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優太は突然現れた親友を目の前に動けなくなっていた。嬉しさと寂しさ、悔しさや懐かしさ、そして、感謝と謝罪、優太の脳裏に様々な感情と言葉がよぎった。
しかし、ついさっき暁人が言ったことを思い出し、優太は慌てて立ち上がった。
「あ、あの……私、優太の妹で……」
「あいつに妹っていたっけ?」
暁人は明らかに不審者を見る目で見ていた。
「いや、えっと……」
優太は思わず目をそらした。もともと暁人は、簡単に人を信用しない性格だったことを思い出す。
優太が返事に窮していると、暁人はゆっくりと首を振った。
「いや、悪い。失礼なことを言ったな」
「あ、いえ……」
「確かに、話し方とか仕草とか、あいつにそっくりだ」そう言って暁人は笑った。「俺は鐘鳴。お兄さんとは……まぁ、仕事仲間みたいなもんかな」
「あ、えっと……。そうなんですね」
優太はどう返事をしていいか分からないまま頭を下げた。その様子を見ていた暁人が気まずそうに頭を掻く。
「一応お兄さんの……というか君もか、親父さんに部屋を片付けてくれって言われて来たんだけど。機械のことは分からないってさ」
「あぁ、そうなんですね」
「君は?」
「私? 私は……その、私も、お父さんから、えっと、お兄ちゃんの友達がくるから手が空いてたら手伝えって……」
「ああ、そうだったんだ」
暁人は部屋を見回し、ため息をついた。改めて暁人の顔を見てみると、目の下にくまができており、憔悴しきっている様子だった。
「あの、暁人さん」
暁人は驚いた様子で優太を見た。
「あれ? 俺の名前、知ってるんだ」
「あっと……、そうですね。一応兄から話を聞いたことがあって」
「そっか」暁人は頷いた。「それで、なに?」
「いえ、その……なんだか疲れているみたいなので、掃除は私がやりますよ」
「いや、機材もあるし、そういうわけにはいかないよ」
「私、何度かここに遊びに来てるので大丈夫ですよ」
暁人は少し迷ったあと、気が抜けたようにふっと笑った。
「じゃあ、今日だけはお願いしていいかな」
「もちろん。父には私から連絡しておきます」
暁人はおぼつかない足取りのまま、優太の部屋から去っていた。
『あの人、なんか、すごいやつれてたね』奏恵は心配そうにつぶやいた。
「そのおかげで、怪しまれなかったのかも」
『確かに……普通に考えたら、おかしかったもんね。この状況』
笑う奏恵をよそに、優太はゆっくりと椅子にもたれかかった。
『……優太?』
「すげぇ、悲しんでた。あいつ」
先ほどの暁人と同じように、優太はふっと笑った。
「ああ、俺、なにやってんだろうな。こんなところで」
優太はパソコンのモニターを見つめ、急かされるようにヘッドホンをつけた。
「俺の、音楽……」
楽曲を再生してすぐ、優太はヘッドホンを外す。
「くそ、ゆるいな……。なんで――」
そして優太は、ヘッドホンのバンドに手を掛けたところで動かなくなった。
しばらく様子を見ていた奏恵が慎重に口を開く。
『……どしたの?』
「いや……」優太は自分の髪を触った。「俺、違うんだよな。俺は今、奏恵ちゃんなんだもんな」
『それが、なに?』
「俺の音楽は、もう、新しく作られることはないんだって、改めてそう思って……」
二人の間にある沈黙を埋めるように、遠くから夕方のチャイムが聞こえた。
「奏恵ちゃん」
優太はパソコンの電源を落とした。
『なに?』
「コンペの楽曲、完成させよう」優太はゆっくりと深呼吸をした。「いや、絶対に通そう。そうすればきっと、証明できる」
『証明……?』
「俺がいるっていう、証明」
優太は消えたモニター越しに奏恵の姿を見る。奏恵はその瞳の奥に、優太の存在を強く感じた。