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第三十四話 恋心

 強引に二人きりにさせられてしまった私は、ジーク様とご一緒にお花畑の中を散策し始めました。


 こうして実際にバラに囲まれて歩いていると、なんだかウキウキしてしまうというか、心が弾んでしまうというか……上手く言語化できませんが、凄く良い気分になります。


「全く、兄上は強引なのだから……」

「あはは……私もクリス様の意図はわかりませんけど、きっと何かお考えがあったのでしょう。だから、あまり怒らないであげてください」

「……シエルがそう言うなら。全く、お前の優しさは、時々不安になる」

「そ、そうですか?」

「ああ。だが、それほど優しくなければ、聖女として過酷な旅は耐えられないか……」


 そう仰りながら、ジーク様は私の頭に手を乗せて、優しく撫でました。


 どうしてそう思ってくださったのかはわかりませんが、こうして褒められた経験はあまり無いので、とても嬉しくて、胸に染みます。


「お前は……まるでバラだな。聖女の力やお前の優しさという大輪の花で、民を魅了する一方、花を咲かせるために……努力という名の棘で、自分を傷つけているのに気づいていない」

「私はこんな綺麗なバラの足元にも及びませんよ?」

「そんな事は無い。俺はお前をとても美しいと思っている。それは外見だけじゃなく、内面も伴わっているからそう思っている」

「……ふぇっ!?」


 な、なな、何を急に言い出すんですかジーク様は!? 私が美しいだなんて……そんな嬉しい……じゃなくて! そんな言葉、世界一私に似合わないのに!


 ああもう、胸がバクバクしすぎて爆発しそう! 顔どころか全身が熱くなりすぎて、汗が止まりません! もし汗のせいで臭ってたらどうしましょう!?


「俺の率直な意見だ。そんなシエルが無理して倒れたら……俺は悲しい。だから……自分を大切にしろ。そして、俺とずっと一緒にいろ」

「っ……!!」


 真っ直ぐと……まるで私以外何も見えてないかのような姿のジーク様に、私は口元を抑えながら、何度も頷きました。


 ああ、そうか……そういう事だったんですね。前々からずっと心の片隅で不思議に思っていた事が、ようやくわかりました。


 私が全てを失った後、ジーク様の事を思い出してベルモンド家にやって来ましたが、あの時……様々な所を周った私が、どうしてジーク様の事をすぐに思い出したのか、ずっと不思議に思っていました。


 もちろん、ジーク様が困った時には頼れって言ってくださったのもありますが、それでも覚えていたのが不思議でした。


 その理由がわかったんです。この不思議な胸のドキドキと高揚感、彼と一緒にいたいと思い……ずっと触れていたいと思うこの気持ち。


 私は……ずっと昔に、この方に好意を持っていたんですね。そして、彼と再会して過ごした時間の中で、好意は恋へと変わったのでしょう。


「どうかしたのか?」

「あ、いえ! なんでもないです!」

「……そうか。調子が悪いようなら、早めに言え」


 無表情で、でも優しい声色で私の心配をしながら、そっと手を差し伸べてくれました。


 私と一緒に行動する時、いつも差し伸べられたこの手。今までは少しドキドキはしましたけど、自分の気持ちに気づいた今……ちょっと触れるだけでも恥ずかしいです。


「……やっぱりなにかあったのか? さっきから様子が変だが……」

「本当に大丈夫です! さあ、行きましょう!」

「ああ……って、何をしている?」

「え? あ、えと……その……!」


 緊張と、急がなきゃジーク様に申し訳ないという気持ちのせいで焦ってしまった私は、無意識のうちにジーク様の腕に抱きついていました。


 何をしているの私!? こんな事を急にされたら、絶対ご迷惑に決まってます! 早く謝らなきゃ……あ、あう……頭が全然回りません……!


「……周りに誰かいる時にはするなよ」

「じ、ジーク様?」

「行くぞ」

「は、はいっ……」


 てっきり怒られたり、引き剥がされたりすると思っていましたが、何故か受け入れられた私は、そのままジーク様とバラのお花畑のお散歩を楽しむ事になってしまいました……。


 これ、絶対に今日どころか、しばらくは思い出して悶える日々を過ごす事になります! これでは勉強に手がつきません!



 ****



■クリス視点■


「おや、ずいぶんと良い雰囲気になっているじゃないか」


 やや強引にシエルとジークを二人きりにした私は、目の前にいくつかの書類を広げながら、遠視の魔法を使って二人の様子を伺っていた。


 弟の初めての、それも何年も拗らせた初恋が、ようやく前進しかけているというんだ。そのサポートをしないで、何が兄だ。笑ってしまうよ。


「クリス様、書類のご確認は宜しいのですか?」

「ああ。もう少し見届けたら始めるよ。とは言っても、内容をざっと見てサインをするだけだから、心配はいらない」

「左様でしたか。余計な口を挟んでしまい、申し訳ございません」

「なに、気にするな……と言いたいが……ではお詫びとして、私に新しい紅茶を淹れてくれ」

「かしこまりました」


 御者を務める彼は、私の要望に応えて最高の紅茶を準備してくれた。彼の淹れる紅茶はとても深みがあって、いくら飲んでも飽きない、最高の一杯だ。


「それにしても、お二人を行かせてよかったのですか? ジーク坊ちゃまはとてもクールなお方……変な誤解をされないか、心配でたまりません」

「あはは、あなたは僕らが子供の時から見ていてくれてるから、よく知っているね。でも大丈夫。ジークはシエルと再会してから、少し変わったよ」

「変わった? 言われてみれば、少しだけ丸くなったような……?」

「そうだね。なんていうか、棘が無くなったというか、穏やかになったというか……ジークは見た目や剣技のおかげで、ジェニエス学園でもてはやされていたが、近づくとあの性格のきつさで周りを傷つけ、寄せ付けなかった。まるで……バラみたいな男だった」


 そよそよと穏やかな風が、私の頬をくすぐるのを感じながら、私は紅茶を一口飲み、ふぅと一息入れてから、更に言葉を続ける。


「だが、シエルと再会してから、その棘を感じる事が少なくなったんだ。私から見てもあまり変化は感じられないから、無関係の人間には全くわからないかもしれないけどね」

「なるほど。あなた方の母上様を救い、領地の民を救い、ジーク坊ちゃまが変わるキッカケをくれた……シエル様は本当に聖女ですね」

「全くだ。あのような素晴らしい人間に出会えた事、神に感謝しなければね」


 さてと、このままのんびり話をするのも一興だけど……少しは仕事をしてないと、帰ってきた二人に怪しまれてしまう。早く仕事をしようじゃないか。


「えっと、この書類はっと……」


 書類のサイン欄には、既に一名のサインが書いてあった。アンドレのものだ。


 ……この交流祭、アンドレは必ずシエルか我々に接触してくるだろう。そう、このアンドレ側の学園から出された、今年の交流祭の目玉――武闘大会で。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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