04 公爵令嬢ジスレット
昨夜の雨が嘘のように、晴れ渡った清々しい朝だった。
「Zzzzz……はっ!」
死体を運んでいた女が、驚いたように跳ね起きた。事実驚いたのだろう。
「起きたか」
「えっ?なんで?わたし、寝ちゃったの?」
「疲れていたんだろう」
「私が運んでいた遺体は!?」
「外の墓穴は、君が掘ったものだろう。そこに埋葬した。城内に残されていた遺体もすべて運んでおいた」
「ええっ!?」
「勝手だったか?」
「んん。ごめんなさい。迷惑掛けちゃった」
「迷惑だなんて、思ってない」
(眠らせたのは俺だしな)
「わたしはジスレット。ジスレット・アシュレイ」
そう彼女は名乗った。アシュレイだと?
「――アシュレイ?まさか公爵家の令嬢か!?」
「令嬢って言われるのは好きじゃないけど、まあ娘ね。だから城の人間は、わたしが弔わなきゃいけないの」
「そうか。だがあまり一人で抱え込まないほうがいい」
アシュレイのご令嬢は、令嬢らしからず一人で全部抱え込みすぎだ。
「ありがとう。ねえ、あなたの名前は?」
「俺は……シュマリスという」
「シュマリスね。いろいろとありがとう。あなたの寝床も借りちゃったみたいだし」
ジスレットは、俺愛用の鹿の革を指さしてそう言った。
「いや、構わない」
彼女は思いっきり伸びをした。
「んんー、ひさしぶりによく寝た」
睡眠魔法をかけたとはいえ、よく眠っていた。相当疲れていたんだろう。
「君はこれからどうするんだい?」
「それなのよね。城の人間でどこかに逃げている人もいるかもしれないし、戻ってくるかもしれないでしょ?だからこの近くにはいるつもりよ。それに、城の警備兵がいなくなって、領内に盗賊とか来るかもしれないじゃない。なんとかしなくちゃ」
盗賊はもう来ているが、そのことはまだ伏せておこう。それにしても、治安維持を担当する城を落として、その後の統治もなし……か。ただでさえ、魔王軍に防衛線を張っておかなければならず、王国にはもうこれ以上余裕がないのだろう。苦しむのは民ばかりか。
「公爵家を再興するつもりなのか?」
「公爵家を再興っていうより、領内の住人をなんとか守らなきゃ」
「それと……お父様は反乱なんかしていない。その証拠を探して、お父様の名誉を取り戻す。まあ、それは追々だけど」
アシュレイ公爵は仁徳厚いと噂高いお方だ。それは間違いないだろう。
それにしても家名よりも民を優先か。どこかの殿下とは大違いだな。
「君は……親衛隊がこの城を襲撃した時、どこにいたんだ?」
「魔王討伐の軍に参加していたの。城の騎士たちと一緒にな。この城の者は、最低限の守備兵とお父様を残して、ほとんどが魔王討伐に参加していたの」
なるほど。それで決して多勢とは言えない親衛隊に攻め落とされたのか。
「君以外の兵士は、今どこに?」
「軍は反乱の疑いをかけられたあと、すぐに解散させられたわ。今は違う指揮下に入っているか、下野してどこかさまよっているか」
「なるほど」
「シュマリスは?冒険者なんでしょ?魔王討伐に参加するの?」
「いや、正確には参加していた、だな」
「いた?もう、参加しないの?」
「パーティを追放されたんだ。勇者パーティを」
「勇者パーティ!?勇者パーティにいたの!?」
「……ああ」
どう答えていいか、迷ってしまった。
「……そっか。いろいろあるよねー。そうだ。だったら、この城にしばらく住んでみない?掃除すれば寝泊まりできそうな部屋はたくさんあるし」
たしかにどこかに行く当てがあったわけではない。彼女を巻き込むのは本望ではない。
「いやしかし、俺は殿下に命を狙われるかもしれない。君に迷惑をかけてしまう」
「それならわたしも同じだよ。それだったら、二人でいたほうが安全だと思わない?」
たしかにそうだ。まさか、俺たちが一緒にいるとは王都の連中も思わないだろう。
「ね。決まり」
「……ふぅ。わかった。お邪魔させてもらうよ」
「やったぁ。改めてよろしく」
ジスレットが握手を求めてきたので、一瞬躊躇した。
「……ああ、よろしく頼む」
彼女の右手を握った。
「あと、わたしのことは君じゃなくて、ジスって呼んで!」
こうして、ジスとの一つ屋根の下での生活が始まった。