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桜日和

桜日和 『五月雨』

作者: ほんごうさくら

「梅雨と五月雨って同じものなんですよね」

「ん?」


 放課後、今日もまたいつものように屋上でのんびり……と行きたいところだったが、生憎の雨だったために図書館でのんびりしていたところ、こちらはいつものように桜が話しかけてきた。

「ちょうどこの時期は旧暦の五月頃に当たるので、五月雨っていう呼ばれ方が生まれたみたいですね。梅雨って言うとじめじめしたイメージが思い浮かんでしまいますけど、五月雨っていうと何だか風情があっていいですね」

「確かになぁ」

「もしかしたら今降っている雨も、五月雨なんだと思えばそんな風に見えてくるかもしれませんね」 

そう言われて外を見てみる。ここのところ降り続く雨は今日もまた町を濡らしていた。とめどなく雨粒を落とし続ける曇った灰色の空を見ていると、どうしてもやはり気が滅入ってしまう。

 ふと横を見ると桜は目をつむっていた。それにつられて、僕も目を閉じる。すると、先ほどまでは右から左へ素通りしていた雨音が、頭の中に響き渡った。それはまるでイヤホンの音量を上げたような、はたまた雨音自体が自分の中で鳴っているかのような、そんな劇的な変化だった。

「私は――」

 桜の声が静かに雨に透き通る。

「雨の音、嫌いじゃないです」

 止むことのない雨音を聞いていると、なるほど確かに今までの雨に対する嫌悪感とはまた別の感情が生まれた気がした。それは懐かしさのような、ただそれだけでは表現しきれない感情だった。


「『五月雨をあつめて早し最上川』って歌があるじゃないですか」

「ああ。松尾芭蕉だよな」

「そうです。あの歌はもともと『五月雨をあつめて涼し最上川』って詠まれた歌だったんですよ。暑い日差しの中、五月雨を集めた最上川からの風が涼しいっていう」

「それは知らなかったな」

「その後、実際に最上川を船で下った時の実体験から、最上川の激しさを表わす、今の『あつめて早し』に変わったそうです」

 最上川を船で下る松尾芭蕉を想像してみる。荒れ狂う激流に夏の暑さどころの話ではなかったのかもしれない。そうだとしたら、恐らく松尾芭蕉は絶叫系アトラクションが苦手な人種なのだろう。

「でも私は『涼し』のほうがいいって思っちゃいます。そのほうがなんか優しいですもん」

「桜もジェットコースター苦手だもんな」

「ジェットコースター?」

「いや、なんでもない」

 首をひねる桜に、先を促す。

「私の場合は音から感じるんですが……、雨は優しさも持ってると思うんです。ああ、激しい雨の場合は別の話ですけど。雨音を聞いていると、心が休まる気がします。」

「――優しい、か」そう言って、再び外に意識を向ける。

 それは窓にかかる音。

 それは屋根ではじける音。

 それは傘にぶつかる音。

 それは紫陽花の花びらを揺らす音。

 その一つ一つが音を成し、合わさって、今この瞬間も僕と桜の鼓膜を揺らしている。そしてその音は、そのまま僕らの心へと響いていく。

 こんな風に雨の音をじっくり聞いたのは一体いつ以来だろうか。

「たまにはこんな感じに雨の音聞くのもいいもんだなぁ」

僕がそういうと桜は照れくさそうに笑った。

 そのまま会話は途切れ、僕と桜しかいなくなった図書館を雨の音だけが包んだ。


 その後、僕と桜両方が折り畳み傘を持ってくるのを忘れているのに気がついて、雨の優しくない部分がいかんなく発揮される羽目になるということを、この時の二人はまだ知らない。

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