6 〜OPEN Sesame〜
「大変なことになったんですね」
年上の女性が、声をかけてくる。
それは、学校で起こった集団自殺から一日たったあとのこと。
「おかげで寮に戻れなくなったし、もうさんざんだったよ」
陸緒はうんざりとばかりにはき捨てた。
あの事件のあと、警察に呼び出されて第一発見者として絞られ、さらに新聞社の連中にまでまったく同じことを説明して、終わったと思ったら友達に興味本位に絡まれて――本当にさんざんだったのだ。
【彼女】が陸緒を保護者として引き取りに来なければ、もっとひどい目にあっていたかもしれない。
場所は――女性の自宅。
あごの辺りで切りそろえられた、波打つ栗色の髪。
どこか弱々しい笑み。
シャツにエプロンと、平凡きわまる野暮ったい服装。
彼女の名は――赤土深雪。
陸緒の母親であり、神徒科学専門学校の教師でもある。
ちなみに、彼女の年齢は23歳。
母親と称するには、まだ歳若く、そして頼りない。
陸雄の家庭事情は、少々複雑だったりする。
父親が戦争に参加しているときに、母親は戦闘機の爆撃により死亡。
その後、父親は再婚。
それからしばらくして父親のほうが死亡。
親戚も戦争で亡くしており、陸雄の親類は、血のつながりもない深雪ひとりというわけである。
思春期の少年を支えるには、あまりにも弱々しい。
緊張と遠慮があいまっているのか、彼女はいつも年下の陸緒に対して敬語を使う。
そんな彼女が、陸緒はどうにも苦手だ。
夏川愛海に負けないくらい――いや、大人なぶん、愛海にはない独特の色気というものがあるのだが、どうにも彼女は他人を怖がっているような、避けているようなそぶりが多い。
本人にはけして言わないが――見ていて見苦しいのだ。
「あの、どうしますか? ごはんにしますか?それともおふろにしますか?」
(ダンナか俺は……)
ため息をつきながら、陸緒は「寮に帰るよ」と行ってその場をあとにした。
■ □ ■ ■ ■ ■
ちかちかちかちか……。
信号機の青信号が点灯していく。歩行者禁止のカウントダウン。
交差点の前で、ぼんやりと陸緒は歩道の前で思いにふけっていた。
思い出してしまうのは――床に転がった死体、死体、死体……。
――あれからというもの、世界が変わり始めている。
不条理な一家心中。
奇怪な通り魔事件。
理由なき連続殺人。
この町中で、奇妙奇天烈な事件が溢れかえっているのだ。
ちかちかちかちか……。
横断歩道の前に集まってくるのは、ぴかぴかのランドセルを背負った子供たち。
その横で、通り魔対策の大人たちが自警団みたいに辺りを見回している。
――戦後のすさんだ世の中とはいえ、なんだか痛々しい光景だ。
ちかちかちかちかちかちかちか――ぱ。
光は灯る、赤信号。歩くべからずの印。
陸緒の真正面を、たくさんの車が通っていく。
道路が比較的広くつくられていて車の通りも多く、たとえ遅刻ギリギリでも全力ダッシュは封印しているポイントである。
そのとき――
「はい進んでー。はい進んでー」
その声と、見てしまった光景に、陸緒はわが目を疑った。
先導役の大人が、子供たちを横断歩道に誘導しているのだ。
何を血迷ってか、よりによって車が横切る道路のど真ん中に。
「…………っ!?」
手をのばすが、とても間に合わない。
事件から子供を守るための大人たちが、事件に誘導しているのでは守りようがない。
ましてや、引越し業者用の大型トラックが高速で突進されていては――
ドン、と鈍い音がした。
「…………」
灰色の十字架に捧げられた、真っ赤な豚の血。
悲鳴と恐怖が混在して混濁していく混沌の中心で、陸緒は呆然としていた。
最近、特に多い事件――集団自殺。