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03 アシュレイ城の『魔女』

 アルトリア王国の子供は、15歳になると大聖堂で『神託』という儀式を受け、大司教から神に与えられた職業を告げられる。


 農民や商人のほか、騎士や戦士、魔法使い、教会に属する聖職者や聖騎士など様々な職業が神託される。


 少年少女達は神託された職業のギルドに所属し、それぞれの職で一人前になるまで修行を受ける。農民などはそのまま、農作業に従事させられるが。


 例外は、『勇者』くらいなものだろうか。魔王が出現した時にのみ、神託される勇者という職業。勿論、ギルドも存在しない。


 そしてこの世界には、神託に依らない職業もごくわずかに存在していた。賢者もその一つ。ギルドは存在せず、その師から一人の弟子にのみ伝えられる。一子相伝というやつに近い。


 そのせいで、教会組織には異端扱いされてしまうが。


 賢者ならば、まだ民衆から尊敬のまなざしを向けられるからまだ良いものの、同じく神託に依らない『魔女』などという者たちも存在していた。


 近頃、教会組織が『魔女狩り』などというものに力を入れている。


 一体、何人の罪なき女性たちが、炎に焼かれたことか……悲惨極まりない。


 人を惑わす『魔女』。俺自身も実物にお目にかかったことはない。


 盗賊団から解放された村人の間でも、その『魔女』の噂が流れていた。


 「実は、陥落したアシュレイ公爵家の居城に最近、魔女が住み着くようになったという噂が後を絶たないのです」


 「夜な夜な、殺された騎士達の死体を運んでいるのを見た者がおります」


 「きっと、騎士たちの魂を冥界にいざなっているに違いありません。恐ろしや」


などなどと。


 いやな予感はしたのだ。


 「賢者様。どうか、アシュレイ城に赴き、魔女を退治してはくれませぬか。このままでは城の騎士たちも報われませぬ」


 そう、村長に依頼されてしまった。


 賢者という職業を隠し、ここ、辺境の村オコンで寝泊まりさせてもらっている以上、断ることはできないだろう。


 ちなみにこの村で、俺が賢者だと知っているのは、村長(俺を逃がそうと声をかけてきたご老人)とピンクの髪の女の子(盗賊に処女を奪われそうになった女の子)だけだ。ピンクの髪の女の子は、村長の孫だったらしい。


 アシュレイ城はオコン村の西方、徒歩で半日の荒野に建っている。王国の北方を守護する城だ。

もともとは北方の蛮族を警戒して建てられたものだが、北方蛮族の襲来がなくなってからは、アシュレイ公爵家が居城として利用し、王国北方の領地を統治していた。


 だが先王アルフレッド陛下の急逝の折、アシュレイ家は反乱の嫌疑をかけられ、城は陥落。いまは廃墟同然というわけだ。


 廃城など、盗賊やゴブリンが棲み処にしてもおかしくないが、まさか魔女とはね。


 それにしても村長に依頼されて、すぐに村を立ったのは失敗だった。アシュレイ城に着いた頃には、夜になってしまった。


 しかも雷雨に降られるとは。城の外で野宿して、明日の朝から城内を探索しようと思っていたのだが、悠長なことは言ってられないな。


 とりあえず、城内で雨をしのげる場所を探すか。


 城の周囲は城壁に囲まれている。もともと蛮族対策のために建てられただけあって、頑丈そうに石が積まれている。


 城門は木製だが、親衛隊の襲撃を受けた際に燃やされたのだろう。半分が黒い炭と化していた。


 辺りの闇にまぎれて城門から中に侵入する。


 城壁内はなかなか広い石畳の広場があり、その後ろに城が建っている。王都の城に比べれば、小さいもので要塞と言った感じである。


 各所に燃やされた痕跡や打ち捨てられた剣や槍、壁に突き刺さった弓矢などがあり、ここで戦闘があったことを物語っていた。


 以外だったのは、血痕は残されているものの、アシュレイの騎士や戦士の死体がすぐに見当たらなかった点だ。


 これは、魔女の噂もまるっきり嘘ではないのかもしれない。


 土砂降りの雨はますます、強くなってきていた。とにかく、城内で雨をしのがなければ。


 そびえたつアシュレイ城の開きっぱなしの扉から入ると、そこは広間だ。

 

 広場は正面の両開きの扉のほか、奥に大きめの両開きの扉が、あといくつかの小さな扉も左右の壁に作られている。二階に続く階段が左右にあって、二階部分は渡り廊下、天井は高く吹き抜けており、

幸い雨漏りも酷いものではない。とりあえずここの隅で丸まって夜を明かすか。


 ほとんどない荷物を隅に置き、野宿する時に使っていた鹿の革を取り出して、床にひく。そしてその上に横になった。本当は火でも起こして、濡れた服を乾かしたかったのだが、ここで火を起こすのはあまりにも目立ちすぎて、危険だ。


 ズルッ、ズルッ


 うとうとと眠っていると、奇怪な音で目を覚ました。なにかを引きずるような音だ。定期的に響いてくる。城内のどこかからだ。


 まったく、ついていない。


 盗賊と戦った時にも使った気配を消す術式を展開して、身を潜め、あたりを警戒した。


 ズルッ、ズルッ


 徐々に音が近づいてくる。俺が寝ていた広場の奥、大きな両開きの扉の奥で音が止んだ。まだ外は土砂降りの雨で、雨音だけが響いていた。


 ――バアン!


 奥の両開きの扉がいきなり、蹴り開けられた。


 そこに立っていたのは、一人の女性。長い黒髪。白い装飾のついた鎧。顔はよく見えないが、よく整っているのはわかる。その女が、誰かに肩を貸している。


 肩を貸してもらっているのは、もう死んでいるのだろう。両足を地面に引きずり、完全に動いていない。鎧を着ているところを見ると、兵士か騎士か。


 ズルッ、ズルッ


 女は、重そうに兵士の死体を引きずりながら広間に入ってきた。苦しそうに肩で息をしている。俺には気付いていない。


 魔女には見えないな。どうして兵士の死体を運んでいるのか。


 広間の中央付近まで歩いてきた女は、なにかに躓いて、死体ごと転んでしまった。


 「……くっ。はぁ、はぁ」


 女は地面に座ったまま動かない。


 「……ううっ。ごめんね。ごめんね」


 泣いていた。しかしどうしたものか。魔女には見えないが……。


 しばらく、そうしていたかと思うと、女は突然立ち上がった。


 「ああ、もう……」


 そうして、また兵士の死体を担ごうとする。見てられんな。


 「おい」


 気配を消す術を解いて、声をかける。


 女は驚いて、こっちに振り向く。


 「いや!なに?だれ?」


 黒い髪に隠れていた顔は若く、まだ二十歳になっていないだろう。だがかわいさの中にも美しさがある。目じりはまだ涙で濡れており、それが妙に色っぽく、見とれてしまって声がでなかった。


 「あなた、誰なの?」


 平静さを取り戻したその女は、腰に帯びた細身の剣の柄に手を伸ばしている。白い装飾の鎧、今は少し汚れているが。装いからするに騎士かなにかだろう。


 「危害を加えるつもりはない」


 「じゃあ、なに?この城になんの用?」


 「オコン村の村長に頼まれてな。城の様子を見に来た」


 「オコン村……じゃあ、あなたは冒険者なの?」


 「まあ、そんなところだ」


 そこでようやく女は、警戒を解いて、柄から手を放してくれた。


 「何をしていたんだ?」


 「ここで亡くなった人を弔っていたの」


 「弔う?一人でか」


 「わたしがやらなきゃいけないの」


 「しかし……」


 「わたしが城を離れなければ、もっと違った結果になっていたかもしれない」


 そういった女は目を伏せ、また目に涙をためている。大分疲れているように見えた。


 「……手伝おう」


 「えっ、いや。ちょっと」


 女に近づいて、右手をその顔に向ける。


 「だが、疲れているようだ。少し、休め」


 「んっ!……Zzzzzz」


 倒れそうになる彼女を支えて、さっきまで俺が寝ていた鹿の革の上に寝かせた。


 彼女を支えた時にいい匂いがして、ちょっとだけドキッとしたのは内緒だ。


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