第二十三話 弟の可愛い一面
翌日のお昼。私はジーク様と一緒に、食堂の外にあるテラスに座って、一緒に昼食の準備をしていました。
食堂の中もテラスも、沢山の生徒で賑わっていますし、綺麗でとても良い所なのですが、何故か私達をジロジロ見てくる方もいるせいで、あまり気が休まりません。
「兄上はこの後来るはずだ。事前に食堂に来る旨も伝えてある」
「そ、それはよかったです……はい」
「……どうした? ソワソワして」
「その、なんか見られてる気がして……」
私達を見ていた方達と目が合うと、そそくさと何処かへ去っていくか、すぐに目を逸らされてしまいます。極稀に、私を親の敵のように睨んで来る方もいらっしゃいますが……。
「良くも悪くも、俺や兄上はジェニエス学園で有名だ。中には昨日の連中のように、俺達に一方的で歪んだ感情を持っている奴らが一定数いる。そこに、シエルが突然介入して来たら……面白くはないだろうな。忌々しい転入生と思っているだろう」
「…………」
「それに、シエルが元聖女という話も広まってきているようだ。それも合わさって、注目されているのだろう」
ジーク様の説明を聞いてたら、私の脳裏に一つの嫌な考えが浮かんでしまいました。
もしかして、私が一緒にいるとジーク様とクリス様にご迷惑がかかるのではないか――
もしそうだとしたら、恩返しのつもりが、ご迷惑になってしまいます。それで私が責められるのは構わないのですが、お二人に嫌な思いはしてほしくない……。
「……私はジーク様やクリス様と……一緒にいていいのかな……あ、申し訳ありません! 今のはその……!」
「俺は……良い。他人なんかどうでもいいからな。俺は家族や屋敷の人間、領地の民、そしてシエルがいればいい」
「そ、即答ですね……」
「当然だ。俺の素直な気持ちだからな」
特に着飾って言うわけでもなく、いつもの様に紅茶を静かに飲みながら言うジーク様。いつもと変わらない姿のはずなのに、とても励まされているように感じるのは……私の心が弱っていたからでしょうか。
「見たい奴には見せておけばいい。悪く思いたい奴には思わせておけばいい。お前は堂々と、ジェニエス学園の一生徒として胸を張れ。もしなにかあったら……俺が必ず守る」
「ジーク様……」
「やれやれ、そこは俺達……にしてほしいんだけどね」
えっ? と半分声になっていない声を漏らしながら振り返ると、そこにはにこやかに笑うクリス様の姿がありました。
その甘いマスクは周りの女子生徒の一部を虜にしていたのか、黄色い声が聞こえてきます。
「兄上? 随分と早かったな」
「昨日はシエルとジークに色々あったというのに、不覚にも仕事に追われて助けられなかったからね。今日は即座に片づけたのさ」
「なるほど。テラスにいたのに、見つけるのが早かったのは……」
「お察しの通り、魔力を辿ってきたのさ。シエルの魔力は特徴的だから、すぐにわかるよ。ところで……シエルの元気が無いようだが」
「……ああ、実は……」
せっかくクリス様が来てくださったのに、さっきの気持ちを引きずったままのせいで、暗い表情のままの私の代わりに、ジーク様が説明してくれました。
すると、クリス様は私の手を優しく取りながら、その小さな唇を開きました。
「君の事だから、私やジークといたら迷惑になってしまうかもしれない……それでは恩返しが出来ない……そんなところだろう?」
「え、どうしてわかるんですか……!?」
「君の愛らしい顔に書いてあるからね」
あ、愛らしいだなんて……私みたいな女にはもったいないお言葉ですよ……。
「おい兄上、無暗にそのような言葉をだな……」
「ならお前も言えばいいじゃないか」
「はぁ!?」
バン! と机を叩きながら、勢いよく立ち上がるジーク様。その頬は、熟れたリンゴのように赤く染まっていました。
急に大きな音をたてるから、ビックリして体がビクンってなっちゃいました……。
「あ、ああ、あー……くそっ!!」
「ジーク様!?」
ジーク様は珍しく声を荒げると、飲んでいた紅茶を一気飲みしてしまいました。そして、そのまま紅茶のお代わりを取りに席を立ちました。
あんなに急いでるなんて、よほど紅茶のおかわりが欲しかったのでしょうか?
「ふっ……ふふっ……うちの弟にも可愛い一面もあるものだ。無意識なら大胆な事もできるのに、意識するだけであんなに変わるとはね」
「あんまりからかうのはよくないですよ?」
「からかってはないさ。手伝ったつもりだったんだが……相変わらず変な所で勇気が出ない、変な弟だ」
「…………?」
おかしそうに笑うクリス様の意図が理解できずに、私は首を傾げる事しか出来ませんでした。
からかっていないのは良かったですが、手伝うというのはどういう事なのでしょう? 愛らしいとジーク様に言わせる事が、どう手伝うに繋がるのでしょう……駄目ですね、考えても全然わかりません!
「ところでシエル。二日ほどこうして通っているわけだが、感想はあるかい?」
「すごく楽しいです! 勉強して、色んな人に話しかけてもらえて、ジーク様やクリス様とこうして昼食を取って……非の打ち所がないです! たまに変な人が絡んできますが……」
「まあ君や私達の立場上、そういう輩は避けられないかもしれないね」
クリス様は周りに人達を牽制するように、少し大きめの声で言いながら、私達を見ていた方達に手を振りました。すると、サッと視線を外す方や、嬉しそうにキャーキャー言う方だったり、様々な反応が返ってきました。
クリス様って、こういう一挙一動がとても洗礼されているんですよね。ジーク様も無駄が一切ありませんが、これに関してはクリス様の方が凄い気がします。
「とはいえ、私やジークが守るから、何も気にする必要は無い」
「……そ、そんな……それでは……」
――恩返しにならない。二人に余計な負担を増やしてしまう。そう言おうとした矢先、クリス様は私の唇にそっと指を当てて、私の弱音を止めました。
「君が私達に恩義を感じ、その恩を返したいのは知っている。しかし、それは私達も同じなんだよ。世界に一人しかいない母上を救ってもらった大恩を返したいのさ」
「…………」
「恩を重荷にしてはいけないよ。父上やジークが同じ様な事を言っていただろう?」
「……そうだ、あの時……新しい生活を楽しんで……それで、小さな事からコツコツと恩返しするって……」
「とても良いじゃないか」
そうでした……私、何を迷っていたのでしょう。あの時決めた事なのに、昨日の一件で弱気になって……こんなんじゃ、ベルモンド家の方々やお母さんに心配をかけてしまいますよね。
「私、前向きに頑張ります! 学園生活を楽しみながら、コツコツ恩返しをします!」
私に出来る事なんて、たかが知れてるでしょう。だからといって、じゃあやらなくていいですよね? とはなりません! しっかりと楽しんで、恩返しもします!
「おや、やっと戻ってきたか」
「……想像以上に混んでた……人込みは苦手だ……はぁ」
「お疲れ様です。顔に汗が……今拭くもの出しますね」
「こんなの、放っておけば乾くから問題ない」
「あります! もう、私がやりますからこっち向いて!」
顔から流れ落ちる汗の事など気にせずに椅子に座ってしまったジーク様。そのお顔を私はハンカチで拭いてあげました。
ちょっと抵抗されましたけど……これでよし! 汗は全て拭きとれました!
「さて、揃ったところで、昨日の生徒会会議の話をしたい。聖女が転入したという話がかなり出回っているようでね。悪用する輩も昨日のようにいるかもしれないから、十分注意するようにしよう」
「問題ない。なにが来ても……全て斬るだけだ」
「少しは穏便にしようとは思わないのか……」
「無いな。シエルに悪意をもって接触する奴は、全員敵だ」
とても心強いですが、同時に少し恐ろしくもあります。昨日のあの戦い……ジーク様の目が、凄く怖かったんです。守られていて大丈夫なのは分かってますが、一歩間違えれば……そんな嫌な感じが拭えません。
「あの、クリス会長。お話中すみません……ちょっとよろしいですか?」
「ああ、どうかしたのかい?」
「今度の交流祭の書類に関してなんですが、ここにサインをして貰いたくて」
三人で話しているところに、一人の女生徒が、一枚の書類を持ってやって来ました。彼女は生徒会員なのか、別の人なのかはわかりませんが、笑顔がとても素敵です。
……そんな事を思っていると、少し強めの風が吹いてきました。その風のいたずらに巻き込まれた書類は、フワフワと宙を舞い、私の近くに落ちました。
「あっ……!」
「はい、どうぞ――え?」
風で飛んでしまった書類を拾った際に、サインを書く所に目が入りました。ジェニエス学園の学園長と生徒会長、そしてお相手の学校の学園長と生徒会長の、計四名の名前を書くようです。
問題は、相手の学校の生徒会長の名前でした。そこにあった名前は……。
「アンドレ・プロスペリテ……!?」
そう……私の元婚約者であり、巡礼に行かせ、お母さんとの幸せを奪った元凶の名前でした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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