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02 辺境の村にて

 「君にブライアスのお目付役を頼みたい」


 ちょうど1年前、アルフレッド先王にそう指示されたのは、ブライアス殿下が勇者として『神託』を受けてすぐのことだ。


 アルトリア王国には、15歳になると『神託』という儀式を受ける制度がある。教会区内の大聖堂に赴き、大司教から神に与えられた職業を告げられる。ブライアス殿下に与えられた職業は『勇者』だったという訳だ。


 「私が……でありますか」


 「賢者である君なら申し分ないだろう」


 「しかし、目付けとは?」


 「あれは心が歪んでおる」


 (なるほど、息子をよく見抜いている)


 「あやつになぜ勇者の神託が下ったのか……まさに神のみぞ知るだな」


 「……」


 「出来の悪い息子ではあるが、息子は息子。多少なりともかわいいとは思っている。賢者シュマリスよ。勇者パーティに加わり、その動向を報告せよ。そして奴を正しい道に導いてほしい」


 「は!微力ながら!」


 その後は、表向き教育係という身分で勇者ブライアスのパーティに参加し、裏でどうにか導いてきたが……結局、1年で人の心を入れ替えるなどということは、いくら賢者と言えど無理な話だった。


 それにアルフレッド陛下の急逝は、はっきり言って予想外だった。死因は公表されていないが、なにか裏があってもおかしくない。


 いずれにせよ、今のブライアス殿下が即位すれば、この国の冬の時代は、いよいよ真冬を迎えることになるだろう。




 俺がアルトリア王国国境にほど近い辺境の村に到着したのは、王都を出立して5日後の夕刻であった。


 寂れた村だが、茅葺の屋根がきれいに並んでいる。


 入口にはガラの悪い二人組がこちらをニヤニヤと見ていた。どうも村人ではないようだが……


 すれ違う村人は何かに怯えているように伏目がちだ。


 なんだ?雰囲気がおかしすぎる。違和感を感じる。


 突然、すれ違った老人に路地へ引っ張られた。老人の顔には焦りのような表情が見えた。


 「旅の方、悪いことは言わん。早く村から立ち去りなさい」


 周囲を気にして小声で忠告してきた。


 「どういうことだ?」


 「この村は今……!」

 

 老人の口が止まった。


 先ほど、村の入口でたむろしていたガラの悪い二人組が路地に入ってきたのだ。


 「おいおい、ジイさん。何を話してんだ?」


 「う……」


 「余計な真似しやがって。兄貴、どうします?」


 「まあいい。そこのお前。有り金全部置いて、さっさと消えな!」


 「悪いが断る。それにこの御仁にも聞きたいことがある」


 「んだぁ?テメェ!死にてぇのか?」


 「うるさいハエだな。ちょっと眠っていろ」


 無詠唱で睡眠系の呪文を発動する。ガラの悪い男二人は、その場に倒れこんだ。


 「……Zzzzzz」


 「旅のお方は、高名な魔法使いでありましたか!?」


 老人が驚いた顔で聞いてきたが、正体は隠しておいたほうがいい。能ある鷹はなんとやらだ。


 「少しかじっただけの見習いですよ」


 「……しかし、今のような卓越した術は見たことがない」


 「ところで、少々お聞きしたいことがあるのだが」


 この御仁から聞いた話はこうだ。


 この村はもともと、付近の城に居を構えるアシュレイ公爵家の領地で、城の騎士達が治安維持を行なっていた。


 しかし国王急逝の折、アシュレイ家は反乱の気配ありとされ、王都の親衛隊の襲撃に遭って城は陥落。領主のアシュレイ公爵は晒し首となった。


 「いくら親衛隊と言っても、兵力はそれほどでもないはず。それが城を落としたと?」


 「そうじゃが……領主様は、正義感の強いお方でな。兵力のほとんどを魔王討伐に向かわせていたのじゃ」


 なるほど。アシュレイ家は有力な貴族で、仁徳厚い領主という噂はよく聞いていた。


 しかし、そんなアシュレイ家に反乱の嫌疑がかけられるとは……


 その後、治安を維持する兵士を失ったこの村は、一週間前に盗賊団に襲われ、占拠されてしまったとご老人は言っていた。


 とにかく、この村をこのまま放っておくことはできない。


 盗賊団の頭領は、村の酒場にいるらしい。さてさて、壊滅させるべきか、それとも……


 酒場に到着したのは、辺りが赤色から闇に飲まれたあとだ。


 とりあえず、外から中の様子をうかがってみることにする。


 「おい、酒だ!酒を持ってきな!」


 そういったのは、筋骨隆々とした……おばさんだった。


 身長も高く、体格もいい。しかし、膨らむところも膨らんでいる。革製の鎧に身を包み、傍らには巨大なこん棒が置いてある。とても怖いおばさんだ。


 近くには、数名の人間が縄で縛られているのが見えた。


 「ほら、あんたたち!ぼさっとしてないで動いた動いた!」


 おばさんは、盗賊の男どもを顎で使っていた。こいつが頭領なのか?


 盗賊が一人、新たに酒場に入っていった。


 「姉御!村の教会に隠してあった金貨を見つけて来やした。やつらこんなに隠してやがった」


 「そうかい!よくやったね!どれ見せてみな!」


 「へい!」


 「アルトリア金貨。50枚だね。半分はお前にやるよ!あと、好きな女も連れいきな!」


 そう言って、縄で縛り上げられた人々を指さす。


 「へい!じゃあ、この女で!」


 そうして選ばれたのは、まだ年端もいかぬ女の子。15歳くらいだろうか。ピンクの髪を二つに結んだ娘だ。


 「あんたは、ほんと若い女が好きだねぇ」


 「――い、いや。やだ!離して!」


 「なんだい。あんた、処女かい?こんな世の中だ。そんなもんはドブにでも捨てて、女として強く生きな!」


 見てられんな。そろそろ行くか。


 右手に氷の槍を現出させる。


 娘を肩に担いだ盗賊が、酒場の扉に差し掛かったタイミングで、外側から扉ごと盗賊の心臓を突いた。十分な破壊力だ。


 確かな手ごたえを感じた瞬間、術を解いて、氷の槍を霧散させると、もはや残されたのは、扉の穴と盗賊の死体だけだ。


 「お前たち!気をつけな!」


 女頭領が叫ぶ。穴の開いたドアが軋んで開いたが、そこにはもう誰もいない。


 本来はモンスター用だが、気配を消す術式を自分に施し、女頭領の背後にまわって、ミスリルでできた短刀を頭領の喉元に当てる。こんなことされれば暗殺者も真っ青だろう。


 「――うっ!」


 「動かないでもらおうか」


 「あんた、何者だい!?」


 「しがない魔法使いだよ」


 「よく言うね。魔法使いごときに、そんな芸当はできないだろう」


 「……」


 「さしずめ、『神託』の外側にいる人間だね。あんた、賢者かい」


 「そんなことはどうでもいい」


 「図星かい?」


 頭領の喉元に当てた短刀に力を入れる。


 「待った待った。あんたみたいなのに出てこられちゃ、こっちは引くだけだよ。質問もしない」


 「この村から出ていけ。そして、二度と手を出すな」


 「わかった、わかった。こっちだって命は惜しいよ」


 短刀を喉元から放して、頭領を酒場から追い出し、縛られていた人々を解放する。


 賢者という言葉が聞かれていないければいいが。


 ピンクの髪の女の子の縄を切ってやると、女の子は目じりに涙を浮かべ、抱きついてきた。


 「賢者さまぁ……」


 これは、まずったかもしれない。


 引くと決めた後の女頭領の動きは素早かった。部下をまとめ上げて即刻引きあげていった。


 女頭領は最後にこんなことも言っていた。


 「あんた、訳アリかい?うちらはここの近くのバルロー山に砦を構えているんだ。困ったらいつでも訪ねてきな。あんたくらいの実力者ならいつでも大歓迎だよ」


 「……考えておこう」


 できれば盗賊などは御免こうむりたいが。


 こうして村は一週間ぶりに解放されたのだった。




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