表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一度、君と。  作者: 藍
キト 盗賊との出会い
3/7

1

残酷な描写があります。苦手な人は飛ばして下さい。

 



 ただひたすらに冷たく、真っ暗な空間を流されていく。何も見えない筈なのに流されていると判るのは、色とりどりの光球とすれ違うからだ。


 寒い。ただただ寒く、そして怖い。何かをされたわけでも無く、嫌な物があるわけでも無いのに、恐怖に呑まれそうになる。


 ふと下を見ると、光球が一つ、点滅しているのが見えた。

 それが呼んでいるように思えて、必死に近寄ると、いきなり引き摺りこまれた。



 ***



 寒く、恐ろしい空間を抜けた、と思うと急に目の前が明るくなった。


「―――ひゅっ、こふっ、けほ、げほこほっ」


 咳き込みつつ目を開くと透けるように青く、美しい空が見える。


 生き残った。


 それだけを思い、しばし感動の余韻に浸る。

 我に返って顔を横に向けると、アインスの居る拓けた丘の上、そこには無数の死体が落ち葉の様に広がっていた。

 生きているものは居ないようで起き上がると、身体を押し上げる為に地面に突いていた手に感じたのはぬるりとした生温かさ。俯くと、脇腹からぼたぼたと血が流出し続けていることに気づき、手で押さえる。そこで、不思議な事に気づいた。


「痛くない?」


 痛くはなくとも出血し続けるのは危険だと思い、とりあえず近くの死体の衣服を剥いで、止血する。全然止まらなかった。前世の幼い頃やっていたように、魔力を巡らせ、患部に血液が回らない様にする。そのままにしておけばその部分が壊死する可能性があるが、今の最優先事項は現状確認だ。

 何故自分がこんな所に居るのかを考えるのも後回しにして、丘の上に立ち、麓を見下ろす。普段なら長閑な田舎の風景が見えただろうに、今見えたのは無骨な鎧を身につけた男達が家々を襲っている様子だった。

 悲鳴が風に流れてくる。


「強盗、かな」


 周りの死体達も彼らに殺されたのだろうか。

 不意に小柄な男がこちらに気づき、仲間に告げた。男が六人、丘の上に走ってくる。


 しばらく待っていると、登って来た男達がアインスの周りを囲み、その内の一人が掴み掛かってきた。

 右側に少しずれ、足を引っ掛ける。反応したことに驚いたのか、そのまま足に爪突いた男が転倒し、隣の小柄な男が大声を張り上げた。


「―――――――――――――!―――――――――――――――――――――――!」



 何を言っているのだろうか?聞いたことのない言語だ。


「何――――――ガキ!聞い――――――怯え―――!――――盗賊、ムゲン様の――――!」


 ん?解る単語もある…盗賊?


「―――――――!!お前―――――――――――なぁ、俺―奴隷―――――――!」

「…んー、奴隷になれ、って言っているのかな?それとも奴隷だから助けてくれ、とか?」


 答えないアインスに苛立ったのか、一際大きな男が立派な大鉞を振り上げた。肉厚な刃をぎらりと凶悪に光らせ、威嚇する。

 大男が何かを言う度に、にたにたと汚ならしく笑いながら周囲の男達が騒ぎ立てた。


「やっぱり前者か。民家を襲っているヒトが僕にとって良い人な訳ないよね」


 何か事情があったのかも知れないけど。

 今の身体の性能を確かめるためにその場で軽くジャンプする。着地で微妙にふらついた。怪我をしているからか、残念ながらそのままではあまり動けなさそうだが、軽い。無理をすればそれなりに動けると思う。そういえば、と右手で自分の腕を引っ掻く。血が滲むが全く痛くない。


「やっぱり。通りで脇腹が痛くないはずだ」


 次に足下にあった小石を摘まみ、力を込める。その結果を見て、アインスは大男を再び見上げた。相手は訝しげに目の前にいるアインスを観察していた。

 得物を見せびらかし、大声で怒鳴ったというのに年端もいかない子どもが怯えなかったことを考えれば、それは当然の反応。

 しかし、おかしいと思うのなら、警戒するべきだったとも言える。


 のんびり眺めている間に、目の前の子どもの姿は消えたのだから。



 ***



 気味の悪ぃガキだ。


 部下に報告を受け見に来た子どもを見て、盗賊団の頭目・ムゲンはそう思った。


 磨きあげた銀みてぇな髪。ガキだった頃教会で聞いた、神話に出てくる悪い竜みてぇな紫の、死人みてぇな虚ろな目。どこぞの貴族なんかよりずっとおキレーな面。そのくせして身につけてんのはぼろぼろで血塗れの布。何言ってんのか分かりゃしねぇし、自分より大きな男共に囲まれても、俺に脅されても怯えやがらねぇ。

 さっき皆殺しにした商隊(キャラバン)の死体の真ん中に立っていたが、こいつには見覚えが無ぇ。ここまで整った顔があったら、さすがに俺でも覚えてる。

 それに部下の手前、奴隷になれとは言ったが、んなつもりはさらさらねぇ。

 売れば高く売れるだろうが、このガキはとっとと殺した方が良いって俺の勘が叫んでやがる。俺の勘はよく当たるんだ。

 そのガキが、変なことを始めた。その間に殺しておけゃあ良かったのに、俺はじっと見続けちまった。


 ガキと目が合う。

 

「…?」


 消えたと思った瞬間、大鉞を持つ左手に鈍い痛みが走る。重すぎて痛めちまったか、等と考えて、首を傾げる。一瞬視界に影が落ち、腕が急に軽くなった。

 あったけぇ液体が、顔に勢いよくかかった。


「え、が、があああぁぁぁぁぁあぁ!!!?」


 恐る恐る左腕を見ようとして、見れなかった。

 何故なら、そこにあるはずの腕が無かったから。



 ***



「ひ、ぎ、ぎぃぃぃいいいいぃぃぃ!!俺、俺の腕ぇぇぇえ!!」


 叫ぶ大男を冷静に観察する。アインスは大男の腕のツボを突いて大鉞を奪った後、首と腕をそれで斬ろうとしたのだ。首は動いてしまったので落とせたのは腕だけだったが。


 利き腕を奪ったからといって勝ったわけではない。


 油断大敵だ、と思いつつ、自分の立ち位置を顧みる。今アインスは大男の背後、男達の輪の外に居る。

 右手には大鉞。かなり重いが魔力を巡らせていれば問題ない。


 隻腕になった大男が振り向く。


「――――何――――、―――!」


 やっぱり何を言っているのか分からない。警戒するも、隻腕ー大男ーは戦意を喪失したように思えた。動く気は無いようなので、他の男達を標的に据える。彼らはやっとアインスを見つけたようだった。


 この中では、隻腕が一番の手練れだったのか。


 少々拍子抜けした気分を味わいつつ、走り出す。動きに緩急をつけると相手は見失いやすくなるらしく、現に今も彼らは同じ地点を見続けていた。

 一人目にたどり着き、大鉞を横凪ぎに振るう。そのままそれを手放し、相手の男の手からナイフを奪う。アインスは元々暗殺者だ。重い物を扱ったことは殆ど無く、逆にナイフは使い慣れている。

 二人目が、手放した大鉞で既に絶命しているのを一瞥し、三人目の顎の下からナイフを強く突き上げる。ナイフはそのまま鼻筋まで貫通した。四、五人目には二人目の男から抜き取った大鉞で下腹部を一閃。これは狙った訳ではなく、身長的な問題だ。最後にまだ息のあった三人目の男の元へ行き、首を切り落とした。これだけ振り回しても大鉞の切れ味は全く落ちていない。この大鉞は中々良いものだ。






 その大鉞の持ち主である隻腕はどうしているかと振り返ると、座り込んでじっとアインスを睨んでいた。

 そう、睨んでいるだけだった。怯える訳でも叫ぶ訳でもなく、仲間を殺されて怒り狂っている訳でもなく。ただただじっと、アインスを見つめていた。

 アインスが近づいても動かなかったので、隻腕が何故か持っていた手錠で彼を固定する。何故鎧を着て村を襲う典型的な盗賊が、手錠を持っているのか。立場的にも文明的にも不思議だった。


 とりあえずの安全が確保されたので、出所の分からない記憶を探る。聞き覚えのない言語なのに単語を聞き取れたのには何か理由があるはずだ。


 すぐに解った。何故かアインスはドラッヘン王国の元王女の記憶を持っているらしい。思い当たるのは生まれた直後に触れたあのもや。もしかして、とさっき殺した男達の死体方に目を凝らす。

 すると何も無かったはずの所に同じようなもやが見えた。


 近づき、さっきのようにならないか、びくびくしながら触ってみる。

 その瞬間、記憶が流れ込んできた。この男の、生まれて、生きて、今ここに至るまでの全ての記憶が。そして、言葉も。


「…おぉ」


 しかしそれは一瞬のことだったらしく、その一瞬で何十年分もの記憶を読み込んだせいか、吐き気と頭痛が襲ってくる。


「痛、気持ち悪…」


 しゃがみこみ、耐える。遠くで何人もの足音が聞こえてきて、


「異端者共が」


 隻腕が吐き捨てたのが聞こえた。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ