#03 「新たなヒロイン名前はカーチャン」
ボク達の目の前では。
ドワーフとエルフの軍人が殺し合いしかねない程にらんでいた。
「……でも変だなぁ」と妖精リップス。
「なにが?」
「あの両国は、協定で争いが禁止されている筈なんだよ。どうしてこんな事になってるんだろう」
「たぶん、アレが原因じゃないか」
「え」
「騒ぎの中心に『ドワーフの死体』が一つ転がってるだろ。その犯人を捜そうと」
「あ。なるほど。だから、ギャーギャー叫いてるのか」
「怒鳴りって、最早、言語じゃないよな」
「……というか、カッキー、あの人混みの中でよく見つけられたね」
「まぁね」
「けど本格的にまずいなぁ」
「あの人達、そんなに憎しみ合ってるの?」
「うん。ほんの少しのケンカから、国どうしの戦争に成りかねないぐらいにね」
リップスは早く逃げ出した方が良いという顔をしていた。
確かに、ボクは異世界に来たばかり。
右も左も分からない者が、厄介事に関わっているような余裕はない。これはサバイバル生活のようなものだから、生き残るための方法を探すのが得策になるだろう。
だが、ボクは騒ぎから眼が離せなかった。
もし、そこで暴動が起ころうものなら、殺人現場に残された証拠の数々は完全に破壊され。殺人犯を見つけるのは、とても困難になってしまうだろう。
ボクには被害者が悲しみ。
罪を犯した人間だけが幸せになる結果なんて許せなかった。
例えここが異世界であろうと、それは関係ない。
そんな結果は胸くそ悪いだけだ。
―――ボクは罪を推論する
死体の側まで行かなくても分かる事はある。
最も着目すべき点は、『ドワーフの死体に突き刺さっているナイフの角度』
明らかに『肩に真上から垂直に刺さっていた』のだ。
自殺ではない。
おそらく、死体解剖されれば『犯人が高い位置から、小さいドワーフに対してナイフを垂直に振り下ろした』となるだろう。
咥えて、『殺人現場は往来の少ない道路の真ん中』。
『足場になりそうな小物もない』
という前提だ。
この条件で犯人を考えるとしたら。
パッと思いつくのは高身長のエルフになるが……。
「―――お待ち下さい」
ボクが犯人を推論していた時。
言い争いを制する静かな女性の声が響いたのだ。
現れた彼女の外見は美しい。
真っ直ぐに整えられ過ぎた黄金の髪。
泥やシワは一つとして許さない青い制服。
背中には真っ赤な太陽の刻印が刻まれていた。
全てが定規で測ったようにビッシリとしている女性であった。
「失礼しますね」
しかも、その彼女が啀み合っているエルフとドワーフの徒党を押しのけた。盛った犬のように興奮していたドワーフとエルフの軍人を、その凛とした態度だけで黙らせてしまっていたのだ。
それは一種異様な光景だった。
しかも、その彼女が次に言いはなった一言は、ボクにとって最も衝撃であった。
今日は異世界に飛ばされる、という不可思議な現象を体験しているが。
この日、一番驚いた言葉は間違いなくそれであった
背中を刺されたドワーフの死体を見て、彼女はこう言ったのだ。
「皆さん落ち着いてください。
これは明らかに事故です。
この世の中で、殺人事件など起こり得ないのですから」
妖精リップスが教えてくれる。
彼女の名前はマルシアーヌ・セメリア。
「またの名前を太陽信仰の使徒、カーチャンという事を」
※ ※ ※
「そ、その名前で私を呼ばないでください! 私はまだ15才です!!」
セメリアは声を上げた。
しかし、いくら辺りを見渡しても、それを口にした人間の姿は見えなかったのである。それに気がついたセメリアの顔が一瞬で赤くなっていた。
「……あははは。ゴホン」
ドジを誤魔化すようにセメリアは真顔で咳払いを一つ。
そして、キリッとした顔を強引に作り。
セメリアは歪な言葉を口にしたのだ。
全ての名探偵を否定するかのような、あの言葉を。
「―――み、皆さん。この世の中には殺人などは起こりません。
どのような不遇であれ、それは受け入れがたき奇跡だからです。さあ、祈りましょう。我々の生と死は太陽と共に」
セメリアは凛とした態度で言い放っていた。
それを普段のボクだったら、まやかしだと鼻で笑いたい所だった。しかし、本当にそれだけで争いは止まっていた。彼女を取り囲むようにして立っているドワーフやエルフの軍人達は、手にしていた武器を収めだしていたのだった。
※
様子を見ていた妖精リップスは言った。
「あちゃー。なんで、彼女がこんな所にいるのかなぁ」
「もしかして君の知り合いなの?」
「うん、まあ、知り合いというか。今顔を合わせられないというか」
「?」
「もうちょっと深い関係かな」
リップスは初めて歯切れが悪かった。
「なら、あの子は何者なの? みんな彼女が来たら静かになったし」
「うーん。ドエロなカッキーに分かるかな」
「……今なんで急にボクをディスったの? 今の会話に必要なかったよね?」
「皆が言う事を聞いたのは、セメリアが太陽信仰の使徒、だからっていうのが大きいかな」
「太陽信仰?」
リップス曰く。
太陽信仰、とは近年台頭してきた、あらゆる種族の入信を許している新興宗教だった。
この異世界では他種族の神を崇めるケースは少く、生まれた文化を生涯愛し続けている人が殆どであった。過去に門徒が幅広い宗教団体は存在したのだが、すぐ他の団体から圧力が掛かり潰されてしまう事が多かった。
しかし、太陽信仰は現存している。
それどころか僅か2年という短い期間で、広大な大陸で一番信者が多い団体にまで上り詰めていたのだった。
「めっちゃ早い広がりっしょ」とリップス。
「うん」
「誰でもそう思うよね。あまりに急に広がってるから信者じゃない人からしたら、太陽信仰って恐い集団に思われがちなんだよ」
「……あー。なるほど」
「洗脳してるとか、暴力で脅してるだろとかさ。ほーんと、色々とよく影で言われてるよ」
「まさに裏ボス的な扱いだな」
「うん。うん、うん? え?」
意味不明で少し引くリップス。
「だからドワーフやエルフも怯えて静かになったのか」
「うん。太陽信仰の理念って非暴力なんだけどね。誤解されやすくて」
「ふーん」
「でも、ほんとにセメリアは頑固だけど悪い子じゃないんだよ」
初めてリップスは少し悲しそうに呟いていた。
その時だ。
ボクとリップスが話し込んでいる間に、セメリアの説得は終わってしまったらしい。
先ほどまで啀み合っていた全てのエルフとドワーフが立ち去ろうとしていた。渋々と説得を受け入れた様子で、ゆっくりとドワーフ達は死んでいる仲間を埋葬しようと運び上げていたのだ。
このままでは本当に、殺人事件『が』殺されてしまう。
ダっ―――
気がついたらボクは現場に駆け寄っていた。
いかなる事情があろうとも、殺人事件をもみ消そうとしている所など黙ったまま見過ごす訳にはいかなかった。
ここが異世界であろうと関係はなかった。
「ちょっと待ってください!」
ボクは叫んだ。
相手は武器を手にした屈強なエルフやドワーフ達。
下手したら殺されてしまうかもしれない、そう思うとブルッと一瞬だけ寒気が走っていた。
ただ、それでも、もう引く気はなかった。
すると、セメリアが、一歩ボクに近寄ってきた。
「なんでしょうか」
「まだ死体は動かさない方が良いですよ」
「……どうして、です」
「これは殺人である可能性が高いからですよ」
「殺人ですか。貴方は先ほどの私の話しは聞こえませんでしたか?」
「聞こえてたよ」
「なるほど。その上で私達の考えが間違っていると、貴方は言いたい訳ですか」
「うん」
「―――悲しい人ですね」
ボクを見ていたセメリアの眼が冷たく光った。
とても15才の少女の目とは思えない凄みに満ちていた。
「え」
「では、このドワーフの死体を見てください。悲惨にも刺されて横たわってる」
「……ああ」
「どうして、これだけで殺人だと断言できるのでしょうか」
「刃物の位置と角度の問題」
「え」
「傷口から逆算して、明らかに自分の可動関節区域では届かない位置に刺さってるだろ」
「むむ。しかし、それは自殺ではない可能性が高い、というだけではないでしょうか。決して殺人という証拠ではありませんよ」
「……でも、自分だけじゃできないのなら、第三者が絡んでる可能性が高いだろう」
セメリアはフッと笑った。
「それはどうかしら。垂直に刺さったのが事実、とするならば、別の可能性も考えられるでしょう」
「え」
「例えば、この刺さっているナイフは、天から落ちてきた、とか」
「……は?」
「刃が垂直に刺さったのも回転から偶然だった」
あまりに突飛な話しだったのでボクは少し脳が停止してしまった。
「いやいや、それは有り得ないよ」
「む。どうしてですか?」
「だって、そんな偶然はなかなか起こらない。それこそ奇跡的な確率としか言えないだろう」
セメリアは艶やかに笑う。
「……その通り」
「え」
「これは悲しい確率の奇跡。殺人事件ではないのです」
「本気でそれを言ってる?」
「ええ。信用できませんか」
「だって何もない所からナイフが落ちてきたと言われてもね」
セメリアは白い空をピッと指差した。
「例えば、ドラゴンに刺さっていたナイフが飛行中に偶然にも落下してきた、とは考えられないでしょうか」
「ど、ドラゴン?」
「はい。この界隈だけでも飛行している数は日に数百匹とも言われています」
「……」
「高度の関係で目撃数は少ないですが。その一匹に刺さっていたナイフが落下し、偶々歩いていたドワーフに垂直に刺さった、と考えれば有り得なくはないでしょう。ドラゴンからすればナイフなどササクレにも等しいですし、気にしていなかったと想像できます」
一理ある。
そうボクは思った。
少しバカげた話しにも感じられるが。
元の世界でだって『数百台の大型車が走る場所で、はじき飛ばされた小石によって通行人が死んだ』という事例ぐらい存在する。
陸と空の違いあるが。
ルートの流通量から考えると事故の可能性はゼロではなかった。むしろ年間で数人は被害者が出て当然のようにも推論できた。実際、少し前に大型トラックに引かれた被害者が言うのだから間違いないだろう。
ただし、とうぜん一理でしかない。
ボクは答えた。
「……確かにセメリアの言うとおり奇跡も起こり得るのかもしれない。しかし、だからといって、それがこのケースに当てはまるとは限らない」
「むむ」
「ボクらは、ただ可能性の話しをしているに過ぎないでしょう」
「しかし……」
「いま唯一確かな事は、この一件を奇跡と称して隠蔽しても、確実なシコリがエルフとドワーフの両方に残るという事だけですよ」
そこで初めて凛としていたセメリアの表情が曇ったのだ。
「ど、どういう意味かしら?」
「これが事故であろうと殺人であろうと関係ないんですよ。双方が心から納得しない限り、その疑惑がある限り、どうしたって負の感情は心に残る」
「……」
「人がやった事は絶対に消えない。一度起こってしまった事は、どんなに悲しくても無くせはしないんですよ」
「……む」
「一時は隠せたとしても、その淀んだ感情はやがて殺意となって芽吹く。どこの世界でも、それは歴史が証明してくれる筈だ」
「……」
「確か、太陽信仰は非暴力を掲げているらしいですね」
「ええ」
「では、セメリアさんも争いの種は本意ではないでしょう」
「当然です」
「なら、ボクに一つ考えがあります。争いの種を無くすために、任せてみませんか?」
「……え。貴方にですか」
「はい。一つ案があるんです」
「私はこれが殺人だと認める訳ではありませんよ。ただ、争いを無くしたいだけで」
「ええ。それで構いません」
最初は訝しんでいたセメリアだったが。
やがて彼女はボクの言葉にゆっくりと頷いていた。
よかった。
選択した方法は悪かったが。
セメリアは事件を隠蔽したい訳ではなかった。
あくまでも彼女は一人で、エルフとドワーフの戦争を防ごうとしていたのだ。
例え異世界であろうと。
命を掛けても、争いを止めようとする人はいる。
その事実がボクは何か嬉しかった。
「―――さっすが、我ら太陽信仰のカーチャン!!」
ふと、遠くから女の声がした。とても小さな女の子のような声である。
「誰がカーチャンですか!! ですから、私はまだ15才です!!」
セメリアはトマトみたいに顔を赤くして吠えていたのだった。
その姿を見てボクは思わず笑ってしまったのだった。




