#05 「事件は解決」
答えはそう難しくない。
③だ。
現状では証拠や動機が掴めてない以上、犯人の口から自白させるしかない。
特に今は、お前が犯人だ、いやお前が犯人だと、お互いを疑っている最中である。全員が確信するような状況を生み出さない限り、確実にそこに闇が生まれてしまうだろう。
―――ザッ。
ボクは犯人である、ドワーフの犯人Aに近寄っていった。
彼の手には殺害に使われた自軍のマークが掲げられた旗が握られている。この場で殺されるような真似はされないだろうが、初めて殺人犯に歩み寄っているという事実で心臓が高鳴っていた。
「貴方がやったんですよね」
ボクは犯人Aにだけ聞こえるように呟いた。
だが、当然、反応はなかった。
「いやぁ、なかなか良い作戦でしたよ。長い道具を利用して、高身長な相手を犯人に見立てるのは、よくあるケースですから。凶器に『マナ』の痕跡を残さないようし、旗など道具も不自然性を減らそうともしていたし」
「……」
「しかも、これが敵対する相手からの殺人なら、人目に付きやすい道の真ん中という死体の捨て場所も理に適っている。人種増悪の衝動は合理性よりもメッセージ性が強く表れますから」
「……」
「ただ、貴方はミスをした」
そこで初めてドワーフの犯人Aは此方を睨んだのだ。小さい体格ながらも、相撲取りより筋肉が詰まった体格をしている。ボクの首など片手でへし折りそうなほど指が太かった。
ボクは、やはり犯人だと核心すると同時に、ほんの少し寒気がしていた。
「ミスとは、その旗を直ぐに捨てる用意と、身代わりになる具体的な犯人を見立てる事。この準備ができていなかったです」
「どういう意味だ?」
ボソボソと犯人Aは呟いた。
いや、呟かずにはいられなかったのだろう。こんなにも早く犯行性が発覚するとは想像もしておらず、かつ、こんなにも早く犯人として目星が付けられるとは計画外だった筈だ。
予想もしていなかった相手から図星を突かれると、人間は動揺する。しかも、大抵の人間は怒り=攻撃性で自分の身を守ろうとする。
そのような攻撃が上手くいく筈もないのに。
そんな事は分かっているのに。
人ごとならバカにしか見えないのに。
生物の脳とは、そうしてしまうものなのだ。
ボクは言った。
「確かに凶器に『マナ』は付着していなかった。しかし、それに気を囚われすぎて、刺した時の血痕が旗の棒に付着する可能性を忘れていた」
「血? それがどうした」
「被害者の血ですよ」
「確かに付着してるよ。だが、それが『殺した時についた血』とは限らないだろう。しかも、血の判別などはできん」
「……」
「『血で人を判断できる技術がこの世界にあるのなら』気にしているわ。ワシが犯人ならな」
「―――でしょうね」
「なんだと」
「問題なのは棒に、『血が付いていない痕がある事』、ですよ」
「どういう意味だ?」
「貴方は棒に『引っかけ』て、ナイフを振り下ろす装置を作った。犯行後、その『引っかけ』る部分だけ旗の棒から取り外していた。つまり、その部分にだけ刺した瞬間の血飛沫が付着していない事になる」
「……」
「それが、どんな形であれ。影から立体物を逆算するのは難しくない。血飛沫のデータを元に道具を再構築したら、殺害と同じような道具が作れる筈ですよ」
「むぅ」
「これは逆算の実証です」
「た、確かにそれなら作れるかもしれん。しかし、だからって、ワシが犯人とは限らんだろ。逮捕は無理だ」
「ええ。そうです」
「……なに」
「ただ、気になるんですよ」
「え」
「貴方は、それをどう言い訳をするつもりですか? 貴方の仲間と、濡れ衣を着せられて怒っているエルフの人達に」
ボクの台詞に犯人Aのドワーフはギョッとしていた。ボクがこれからしようとしている行動を察したらしい。これだけの犯行を考えている人間なのだから察しは悪くないのだろう。
③が正解の最大の理由は。
濡れ衣をきせられて怒る敵対グループに、この真実の情報を流す。
と、脅す事。
殺人の犯行に利用されたと知った彼らは、必ず犯人Aを見つけ出して殺そうとするだろう。ただでさえ一人殺した扱いを受けているのだから、もう一人、追加で殺した所で何も状況は変わらない。しかし、それで少しは疑われた気分がスカッとできるからだ。
過去の名探偵がボクに教えてくれる。
探偵に必用な武器は推論とハッタリ。
そしてハッタリに必用なものは。
『脅迫と取引の材料をどうやって用意するか』だと。
ボクの言葉一つで、犯人Aのドワーフは顔色が悪くなっていた。
「ま、まさか」
「しかも、この作戦のいい所は、貴方は同族を頼れない、っていう点ですよ」
「う」
「もし同族を頼ろうとしても、なぜ貴方は敵から襲われるのか理由を説明しなくてはいけない。理由を説明するには、自分が同族を殺した事を白状しなくてはいけない。どっちも無理ですよね」
「もう止めてくれ」
「……」
「ワシは仲間から殺されたくない」
「……」
「だが、そもそも彼奴がワシの嫁を寝取ったのが……」
「ああ、そういうのはいらないです」
「え」
「殺人の動機ですよね? もうそれは今推論に必要ないので話さなくて結構です」
「ううう……」
「それで、貴方はどうしますか」
「ど、どうすればいい?」
子供のように懇願するような顔を作る、犯人Aのドワーフの顔を見てボクはやっと胸をなで下ろしていた。誰かを脅すのは気分がいい訳ではないが、これで殺人の犯人を捕まえる事ができたのだ。
被害者家族の事を想像しても、よかった。
心からそう思う。
そして同時に。
この推論した結果こそが、この世で一番透明の視界だと。
一人、ボクはその喜びを暫し味わっていたのだった。
※ ※ ※
事件解決後。
犯人Aのドワーフは、ボクの提案で全員の前で太陽信仰のセメリアに泣きつく事となる。暫くの間、オイオイと大きな声で情けない態度を皆に晒し続けていた。
曰く。
「セメリア様、ワシが仲間を殺しました。どうか、私の懺悔を聞いてください。お願いします。ワシはとても罪深き者なのです」
その情けない叫び声のあまり敵対していたエルフ達ですら、あきれ果てて、この場を立ち去っていったのだった。
まあ、これしかなかった。
同族殺しの罪で八つ裂きにされず、かつ、エルフからこの場で殺されないようにするには、その問題を権力のある別の宗教団体に預けてしまう他にないだろう。
少なくても彼は、これで正式な処罰を受ける事は可能であった。
もう一つ別の死体が増えるのは、ボクとしても本意ではない。
そして人種同士の諍いのネタもこれで生まれなくなった。少なくても恨まれるのは犯人Aのドワーフ個人だけで、戦争にまで発展する可能性は低い。問題の全てが解決した訳ではないが、被害は最低限に抑えられたというべきだろう。
ただ、今回の事件で。
厳密には一人だけ被害者が増えている。
それはセメリアだ。
オッサンである犯人Aのドワーフに抱きつかれている彼女は、全てを慈愛で受け入れていた。ただ、ほんの少し、恨めしそうにボクの事を見ていたのだった。
「一体、貴方は何をしたんですか」
「ははは」
「笑わないでくださいよ!」
「いやー、大変だなってね」
「本当に何を言ったんですか」
「推論を話しただけだよ」
「……どのような?」
「うーん、それは止めた方が良いよ」
「え」
「貴方は、『この世には殺人事件など起こらない』、と信じているのでしょう? でしたら、殺人犯の自供など以ての外だ。しかも、それが第三者の『協力』によるとなると」
「……」
「きっと貴方はボクを嫌いになる」
「……」
「ボクは、あんまり人に好かれるタイプじゃない。だから、自分から進んで嫌われるのはちょっと、いやかな」
セメリアはため息を吐いた。
「それはつまり、こういう事ですか」
「え」
「私が逮捕の真実を知れば貴方とケンカになりかねないから、この場は有耶無耶にしろと?」
「ご明察。そうとも言います」
ボクは素直に白状した。
するとセメリアは少し困ったような、弱った顔をしていたのだった。彼女の信条からすれば、犯人やボクの行動は受け入れられない。でも、彼女はそれ以上に誰かが傷付くのは好きではなかった。
矛盾している。
この世は傷つけ、傷つけられるもの。
残念だが『殺人事件は起こり得ない』とは、いかない。
たぶん、自らの信念が矛盾しているのはセメリアも理解しているのだろう。しかし、それでも無情な暴力に立ち向かいたかったのだ。
これを理に適っていないと言うのは簡単だ。
しかし、その信条をバカにする事は、ボクにはできなかった。
「分かりました。今回の事は忘れます」
やがて、セメリアは迷ったあげく慈悲深き笑顔をボクに向けていた。彼女の信条からすれば苦悩すると分かっているのに、ボクや殺人犯のような矛盾する存在をも受け入れようとしていた。
自らがボロボロになろうとも、人々の幸せのために。
そういう人を、バカになんかできる筈もなかった。
「……この被害者が増えるのだけは、止められなかったな」
ボクのぼやきは誰にも届いていなかった。




