#06 「いやいやいや、それはウソでしょう!?」
「握手をしませんか」
太陽信仰の使徒セメリアは、ボクに手を差しだしてきた。
「握手?」
「感謝、とでもいうべきなのでしょうか」
「ん」
「私とは生き方が違います。しかし、貴方は騒ぎのタネを収めてくれました。その意思と行動には感謝と尊敬の念すら感じています」
「……たはは。堅苦しいな」
「む。そうでしょうか」
「音便にすんだんだから、それでいいじゃない」
「しかし、感謝の心と言葉は必用だと思いますが」
ボクはスッと。
握手をせずに、セメリアの柔らかい脇腹を指で軽くツンとした。
「あひゃあ!」
「ふふ」
「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、な」
「コピペ?」
「何をするんですらぁ!」
「ら?」
「かぁ!」
「カラスの真似?」
「違います! 乙女に対して、なにをするんです、かぁっ!」
今と同一人物とは思えないほど、セメリアの凛として固かった表情はトロトロ。顔は朱色に染まっていた。
「それだよ。それ」
「え」
「せっかく暗い問題は解決したんだから、そんな顔していたら勿体ないじゃないか」
「む」
「笑える時には笑わないと。苦しみばかりでは、人は幸せにはなれないよ」
「た、確かに」
ツン。
「あひゃいおっ!」
「はは」
「ちょ、ちょっと! じゃあ、今のは何なんですか! 私は笑おうとしていたんですよ!」
「悪ふざけ」
「は!?」
ツン。
「あひゃいおっ!」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
「むむむむむ」
セメリアは肩を振るわせていた。
ワナワナと。
拳を握りしめて。
ボクは一目散に逃げ出した。
そりゃ1ターン目の先制攻撃よりも早く。
「コラー! 待ちなさい」
「ちょっと、太陽信仰の使徒なんでしょ! 立場があるんでしょ! 拳はまずいんじゃないかなぁ!」
「ちがいます! これは拳ではありません!」
「じゃ何さ」
「慈悲の愛です!」
マジだった。
ボクとセメリアは15分ぐらい全力疾走した。
「ハァハァハァ」
「ハァハァハァァ!」
「お互い。ハァ」
「ハァ。ええ、やりますね」
ガシッ。
この後、むちゃくちゃ仲良く握手を交わした。
ただ、二人ともドロドロに汗だくであった。
※
セメリアは尋ねてきた。
「あ。そういえば、まだ貴方の名前を聞いていませんでした。よければ教えて頂けませんか」
「いいよ。ボクの名前は柿崎敬一」
「かき? あまり聞いた事のない名前ですね」
「らしいね。さっき知り合った妖精から、カッキーカッキーって呼ばれてた」
「え」
「あれ。そういえば、どこに行ったのか。さっきまで一緒だったのに」
「……ちなみに、その妖精の名前はご存じですか?」
「うん。リップスとか名乗っていたけれど」
ピクッとセメリアの顔が強ばった。
先ほどまでツンツンされていた時よりも表情が変化していた。
次の瞬間、天にまで轟いたのだ。
凛としていたセメリアの絶叫が。
「りっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぷすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううう!!」
あまりの大声と迫力に。
泣きべそだった犯人Aのドワーフは腰を抜かし。
飛んでいたドラゴンは落ちそうになり。
敵対していたエルフですら恐怖の眼差しを向けていたのだった。
「な、なに?」
「出てきなさい! どうせ、こそこそ隠れて、こっちの様子を伺って居るんでしょう!」
「え」
ボクが驚いていると、岩場の影からコソコソと浮遊してくる影が一つあった。それは確かに妖精リップスの姿であった。
「にしし。バレちゃった」
「どうして貴方がここにいるのですか!?」
「散歩」
「嘘をおっしゃい! どうせ又お祈りの時間を抜け出してきたんじゃないんですか!」
「違うよ!」
「え」
「抜け出してきたんじゃなくて、堂々と正門から飛んできたんだよ」
「……その違いを三日三晩かけて説明して欲しい所です」
「にしし」
「まったく貴方という人は……」
「大好き?」
「それは」
「嫌いなの?」
「むむむ。そうやっても、そう簡単には大好きなんて言わないですよ!」
「言ってるじゃん」
「あうわっ!」
ボクの時以上にワナワナと震えているセメリア。だが、ボクの時とは違って、リップスを叱る目には優しさが滲み出ていた。リップスも本気で悪いとは思っていない様子であった。
かなり仲がよい。
というよりかは。
「あれ、もしかして二人は知り合いだったの?」とボク。
「……」
「うん。そーだよ。私とセメリアは超仲良しなんだ」
「へぇ、リップスも太陽信仰だったのか」
「ううん。違うよ」
「だって、さっきお祈りが、どうとか」
「あー、それは一緒に住んでるから。お祈りぐらいしなさいって」
「ははは。ほんと仲が良いんだね」
「うん。だって実の姉妹だもん」
「は?」
「うん」
「え。マジ?」
「……はい」
ボクと同じぐらいの、高身長なセメリアが頷くと。
スプーン程のサイズであるリップスは意地悪そうに笑っていた。
この二人が姉妹?
悔しいが。
ボクは脳がパンクする音を確かに聞いていたのだった。
訳分からん。
地球の物理現象と根本から違うらしい。
さっきの犯人の逮捕時、よく推論を間違えなかったな。
ボクは、奇跡を相手にするのは辛い、そう思わずにはいられなかった。
※
ボクは太陽信仰のセメリアに、どうして異世界にいるのか経緯を説明した。まあ、殆ど原因など分からなかったが。
「そうだったのですか。それは大変でしたね」
「まあね」
「……もし行くアテがないのでしたら、私達の所に来ませんか?」
「え」
「先ほどのお礼もありますが、私達、太陽信仰はいかなる者にも門を開いていますので」
「いいの?」
「はい。大したものは用意できませんが、精一杯の歓迎はします」
セメリアは慈悲深く微笑んでいた。
正直に言って有りがたい申し出だった。
右も左も分からない場所で衣食住の設備を用意してくれるのは。
明日とも知れない此方の身としては、感謝の言葉しか出てこない。
だが、ボクは少し言葉につまっていた。
申し訳ないのだが、宗教団体にあんまり良い印象がなかった。
むしろ日本では積極的には関わらない方向で生きてきた。危うい事件も昔からよく見聞きしてきたし、妄信的に何を信じるような人達とは上手く付き合えるとも思えなかった。
何より、宗教と聞くと。
家族の顔を思い出してしまう。
「―――いいじゃん、楽しそうで。ウチにきなよ」
その女性の声でハッとした。
妖精リップスが話し掛けてきたのだ。
僕の肩に座っており、これから先の事を面白そうに想像していた。
その陽気さには目が奪われてしまった。
「……そうだね」
幸せなリップスの顔を見ていたら、ボクは自然と頷いていた。
「にしし。そうこなくっちゃ」
「ありがとう。本当に助かるよ」
「良いの良いの。私もカッキー好きだし。何だったら、セメリアのベッドも使って良いよ」
「なんで、そうなるんでしょうか!」
「にしし。姉の特権」
「むむむ」
ボクは二人のやり取りを見て乾いた声で笑っていた。
こういう家族だったら良かった。
そう思わずにはいられなかったのだった。
というか、リップスの方が姉ね。
言えないけど、絶対に妹だと思ってた。




