弟との凧作り
弟が中学生、私が高校生の時の、冬休みの事である。楽しみにしていた正月も終わり、〝数日すると、また学校が始まるんやなあ〟などと思いながら、私達は暇を持て余していた。
「三郎、凧あげでもせえへんか?」
私が、横で寝そべっている弟に声をかけた。
「凧らどこにあるんよ」
寝返りを打って、こっちを向いた弟が、めんどくさそうに言った。
当時、小さな奴凧は、百円もしなかったと思うが、貰ったばかりの貴重なお年玉を使う気にはなれなかった。
「作ったらええやん」
「凧や作ったことないで、よう作るんか」
「竹と紙があったら出来るやろ」
「ほやなあ……。どうせやったらデッカイ凧作れへんか!」
弟が起き上がって、急にやる気になった。
「白影が乗ってるみたいな凧か?」
「あほか、あんな大きいもん出来るかいな。ほんでも、一メートル位のは作りたいなあ」
「やろうやろう、面白そうや」
かくして、私達は、大凧作りに挑戦する事になったのである。
先ずは、材料の調達だ。私達は、鉈を持って近くの河原に生えている女竹を数本切って来た。
その竹を適当な大きさに割って、凧の枠を作るのだが、太すぎれば重くなるし、細すぎても撓りすぎて枠の役目を果たさない。
二人とも、工作はあまり得意な方ではないが、どちらかと言えば弟の方が上手かった。
枠の材料が揃うと、それを組み合わせて、たこ糸で縛って固定していく。
暫くすると、一メートル四方の角凧の枠が出来上がった。それは、今までに見た事もない大きな凧だった。
「紙は何貼るんよ」
弟が訊いた。
「何でもええやろ。新聞紙なら沢山あるけん持ってくるわ」
私は家に入って、新聞紙を小脇に抱え、ついでに、障子はり用の糊があったので持って来た。
私達は、それを、ペタペタと無造作に貼り始めた。新聞紙は破れやすいので、有合せの紙も混ぜながら貼った。
そして――、
「「でけた!」」
出来上がったのは、歪で、センスの欠片もない、見栄えの悪い凧だった。その上、適当な紙を貼ったので、かなり重かった。ただ、大きさだけが取り柄の凧だ。
(……揚がるやろか?)
私達は、何とも言えぬ表情で顔を見合わせる。
「乾かしたら、ちょっとは軽くなるんちゃうか」
何処までも適当な私。取りあえず、河原で天日干しにして乾くのを待った。
凧も乾き、いよいよ実際に揚げる時が来た。風は強めで、少々重くても揚がりそうだ。
家のすぐ下の河原の広場で、弟が持ち上げ、私が糸を持って走ることになった。
「いくで!」
「ええぞ!」
私が勢いよく走り出し、弟が凧を持っていた手を放す。すると、思いの外重かったが、大凧は勢いよく揚がったのである。
「おぉ!」
二人が歓声を上げようとした次の瞬間だった。凧は、急旋回してくるくると回りながら落下し、ガシャッと河原に激突してしまったのだ。
「ああーっ!」
私と弟が落胆の声を上げた。
不幸中の幸いか、凧は多少壊れてはいたが、修理できる状態だった。
「どこが悪かったんやろ?」
私が弟の意見を聞く。
「どやろなあ、もうちょっと左右に反らせたほうが、安定するんとちゃうか」
「ほうやなあ」
凧を担いで家に帰った私達は、早速、壊れたところの修理と、安定させるための反りの調整を凧に施した。
だが、二度目も、凧はバランスを崩して落ちてしまった。
「今度はいけると思たんやけどなあ……」
流石に落胆の色は濃かったが、私も弟も、止めようとは言わなかった。
「ほいたら、凧の足をもうちょっと延ばしたらどうやろ」
弟が言うように、凧の足は、安定させるためには大事なパーツだ。今は、幅三十センチ、長さは二メートルほどで、凧本体から比べれば、やや小さいようにも思えた。
「よっしゃ、これが最後や、もっと長く広いのを付けよか!」
私達は、凧の足の部分に、新聞紙をそのまま数枚貼り足して、幅五十五センチ長さが三メートルを越える足を取りつけた。
「いくぞーっ!」
「ええぞー!」
私は、祈るような気持ちになって、懸命に走った。すると――大凧はバランスを崩すことなくぐんぐんと揚がり、澄み切った青空を背にグンと胸を張ったのだ。
「「やった、揚がった、大成功や!!」」
私と弟は満面の笑みを浮かべ歓声を上げた。空に浮かんだ、つぎはぎだらけの歪な大凧は、私達の歓声を聞いて、一段と胸を張った。