新しい家
父親が購入した家は、なんというか大きかった。
作りこそ古さを感じさせるものの、中学生の僕が両手をまわしてみても指先さえ触れることのかなわない鼈甲色の太い木の柱が自宅の真ん中に鎮座しており、それにも負けないくらいの大きな梁と柱が家自体を構築していた。
都会の薄壁二部屋アパートに住んでいた僕にとってはまるで巨人の家にでも迷い込んだ不思議の国のヒロインの気分だった。
天井は隅が窺えないほど高く、夜に至っては部屋の灯りが届かない場所さえある。もし忍者が天井に張り付いていたとしても気付くことが容易ではないと思えた。さらに驚いたのは、都会であれほど苦しめられた暑さをほとんど感じないことだった。
エアコンがない古い造りだとは聞いていたから、後でとりつけるようにとアパートから持ってきたものの、この環境であるならどうにも出番はなさそうだ。
小さな扇風機がひとつあるだけで、家中の、それこそ隅々にまで風が循環するような不思議な感じがあった。
この家のそこかしこから風が通っていく気配がするし、転がって遊べるほど広い畳の部屋に至っては畳の表面自体が心地よく冷たい。
まだ青さの残る畳の香りさえ涼をはこんでくるようだった。
庭にいたっては(そもそも以前住んでいた環境からして、庭を持つ家にいるという自覚がまだなかったのだけれど)ちょっとしたスポーツならできそうな広さだ。手入れさえちゃんとしたなら畑のスペースだってもっと広げることができそうだ。
父親はすっかり家庭菜園をする気らしく、朝食もそこそこに抱えられる手持ち農具のほとんどを携えて庭へと出ていった。僕と妹はといえば、明日からすでに手続きだけは終わらせている学校へ転入する予定だったから、今日一日はとりあえずゆっくり気持ちと荷物を整理できる日だった。
妹はこの広い家と自然あふれた環境がだいぶん気に入ったのだろう、父同様外へ出たきり何処へ行ってしまったのか姿がない。
遠くになど行っていなければいいな、と、そんな考えも頭の隅を寄切りもしたが、僕自身まだ新しい環境に馴染めていないのだろう、探しにいかなければという感情は湧いてこなかった。
僕は大きく息を吸って、畳の部屋を占領するかのように大の字に寝転がった。広すぎるうえに家財道具の荷をまだ完全に解いていないせいもあって「僕の部屋」としてもらった二階のこの部屋はやたらと広く感じた。不意に今まで考えまいと思ってきた前の学校での出来事がよみがえる。こういうことはいつも大抵突然だ。心に余裕が生まれた瞬間、必ず突然、とても横柄に現れる。心が平静を覚えた途端まるで狙いすましたかのように顔を出す。そして大概幸福な気持ちを踏み荒らすのだ。こういう経験は前にいた街で嫌になるほど経験したから、今更怯えることも動揺することもなかったが、この村に来て初めてのことだったこともあって、多少なり心が揺らされた。環境の変化が良い方向に激変したとしても過去は決して忘れることを許さず追随してくる……そう改めて確認させられた気分だった。
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