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1 協力を乞われる

 三年在学することになる王立学園の二学年に、エヴェリーナ・ヴィオーラという女生徒が存在する。

 五大公爵家の一つ、ヴィオーラ公爵家の長女である彼女は、その血を証明するように髪の色は鮮やかな紫色をしており、長く伸ばされた髪は邪魔にならないように常にしっかりと結われている。

 王立学園には幾つかの学科が存在し、その中の一つ、魔法学科においてエヴァリーナは二学年においてトップの成績を誇る程、魔法の才に秀でていた。

 さて、そんなエヴァリーナであるが、彼女は学園生活を既に何度もやり直している。

 やり直し――といっても、別に彼女が留年をして同じ学年を繰り返しているわけではない。

 ではどんな意味でやり直しているかといえば、時を戻されることにより、二学年の日常を繰り返す日々を送っているという意味であり、故意でやり直しをしているわけではない。

 そもそもの発端は、やり直しにおける三回目――らしい、とエヴァリーナは他の者より聞いた――において、彼女に接触した人物により、発覚に繋がっていた。

「ヴィオーラ嬢。少し時間を頂いてもいいかな?」

 授業の後、所属している生徒会の仕事の為にそちらに向かおうとしたエヴァリーナに声を掛け、その足を止めさせたのは、別学科に所属する男子生徒の一人だった。

 名をティート・アッズッロといい、彼はエヴァリーナとは違い、騎士学科の三学年に所属する生徒だった。

 髪の色は深い海のような青色をしており、それはエヴァリーナ同様に五大公爵家の家柄である事を示している。

 エヴァリーナが名を呼ばれて振り返ったのは、その声の主であるティートと関わりを持っていたからに他ならない。これが見知らぬ男子生徒であれば、エヴァリーナは問答無用で無視していた。なぜならば、爵位が下の者から上の者に声を掛けることは基本的にマナー違反であり、無視をしてもエヴァリーナに非はないという事も理由の一つであるが、それ以上にエヴァリーナが必要以上に人と関わり合いをしないような性格の持ち主であった事が主な理由としてあげられる。

「アッズッロ様。どうかなさいましたか?」

「………少し、相談事があって、ね」

「? ………畏まりました」

 言葉を濁して複雑そうな表情を浮かべるティートに、エヴァリーナは頷いて応える。

 エヴァリーナ同様、ティートも生徒会のメンバーであった為に、共に生徒会室に向かいながら話すということもできたが、ティートのその様子からただ事ではないと判断をした為、教師に生徒会の仕事で使うと嘯いて部屋の一室を借用することとなった。生徒会には所要で遅刻をする旨を伝えている。無断欠勤、遅刻は厳禁であるからこその配慮である。

 借りた部屋に入ってもまだ、ティートは言葉を発するのを躊躇っているようだった。

 どう言っていいのかわからないというよりは、話していいのかまだ迷っている。そんな様子のようにエヴァリーナは思えて、敢えてこちらから声を掛けることはせずにティートの言葉を待つ。

 そもそもの話、エヴァリーナは同じ生徒会メンバーの先輩であるという関わり合いはあるものの、ティートと仲が良いというわけではなかった。よって、何を話していいのかわからなかったというのもある。

 何故、それほど個人的に親しいわけではないティートが自分に話をする必要があったのか。

 それを疑問に思いつつも、エヴァリーナは辛抱強くティートの言葉を待ち続けた。

 時間にしてはそれ程ではないものの、流れていた沈黙が感覚的に長く感じさせてしまう。それくらいには気まずい空気が流れていたのだが、それに顔を顰めたり気分を悪くすることはなかった。

 そして幾分か時間が経った後で、ようやくティートが口を開く。

 それは、


「一生のお願いだ…っ! 俺に…っ、俺に魔法防御の魔法をかけてほしい……っ!! もう、こんな生活は耐えられないんだ……っ!!」


 と。

 魂からの叫びのような言葉と共に、勢いよく頭を下げるという奇怪な行動を伴ったものであった為、エヴァリーナの思考回路は一瞬、停止した。

(…………魔法防御…? どうして? というか、この方は一体何をしているの?)

 エヴァリーナの記憶が確かであるならば、ティートは人受けがいい柔らかな性格をしており、人から恨まれるようなタイプではない。授業の模擬戦等の為に頼んでいるとは考えにくい為、その魔法をかけてほしいという願いは、日常の生活上において、ということになる。

 エヴァリーナは頭を下げたティートを観察するように見つめる。

 切羽詰ったような、苦しさがそこからは感じられる。

「………とりあえず頭は上げて頂けますか?」

「あ、ああ………」

 力なくといった動作で頭を上げたティートの顔を真正面から見て、エヴァリーナは気が付いた。

 秀麗と噂されているティートのその美貌に、深い隅が浮かび上がっているということに。

 それだけではない。何とか取り繕うように隠されているが、いつもの精巧な雰囲気は何処にもなく、あるのは疲れ切って精神的に参ってしまった姿でしかない。

(……私に声を掛けたのは、魔法がらみだったからなのね)

 自慢するわけではないが、二学年とはいえエヴァリーナは、魔法において三学年の生徒を凌いで学園一と言われる程の実力を有している。その魔法の力を見込んでの話なのだろうという事を察する。

「魔法をかけることは別に構わないのですが、まずは事情を一部始終お話して頂いてもよろしいでしょうか?」

 話を聞かなければ、どういった類の魔法をかければいいのかもわからない。

 エヴァリーナがそう促せば、藁にも縋るような様子でティートはぽつりぽつりとその事情を話し始めたのだった。




 ティートが話す事情は、エヴァリーナにとって想像もできないものだった。

 ―――時間を戻されているんだ、と。

 開口一番にそう言って、ティートが話し始めた話によると、どうやら彼は第三学年の生活を既に二回程繰り返しているということだった。原因は不明だが、普通に過ごしていたと思ったら冬のある日を境に、突然春の進級したての時期に戻されているのだという。

 最初、ティートはそれがよくわからなかった。一瞬、夢でも見ていたのかと考えたらしいが、夢にしては過ごした日々が現実的すぎて記憶どころか経験としてティートの中に残っている。けれどカレンダーを何度も見ても日付は半年以上戻されており、それとなく他の者に確認してもティート以外誰も時間が戻っているという事を理解しておらず、正直にそれを話した友人に至っては「疲れているのだろう」と話を信じてもくれなかったらしい。

 おかしい、と思いながら過ごしていたのだが、また冬になったらある日を境に進級したての時期に戻っていた。

 さすがに二度目ともなればこれが夢や幻でないとティートは判断する。

 ティートは魔法の才はないが、生まれ持った魔抗の力に秀でていた。――すなわち、魔法防御の力がこの学園の誰よりも頭一つ分以上、高い。

 もしかしなくてもそのせいで、中途半端に記憶が残って時間を戻されているのではないか、と考えるに至った。

 魔抗はあるものの、魔法が使えるわけではない為、ティート自身ではこの現状をどうにかする事はできない。彼なりに考えに考えた結果、知り合いでもあるエヴァリーナを頼ったという事だった。

 一通り話を聞いたエヴァリーナにとって、その話は信じられないものだった。

 彼女はティートのように時が戻った記憶は持ち合わせていない。

 至って普通に朝起きて学園で過ごし、また夜が来て朝が来れば新しい一日が始まる。そこに何一つとおかしなことなどないはず、だった。

 けれど、エヴァリーナはティートの魔抗が素晴らしいことを知っている。

 そのことと彼自身の様子から、それが嘘ではないような気がした為に、馬鹿な話だと邪険にする事などできるはずがなかった。

「………時魔法は禁忌とされている魔法です。この学園の生徒や、まして教師も使える者がいるとは思えませんが……」

「それでも、使っている生徒がいるんだ…」

「……アッズッロ様。もしかしてその生徒が誰かも見当がついていらっしゃいますか?」

「ああ……」

 ティートは唇を噛み締めて嫌そうに顔を顰める。

 エヴァリーナは視線だけで続きを促した。

「……………多分、だけど………、カロリーナ・ローゼオ嬢だと思う…」

「カロリーナ様…」

 エヴァリーナは名前の出てきた少女を頭で思い浮かべた。

 ――カロリーナ・ローゼオ男爵令嬢。

 この学園の一学年として今年、入学してきた生徒の一人である。所属学科はエヴァリーナと同じ魔法学科であった為に、彼女の存在は知っていた。神聖魔法とされる光魔法を使うことができ、常ににこにこと笑顔を浮かべている――らしい――女生徒である。らしい、とついてしまうのは、エヴァリーナが彼女と直接的な関わり合いがない為に、友人達から聞いた話によるものであるから。そしてその友人達から聞いた情報によれば、カロリーナは庶子であり、昨年、男爵家に迎えられたばかりの為、若干貴族令嬢から浮いた性格をしている、ということだった。

 エヴァリーナの頭の片隅に、彼女の桃色の髪色が霞むように浮かび上がるものの、顔をはっきりと見たことがないのでその姿を鮮明に思い描く事が出来ない。

「どうしてそう思われたのですか?」

「…………彼女だけ、一回目と二回目の行動が大きく違うんだ…」

「なるほど…」

 時を繰り返しているとはいえ、同じ人物であれば同じ日常をおくるのが普通である。性格が変わるわけでもなければ立場が変わるわけでもない。同じように学園生活をおくるのであれば、確かに同じ行動をとっているのが違和感はない。そんな中で一人、違う行動をとっているのであれば、怪しんでくれと言っているようなものである。

 ふむ、とエヴァリーナは考え込んだ。

「……アッズッロ様。非常に申しあげにくいのですが、時魔法を防ぐような魔法は存在しておりません。その為に禁忌とされているのですから」

「そんな……っ」

 ティートの顔が悲痛に歪められる。

 先程から顔色は悪かったのだが、一瞬にして更に青白くなり血の気が失せてしまっていた。

「ですから、時を戻されないようにする為には、魔法を行使する人物の行動を止める以外に方法はありません」

「………っ」

「―――ですが」

「…………?」

 エヴァリーナは意味を含むように、少しの間をおいて、ティートを見つめる。

 その口端が少し上がっているのを見て、ティートは少しだけ眉を寄せた。


「アッズッロ様と同じように、記憶もちの者を作ることは可能と考えます」


 と。

 エヴァリーナが言葉を発すると、ティートの目がこれでもかというほど見開かれ、その瞳に希望の光が煌めき始めた。

 その様子を見て、エヴァリーナは微笑んでみせる。

「アッズッロ様が、魔抗が高くてそのような状態になっているのであれば、魔法で魔抗を上げられるだけ上げ、更には魔抗を高める魔道具を身に着けることで同じような状況にする事は可能ではないか、と」

「それは本当か……!?」

「ええ。こんな話を聞いたのも何かの縁でしょうし、実験的な意味合いもありますので私がそれにお付き合いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「本当にいいのかい…?」

「ええ。一人よりも二人の方が、可能であれば人数が一人でも多ければ多い程、彼女の時魔法を止める確率は上がりますし、仲間がいた方が心強い、ですよね?」

 エヴァリーナがそう言うと、ティートの瞳からは涙が零れ落ちた。感極まりなくなったという状況に、彼の中に紳士淑女の正しき接し方というものは抜け落ちてしまったらしい。ティートはエヴァリーナの両手を己の手でがしっと掴むと、その手におでこを押し付けるようにして俯き、小さく体を震わせ始めた。

 顔は、見えない。

 けれどエヴァリーナはティートが泣いているのだと気づいた為、その手を振り払うことはせず、静かにその様子を見守り続けた。

 そして、エヴァリーナ達はそれから冬までの間、色々な方法で魔抗を高める手段を研究し続けて実行した事により、見事、エヴァリーナもそれまでの記憶をもって時が戻るという状態を経験することとなる。

 余談だが、時が戻ったのを実感したエヴァリーナが最初に発した言葉は以下である。

「……………時魔法、本当にあったのね」

 意外に冷静でいられたのは、ティートから色々と話を聞き続けていたからに他ならないだろう。


一話一話は短めに、それほど長くない連載の予定です。

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