもないのも納得である、いや、納得したくはないのだけれど。他に自分の声が聞こえそうな信徒をその場から探そうとするものの、敬虔さは十分でも能力的に自分の神託を受けるとキャパシティオーバーで、頭が物理的に弾けてしまいそうなレベルしかいない。聖女は流石にそのようなことはなく、神託を受け入れられそうではあるものの、今の痩せ細った身体、衰えきった体力で神託を受ければ負荷に耐え切れず昏倒してしまいかねない。
「あぁ、もぉっ! なんで私を祀る神殿の総本山にこの程度のしかいないのよ。仕方ないわね、ここには私の神像があったはず。あれに一時的に私が降臨するしかないわ。割と力を使うからしたくなかったんだけど仕方ないわね」
茶番劇が繰り広げられているのが、神像の安置されている神殿の祈りの間で良かった。いや、神聖な祈りの場で何をやってるんだと思うものの女神は意識を集中させる。そして神像へと意識の焦点を合わせ、いざ降臨しようとした瞬間、神像にビシリと小さくひびが入ってしまい、このまま降臨すると神像が大爆発しかねないと女神は慌てて降臨を中断する。
「え、ちょ、どういうこと?私、太ったりしてないわよね。いや、太ったからって意識が入るんだから関係ないんだけど。もちろん、私は太ったりなんてしてないけどね? でも、なんで入れなかったのかしら、前はちゃんと入れたのに……え、ちょっと! ちょっとちょっと! 嘘でしょ? あの神像、凄い安物になってるじゃない! なんで? どうして……って、お前かぁ、神殿長!」
そう、以前は純白の大理石を使って作られた等身大の精巧で荘厳な威厳を纏っていた女神像が、純白ではあるものの随分と安い石で作られた像へと入れ替わっていたのである。慌てて来歴を調べてみると、神殿長が本来の女神像を好事家へと売り払い、その金を懐に入れて見た目だけは綺麗な安い石の像と入れ替えていたのである。
思わず怒りに任せて地面を拳で叩く女神の剣幕に、周りの木々にとまって鳴いていた小鳥たちが一斉にバサバサバサっと飛んで逃げてしまう。
「おのれぇ、私が選んだ聖女にいやらしい視線を向けるわ、教会を利用し私腹を肥やすわ、神殿を堕落させるだけでは飽き足らず、神聖な私の像を売り払うとは、ゆ゛る゛さ゛ん゛! とはいえ、直接的に神罰を下すとか出来ないのよね……あまりに直接的な介入は禁止されてるし、私、一応平和と博愛の女神がうりだからイメージってものがあるし。取り敢えず、聖女と彼女を大事に想っている人間以外への私の加護をオフにして、っと」
これで、聖女がいなくなることで遠からず女神の加護を失ったこの国と人間達は衰退するだろう。なにせ聖女の祈りと引き換えに加護を与えて、国と人の守りとしていたのだから。そのうち、今まで入って来なかった魔物が国内に入り込んできたり、流行らなかった疫病が流行ったり、作物が徐々に不作になっていくはずだ。もっとも、国と人が一生懸命頑張ればどうにかなるレベルであるので、滅びるまではいかない……はず。聖女にいちゃもんをつけて婚約破棄をするような王子がいる国が、一生懸命頑張れるかどうかは不明だが、それはもう知らんと女神は匙を投げる。
「それにしても、三百年も経つと人間っていろいろ忘れちゃうのねー、呆れちゃうわ。きちんと私を祀って、聖女を尊ばなければ加護を失うって神託しておいたのに。いやー久しぶりに確認して良かったわ。なんとなく気になったんだけど、虫の報せって奴かしら。神様が虫の報せっていうのもどうかと思うけど。あら、あの馬鹿ども本当に聖女を追放しちゃったわね。何が次の真の聖女よ、私、そんなのに加護なんて与えないわよ? 何よあの駄肉女」
王子にしなだれかかる女のある部分を見て、ぺたぺたと自分のその部分を撫でる女神。
女神のその部分はとても平坦でぺたんとしていた。
「べ、別に羨ましい訳じゃないんだからねっ? ああいう姿になろうと思ったらなれるけど、エネルギーを使うから省エネでこの格好をしてるんだし? そもそも神と人間では美的感覚が違うんだし……って、きゃぁっ!」
湖を見ながらぶつぶつ言っていて、ふと気配を感じて視線を上げると、たまたま近くを通りかかった小柄で茶色い髪をした幸運を司どる神と視線がばっちりとあってしまい、思わず悲鳴を上げてしまう。
そして幸運を司る神は腕を組み、そんな女神を見ながらうんうんと大きく頷く。
「うんうん、そうだよね。人間はやたら大きいのをありがたがるのもいるけど、僕はそう思わないし、君に賛成だよ」
「余計なお世話よ! って丁度良かったわ。あんた、この子に加護を与えてよ。私の可愛い聖女が追放されちゃったのよ」
「えー、君の加護を与えられた聖女を追放するって、そんな訳ないだろう……って、ほんとだ!?」
湖を覗けば、今まさに聖女が彼女を心から心配している一部の神官やシスターと一緒に粗末な馬車へと少ない荷物と一緒に乗せられ、目立たないように人目の少ない王都の裏門から追い出されているところだった。
「はぁ~、人間って馬鹿な真似をするもんだね。あの子を追放なんてしたら国がどうなるかとか分かってないのかな。ま、君の聖女ならいい子だろうし、僕の加護を上げても問題ないかな。でも、貸しだからね? 何かで返してよ?」
「分かってるわよ、だからとっとと加護をあげて頂戴。あの子、何だか凄く幸薄そうだから私の加護の及ばないところで何かありそうで怖いのよ」
「あっはっは、確かに君の聖女なのに追放されてる時点で幸は薄いだろうね? いや、愚かな王子から婚約破棄されて逃げられるんだから、ある意味幸運なのかな? ま、どっちでもいいけど……それじゃあ、金運、人運、健康運、ついでに水運と陸運の加護もおまけしてっと……ほい、出来た。あんまり強い加護じゃないけど、それは勘弁してよね。一人に強い加護を与えすぎるとバランスが崩れるから」
強い加護を一人に与えすぎると世界のバランスが崩れてしまうので、魔王が出た等、非常事態にでもならない限りは与えることが出来ないのである。それは女神も納得しているので文句は言わず、街道を走る馬車を暫く見守り、無事に隣国の町へ入るのを確認してから湖の機能を停止して映像を見るのをやめる。
「ん、もういいの?」
「ええ、あんまり見てるとついつい手を出しちゃいそうだし、これくらいで丁度いいでしょ」
「ま、君がいいならそれでいいんだけど。それじゃあ、早速貸しを返して貰おうかな? 料理の神が新しい料理のお店を出したから、それに付き合って欲しいんだけど」
「貴方の奢りならいいわよ?」
「え~、そこは君が奢ってよ」
「私みたいに美しい女神と食事が取れるんだから、おつりがくるくらいでしょ……」
「まぁ、そこは否定しないけどさ……」
わいわいと二人の神が湖を離れていくと、そこは元の静けさを取り戻す。
そして女神の剣幕に逃げていた小鳥たちが舞い戻って湖面の近くに降り立ち、チュンチュンと鳴きながら地面をつんつんとつつくと、ふわりと湖面が淡い光を放ってその後の王国の様子が映し出され始めた。
王子は勝手に聖女との婚約を破棄し、そのうえ国外追放をしたとして王位継承権を剥奪の上、王族を幽閉する塔に隔離され、数か月後に病を患い死亡。
王子を誑かした偽聖女は王家を謀ったとして国家反逆罪が適用され、公開処刑。
私腹を肥やしていた神殿長は、運悪く、犯罪の証拠を発見されてしまい地位を剥奪のうえ放逐。その後の彼の姿を見た者は誰もいないというが、一説には裏社会の秘密を知っていることを取引材料にしようとし、裏社会の住人に始末されたとも言われている。
その後、王国は魔物の侵入、疫病の流行、農作物の不作、と次々と試練に見舞われたものの、隣国からの援助もあり、被害は最小限に食い止められたという。
そして隣国からの援助物資を運んできた集団の中に、かつての聖女にどこか似た、黒髪のふくよかな女性が伴侶である神官と共に奉仕活動に勤しんでいたと言われているが、それが真実かどうかは定かではない。