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一見、悪徳なハニートラップに見えてただ気を引きたいだけの幼馴染

作者: マクセ

 

 コンコン、とノックの音がする。

 窓から。


 俺はその音の主には目もくれず、机に向かって勉強を進める。


「ちょーっ、入れろし! なんで無視するわけー?」


 ガラス越しにくぐもった声。

 幼馴染の生寺谷(いくじや)美琴(みこと)は、今日もその下品な口調のままだった。


「あーしみたいな美女、いつまで待たせる気だよー!」

「……カギは開いてるぞ」


 一応そう助言してやると、解放された窓から美琴が侵入してきた。

 隣家のベランダ越しに行き来可能なこの間取りには、いつも辟易させられる。



 美琴が入ってくると、一瞬で部屋の匂いが変わる。

 おそらく香水でも付けているのだろう。

 どうせ高めのやつだ。


 俺は回転椅子を180度ぐるりと回転させ、彼女に向き直る。


 派手派手とした金髪に、白くハリツヤのある肌。

 今が夏前だということを考慮しても、薄着が過ぎる私服の露出度。

 耳には何個かピアスが付いており、体に穴を開けたことのない俺からするとひどく痛々しく思える。

 


 ……ギャルめ。



「何しにきた?」

「いや別になんもー。ただ暇だったからさー、ちょっと構ってちょ?」


「悪いがそんな暇はない。夏期講習に向けて勉強中だ」

「はぁー? 夏期講習って勉強合宿のことっしょ? 勉強に向けて勉強って、ガリ勉すぎて笑えんて」


 ふん。

 ガリ勉でも駅弁でもなんでもいいさ。

 俺はお前と違って、真面目なんだ。


 ただ家が隣で、一緒に育ち、小中高と同じ学校に通っているだけのお前に、俺の勉強プランを崩す権利はない。


「ヤンキーの相手などしてられるか。別に居ても構わんが、俺の邪魔だけはするなよ。いいか、絶対だぞ」


「はいはーい……マジ陰キャくんきっついわ〜。せっかく愛しの幼馴染があそぼーって言ってあげてるのにもったいな〜」


「何か言ったか」

「いんや何も〜。あ、そうだ! 暇だからエロ本探しでもしよ!」


 ふん、エロ本など今日日誰も持っちゃいないさ。

 時代はIT……エロフォルダは机の中のノーパソに保存してある。

 エロ本探しなどしても無意味だぞ、美琴。


「なに〜? この漫画〜」


 やたら浮ついた声音でそう言う美琴。


 見ると、彼女の手に握られていたのは、少年ハイジャンプで連載中の『卑しかトランペッター』の単行本だった。


 それは断じてエロ本ではないが、いわゆるお色気枠というやつで、肌の露出が極めて多い作品である。


「そ、それは……っ! 返せっ!」

「はー、ほんとオタッキーだね優馬(ゆうま)は……そんなんじゃ一生モテないままだよ〜?」


「ふん、そんなのはどうだっていい! 俺には二次元さえあればそれでいいからな!」

「うわっ……きしょっ。今ドキそういうオタクくん、そうそういないんじゃない?」


 どうやらドン引かれているようだが、俺には関係ない。

 俺は一生童貞でも構わないと思っているからだ。

 現実世界のわがままな女と戯れるくらいなら、理想の美少女が揃い踏みの二次元で幸せを掴む。


 それが俺、灰沢(はいざわ)優馬(ゆうま)の生き方である。



「ふーん、ナニコレ? 男の子が女の子になっちゃってるじゃん? オタクの世界って全然イミフなんですけど」



 美琴はペラペラと『卑トラ』を眺め、そうものぐさな感想を言ってみせる。

 俺はバッと単行本を取り上げる。


「勝手に読むな。お前みたいなギャルは黙ってカラオケにでも行っていればいいだろう」

「黙ってたら歌えんしょ」


「そういうのは揚げ足というんだ……さあ、俺は勉強の途中なんだ。さっさと帰れ」

「えー? でもさ、せっかく部屋まで来たんだから、なんかして遊ばね?」

「そんな時間は」


 そう言おうと思った矢先、彼女に強く手を引かれる。

 勢いのまま、ボフッと音を立ててベッドに軟着陸する。

 体勢は、美琴が下で、俺が上だ。


「何をっ……」

「……てかさー、そんなにエロいの好きなら、リアルですればよくね?」


 彼女は露骨に服をはだけさせると、挑発的な目つきでそう言った。


「優馬、このままだと一生童貞っしょ? あーしなら……全然いいよ?」

「くっ……!」


 始まった。

 また、始まってしまった。

 こいつの悪い癖だ。


 美琴はビッチである。

 こうやって、童貞オタクである俺を誘惑し、一線を越えさせようとしてくるのだ。


 それに何のメリットがあるのかは分からない。


 童貞をからかって遊ぶのが好きなだけかもしれないし、バックに怖い彼氏がいて手を出した瞬間金銭を要求してくる美人局かもしれない。


 だが、何かしらのハニートラップであることは確かなのだ。


 それ以外で、美琴が俺を誘惑する理由がないのだから。


 俺は素早くベッドから離脱し、再び回転椅子に座ると足を組んで言った。


「……ふんっ! 残念だったなこのビッチ! お前のような三次元とまぐわうくらいなら、俺は死を選ぶぞ!」

「はぁ? ナニソレ、必死すぎてウケる」


「とにかく、俺はお前なんかの安いハニトラには引っかからんからな! いいな!」

「はいはい……いつまでその威勢がもつかにゃー? どーてーの優馬きゅーん」



 そんな煽り台詞を言い残し、美琴は窓から帰っていった。


 なんなんだあいつ。結局俺を煽りに来ただけか?

 色欲に生きるのはいいが、他人の勉強の邪魔だけはしないでもらいたいものだ。

 俺には今度の定期試験で学年5番以内に入るという目標があるのだから。


 俺はマジメに生きる。

 たとえ恋人など出来なくとも、立派でマジメに生きられれば問題はないはずだ。



 ……昔は、あいつも俺と同じくマジメな優等生だったのだがな。



 現在の美琴は、ブロンズピアスの絵に描いたようなギャルっ子だが、それは高校に入ってからのイメージチェンジによるものである。


 それまでの美琴は黒髪ロングで、佇まいも物静かな優等生だった。

 性格も控えめで、今のように砕けた口調など絶対にしなかった。


 それが今では、アレである。



 美琴には彼氏がいるとの噂も多々聞くし、それが4人目とも5人目とも聞く。

 夜遊びをしているだとか、援助交際をているだとか、そういう闇の噂が流れてきたこともある。



 時の流れは残酷なものだ。

 見かけ的にも精神的にも、全くの別人と言って差し支えない。



 まあ、ひとつ変わらないところはあるとすれば、その可愛らしさくらいだろうか。

 さっき、美琴の顔が至近距離にあったが、お人形さんみたいにかわいいとはあれのことだ。

 それに、胸も大きくなって……。


「……ってそんなことを考えても仕方ないだろう! さっさと勉強しろ! 俺!」


 そんなやかましい独り言で精神を保ちながら、俺はマジメに勉強に励むことにした。



◆◇◆



 ベランダからベランダに乗り移り、私は自分の部屋に帰る。

 ところどころささくれている部分があるので、手足を傷付けないように注意しながら、慎重に。


 部屋に戻り、遮音効果の高い厚窓をぴしゃりと閉めると、「……ぷはぁ〜っっっ!」と大きく息を吐いた。




 ……や、やっちゃった……っ!

 また私、暴走しちゃった……!

 優馬に引かれたっ……絶対……!




 そばに転がっていたペットのにゃーちゃんを抱きしめ、自分がさっき行った痴女行為を思い返し、ごろごろと床に転がる。



 ああ〜っっっ!

 もう、何やってんの私!!!

 ばかばかばか! あれじゃただの色情魔じゃん!!!

 あんなんじゃなく、もっと自然にボディタッチとか、そういうことできないわけ〜!? 私のバカー!!!



 最初に言っておくと、私はギャルでもビッチでもない。

 ギャルに擬態しているだけの、ただの恋愛ベタである。



 きっかけはひとつのゲームだった。



『優馬くん、それ、なに?』

『ああ、これか? ふふっ、これは「アイドル・ザ・スター」というゲームでな……自分好みのアイドルを育成できる素晴らしいゲームなのだ!!!』



 中学生の時、優馬がハマっていたゲーム……それはアイドルをプロデュースする類のものだ。



『へえー、すごいね。この子が優馬の育ててるキャラ?』


 

 画面の中にいるのは、金髪で派手な格好をした少女だった。

 名前は呉島(くれしま)エリカとある。

 胸が半分見えたような過激な格好をしており、セリフもまた、それに見合った過激なものだった。



『ああ』

『ゆ、優馬は派手な女の子が好きなんだっけ? ちょっと意外、かも……』


『今までは黒髪清楚以外受け付けない身体だったんだが、エリカは別だ。ケコーンしたい、切実に』

『は、はあ……そうなんだ』



 優馬はその頃からどっぷりとオタクだったので、やれ推しだやれ俺の嫁だと言っては、取っ替え引っ替えいろいろなキャラと結婚していた。


 でも、そのギャルキャラには結構な長い期間ゾッコン気味で、タペストリーやフィギュアを部屋に飾ったりして……。



 我ながらおかしいとは思うのだが、ゲームのキャラに嫉妬していた。

 私は優馬のことが好きだったし、オタク趣味にも理解があるけど、たとえゲームでもひとりの女に無我夢中な優馬を見るのがイヤだった。



 そして、変わる決意をした。


 優馬がギャル好きになったのなら、私が変わればいい。

 それに、いつまでもこんな暗い私のままじゃ、きっと優馬も私のことを女としては見てくれないんだろう。



 高い美容院を予約し、痛いのを我慢して耳にピアスを開け……毎日化粧の勉強をし、効果的な着崩し方を覚え。


 そして、高校に入学してから3ヶ月ほどで、私は完全なるギャルへと変貌を果たすことに成功したのだ!



 ……見た目だけ。



 に、人間中身まで変わることはできないからね?


 あくまで、私の中身はあの頃の暗い陰キャのままで、拙い知識でもってギャルのエミュレートをしているだけである。


 一応ギャル仲間(私は偽だけど)的な方々も出来たのだが、本職の方には初っ端からバレたので、今は開き直って偽ギャルというジャンルで仲良くさせてもらっている。


 ……はあ〜、それにしても、せっかく優馬の好きなギャルキャラに擬態したはずなのに、なんだかあまりいいイメージを持たれてない気がするな。


 私の作戦としては、もっと自然にギャルらしく距離を詰めて、ボディタッチなんかもしちゃったりなんかして……そしてそのまま……的な!?


 べべべ、別に全然エッチな意味じゃないよ!?

 その、いい雰囲気になったらあっちから告白してくれるかもしれないでしょ!?



 そういうのを望んでるわけで!

 でも一応準備はしてるわけで!

 万が一、そういう時のために毎日気合入れた下着も履いてるわけで!



 それで、口下手すぎて、自分から告白とかは無理だから、こんな形でしか好意を伝えられないわけで。


 ごろんとベッドに横になる。



「早く、気付いてよ……バカ優馬……」



 そんなヒロインめいたセリフとともに、私はにゃーちゃんをぎゅーっと抱きしめて、少しお昼寝でもすることにした。


 どうか、夢の中ではもっと素直になれますように。

 

 不器用な私たちのラブストーリーには、きっと前途多難がつきものだから。



お読みいただきありがとうございました!

面白いと思った方は是非、高評価等よろしくおねがいします!

皆さんの声だけが作品へのモチベーションです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の好きな男の子の好きなタイプに頑張ってなっているいじらしい女の子で可愛いと思った。 [気になる点] ウワサは誰が流してるのか‥‥。ここ不穏ポイント [一言] ほうギャルの”誘い受け”で…
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