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「え?」
ぼそりと聞こえた声に、振り返る。しかし隻腕はアインスではなく村のある斜面の方を睨んでいる。遠くの方で鍬や斧を持った村人達が集まり、こちらを見ていた。他の盗賊達ー殺した男の記憶からまだあと数十人いることが分かっているーはどうしたのだろうか。
「おい、そこの化け物」
右手で左肩の断面を押さえ、真っ青な顔のまま隻腕が話しかけてきた。
「言葉は分かんねぇだろうが、さっさとどっか行きやがれ」
心底気怠そうに、追い払うようなことを言う。警告だろうか。しかしアインスを憎んでいるはずの隻腕が、そのようなことを言うだろうか。そして何故自分を解放しろと言わないのか。他人の心の機敏に疎いと評判のアインスには解らないことだらけだ。隻腕の前に行き、血溜まりを踏まないように気をつけながらしゃがみこんで目線を合わせる。
「ねぇ、おじさん」
「はぁ?喋れんのかよ」
言葉は正しいらしい。先程単語のみしか聞き取れなかったのは、階級と地域の差だった。とりあえず今重要そうなことを尋ねる。
「あの人達が来ると何かあるの?」
「…あぁ、やっぱてめえよそ者だったのか。あの村はなぁ、異端者共の集まりなんだ。そうでもなけりゃ、あんな大昔みたいな生活してるわきゃねぇだろ?」
意外にも、答えてくれた。
「異端者?」
「おいおいてめえ、気狂いじゃなくて記憶喪失だったのか?…説明すんのは面倒くせぇから、教会ででも訊きやがれ」
「…ねぇ、おじさん」
「んだよ、クソガキ」
血溜まりを見ながら、訊いてみる。
「怒らないの?」
「あぁ?何についてだ?俺の腕を奪ったことか?仲間を殺したことか?怨んでねぇわけねぇだろ。恨み骨髄だ。…けどな、てめえはそんなことを気にするようなタマじゃねぇだろ」
「まぁね。でもそっか、よかった」
安心した。これで恨んでいないとか言われたら、自信が無くなるところだった。直前の会話を反芻する。教会。異端者。隻腕の職業に見当をつける。
「おじさんは聖職者なの?」
「よかったとはご挨拶だな、気狂い。質問ばっかすんな。見りゃ判んだろ。俺はこの盗賊団の一員だ」
嘘を吐くらしい。いや、本人的には嘘ではないのかも知れないが、あの男の記憶とは合わない。ついでに、残りの盗賊達がどこに居るのかを訊く。村人達が集まっているのだから、もうあそこには居ないのだろう。
「残りの盗賊達…ガイ、ザシャ、アル、その他大勢はどうしたの?」
「…何でてめえが知ってやがる」
「…」
「……」
「………」
「…答えねぇぞ」
「そう」
話しているのが自分が殺そうとしたり、自分の腕を奪った相手の割には対応が優しい。よく判らないけど良い人のように思う。殺して記憶を貰うのもいいが、今の自分は子どもだ。あまりにも立場が弱い上に、魔法が大々的に使用されるこの世界は元の世界とは全く異なっている。支配階級の人間と元農民の知識だけで生きていくのは厳しいだろう。どうしてこうなったのかが分かり、解決するまではしばらくこの人に保護者役をしてもらわなくてはならない。それなりに頭も回るようだし、上手いことやってくれそうだ。
「…うん決めた。おじさんはしばらく僕の保護者役をお願いするね」
死の間際、アインスはノインに誓約をかけた。決して彼女に後追い自殺して欲しい訳ではないが、いつか、必ずもう一度会えるはず。
「………は?いや待て待て、どうしてそうなった」
気が狂いそうになるほど寂しく、辛いが、それまでは地位・財産・信頼を築き、世界に憎まれた彼女でも生きやすい環境を造らなくては。
「頑張るから、ゆっくり来てね。…それにしても、誰があんな酷いことをしたんだろう」
「おい、人の話を聴きやがれ!自己完結すんな!」
隻腕の叫びに意識が今に戻る。
「あぁ、ごめん。今外すよ。止血もするから」
「…止血は要らねぇ」
「…?」
「俺の腕を寄越せ」
手錠を外し、隻腕に切り飛ばした腕を渡す。じっと見ていると、隻腕は腕の切断面を肩口のそれに合わせた。
「何してるの?」
「うっせ、黙って見てろ」
接合部の傷痕が、少しずつ消えていく。完全に消えた時、それはつまり、
「…治った?」
呆然としているアインスを見て、元・隻腕は何故かやけくそ気味に叫んだ。
「おうよ!これが俺の能力だ!すげぇだろ!」
「…凄い。凄い、本当に凄いよ!もう一度見せて!!」
素直に称賛するアインスに、元・隻腕は意外なものを見た、と言わんばかりの顔をし、僅かに照れつつ、誇らしげに笑う。
そしてアインスの言葉に気づき、嫌そうな顔になった。
「クソガキ、それはまた俺に腕を切れって言ってんのか」
「勿論!あ、別に腕じゃなくても良いけど、自分で出来ないなら手伝おうか?」
「嫌に決まってんだろ!ざけんな気狂い!」
「…じゃあ、仕組みだけでも教えてよ」
「誰がてめえに教えるか」
元・隻腕を潤んだ目で見上げる。五、六歳の子どもの庇護欲をそそる仕草付きで。
「…これは俺の固有能力だ。違う個体にゃ再現できねぇ」
「ふーん」
元・隻腕はどうやら懇願に弱いらしい。扱い易そうで助かる。
再び村の方を見る。彼らは距離を半分程詰めて来ていた。
「じゃあ、そろそろ…」
「おい待て。その格好で彷徨く気か?」
「とは言ってもどこに…あぁ」
いつの間にか少し離れていた死体の元へ戻り、小柄な男性達の中からあまり血の付いていない服を着ている者を選び、脱がせる。そしてそれを着た。元・隻腕がドン引きした表情で「躊躇無しかよ…」と呟いているのを尻目に、残されていた装飾品なども外し、この世界では禁術または異能と呼ばれるらしい魔術で作った異空間に、元・隻腕から見えない角度でそれらを放り込む。
「ぶかぶかだけど、大丈夫そう?」
「あぁ、まぁ…しっかしその顔は目立つなぁ」
盗ってきたローブを羽織り、フードを深く被る。
「それなら、まぁ」
肯定の返事が帰って来たので、元・隻腕の鎧の端を握り、上目遣いをする。ここで離れられると面倒だ。
「一緒に来てくれるよね?おじさんじゃ僕に勝てないから抵抗しても無駄だけど」
「抵抗なんざ考えちゃいねぇよ!ほら行くぞ!」
元・隻腕は振り払わずに子どもに合わせるようにゆっくり歩き始める。横を歩きながら、元・隻腕に質問する。
「おじさんの荷物は?」
「全部馬と一緒に隠してある。もう馬は要らねぇが」
「どうやって移動するの?徒歩?」
呆れた顔をされた。
「そんな面倒なことするかよ。魔導車だよ!」
記憶を探り、見つける。そして、驚いた。この世界の文明に。
「街は遠いから、今夜は車中泊だぞ。宿なんて使わねぇかんな」
「僕は別に野宿でも構わないよ」
***
「ところでおじさん」
「何だよ」
「僕おじさんのこと心の中で元・隻腕って呼んでるんだけどね?」
「今すぐ止めろ」
「嫌なら偽名でいいから教えてよ。僕もなんか考えるし」
「堂々としてんな、おい。…ダレンでいい」
「よろしく、ダレン。僕は、えーと…じゃあキトで」
キトは主人公の本名を捩ったものです。
これ以降、キトと書きます。




