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KAIBAからの漂流者たち-Ⅱ

KAIBAからの漂流者たち-Ⅱ            作: 大丈生夫 (ダイジョウイクオ)



Scene16~宛ての無い旅路


「大変だ。健太君、サチコさんを連れて今すぐ遠くへ逃げるのだ。村田たちに私の計画がばれてしまった様だ。近々に君たちは処刑されかねない。今すぐそこから逃げ出しなさい!」


飯田からの手紙の内容にただ佇む二人。無言のまま時だけが過ぎてゆく。

その手紙の内容に理解できぬまま、ただそこにある処刑までのカウントダウンが始まったことに、ただ呆然となる。


口火を切ったのはケンタのほうだった。


「サチコ、この手紙の内容を俺は信じようと思う。逃げたほうがいい。」

「逃げるって、何処に?」

「兎に角、この部屋を出よう。村田が追ってくるから!」


サチコはケンタに導かれるがまま荷物をまとめる。


 夕暮れが迫る頃、二人はラハイナホテルを出た。村田たちにつけられている様子も無く、

人気のないHAWAIの海岸へとそそくさと足を運ぶ。

ケンタの気持ちとは裏腹に水平線に夕日が沈んでゆくのが美しい。


「ケンタ、何処へ行くつもり?」

「まだ解らない。しかし、少しでも遠くへ逃げなければ。」

「遠くっていうけど、どこまでも続く海岸線をこのまま歩いていくの?」

「だから、とりあえず逃げないと・・・」

 ケンタの額には焦燥感から来る脂汗だけが滲む。


 どのくらいの時間彷徨ったであろう、二人は歩きつかれて砂浜にしゃがみこむ。

「もう真っ暗闇だから、ここで野宿するか。これだけ歩けば直ぐには追いつけない筈。」

「え、野宿?」

「ああ、訓練で使っているザックの中に非常食や燃料はある。テントとシュラフも。」

「わたし何も持ってないし・・・」

「シュラフは君が使えばいい。」

 ケンタは防風林の脇にテントを張ると、晩飯の支度にかかる。夕食の後、歩き疲れた二人は深い睡魔の奈落に落ちていった。


 翌朝、ケンタは朝日と波の音に起こされる。潮風で遠くの海岸線が霞んでいる。

何やら遠くから人影らしきものが現れる。ケンタは警戒する。


人影は見覚えのない長い吊りひげを携えた長身のご老体であった。現地人であろうか、風体は追っ手ではなさそうだ。


「これこれそこのお二方、そこで何をしておるのじゃ。」

「野宿です。」

「ほおぅ、これはこれは!」

ご老体が高らかに笑い声を上げたせいで、サトルの警戒心は消えた。


「HAWAIは良いのう、何処でも好きに野宿できてなぁ。ワシも昔はよく野宿したものだよ。」

サチコも笑い声に目をこすりながら、吊り髭のご老体を不思議そうに伺う。


「おじさんどなた?」

「フォーと申す。皆はワシのことを「フォーおじさん」と呼んでおる、ガハハ。」

「では、フォーおじさん地元の方?」

「話せば長くなるが、まぁ~旅人じゃ。」

「手ぶらで?」

「荷物はこの近くの駅のロッカーに置いてある。」

ケンタが切り出す。

「駅?この近くに駅があるんですか。一番先は何処までいけますか。」

「KAIBAまでじゃ。」

「KAIBA? そこまではどの位の時間がかかりますか。」

「ん~、そんなにはかからんのじゃろう、ワシは眠っとったから、よう解らん。」

ケンタは駅があると聞いたことで、何故か安堵を覚えた。


「ところでお二方も旅人かね?」

「はぁ、まぁ。」

「じゃ何処へ行くのかね?」

「ん~、ベトナム。」

「なぁんだ、じゃワシの同胞じゃな。」

「同胞?何で?」


ご老体はあきれた様子でこちらを不思議そうに伺う。

「何でって、ワシもベトナムのKAIBAから来たのじゃよ。可笑しな奴だな!」

「え~っ!だってここHAWAIだし~!」

「何今更言っとるんじゃ、海底トンネルで電車に乗ってベトナムは直ぐじゃろうに。」

「そ・ん・な~」二人は思わず同時に声を上げた。


「じゃ、おじさん。駅までの道案内をお願い。」

「よかろう。それより何か食いもんくれ。」

ケンタは夕べの残りのカンパンをご老体に手渡すと、むしゃむしゃと食い始める。


「しかし、おまえらベトナムに何しに行くのじゃ。」

「ある追っ手に追われているの。」

「何?さてはおまえら、万引きでもしたのか?」

「そうじゃなくって、悪いのは追っ手のほう。捕まったら処刑されちゃう。」

「何だと!それはどういうことじゃ。」

「話せば長いので~又今度。」

「まぁ、訳は解らんが後で聞くとして、駅まで行くとするか。」

「ラッキー!」

二人は喜びのあまり思わず抱き合った。ともかく突然現れた天の救いのようなフォーおじさんを信用することにして3人は海岸線の先にあるという駅まで足を進めた。



Scene16~フォーおじさん


どれ位歩き続けたであろう、3人の行く先の向こう側にポツンと何やらログハウス風の大きな建物が現れた。ご老体はその建物の前で足を止めた。


「さぁ、到着だ。お疲れさん。」

「到着って、これ駅じゃないし・・・」

「いえいえ、ここが駅なのじゃよ。」

「だって、看板も無いし、騙さないでくれよ!」

ケンタは昨日から歩き詰めで足がパンパンであったことも手伝って不機嫌な調子でご老体に怒鳴った。


「まぁいいからこちらへどうぞ。」

ご老体は玄関の扉を開け、二人を建物の中へと案内する。薄暗い中の様子はやはりログハウスそのものであった。そしてご老体は奥へと廊下の先に案内してゆく。ケンタの警戒心が再燃するものの、ご老体の温和な様子と追っ手からの恐怖がそれに勝った。


そして奥の部屋の扉を開けると、地下室だろうか、更に薄暗く階下へと続く木の階段が現れる。ご老体はその降り口の手前にあるロッカーの鍵を開け、自分の荷物らしき古びたリュックサックを背負った。だいぶ使い込んだところからご老体は旅慣れているのだと察した。


「さあさ、この下へ降りると駅のホームに出られるよ。」

「その前に、切符は?」

「心配すんなそんなこと、さあ行こうか!」


二人は幾分活気が現れたようなフォーおじさんの後を追う。

そして奈落のそこにでも落ちてゆくような暗い階段の先に仄かな明かりが見え始めた。

 

地下のホームには何やら見覚えのある車両が既に到着していた。オレンジ色の列車は、どうみても中央線の通勤快速に見えて使用がない。しかし、一両のみ。何だか狐にでも摘まれたような面持ちの二人。 ホームには全く人影は無く、車掌さんも居ない様子。


「さあさ、お乗りなさい。」

ご老体はそう告げながらホームのベンチの上にリュックサックを下ろすと何やら中から取り出した。衣類のようだ。そしてそれらに着替えると、ご老体は車掌に変身した!


「アレッ、お・じ・さ・ん?」


「いえね、そういうこと!私が車掌です。これからの君たちの旅の道先案内人です。」

納得の行かぬままの二人は案内されるままにご老体に従う。


「しかし、どういうことかしら。まるで私たちのためだけに準備されたようなこのシチュエーションは!」

「ま、話は後にして、いざ出発進行!」

そんなこんなでフォーおじさんとのなんとも不思議な旅は始まったのであります・・・



scene17~寄り道


 いつの間にか二人は眠ってしまった。そして二人が気づいたのは、日野春駅という名の駅に列車が到着した頃だった。

「いやぁ、長旅お疲れさん。さてちょっと寄り道しようか。ワシもカンパンだけしか食べとらんから腹が減って使用が無い。先も長いから飯を食べに出よう!」


 車掌のフォーおじさんの言われるがまま着いて行く二人。やはりこの駅もホームから階段を上がっていく。このご時勢にエスカレーターさえも無いなんて!駅を出ると懐かしい感じの繁華街が現れた。何故か二人が小さい頃に見たことのある景色にも似て・・・

 フォーおじさんは飲み屋街の通りにある一軒の居酒屋へと案内する。


「いらっしゃいませ!」

おじさんに連れられて暖簾をくぐった二人は思わず度肝を抜かれた。

 その居酒屋の外装はともかく、中はサチコの両親が営んでいる居酒屋そのものであった。

 だが、先ほどの「いらっしゃいませ」の声はサチコの母親の声とは違っていた。

「あら車掌さん、お久しぶり。お元気そうね。」

「いつも寄ろうと重いつつ先を急ぐ旅ばかりで中々・・・サチコさん、ここの居酒屋、何食べてもウマイのなんのって!」

軽やかな声のフォーおじさんではあったが、先ほどHAWAIから来てベトナムへ向かう途中に日本の居酒屋、しかもサチコの両親の店そっくりであることに、よく通ったケンタにとっても驚きを隠せない。


「これは、一体どうなってるの??」

「まぁ良いじゃないか、とりあえず生ビールを3つ。」

「しかし、サチコの店では・・・」

「そうだよ。実はね、サチコちゃんのご両親がこの店を借りる前にこの方が営業していてね。この方は持病の癌で余命幾ばくも無いのだよ。このことは彼女も知らないことだ。」

「えっ、意味が解らない。何故に彼女の両親が借りる前の時間に?これってまさか。」

「そう、タイムスリップ。」

「おじさん、もしかして僕と飯田教授で開発した“時空移転装置”のことを。」

「ああ、知っているとも。しかしあれとは又違うのだが・・・それは後にして、乾杯!」


サチコはこの店のメニューを眺める。

「あれっ、うちの店と同じ。」

「そうだよ。ご両親はこの店のレシピについても伝授しているのだから。ほらこの豆腐ステーキ、食べてごらん。」

「嘘、お母さんのと同じ味。そんな~。」

「ここの女将さんが長年培ったお客さんの要望に答えようとご両親は必死でここの味を引き継いだのだろう。まだサチコちゃんが生まれる前のことになるね。」

「この焼き鳥のたれも全く同じだ!大きさや焼き具合まで・・・」

「さぁさ、おなかいっぱい食べなさい。長旅はまだまだ続くよ。」

サチコは少し前に離れた両親のことを思い出して涙ぐむ。ケンタにも日本への郷愁が一気に湧き上がってくる。何故だろう、今の僕たちのこの置かれている状況というのは。

お客さんが暖簾をくぐって現れる。若いカップル。そのときサチコはぎょっとする。

「おか、あさん・・・」

「しっ、まだこの人たちは君の事を知らないのだから、黙って!」

「だってぇ、アルバムで見せてもらった若き日の両親にそっくり。」

「そうだよ。君が生まれる前のご両親。」

3人はそっとカップルである若き日のサチコの両親の会話に聞き耳を立てる。

「ようやくぼくらにも子供ができたんだ、ママ、こいつの腹の中にね。」

「え~それはそれは良かったわね。おめでとうございます!」

 サチコの眼には一層熱いものがこみ上げてくる。私、私が生まれるのね。そして思わずカップルに向かって声をかける。

「お、おめでとうございます!良い子が生まれますように。」

おじさんとケンタが呆気に取られる。

「ああどうも、ありがとう。」

若き両親がサチコにお礼を言う。サチコはいてもたってもいられぬ面持ちで必死に笑みを返している。それを察したおじさんは思わず

「あ、ママ悪いね~、せっかく来たけどもう時間だから。ご馳走様。」

 3人はカップルとママに会釈すると、そそくさと退散した。


「サッチャン、いやサチコさん。いい経験できたね。こんな場面に遭遇できるなんて中々ないからね。」

「フォーおじさん、ありがとう。」

サチコは胸が熱くなってゆくのを感じた。


 昭和な夜の繁華街、ぼんやりとしたネオンが灯る中、3人はホームへと足早に去ってゆく。





scene18~時はもとに戻れない


 日野春駅から静かに列車は走り出す。先ほどの郷愁のような光景すら過去へと追いやるかの如く。時に自分の出生前に立ち会ったサチコの胸中には何かお守りのような温もりさえ携えたような気がする。お守り?そういえば飯田教授からお守りを受け取ってはいたが、

その中にある筈の「時空移転装置」を無くしてしまった今のサチコにとっては、不安感のみそこにはあった。頼れるものはもう何も無いような。


「ケンタ、これっていったい何なのかしら。」


唐突なサチコの質問にケンタは表情を伺う。


「さあね。なるようになるさ。」


「暢気なのね、いつも彼方は。」


「そうかもね。だが、飯田教授の目的って何だろう。ベトナムとアメリカの戦争なんて、過去に既に終わっているはず。ナノに俺にHAWAIでの軍事訓練を要請し、その途中で逃げろと来たもんだ。そして偶然出会った「フォーおじさん」に言われるがままこの列車に乗っている。まるで自分の意思など無いな。」


「あら、昔から自分の意思などあったかしら?大学で飯田教授の助手として「時空移転装置」の研究に借り出されていたのが、いつの間にか共同研究者ということで棚ぼた的に立ち回れただけなのよね。」


「そんなことは無い!僕だって努力したんだ。そういうサチコこそご両親が経営している居酒屋の娘さんとして棚からぼたもち的に仕事をもらっているじゃないか。」


「ふんっ!そうかもしれないわね。」


不機嫌な面持ちのサチコは、それきり口を噤んだ。


 確かにケンタにとっても何不自由無く、いや不況の煽りで酷い就職事情の中、多少の苦労はしたものの、行き当たりばったりの割にはうまく立ち回ってきたような気がしないでもない。飯田教授との研究成果の「時空移転装置」ではあるが、そもそも発端は教授の発想からにすぎない。だが、それをめぐっての国益がらみの渦に巻き込まれることになったことは、俺の手には到底おえないほどの重圧である。居酒屋で知り合ったサチコにとっては俺以上に不安な日々であろう。サチコの心境を察しなければならないし、まだ見ぬ道への不安から守り続けなければならないだろう・・・しかし、何の因果であろうか。人との出会いに周期性でもあるのだろうか。或いは何かテレパシーのようなものに呼び寄せられているのであろうか。非常に難解だ。サチコも俺と出会っていなければこんな思いなどするはずでは無かったろうに・・・


そして時は理不尽にも過ぎてゆく。



scene19~車窓に映る自分


時は刻々と過ぎてゆく。ただ理不尽なまでに列車は走り続ける。

窓外の暗闇の中に点る明かりでさえ後ろへと追いやってゆく。その意味さえも見えぬまま。俺のこの不安な宛ての無い旅の中で、そして行く先には何が待っているのであろうか。それを受け入れなければならないのであろうか。


「ケンタさん、眠れませんか。では宜しければこちらでお話でもしませんか?」

少しやつれた感じのフォーおじさんが他の客室へと案内する。


客室は食堂車であったのだろうかテーブルが並び、その一つに車掌は腰を下ろす。


「いや~私も歳には勝てなくてね。持病の心臓疾患が悪化していてね。参ったものさ。」


「大丈夫ですか車掌。あとどのくらいでKAIBA駅に到着するのでしょうか。」


「それは君たち次第だよ。」


「えっ、どういう意味?」


「さっきの駅はサチコちゃんの作り出した世界そのもの。ということはサッチャンはもう家に帰りたいのだよ。」


「えっ、意味解らないし!」


「じゃ、健太君に質問するけど、健太君は何処に向かっているの?」


「どこへって、当然飯田教授のいるところに決まっているじゃないか。」


「だが、行く先の不安から迷っているのではないかね?」


「迷っていないといったら、嘘になるね。しかしこの列車はKAIBAへと向かっているのですよね、間違いなく。」


「う~ん、そこが問題なのだよ。私もそう願っていたのだが、どうもサチコさんの描いたあの駅に寄ってから軌道が修正されてしまったようでね、本当ならそろそろ到着する予定だったのだが、どうも様子がおかしい。」


「そ、そんな曖昧な~!車掌さんがそんなだと僕たちどうすればいいんだよ。」


「だ・か・らっ、言っとるじゃないか!君はどうなんだいっ。」


「それって・・・意味解らないし。」


「自分の道は自分で決めることだね!もうワシは知らん。君に舵は任せた。あとは好きにするが良いさ。まったく近頃の若者は依頼心が強すぎるのじゃ、人にお願いすれば何でも叶うと思いおって!ワシは倒れそうだから次の駅で降りるっ!君の優柔不断には付き合いきれんっ!せっかく迎えに来てやったのに。しかしだね健太君、全ては君が握っていることを忘れないように。」


最後の言葉を吐いてニヤッと笑うとそんな意味不明な話を終えた車掌は、そそくさとに席を立った。




Scene20~不安なシンジケート


「何ぃ~!まだみつからんのかっ!」

アメリカ軍行使計画を知られてしまった村田の胸中は穏やかではなかった。

せっかく計画した訓練も終盤に差し掛かった頃に当のケンタに逃げられてしまったのだから。飯田のやつが手引きしたに違いない、どうやら感づいたのだな。

しかし私の目下の任務であるベトナム核戦争への技術的分野には欠かせないであろう「時空移転装置」の研究論文だけではどうも計画の達成には結びつかない。そのキーマンである飯田教授の弟子・ケンタが最も重要なことは村田には察しが着いていた。いずれその技術的分野についてケンタに問い質そうと目論んでいた矢先に逃走されてしまったのだから何とも滑稽である。


村田署長はコーヒーをひと口すすると、なにやら苦虫をつぶしたような悪い笑みを浮かべる。



Scene21~明日への誓い


夜も明ける頃、3人を載せた列車は次の駅へと滑り込んでゆく。看板にはKAIBAと記載されている。ようやく到着したようだ。気づいた頃には車掌の姿はみえなかった。


「サチコ、到着したよ。飯田先生はここに居るはず。君は飯田先生を訪ねるといい。」

「じゃ、ケンタは降りないの?」

「うん。俺には未だやり残した仕事があることに気づいた。悪いが飯田先生によろしく!」

サチコは別れの言葉もそこそこに列車を後にする。ホームには出迎えの人らしきスーツが待ち構えていた。宮田機長のようだ。やはり、とケンタは思った。サチコも不安ながら知り合いに会えたせいか幾分の安どの表情を浮かべる。列車はドアを閉めると、また来た道を引き返してゆく。慌てた宮田が縋る様に列車を追いかけてくる。もう追いつけない。


 ケンタにはある決断が浮かんでいた。いずれ追っ手はやってくるに違いない。そして理不尽な行動に出るであろう。ならば自分からそれを阻止するしかもはや術は無いのだろう。

車掌の言葉にやっと自分が気がつかされたようだった。これまでの自分の人生というもの、ましてや依頼心そのものであったこれまでのことを。それならば此れからが僕の人生をクリエイトしてゆくことに生きる道を探そうと。今ここにある状況を何とか打破するために自分にできることから始めようと。生まれ変わったようなこの清清しさは一体何なのだろう。さぁ、自分の人生を歩もうではないか!


列車はHAWAIへと静かに引き解してゆく。


それからどれ位の時間が経過したであろう。またもとのHAWAIの名も無い駅に到着したのは夕暮れの頃だった。そう、サチコと脱走したときと同じ頃だ。昨日と同じようにホームから薄暗い階段を登り終えると駅の戸外へと足を運ぶ。又同じ海岸線をただひたすらにラハイナホテルへの帰路に着くと、向こうからジープのライトが近寄ってきた。それは村田署長であった。

「やぁ、ケンタ君。脱走とは又どうしたことかね?」

「いえいえ、サチコが家に帰りたいようだったので送ってきました。」

「何?まぁミッションの足手まといになるから丁度良かったかもな。さぁ明日は飛行訓練だ。ワシも乗車するが覚悟は良いね。」

「はい、がんばります。」

二人は何事も無かったかのように振舞った。

その日ケンタは酷く疲れたせいで早めにベットに入った。


翌朝は村田がケンタを出迎える。村田の部屋へと案内すると何やら要人たちが待ち構えていた。ケンタは覚悟を決めたようにゴクリと息を呑んだ。村田が口を開く。

「健太君。もう私たちの計画は理解してしまったようだね。旧友の飯田教授からはミッションの要請はあったが、実は我が国のために君にお手伝いをお願いしたかったのだよ。まぁ話を要約すると、今回のベトナムとの戦いは我が国の繁栄のために欠くことのできないものなのだが、どうも戦況が思わしくない。そこで君と飯田教授の開発した「時空移転装置」とやらを利用させていただきこの戦況を良い方向に持っていこうという計画なのだ。ただ、それには君の力が試されているのだよ。ご協力願えないだろうか。もちろんただ攻撃するというわけではなく、今後のベトナムとの友好関係を気づいた暁には平和な時代が待っているのだよ。」


ケンタには村田に対しては不信感でしかなかったが、体裁として話を飲むことにした。その代わり自分の安全の確保をこれまでどおり維持してもらうことを約束した。


村田のジープはHAWAI飛行場へと滑り込んでいった。大型の巡航型軍用機が目の前に鎮座する。あまり飛行機についての知識の無い健太にとっても核弾頭が機体に装備されているのが一目瞭然であった。やはりアメリカの思惑は攻撃に舵を取っているのだと。

村田と共にコックピットに収まる。ヘッドフォンから誘導アナウンスが聞こえる。パイロットは村田署長、飛行経験は長時間あるらしい。言われるがままこの大きな機体を滑走路の端へと導いてゆく。さぁ、訓練の開始だ。

機体は離陸すると西への経路を案内のままトレースしてゆく。ケンタは始めての経験でワクワクした気持ちと、訓練とはいえ何故か核弾頭を積む機体の不安が交錯する。

村田はケンタに一言も言わずに操縦に追われる。久々のフライトであるためか幾らか緊張感のある面持ちである。と、いきなり管制塔のアナウンスに対し、何やら口論を始める。

どれ位口論を繰り広げ続けたであろうか期待が安定して後続する間、村田の表情は強張っていた。と、村田が健太に告げる。



「ケンタ君に僕は誤らなければならないことがある。私も今日のフライトは訓練と聞いていたので何の疑いも無くこの機に乗ったのだ。搭載の核弾頭もダミーと聞かされていてはいたのだが、どうも様子がおかしい。アメリカのベトナムに対する圧力の本来の目的はどうもゴールデントライアングルの奪取にあるようだとここのところ疑念を持っていたのだが、残念ながらそれは的中してしまった。そのために先ほど急な要請があり、ベトナムへとこのまま進路を向けろという話なのだよ。」


ケンタの表情が強張る。

「ま、まさかこれからベトナムの攻撃に向かうということなのでしょうか?そんな。」

「いや、まだそこまでの話にはなっていないはずだが、どうも戦況が思ったより酷く悪くなってきているようなのだ。時を急ぐのと軍備にかかる経費も底をつき始めているとのことだ。そこにきて急な要請で今軍部でも討議中のようで、回答は出ていないが私の考えている想像以上に悪い方向へと向かっているようだ。健太くんどう思う。」


とっさに村田からの状況説明を受けたことに驚きを隠せないまま、健太はただ空の向こう側を見つめている。

「だがね、私がこの機体の舵を持っている以上、権限の全ては私が握っているのでご心配なく。私だって平和的解決のためのこの戦況には賛同してきたが、うすうす感づいていたがマフィアとの癒着と利益のための戦いということであれば話が違う。それは私の使命とは全く次元の違うエゴのための戦いであるのならば、断固として私はこの戦況を赦しはしない決意だ!確かに飯田教授と健太君を騙したのは私の恥ずべきことであるが、飯田教授は私の古くからの友人であり、こんな自体は望んではいないはずだ。そのために「時空移転装置」を悪用しようというのならば、私は断固としてこの戦争に立ち向かってやる!」


村田は無線機のチャンネルを変えると、別のフライトスケジュールの要請を始めた。



Scene22~KAIBAの憂鬱


「サチコさん大変だったね。ともあれベトナムへようこそ。それにしてもケンタ君は何故戻ってしまったんだ。」

宮田が話しかけるや、サチコは宮田に抱きついて泣き出した。思わぬ安堵から来るものがこみ上げた。サチコが落ち着いたところで駅の出口へ導く。目の前に止まっている黒塗りのセダンに二人は乗り込む。車は飯田の居るマンションに到着した。

「それにしても飯田教授は昨日の晩外出した様で姿が見えない。追われている身なのに。」

しばらくすると戸外から飯田教授が現れた。

「いやいや何かと入用かと思って、買い物が長引いてしまったよ。あ、サッチャンよく来たね。一時はどうなることかと思って気を揉んだよ。なによりお疲れ様でした。」

「一体どういうことよ。教授がセスナから居なくなってから私どうしたらいいか解らなくて、ケンタと合えたかと思ったら駅で一人降ろされて・・・」

「うんうん。解っているよ。兎も角これも計画のうちだしな。さて、朝飯にしようか。」

飯田教授は何食わぬ顔で勝手場へとそそくさと向かった。


朝飯のトーストにサラダとコーヒーのアメリカンモーニングを皆でたいらげた。しかし教授も意外に器用な人だとサチコは感心する。食事を終わらせた面々は夕べ」KAIBAに到着したメンバーで、皆まだ昨日の疲れを引きずっている様子であった。

「それではこれで計画遂行のメンバーがそろったというわけだ。サッチャンにも協力してもらうから皆さんよろしく。それでは早速ではあるが10:00から会議を開くのでそれまでの間小休止していてください。」教授はそう言うと、皆の食器をそそくさと片付け始める。


10:00にミーティングルームへと皆が集まった。それぞれ怪訝な表情を隠せずに居る。

「ようやく本来の計画について遂行するときが来たので君たちに説明するとしよう。」

教授は長年教鞭をとってきた手馴れた様子で演説を始める。

「私がここKAIBAの都市構想をベトナム主席と内密に会談し立案にいたった経緯について説明するとしよう。皆さんたちをここKAIBAに招集いただくに当たっては、私のほうで人選させていただいた、誠に勝手ながらも。そのために必要なツールとして「時空移転装置」の開発が不可欠であったが、その開発については大きな難関ではあったが主席からの援助により完成に至ったのである。そしてその完成を機にようやく本来の目的であるKAIBAの都市構想に向けてこのツールを使用して皆さんをお呼びしたのである。皆さんにはこれからこの都市構想に向けて大いに活躍していただきたい。日本政府の言う核兵器開発推進をあからさまにできないのは君たちも承知のはず。我が国が密かに世界一の核保有国として構築されていくことが日本にとってメリットという考え方が私にとっても非常に嘆かわしい。現在私たちのいるこのベトナムにとっても戦禍の真っ只中にあるわけだが、対するアメリカの経済のみを重んじた世界制覇に対するアイデンティティーに対しての突破口となるべく、此処は世界の中心的国家の役割を果たすことになる。それは戦争の無い全ての人民のために真の幸福な生活を送るためのモデルケースを担い、引いては世界人類に安心できる社会生活の創生が最終目標となるのだ。」

サチコは怪訝な表情を飯田教授に向ける。

「しかし何故どうして私たちがそのような大きな目的のために人選されたのでしょうか。」

教授は続ける。

「私のこれまで築いてきた人脈の中で信頼の置ける方々を人選させていただいたのだよ。そしてこの構想に必要な経験知と人柄が大きな決定の要因となっている。何しろ私の人生は順風万端のように見られては居るが、実際はいくつもの裏切りの中でここまでたどり着いたようなものだった。今度こそ裏切られたくは無いから。」

「しかし、そんな大きな目的なんて、私に手伝える筈ないし・・・」

「いやいや、大丈夫。ちゃんと綿密に計画してあるからそれを素直に遂行していただければ何ら問題は発生しないよ。ここまで多少の困難な状況じゃありながらもこうして此処に皆集結することができたのだから。」

「え、これも計画のうち?」

「うん。多少の計算違いは生じてはいたが、ほぼほぼ計画どおり・・・そのために私は容姿を変えながら皆さんと付き添って此処までご案内してきたのだよ。」

「もしかして、昨日の車掌さん?フォーおじさん?」

「うん。」

「え~っ、どうやって?」

「それは未だ内緒っ。」

「そんな~、教授を本当に信じてもいいのかなぁ?何だか心配。」

「サッチャン、信じるものは救われると昔から言うでしょ、信じてくださいな!」

「どうしよっかなぁ~」


サチコの発したその一言で緊張感のある場の空気が一気にほぐれる。

「しかしこの構想には何かと政治がらみのスパイ活動が発生している。サッチャンも僕らもこの追っ手から狙われていることは事実である。その脅威から君たちも最低限自分の身は自分で守ってほしい。基本的には主席の部隊が守ってくれるからそこは大船に乗った気分で問題は無いと言って良い。さてこの構想のための各自の業務分担を資料にまとめてみたのでこれを各自学習しておくように。では本日はこれにて自由行動としてください。明日からの明るい未来への活動のために英気を養ってください。解散!」

皆はそれぞれあらかじめ用意された部屋へと足を運ぶ。サチコはふとケンタの身に何か起こってはいないかと一人心配に思う。






Scene23~KAIBAの憂鬱Ⅱ


そのころ村田たちの乗る機体はようやくベトナム圏内へと入る。レーダーを危惧しながら高度を下げて様子を伺う。と、そのとき無線に見覚えの無い短波とおぼしき周波数帯から通信が入った。

「村田君、健太君、我がベトナムへようこそ!飯田だ。ようやくこの機会が叶って本当にうれしいよ。ここまでの道のりについては後で説明するとするが、君たちには行ってもらいたい任務がある。先ずはKAIBAを目指してほしい。ここからフライト通信はこちらで依頼している管制塔から案内するからそれに従って貰えばいい。従うか従わないかは君たちの意向にゆだねる。未来は君たちが握っているのだから。では快適なフライトを!」

飯田からの通信が途絶える。二人は顔を見合わせる。

「とうとうベトナムまできてしまったね、健太君。ここが人生の分岐点だ、君ならどうする?」

「ええ、決まっていますよ。これまでも飯田教授に支えられてきたからこそ今の僕があるのです。これからも教授に着いてゆきます!」

「なるほど。だが君の人生は未だ若い。そして教授の人生はそんなに長くは無い筈。ここで君の人生が決まってしまうのだからもう少し考えたほうがいい。これから歩む道は危険なことは山ほどあるよ。それでもこの道を進む勇気はあるかい?」

「そうですね、しばし考えて見ます。」

そういい終えるとケンタは眼を瞑った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


どのくらいのときが過ぎたであろうか。

管制塔から新たな無線が入る。KAIBAへの逃避行に向けて。


「さぁ、どうする?これに従うか、このままもと来た道へ引き返すか。」

「村田さん、行きましょう。」

「了解。」


二人は新たな決心でKAIBAに臨むことになる。そしてこれから起こる出来事について不安と決断の入り混じった面持ちで思いを膨らませてゆく。





Scene24~KAIBAの憂鬱Ⅲ


夕食の時間になるとダイニング室へ皆が集まる。飯田教授は不在ではあったが、そこには人数分の食事が置かれていた。

「ところで宮田さん、どうして此処に?」

「僕だってまだ全てを理解していないよ。なんたってHAWAII行きの便が突然べ戸ナウに向かうことになったかと思うとベトナム戦争の渦中に乗客もろとも借り出されたのだから。」

「乗客?」

「ああ、ここにいるメンバーと、他の大勢は着陸したハノイのとある場所にいる。そこに飯田教授が現れてからこちらに案内されて・・・」

佐々木捜査一課長が切り出す。

「1ヶ月ほどハノイで労働した頃にここに案内されてね。飯田教授が以前からの計画に日本政府ともめており、さらにベトナム主席と今の軍部とも険悪な状況であるためひそかにKAIBA計画が持ち上がっていることのようだが。」

大阪ハイヤーの清水が続く。

「私が飯田教授に言われるがままにKAIBAまで皆を乗せてきたんだ。なにせスパイに追われているから早くしろとの事で追っ手を巻いてきたのだ。」

自衛隊13部隊長の江田も続く。

「なにしろKAIBAを拠点に軍部への言わばクーデターを起こそうとの考えのようだ。そのために自衛隊の経験知が必要との事で私も借り出された。」

そこへ飯田教授が現れた。

「そこまで話してもらえれば話が早い。そう、今から軍部のみならず世界に向けた幸せのためのクーデターのようなことを開始するのが最初の段階なのだ。なにせ軍部のオスレイ指揮官とアール隊長が結託してこの計画を横取りしベトナムを乗っ取ろうと企てているのだから。」

4人は不可解な飯田の言葉に食い入る。

「詳細の内容は明日話そうとも思ったのだが、時は待ってはくれない。何せ私の寿命も後わずかのようだ。そして健太君ももう直ぐ合流する。先ほど管制塔からもう直ぐ到着の予定との知らせが入った。」


「ケンタが?此処に?」

サチコは飛び上がらんばかりに仰天した。


「健太君にはアメリカ軍部警察の特殊訓練を旧友の村田君に依頼して教育してもらっていたのだ。そして今日村田と一緒に到着することになった。しかしだ、軍部はこのことを何も知らない。ノイバイ空港の管制塔の一担当者には内密に着陸を要請したがこのことは直ぐに軍部に知れるだろう。そうすれば健太たちの命が危ない。何せアメリカ軍用機で到着するのだから。そこでだ。今から健太君たちを救援に向かう。さぁ皆早く食事を掻き込んで!」

唖然としながらもそそくさと4人は食事を終える。支度ができると清水がマンション階下に黒塗りの車を滑り込ませる。飯田と宮田はKAIBAにて待機することとした。

「皆さん、かっ飛ばしまっせ~シートベルト着用!」

いきなり清水がスロットルペダルを踏み込んだ勢いで皆がのけぞる。それにしても清水のハンドルさばきは鮮やかだった。車は猛スピードでノイバイ空港へと走り去ってゆく。


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そして空港付近に到着しケンタと村田の乗る軍用機の着陸を待つ。

江田は管制塔からの無線を傍受しながらようやく軍用機が着陸態勢に入ったところで車のトランクから何やら武器のようなものを取り出し携帯すると空港の金網をよじ登って滑走路のそばへと駆け寄ってゆく。

軍用機が滑走路へと滑り込んできた。かと思った瞬間、ゴーアラウンドで又飛び立っていった。江田が駆け寄ってくる。

「ダメだ。軍用機がロックオンされかかった!計画変更。」

江田を乗せるとまたもや猛スピードで車は駆け出してゆく。

しかし空港から何台もの軍関係の車両が尾行を開始したように迫ってくる。清水の額に冷や汗がジットリ滲み出す。






Scene24~KAIBAの憂鬱Ⅲ


「これじゃまるで戦場だよ。ロックオンは回避できたが・・・」

村田が凍りついた表情で見事なコントロールでノイバイ空港の上空を円を描きながら機首を上昇体制に持ち上げてゆく。

「じゃ、何処に着陸すればいいんですか。」

「そんなこと知るか、俺だって必死だ!燃料ももう長くは続かないだろう。」

軍用機は来た道をたどり始める。ケンタの表情も強張ったままでいる。


「村田君、お疲れ様。」

飯田教授から無線が入る。

「ロックオンは回避できたね、ま、君の経験からは大したことは無かろうが久々に肝を冷やしたかね。ベトナム軍部からの手厚い歓迎だねっ!」

こちらの気持ちなど露も知らない飯田教授が笑っている。

「それではこちらKAIBA管制塔よりご案内いたします。そのままKAIBA郊外に向かってくれ。」

飯田が案内を開始する。どうやらKAIBAにも着陸する場所があるようだ。ならば始めから底へ案内すれば良かろうが。

「本当はKAIBAに私たちの拠点があることを軍部に知られないためにノイバイ空港を選んだのだが、時既に遅し。さぁクーデターの開始だな!」

飯田教授のワクワクしているような調子に二人は唖然としていた。


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乗客の大勢が日夜仕事に明け暮れ暮らしているハノイホテルの食堂のテレビに一同は食い入っている。先ほどのアメリカ軍用機のノイバイ空港飛来に関するニュースが報じられたことに一同は同様を隠せずに居た。

「いよいよここに米軍がやってきたのか。俺たちの人生もあと僅かかも知れないな。」

ひそひそと暗い表情の面々はこの先の不安に動揺している。

「一同、起立っ!」

軍部のオスレイ指揮官とアール隊長がけたたましく扉を開いて参上した。

「皆さんもご承知の通りアメリカ軍用機の突然の飛来により戦況が一気に深刻なものとなった。我々への攻撃は無かったものの、明らかにこちらへの宣戦布告的な行動であり、こちらも戦闘体制としてロックオンを試みたが残念ながら取り逃がしてしまった。しかしながら皆さん無事で何よりです。明日からの業務に支障はありませんが、そろそろ設備完成の域に達したこともあり皆さんにお知らせしたいことがあります。皆さんそれぞれにチームを組んで行っていたこの業務ですが、これらは軍部拠点の機能を有する最新のシェルター施設であります。そして今後皆様方もベトナム兵として米軍に対して戦いに参加してもらいたいと思います。」

一同がざわめきだす。オスレイ指揮官が続ける。

「これらシェルターは実のところ日本政府からの要請でもあり、核兵器開発推進をあからさまにできないので皆さんには黙っていましたが、我が国が密かに世界一の核保有国として構築していくための決定事項なのです。そして優秀な皆さん技術者たちの能力を発揮していただいたおかげで無事ここまで完成してきたのです。そして皆さんが此処に到着した事も全て日本政府とベトナム軍部との計画により「時空移転装置」を機体に取り付けてこちらに導いたものなのです。質疑応答は受けません、では明日!」

二人はそそくさと退散した。一同はどよめいた。

「時空移転装置って何だ?初耳だぞ。」

「以前学術論文をあさったときに見つけたことがあったが、あれは絶対に不可能な技術であると断言されていたのだが。飯田教授という奴が開発していて、回路発動の決め手となるある事象にはとてつもないエネルギーが必要であり、地球上で行う事は非現実的と揶揄されていたものだ。しかしあれは30年前のものだが。そうか、政府と結託して実用化までこぎつけたというわけか。そして現実に私たちは過去のベトナム戦場下にいるということで実証されているではないか。」

「何てこった!じゃ米軍には勝利したもののこの後此処も焦土と化す訳か・・・ということは僕らも近いうちに・・・」

「それはどうかな。さっきオスレイ指揮官が言ってたじゃないか。「日本政府の意向で将来的にベトナムを世界一の核保有国に変えてゆく。」と。」

「確かに僕らの知りうる最先端技術を持ってこの地を新たな土壌へと昇華していけば間違いなくこの時代の米軍との戦いに優位に居られるだろう。だがそれを行うことで此処が核保有国になることはどうかとは思うが。」

「確かに。私たちの手で戦争に加担するわけだからな。確かに米軍から国民の人命を守ることは最重要課題だとは思うが、果たしてそれと世界一の核保有国ということとの関係は全く持って意味合いが違う。おそらく日本政府のたくらみはベトナムに核保有させてそれを元に技術投資ということで商売にしようとしているのであろう。これをいいことにベトナムや核兵器を必要としている諸国に提供することで莫大な利益が企業や政治家たちの懐に転がり込むようにするシナリオなのだろう。ああ恐ろしい!」

「しかしこの計画は私たちの手腕にゆだねられていることは間違いないだろう。ということは、今後の未来を左右するのは私たちの決定により方向が変わってゆく。」

「そうかもしれないな。だが現実にうかうかしていたら僕らが無事にこの地で生活することばかりか帰国すら危うくなる。ならばここは軍部の言うなりに施設を完成し、早いところこの国をおさらばする事で回避できるぞ。」

「私の人生は残りわずかです。しかし将来の日本に汚名を残すことが私の人生の集大成になることだけは断じてお断りします。」

「いえいえ、そういうことじゃなくて、日本が新たなステップに立って新しい世界のリーダーシップをとるってことで何も問題はありませんが。ねぇ皆んな!」

「その意見には同調できませんねぇ。しかしこうしてはどうでしょうか。私たちが作ったこれら設備を私たちが乗っ取って、軍部を降伏させるとか・・・」

「何を馬鹿なことを。その前に私たちが射殺されてしまうぞ。」

「まぁ、そうかもしれないわね。変わりはいっぱい居るものね。また「時空移転装置」で他のエキスパートを日本から呼び込んで造れば済むものね。」

答えの出ぬままの討論は明け方まで続いてゆく・・・

Scene24~KAIBAの憂鬱Ⅳ


宗教家の木戸と占い師の沢野はスパイ劇さながらに清水の駆る黒塗りのセダンを執拗に追い回していた。清水はKAIBAへの道筋を避けることでクーデターの拠点の発覚を回避していた。鮮やかなハンドリングで4人を載せた黒いセダンは山道を駆け上がってゆく。葛篭折れのコーナーを交す度に皆の身体が左右にのけぞる。

「どうだい、木戸君。彼らをひっ捕まえて脅迫した暁に飯田教授たちのアジトへ案内してもらい、飯田教授をそそのかしてこのベトナムを乗っ取って僕らで新しい国を作るなんていうのは。そういえば君は宗教家だから宗教大国としてもいいかも。君にその国の教祖様としてがっぽりお布施で悠々自適な暮らしを送るってのも悪くないんじゃないかね?」

「お前も悪よのう。ううむ、その意見に賛成!だがそんなこと果たして大丈夫なのか?」

「私の占いによると大吉と出ているから間違いない。」

「君の占いは当たるもんなあ。何かカラクリがあるのかい?」

「それはいえません!」

二人のスパイは清水のセダンを徐々に詰めてゆく。

清水のハンドルを握る両手にも嫌な汗が滲む。


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「指揮官、大変です!日本人たちが今日からストを開始するそうです。」

「何、何故だ。」

「理由はわかりません。しかし彼らは策や一睡もせずに何やら討論していたようです。」

「あきれたもんだ。もう一度様子を見て来い!」

オスレイ指揮官はアール隊長に命じた。

5分後アール隊長が引き返してきた。

「大変です!皆が脱走しました!」


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日本から来た乗客たちは軍部から盗んだバスでシェルター基地のあるハノイ郊外に向かっていた。彼らが逃げ出した経緯にはある決断が持ち上がったからだ。

暫くして基地に到着した面々は辺りを封鎖すべくバリケード作業に取り掛かった。

すぐに軍部がやってくる。何とか形成を立てクーデターの準備に取り掛かる。

やがて軍部が到着した。


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清水は一晩中走り続けていた。そして車はガス欠で停車した。木戸と沢野にあっさりと捕まった。そしてKAIBAへの道案内を開始した。

しかし、これも作戦の一環であった。KAIBAまでの道のりの間、江田は無線で飯田に話の内容を送り続けていた。飯田に現状を知らせるために。

木戸と沢野はKAIBAの司令室に案内された。だがそこには飯田教授と宮田機長の姿は既に無かった・・・


二人は村田の機がKAIBA臨時空港に到着するのを見計らい、そちらで健太たちと合流したのだった。機体に給油をし、あらかじめ準備していた食料を積み込むと再び4人の乗った機体は飛び立った。そう、シェルター基地のあるハノイ郊外に向けて。


飯田は軍部の様子を伺うべく管制塔に通信を取っていた。そこで乗客たちが脱走しシェルターに到着したことを知った。そしてもうじきオスレイ指揮官率いる軍部の部隊が到着することも聞きだしたためであった。

「一体乗客たちは何を血迷ったのであろう。そうか彼らも見識があるからクーデターでも繰り広げるつもりなのだろう。そうくれば話は早い。宮田君、彼らに連絡を取ることは可能か?」

「はい、すでに更新は有効です。事の事情を聞きだしておきます。」

飯田はトイレに立つ。個室に入りオスレイ指揮官に連絡を取る。

「ああ私だ。ところで飯田教授、貴方は何を画策されているのだ。」

「画策なんて滅相もありませんよ。それより乗客たちはこの戦場において大事なキーマンたちばかりですので手出しはなさらないほうが。」

「だが変わりはいくらでも居るよ。それより彼らに変なクーデターなど起こされたのなら私たちの計画は頓挫してしまうではないか。」

「そこで情報ですが、米軍機がそちらに向かっているようですよ。」

「何、それは真実か!こうしてはおれん。ならばワシらも戦闘準備をしなければ!」

「もう遅いですよ、指揮官。軍用機には核弾頭が装備されていますので辺り一面焼け野原になります。そこで取引ですが、私の知人の村田君というものがこの機を操っていまして、私の都合を聞き入れてくれる可能性がありますが如何でしょうか。これは交換条件といっても過言ではありませんが、できればそちらから手を引いていただけないでしょうか。」

「何、きさま裏切る気か?」

「いいえ、一時的な取引です。悪しからず・・・」

「えい、わかった。とりあえず引き返そう。」

オスレイ指揮官一行はすぐに飯田からの要求を飲んだ。一時的な緊急避難として。

軍部がハノイ市内に到着した頃、飯田から連絡が入る。

「指揮官、やはり逆らえないようです。残念ながら。しかし主席がそちらにいらっしゃるようですので御会合ください。」

そういい終えると飯田は電話を切った。

軍用機はシェルターのある滑走路に到着した。宮田はシェルターの乗客たちに外に出てくるように、連絡を取り、一同と合流した。宮田を先頭に米軍機に皆を案内した。

「では、私は用事があるので此処でお別れです。宮田君、村田君、健太君お元気で!」

ケンタは事の事情を飲み込めぬまま教授に食いかかる。

「一体どういうことですか?乗客たちを何処に運ベと?」

「あんたがたもう用事が済んだからとっとと日本に帰りなさい!」

「はぁ?教授はどうするの?」

「サッチャンと他の連中はあとで此処から送ります。心配後無用!あ、それと私はもともと教授ではありませんよ、この国の主席です。フォーおじさんと呼びなさい!それと君のお守りの中にある「時空移転装置」は日本に到着したら直ぐに解体しなさい、忘れずに!」

「先生はどちらに?」

「私はオスレイ指揮官と協議し軍部を解体し、それと引き換えにアメリカと協議の上この戦争を血を流すことなく終結することにします。村田君、いや、村田米軍司令官のおかげで既に下準備は完了しました。では、日本の皆さんお元気でっ!」


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サチコたちは二人のスパイに隔離されることも無く江田と佐々木捜査一課長に取り押さえられた。二人の悪党の夢は粉々に打ち砕かれた。

と、今まで通信不可だったサチコの携帯に飯田からメールが届く。

「ご無事で何よりです。定点カメラからそちらを監視していました。こちらも無事一件落着、健太君たちも乗客を米軍機に乗せて先ほど日本に帰りました。君たちはサッチャンの乗ってきた電車で帰りなさい。日本行きが14:00に発車します。因みに車掌はフォーおじさんでも教授でもありません。何せ私はここの国家主席なのです。さらばじゃ!」

4人はあっけにとられたままフォーおじさんに言われるがままKAIBA駅へと向かった。





Scene25~KAIBAからの脱出


電車に揺られながら外から差し込む日差しにサチコは眼を覚ました。

先ほどまで皆で日本への話で盛り上がっているうちに眠ってしまったようだ。

いつの間にか車両にはわたしひとり。

「間もなく日野春駅~。」

はて?どこかで聞いた駅名。或いは聞き違い?だって来るときに降りた過去のサチコの実家のあったあの駅名だから。不思議に思いながらも幸子は降りてみる。


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何故か昨日とは違う雰囲気がそこにはあった。というより現在のサチコの住んでいる町並みを歩いているような。あれ、どうやら戻ってきたみたい。不思議なこともなれたみたい。

暑い中暫く歩くと、やはり実家の居酒屋がそこにはあった。入ってみる。

いつものように母親が居る。奥に父の姿も。


「あら、サッチャン。連絡もしないで今まで何処に・・・」


カウンターに着くとテレビをボーっと眺める。ニュースが始まる。


「今朝、旧式の米軍用機が羽田空港に到着しました。事情は未だ公開されていませんが、先日消息不明となった旅客機の機長と乗客が乗っている模様、詳しいことがわかり次第追ってお伝えいたします・・・」


宮田さんたちも無事到着なのかなぁ。


「引き続きニュースをお伝えします。本日ベトナム国家主席であるフォー主席が新たな政策を打ち出した模様、世界に大きな改革が起こると予想されます。」


そこにはフォー主席が映し出されていた。飯田教授に似ているような。


カバンを探ってみる。携帯の脇になにか忘れたはずのお守りがある筈もなく。

中をあけてみるが何も入っていない。


長い白昼夢でも見ていたのだろうか。生ビールを飲む。

やはり夢よね。しかし、長い長~い夢物語よね。暑い真夏の白昼夢・・・


暫くしてサチコの携帯にケンタからメールが届く。


「サチコ、無事日本についたか?」






The END

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