#02 「異世界で初めの殺人事件」
「君は……」
「君じゃないよ。リップス、それが私の名前だよ」
「りっぷす……」
「そうだよ。君の名前は?」
「ぼ、ボクは柿崎敬一」
「へー。カッキーね」
「なんで、急にポッキーみたいなあだ名をつけた」
「そういうタイプかなって思ってさ。ししし」
「ポッキーみたいなタイプって、どんなタイプだよ」
「下半身が」
「おい、やめて!」
と、言いかけた所でボクはハッとした。
なに妖精と普通に会話をしているのだろうか。
これが仮に夢であるとしても。
定義として、妖精を一大人の女性として扱うのは正しいのだろうか。
確かにリップスの服装や体系は……。
「ちぇーすっと!」
―――妖精キック第二弾。
「痛いってば!」
「人の体をジロジロと見るなってば」
「そんなの見るに決まってるだろ! 珍しいから!」
「……えー」
リップス、どん引き。
「いやいやいや、誤解をしないでくださいよ。これはあくまでも物理的な対象としての意味合いであり、ボクの判断基準そのものに対して疑いを持つ事で紳士として」
「ド変態」
「その一言で切らないで! お願い! 偏執的な行動を伴う事で事実を積み上げていくのは探偵としての初歩というか」
「ド・ド・ドっ、ド変態」
「リズムにも乗らないでよ。確かに一言で切らないでとは言ったけどさ」
「にしし」
間違いなくボクをからかおうとしてる。
その表情をリップスは全く隠そうとはしていなかった。
どうやら性格はあまり可愛くないらしい。
いや、悪戯したくてたまらない小猫みたいというべきか。
飛んでるのに。
ボクはリップスに蹴られた鼻を触った。
微かにヒリヒリとした痛みが確かにあった。
この時、のんきかもしれないが、ボクは彼女の存在が夢ではないんだなぁと実感していた。
そして何より、ここが地球ではないという事実を。
白い空に浮かんでいる二つの太陽と、一匹の雄々しきドラゴンを眺めながらボクは痛感していたのだった。
「……はは」
そりゃ乾いた笑いだって出るさ。
そかも、その上だ
ボクは道端で倒れているドワーフの死体を偶然にも見つけていた。
明らかにナイフで刺されていた。
誰かから殺されたのだ。
「ははは」
ボクは幼い頃から探偵には憧れていた。
小説のシャーロックホームズだけじゃない。
実際に探偵の専門学校を開いている人の本だって読みあさってきた。
いつか海外に逃亡した母を逮捕したい。
そういう願いがあったのかもしれない。
しかし、だからといって、初めて殺人事件に関わるのが異世界でとは。
そりゃ乾いた笑いだって、出るもんだろうさ。
※ ※ ※
ただ、死体を発見してもボクはすぐに動けなかった。
親族以外の死体を見るのが初めてだったから。
それがドワーフとはいえ、少し近寄りがたい感じがしていた。
どうようか。
「……ねぇねぇ、ところでカッキーはどこから来たのさ?」
ボクが迷っていた時、そう妖精リップスが質問した。
そう言ってスプーンほどの小さな女の子が踊る光景はどこか幻想的であった。
「なんだって?」
「君みたいな外見の種族は見たこと無いし。遠くから来たんじゃないの」
「……あー。どうなのかな。ボクがいたのは地球」
「え、チ○コ?」
「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおい。どんな聞き間違いだよ。しかも、女の子が卑わいな言葉を使うんじゃないよ」
「にしし。古い考え方だなぁ」
「古くない!」
すると、リップスは微笑んでいた。
「……ふぅん。私達、妖精って性別って概念がないのよ」
「へー」
「それなのにガッキーは私を女の子扱いしてくれるんだね」
「まあ、小さな胸もあるし」
「うわー」
「そこで引かないで! ボクのナイーブハートは耐えられないよ!」
「にしし。引いてないよ。でも、ありがと」
「え」
「私はキラキラと綺麗なものが好きなんだ。だから、私を綺麗な女の子扱いしてくれるのはケッコー嬉しいかな」
くるりくるりと、リップスはハートマークの形に飛んでいた。
「あ、ああ」
「うわ、照れてるよ」
「照れてない!」
何となく恥ずかしかったボクは。
ゆっくりとドワーフの死体に近寄っていた。
すると、リップスはボクは後を子猫みたいに付いてきたのだ。
「なんで来るのさ」
「にしし。隠さなくていいのに。私とカッキーの仲じゃないの」
「どんな仲だよ。ほっといてくれ」
「でも、カッキー、本当に何処に向かってるのさ?」
「……」
「だって私の知らない遠い地からやってきたんだろ。見るからにスカンピンだしさ。どうやって、そこに戻るつもりなのさ」
「それは……」
「それとも帰りたくないの?」
リップスは心配そうな顔をしていた。
見も知らぬボクの事を気遣ってくれている。
その気持ちは感謝したい。
ただ、ボクは直ぐには答えられなかった。
自分に心に疑問を感じていたのだ。
帰るというのは。
あの息の詰まる家に、また帰るのか?
ボクは家族と再び会いたいのか。
あの家族は。
あんな酷い家族は。
「―――死ね!!」
え。
ボクはハッとした。
鼓膜を激しく刺激する叫び声が辺りに響き渡っていった。
増悪に飲み込まれたよう激しい怒号。
その声色には、本当に人を殺しかねない、どす黒い感情が含まれていた。
ボクではない、それは誰か別人の声だった
声がした方角を見ると。
幅広い道路を挟んで二組の徒党が啀み合っていたのだ。
片方は置物のように低いドワーフ族。
もう片方は耳や瞳までガリガリに尖っているエルフ族。
ザッと見積もっても数十人にもなる屈強な軍人同士が、大きな武器を手にして集まっていたのだ。
どうやら先ほどの罵声は彼ららしい。
「……あ、まずいよ、伏せて」
背後を浮遊していたリップスが、急にボクの頭を思いっ切り踏んづけてきた。
「いたっ。な、何するんだよ」
「隠れて隠れて」
「なんでさ?」
「まっずい所に出くわしてたなぁ」
「え」
「エルフとドワーフって、あの『三百年戦争』で最後まで啀み合っていた面子だよ。しかも軍人じゃん。もしあの争いに巻き込まれたら死んじゃうよ!」
その話しを聞いてボクは血が冷えるような音を聞いた。
まだ会って間もないが。
それが真実だと感じてしまうほど、妖精リップスの顔は酷く緊張していたのだった。
ボクは幼い頃から探偵に憧れていた。
いや、できる事ならやりたい。
母のような悪人を逮捕したい。
そう強く思う。
しかし、純度100パーセントの暴力を相手に、どうすればいいというのだろうか。
なにが出来るのだろうか。
思わず、ボクはツバを飲み込んでいた。




