1.悩める女子高生Y
高校二年生にして《魔女》というメルヘンな通り名を持つ無々篠さんは、間違いなく校内で五本の指に入る変わり者だ。もっと正確に言うならば四本の指に入っている。
私が通う私立日月学園には、驚くべきことに日月四天王と呼ばれる四人の規格外な奇人変人がいて、無々篠さんはその中にしっかりと名を連ねている。
序列一番《皇帝》――高等部二年特進A組、八王子ハンス。
序列二番《ベルセルク》――高等部二年C組、軍川衛輔。
序列三番《魔女》――高等部二年B組、無々篠禊。
序列四番《くノ一》――中等部三年A組、忍足夜子。
この四人はそれぞれ対立や派閥争いなどはしていないのだが、かと言って特別仲良くもしていない関係だ。だがもしも彼らが本気を出し合えば明日にでも世界を征服できるのではないか、という考えが起きてしまう。それほどの異常性を持つ人間である事実に誇張表現は入っていない。私達平凡な一般生徒からすれば「四人とも存在する次元が間違ってませんか?」と言いたくなる。そして私は二年生に進級して、何の因果かそんな四天王の一人と同じクラスになってしまった。
初めて私が無々篠さんとまともに会話したのは、体力測定が行われる四月の中旬だった。
「ねえ。タオル忘れてるよ」
全ての測定を終え、友達と更衣室に向おうとしたとき突然後ろから声をかけられた。振り返ると誕生日に友達から貰った私のスポーツタオルを片手に、無々篠さんが立っている。普段は太腿に届くほど長い黒髪を真っ直ぐ下ろしているが、体育のときだけ例外なのかポニーテールに結んでいた。彼女はついさっきシャトルランを終えたばかりにも関わらず、息を全く乱していない。無々篠さんは運動部の男子でもなかなか到達できないレベル二百を過ぎたところで体育教師から「もう止めにしろ」と言われていた。息も切らさず、平然と一人で全力疾走を延々続けるだなんて、異常だ。そんな異常な人が、私が忘れたタオルを差し出してくれた。それを頭で理解するのに、少し時間がかかった。
「あ、ありがとう」
私はタオルを受け取り、逃げるように友達と急ぎ足で更衣室に向かった。まさか、あの四天王の一人と会話したなんて、自分のことなのに信じられない。そう意味もなく焦る気持ちで着替えながら、隣の友達に話しかける。
「無々篠さんって、話してみると普通なんだね」
する友達は「ああ」と言って何度か頷いた。
「昨年あの人とクラスが一緒だった子もそんなこと言ってたよ。《魔女》って通り名を持ってるけど、四天王の中では一番まともな感性なのかも。見た目がどうであれね」
「………………」
見た目がどうであれ、か。
確かに無々篠さんの異常性は無尽蔵の体力――並外れて高いわけではない彼女の身体能力自体には似つかわしくないものだ――だけでなく、容姿の特異さもある。
無々篠さんの容姿は幼いの一言に尽きる。身体の成長には個人差があると知っていても、とても同じ高校生とは思えず、十歳前後の小学生にしか見えない。身長百四十センチくらいの矮躯は華奢で、女の私でも触れれば壊れてしまうのではないかという危うさと儚さを感じさせる。顔立ちだって幼い。有名デザイナーが手掛けた日月学園高等部の制服(白のカッターシャツ、太陽と月をモチーフにした校章が左胸にあるテラローザのブレザー、黒・白・赤のチェック柄スカート)には完全に着られていて、袖からは指しか出ていなかった。胸にはなだらかな曲線すらなく、初潮を迎えているどころか永久歯がそろっているかどうかも疑わしい。第二次性徴期も終わりに近づく年頃のはずなのに、彼女ほど肉体が女性から程遠い女子高生は他に存在しないのではないかと思う。
だからこそ、なのかもしれない。
年を取っているように見えない容姿だからこその通り名。不老の《魔女》だ。
「そう言えば、無々篠さんの面白い噂があるよ」
友達がふと思い出したかのように言った。
「噂?」
「うん、あくまで噂なんだけどね。人間に憑いた悪魔を祓えるんだって」
その言葉を聞いたとき、私は無々篠さんと同じクラスになったことに初めて心から感謝した。