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目覚めの朝は圧迫感

 例えば。例えばの話である。


 世界は人のものではない。そして誰のものでもない。その前提で話を聞いてほしい。


 我らは生きている。生きるために働いている。そこまで行くのに様々なイベントにであるだろう。

 このイベントとは出来事のこととして捉えてもらって構わない。

 初めて友達という人物ができた。初めて好きな人ができた。…就職活動をして働く場所を見つけた。そんなイベントに出会うだろう。

 だがそれを世界は望んでいるのか? 祝ってくれる人間は居てもそれは世界が望んでいることなのか? 答えは否である。


 世界の中心は人ではなく世界なのだ。それはどこでも誰でも同じである。


 人一人でも自分勝手に動いたらそれ相応の仕打ちが返ってくる。それが世界であり、それに通ずる自然なのである。


 さて、話が長くなったが本題に移ろう。

 この世界には世界から必要とされた勇者と言われる人物が存在する。


――勇者。


 意味合いとしては最も勇敢なる者、が一番正しいだろう。だがそれは合っている様で違う。


 勇敢な者が勇者になるのではない。勇者が勇敢になるのだ。順序が逆になっていると考えてもらって構わない。



 そんな勇者は今、死に。新たな勇者が誕生した。

 だが、その事実を知る人物は本人しか存在しなく、それ以外に特に変化はない。

 世界が厚い雲に覆われるとか、豪雨で雷が落ちるとか、一筋の光の柱が見えるとかそんな不可思議なことは起きなかった。


 そこに勇者が再臨した。そんな事実だけが残ったのだ。




 


 青年は目を開ける。

 極々自然とした動きなのだが青年の心に心地よさは感じていなかった。

 それはいくつかの理由が存在するが…一番は腹の上に感じる重みだろう。


 眠りから覚め、働くのを拒否する脳を叩き起こし、視線を動かす。そこには胸を圧迫する様にして幼馴染みの…持つ杖が押し付けられていた。


 圧迫感だった。


「おはよう。随分うなされていたみたいだったから善意で起こしてあげたのだけど?」


 その言葉には特に感情と言って良い感情が含まれていない。耳にした一番近いものを挙げるとゴーレムという無機物であり、生命体でもあるモンスターが発する警告音である。

 急速に回転を始める頭とは別に体はとてつも無く重く、重石が四肢に貼り付けられているかの様に感じられた。


 口を開く。


「…勇者になった。今から王の元へ向かうが君はどうする?」


 その言葉は青年が思っていたよりも軽く発せられた。


 勇者になった。

 その言葉は例え、世界に存在する数少ない大貴族が発したとしても咎められる。いや、そもそも発しようとする筈がないものなのだ。それが平民の地位である青年からしてもだ。

 もしそれが虚言だと知れ、誰かの耳に入ったのならば即座に首を斬られるだろう。一言すら発せられずにだ。

 それ程に勇者としての地位は格別であり、特別なのだ。


 世界に現れた凶悪な力を有する悪魔を使役する最悪最強の存在である魔王。それを倒すためだけの存在であるが故なのだ。


 そんな相手を前に「私が勇者です。貴方を倒すために来ました」そう言える人間なら誰もが勇者と認めよう。だがそう言うわけにはいかないのだ。

 ある程度の強さを有していないとそもそもが喋る権利すら与えられない。そんな御伽お話の様な存在を相手に戦えるのか? それも勇者としての役目、人類の守護者としてやれるのか?


 だが、そんな心配はあるはずが無い。

 この少し、いや想像以上に鋭すぎる目を有している青年こそが勇者としての資格を持ち、そして勇者になるべく修行を積んだ存在なのだ。

 その証拠に先程まで動きを阻害するかの様に置かれた胸にあった杖は現在、青年が寝ていたベットに突き刺さり、抜けなくなっている。当の本人は支度のため部屋を出ている。


「ちょ、ちょっと! 折角起こしにきてあげたのにこの仕打ちは無いんじゃない!? ぬ、抜けるとか抜けない以前の問題よ! どんだけ硬いベットを使っているのよ…」


 そんな青年の幼馴染み…金髪が目立つ人物は必死に抜こうと力を込めるがびくともしない。返ってくるのは大木を自力のみで引き抜こうとするかの様な絶対的に不可能を感じる物だった。

 これは絶対に抜けるはずが無い。そう確信付けさせるにが十分過ぎた感触で合った。


 不満げにそう口を漏らすのだが返ってきたのは謝罪の言葉ではなく、、、、


「準備は出来ているか?」

「出来ていなかったら来てすらいないわよ…あ、抜けた」


 今日じゃなかったらどうするつもりだったのか。そんな疑問が浮かびそうになるが要らない心配である。

 そもそも寝起きの人間にベットを突き刺せる威力を持って杖を押し込んでいる状況がおかしいのだ。誰も突っ込めやしないだろう。


 着替え終わり、壁に立てかけてある剣を鞘から引き出し…収める。腰に差し、家を出る。整える髪も別れを告げる人物もここには存在しない。

 勇者とはそんなものだ。


 何となくそんな事を考えながら未だ窓から覗いてる幼馴染の顔目掛けて飛び膝蹴りをかます。名目上は家を出る、である。

 予測不可能な動きをしながら飛び込んだ相手はやはり、驚愕の表情を浮かべ、魔法を唱える。


「主よ、我らに祝福を与えたまえ『瞬間障壁』」


 クイック・バリア。

 最速で発動できるという意味では一番有用な逃げの手段である。


 突然だが勇者となった青年の一撃が容易く地面を抉る。それで用水路さえ作れる程なのだが衝撃を一切感じさせないほどに受けとめ、見事に砕ける。そこには彼女の姿はなかった。


 本来のクイック・バリアはそこまでの強度を有していないのだが賢者としての名を持つ彼女が放つ最弱の魔法は最硬度の守護魔法になり得る。まあ、それは双方が本気を出していないのも原因の一つであるが。


「早ければ早いほど良いだろう。…行くか」

「言われなくても行くっての」


 言うより早く、青年――勇者の前を進んで歩く。

 その姿を眺めながら先の戦いを想像する様に目を細める。その勇者の姿はまるで絵画かの様だった。

 それは壊滅的な眼付きの悪さと言う生まれ持った物なのか、朝日が目に入る故なのか

。その双方なのだろう。


 二人は歩みを止めなかった。

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