8 〜Hell Fire〜
とある時代。
とある国。
とある戦争。
それは、大きな国と国でおこなわれた――大きな戦争だった。
たくさんの戦車が火をふいた。
たくさんの飛行機が堕ちていった。
たくさんの船が沈んでいった。
たくさんの人が――
平和国家をうたう日本すらも飲み込む、大きな戦争。
火の海に巻き込まれていった国は痛みに泣き叫び、たくさんの【大人たち】が姿を消してしまった。
――それから幾年。
親に二度と会えなくなった運命の孤児たちで国はあふれ……
そんな子供たちをやしなう施設が次々と生まれていった。
その施設のひとつが、神徒科学専門学校。
科学者として育て、国に貢献するための孤児育成機関。
親のいない子供たち。
即興作りの科学の家。
安定性の欠いた、凧のような戦後の世界。
それが、この物語の舞台である……。
■ □ ■ ■ ■ ■
「撃ェ!!」
鼻をつく火薬。
散りゆく火花。
耳を潰すような炸裂音。
コンクリートの質素な空間を、拳銃の発砲音が蹂躙していく。
それも一発や二発ではない。
十丁を超える拳銃が、一気に火を放つ大合唱だ。
「撃ち方、止めェ!!」
岩を切り崩したような顔の男が、怒号を上げる。
「…………」
教官の命令通り、オートマチック式の拳銃を同時におろして生徒たちは、こわばっていた筋肉を緩ませる。拳銃を撃つのは多大な精神力を有するのだ。それに、撃ったときの振動が骨に響いて痛い。
生徒たちから6メートルほど離れた先――立体映像で投影された犯人の映像。
その手や足、あるいは胸や頭に赤い点が表示されている。――着弾ポイントだ。
ごつい風体の教官は、手にもっていた端末に送られてくる生徒の成績を確認しながら、ときおり眉をひそめ、ときにうなずき、そして電源を切った。
「今日はこれまでとする! 各自解散!」
■ □ ■ ■ ■ ■
「……なんで科学のガッコに射撃科目があるんだよ?」
放課後の帰り、陸緒は不機嫌そうにぼやいていた。
通りぎわに買った、てんぽう堂の名物・プリンパンをもむもむと口にしながらため息をついた。
「戦争以来、銃刀法も何もないからね。自分の身は自分で守れってこと」
「俺、あのセンセー嫌いなんだよ。なんか俺のこと目の敵にしててさ」
「二挺拳銃でマシンガン連射やってた悪ガキをみる目だったね」
過去の悪行をさらりと口に出されて、陸緒はうめく。
「だって、射撃ってめんどくさいじゃん。
撃った弾数を必ず数えなきゃダメとか、弾倉が空になったら必ず交換する――ただし、銃本体には弾丸を一発だけ残さなきゃダメとか、空になった弾倉は捨てちゃダメとか……ダメばっかじゃん。
しかも弾倉捨てちゃダメって何だよ。映画とかだったら使い捨て感覚じゃねーか」
「そういうゲーム感覚だから怒られるんだよ……」
あきれ気味にそらが笑う。
放課後帰りの学生同士の話としては、やや内容が物騒なのだが、これが彼らの日常会話である。
丘を切り崩してできた道路をとことこと歩きながら、二人は寮へと歩いていく。
ガードレールの向こうには、海に面した雄大な町並みが見下ろせる。沈んでいく夕陽が、世界を美しく照らしているではないか。
静かに、世界は夜へと近づいていく。一日の終わりへと……。
丘の頂上にある学校から少しはなれた学生寮――それがふたりの住まいなのだ。
「……おふたりさん」
響くのは、第三者の声。ちょっとだけ低めの、若い少女の声だ。
近づいてくるのは、同じ制服の――だけど下はスラックスではなくブリーツスカートの少女。
声の主に気づいてか、そらは「ん?」とつぶやき答え、陸緒は、あわてて口元をぬぐってパンをうしろに隠した。
ふたりの反応の違いは、やがて分かることになる。
うしろからやってきたのは――夏川愛海。一年上の先輩だ。
第一印象でいうなれば――美人の部類に入る。――というか美人だ。
なんと説明したものか、美人といってもけっして大人にはなりきっていない。
とびっきりの綺麗でかわいい少女……そういう意味では完璧な容姿といえるだろう。なにせ彼女は水泳部のエースなのだから。
背が高いぶん大人びて見えるが、微妙に顔立ちだけが幼い。
そんなアンバランスな未成熟さが、彼女を絶妙な美少女に仕上げているのかもしれない。
その美少女は、そらと陸緒の前に立つと、おだやかな笑みを浮かべる。
坂なので、自然と彼女が見下ろす側になる。不思議と、それが自然に見えた。
「偶然どすなぁ」
なまりのある口調で、愛海は色を含んだ声で微笑んだ。
それだけで、並の男は骨抜きにされてしまうのではなかろうかという破壊力を秘めている。
たとえば今の陸緒みたいに。
「……そうだね」
だけどそらは、まるで電車ごしの風景でも見ているかのようにあっさりしていた。
「部活はいいの? 夏川先輩」
その呼び方に、愛海はほんの少しだけ傷ついたような顔をして、でもすぐに笑顔に切り替えて話しかけてくる。
「今日はお休み。うちもたまには骨休めよと思て」
「へえ、暇なんだ」
「せや」
「いいなぁ……。僕は忙しいから」
しばしの間。
風が横からふいてきて、愛海が口を開いた。あきらめたような、そんな感じ。
「……うちはこれで失礼させてもらうわ。――ほな、さいなら」
微笑みとともに、彼女は先を歩いていった。
そのあいだ、そらは社交辞令的に手を振り、陸緒はロボットのように手を振り続けていた。
「いつまで顔ゆるませてんの……」
あきれたようにそらは隣のロボットをひじでつついた。
はっとしたように、ロボットは息を吹き返す。
「いやぁ、彼女かわいいなあ」
「別にたいしたことないと思うけど?」
「淡白だなお前」
それでも男か? そう陸緒はききたかったが、きかないでおいた。
だってそらと愛海は――
「まぁ、五年来の付き合いだからねぇ」
戦争孤児の仲間――同じ施設出身なのだから。
神徒科学専門学校に入学するよりも前から、ふたりはずっといっしょにいたのだ。
「うらやましいなあんな年上の美人とコノヤロ。ふたりでどっかあそびに行かねーの? 遊園地とか」
「年取るとね、幼馴染とはいっしょにつるめなくなるの。いつまでも子供気分でいられるわけじゃないし」
「いくつだよお前……」
老人じみた――いささか枯れているのではと、隣の友人を疑いはじめて――
「あ。」
いきなり、陸緒はかばんの中身を確かめはじめる。そして確信した。何かが足りないらしい。
「どうしたの?」
そらがたずねると、陸緒は顔をうつむかせたまま答えた。……ひどく、小さな声で。
「拳銃忘れた」
沈み行く夕陽はすでに半分。
遠くの空はすでに朱色から蒼に染まり、闇が少しずつ侵食しつつあった。
「……………………ばか」
「しゅいましぇん」