つららの谷
ある冬の日、小学生だった私は、仲間達と近くの谷川に出かけた。
細い山道を、はしゃぎながら進むと、木々が開けたところに目的地はあった。
奥の方には、高さ十メートルほどの岩の斜面を流れる滝があり、その下の棚地のようなところには、深さが五十センチ位の溜まりが二つ見えた。
上を見上げると、谷川の左右の山から生え出た木々が伸びて、空を狭くしていた。
その、棚地の右側の岩壁に目をやると、岩清水が凍り、沢山のつららが垂れ下がっていて、朝日に照らされ宝石の様に輝いていたのだ。
私達の目的は、山水画のように美しい谷川見物ではなく、つらら取りだったのである。
私達は、つららをもぎ取り、チャンバラをしたり、 陽の光に翳して七色の輝きを楽しんだりして遊んだ。
そして最後には、バリバリとつららを齧り始めたのだ。
「舌がひりひりするわ」
「冷たいけんど、うまいなあ」
私達の甲高い声が谷に響く。
つららを持つ手が冷たく、我慢大会のようだったが、皆、顔を綻ばせていた。
さんざん遊んだ悪ガキ達は、持ってきたバケツにつららをいっぱい詰め込んで、意気揚々と帰った。
私達が帰った後には、大きなつららは一本もなく、氷の欠片が散らばっているだけだった。
だが、次の日には、幻想的なつららの世界が元通りに復元されていて、谷は、何もなかったかのように私達を迎えてくれた。
流石に、二日続けてつららを食おうというものは誰もいなかった。
冷たかったが暖かい、故郷の思い出である。